8話
荒涼とした地上の風が、廃墟の割れた窓を吹き抜けていく。
「……ダメです。シフティーとの通信回線、完全に遮断されています」
ラピが通信端末から視線を上げ、静かに首を振った。
シュエンの手回しにより、中央政府やオペレーターからのバックアップは一切受けられない。孤立無援の状態で、俺たちは地上に放り出されていた。
「ハァ……最悪。サポートなしで地上の危険地帯を歩かせるなんて、本当にあのクソガキCEOは何考えてるのよ!」
アニスが吐き捨てるように毒づく。
今回のシュエンの目的――それは、ある特定のラプチャーを秘密裏に生け捕りにすることだった。
コードネーム『トーカティブ』。
その捕獲のために編成されたのが、ミシリスの特殊部隊「ワードレス」だ。
ミハラは「感覚交換」――自らが受けたダメージや痛覚、状態異常を対象と共有する能力。
ユニは「感覚遮断」――対象の五感や行動を物理的に拘束・遮断する能力。
この二機の特殊なシナジーを用い、目的のラプチャーを無力化してアークへ持ち帰るのがシュエンの企みだった。
「……痕跡を発見しました。こちらです」
ユニが指し示した地面には、異形の多脚構造が残したと思われる、独特な足跡が残されていた。
俺たちはその足跡を頼りに、廃墟群の奥深くへと追跡を開始した。
◆
追跡を進めるにつれ、俺とラピは違和感を強めていた。
「……レイ。気づいていますか」
「……ええ」
喉のモジュールを通した女性声を保ちながら、俺は折りたたみストックへと改修した特注AK-47の暗視スコープを覗き込む。レーザーポインターの細い赤線が、破壊された建造物の影を警戒するように追っていく。
「足跡のパターンが途中で意図的に散らされているわ。遮蔽物の陰を通るよう蛇行し、追手を撒こうとしている……」
「発電所で遭遇した『機械を操作するラプチャー』と同じだ。……本能で破壊を撒き散らす通常のラプチャーには、こんな思考パターンは存在しない」
ラプチャーに「知性」が存在する――それは、これまでの人類の常識を根底から覆す異態だった。
だが、廃墟となった旧市街の広場に出たところで、ついにその独特な痕跡はプツリと途絶えてしまった。
「……ダメね。足跡、ここで完全に消えてるわ」
アニスが周囲を見回しながら肩を落とす。
「これ以上の追跡は不可能です。情報も装備も不足している現状、一度アークへ帰還し、再編成を求めるべきかと」
ラピの合理的な提案に、指揮官も頷きかけた――その時だった。
――ピピピッ。
指揮官の携帯端末に、暗号化されたダイレクトメッセージが届いた。画面に躍り出たのは、見るのも胸くそ悪いシュエンのアイコンだ。
『やあ、無能な新人指揮官。まさか『諦めて帰ろう』なんてマヌケなこと考えてないでしょうね?』
ホログラムから響くシュエンの小憎らしい嘲笑声。
『言っておくけど、任務を達成せずに戻ってきたら……あんたを「アークの機密流出を企てた国家反逆罪」で即刻逮捕・処刑させる手配は済んでいるわ。でっち上げ? そうよ、でっち上げよ! でもミシリスのCEOである私の言葉と、ただの追放された新人指揮官の言葉、中央政府がどっちを信用するか……バカでも分かるわよね?』
「な……ッ!? どこまで卑劣なのよあいつは!!」
アニスが激昂して叫ぶ。ネオンも恐怖で固まっていた。
でっち上げの罪であれ、大企業CEOの権力をもってすれば、任官したばかりの新人指揮官を社会的に抹殺することなど造作もない。
『選択肢なんて最初からないのよ。死にたくなければ、這いつくばってでもトーカティブを捕まえてきなさい!』
プツン、と通信が切れる。
重苦しい静寂が、荒涼とした地に立ち込めた。
指揮官は悔しそうに拳を握りしめ、冷や汗を流している。逃げ場を完全に塞がれ、否応なく死地へと追いやられる屈辱。
(……クソガキが。本当にどこまでも腐ってやがる)
俺は背後で握りしめたAK-47のグリップを、きしむほど強く握り込んだ。
胸元の密秘回線を作動させ、アンダーソンへ静かに怒りを込めた暗号音声を飛ばす。
(……アンダーソン、聞いたか。シュエンの奴、指揮官に反逆罪の濡れ衣を着せると脅して無謀な追跡を強要している)
(……録音データはすべて受領した。シュエンの暴走はもはや見過ごせん域に達しているな。レイ、そのまま同行しろ。奴の尻尾を完全に掴む)
(了解だ。……だが、指揮官の命に危険が及べば、俺は手段を選ばんぞ)
通信を終えると、俺は完璧な女性ニケの佇まいで指揮官の隣へと歩み寄った。
「……指揮官」
透き通った声で語りかける。
「選択の余地は……なくなりました。ですが、私たちが諦めない限り、道は必ず繋がります。トーカティブの追跡を続行しましょう。私が前方の警戒を密にします」
指揮官は深く息を吐き出すと、顔を上げて俺たちを順番に見つめた。
「……ありがとう、レイ。みんな……すまない。僕のせいで危険に巻き込んで。でも、絶対に全員で生きて帰る。追跡を続けよう!」
「了解です、指揮官!」
仕組まれた絶望と理不尽な脅迫の中、俺たちは消えたトーカティブの影を追い、さらに危険な地上深部へと足を踏み入れていくのだった。