【総集編】男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話   作:木刀

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【はじめに】

この度は「【総集編】男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話」に興味を持っていただきありがとうございます。

当初、ハーメルン様で【無印版】を連載しておりましたが、皆様の望む作品になっていないのだと感じたため、他の投稿サイト様で完結した後、こちらの【総集編】として再編集いたしました。

特に、冗長になっていた戦闘シーンは丸々カットし、裏で起こったことを匂わせながらも、二人を取り巻く環境と、それに基づく恋愛模様にフォーカスしたものになっています。

戦闘シーンが含まれるフルバージョンはカクヨム様で掲載しております。
https://kakuyomu.jp/works/11054822664722891739

是非、お好きな方を選んでお楽しみください。

※元々【無印版】をお読みいただいていた方は、第3話の「◆◆◆」以降を読めば良い形になっておりますので、ご利用ください。



第1話 希少男子と専属メイドの日常

 2110年6月に誕生した周防圭人(すおう けいと)は、男の子だった。

 

 現行人類の男女比は1:900を超えている。2020年代生まれである最後の「正常(ノーマル)世代」を除けば、男女比は1:1000にもなる。男児の出生率が一気に下がってから80年余り、遺伝子研究や人工授精技術の発展、拡充などで種を存続させてきた。

 

 それらに注力するために他のすべては後回しにされた。現在、人類文明はほとんど停滞しており、かつての宇宙開発や海底探査も今や過去の夢物語だ。

 

 今の人類には、1000人にひとりしか男性が産まれない。

 

 つまり、現状を維持したければ男性はひとり当たり1000人以上の女性を孕ませる必要があるということであり、それがこの世界に生まれた男子に唯一期待されることでもあった。当然、世界中で危険な仕事のほとんどから男性は締め出されていった。

 

 一方で、周防圭人は実際に産まれ出るまでその期待とは無縁だった。

 

 

 

 彼は他の一般家庭のそれと同様に、人工授精で産まれた。

 

 その際に使われた精子の繁殖ランク(着床率や男児の産まれやすさ等で決められる)は平均的な数値のC+で、母親である周防芳乃(よしの)は「私に男の子なんて産まれるわけないだろう」と、そう思っていた。

 

 生来子供好きで近所の子たちの面倒もよく見ていた彼女は、むしろ最初から女の子を産むつもりで気軽に妊娠した。提供される精子のランクを上げるための貢献ポイントは、母の老後のために使うつもりだった。

 

 全く気負いの無かった芳乃は出生前の検査も簡易的なもので済ませており、そこでも胎児は女の子だろうと言われていた。しかし実際には、それが間違っていた。

 

 何かミスがあったというわけではない。

 

 ただ、エコー検査では、胎児の股間についてる「アレ」が陰に隠れるなどして画像に映らないことがあるのだった。圭人のエコー画像には、それが映っていなかったのだ。

 

 だから当然、皆は産まれてくる彼を女の子だと思っていた。

 

「そんなわけだから、まービックリしたわよ」とは、当時を振り返った芳乃の談である。

 

 実際、ビックリしていたのは芳乃だけでなく、圭人を取り上げた若い産科医もだった。出産を乗り越えた相手を安心させるためのいつもの定型文も「うわー、元気な女…の…」で途切れてしまった。

 

 手には元気に産声を上げる男児。補助に入っていた看護師も、それに気付いて動きを止めてしまった。

 

 出産が最も大事なこの世界において、人工授精から妊娠期間、出産までをサポートする産科医は、病院の花形だった。しかし、もし産まれた男児に何か起これば、そんな経歴は一瞬で消し飛んでしまう。

 

 普通、出生前に男児と正しく判断されていれば、母体は慎重に慎重を重ねて扱われ、産科医上がりの病院長などが直々に取り上げる栄誉を授かるものなのだ。

 

 産科医は考えた。

 

 このままだと、男児を取り上げる栄誉名声のために病院長を締め出したと思われかねない。そうなれば出世コースから外れてしまう。

 

 そうした一瞬の思考の結果、彼女は急に「びょ、病院長を呼んでくださいッ」と叫んでいた。せめてこの場に立ち会って貰わねば、と考えたのだった。

 

 一方、芳乃は「え、うちの子、なんかやばいのかしら」と、ひとり不安になっていた。彼女が第一子をその腕に抱けたのは、更に10分後のことだった。

 

 

 

 芳乃が住んでいたのは人口30万人ほどの自治体だが、人口減少で合併を繰り返して規模が大きくなっただけで、中心地から外れると他はほとんど畑か田んぼという、絵に描いたような田舎だった。

 

 年間の新生児の数も1200人ほどしかおらず、結果的に2110年にこの自治体で産まれた男児は、圭人ひとりだけだった。

 

 出産直後、芳乃は病院長の指示で急にVIP待遇となり、豪華な個室が与えられた。専門のナースが常駐し、病院食と思えないような豪勢な食事も出てきた。

 

 翌日の午前中には市長の訪問まであり、何故か感謝状まで手渡され、お昼にはそれが地方のニュースとして取り上げられた。コメンテーターは下卑た顔で「これで人生安泰ですねえ、羨ましいわあ」などと言ってアナウンサーに窘められていた。

 

 だが、そんな周囲の反応をよそに、芳乃自身は「いやー、病院食で太るかと思ったわよ」とだけ言い残し、周囲が止めるのも聞かず、さっさと息子を連れて自宅へ帰って行ってしまった。

 

 行政からは「マンションを提供しますので、そのまま中心街で…」という話も出たが、生粋の田舎者である芳乃はあまり街中が好きではなかった。

 

 そもそも最初から彼女は圭人を女の子として産む気で、今更男の子だからといって特別扱いする気もなかったのだった。

 

 何なら「圭人」という名前も、大好きな海外ドラマを参考にして女の子用に用意していた「ケイト」を無理矢理に男性名にしたものだった。胎教の段階でずっと「ケイトちゃんケイトちゃん」と呼んでいたので、今更変えられなかったのだ。

 

 母(圭人にとっての祖母)に育児を手伝ってもらいながら、田舎の兼業農家としてトラクターを走らせる。それが彼女には当然だった。

 

 

 

 2113年、圭人が3歳の時、芳乃は再び出産した。

 

「いや、折角なら女の子も欲しくてねー」との一言で、以前も担当してくれた産科医との会話を終わらせた彼女は、今度は娘を連れて帰って行った。今回は、誰も止めなかった。

 

 それからも、家族は変わりなく暮らしていった。

 

 2123年の、その日までは。

 

 

 ◇

 

 

「え、僕行きたくないよ、特区なんて。そんなに頭良くないし」

「私も息子を手放したくないけど、流石にそういうわけにもいかないらしいのよね」

 

 僕の返答に、母さんは困ったような顔を見せる。どうやら以前から、男子を育てるには不用心過ぎる環境だとして、行政には色々と言われていたらしい。

 

「圭人(けいと)の将来にとっても、悪い話ではないでしょう?」

「そりゃそうだけどさ……」

 

 国家直轄特別区域。

 

 通称「特区」はその名の通り、政府の直轄下にあり、世界でも最先端の研究を行う最高学府や研究・医療施設、それに連なる附属校や、有名企業の施設がいくつも存在している。

 

 主にエリート層や富裕層が集まる場所で、田舎の一般家庭に生まれ、平均より少し高い程度の学力しかない僕なんかが住んで良い場所とは思えなかった。

 

「えー、おにぃ、どっか行っちゃうの?」

「ケイトちゃん居なくなると、ばあちゃんも寂しいねぇ。芳乃、どうにかならないのかい」

「恵理(えり)も、ばあちゃんも…僕はどこにも行かないよ」

 

 不安そうな声を上げる妹と祖母。僕は安心させるように声をかける。

 

「でも圭人が特区に行けば……うちは税金免除、ばあちゃんは無料で高級老人ホームに入れてゲートボールし放題、恵理も好きな男装アーティストのプレミアチケット取り放題で、三代先まで一生お金に困る心配も無いって……」

 

 妹と祖母はキラキラした目でこちらを見てくる。先程までの不安げな色は、もう無かった。

 

「おにぃ、頑張ってきてね」

「ケイトちゃん、ばあちゃんは老人ホームで土産を待っとるよ」

「みんなが欲望に正直過ぎて心配だよ、僕は」

 

 しかし僕は、このままの生活が続かないことを、内心では察していた。僕はまだ12歳の子供だったけど、色々と感じることはあったのだ。

 

 小中学校と、僕しか男子がいなかったし、大きなイベント等で他に男子がいれば、お互いに軽く挨拶するくらいだ。それだって、同い年の子は一人もいない。

 

 自治体の各種イベントや式典では、特別席に座らされて見世物にされてきた。周囲の女性たちは、子供の僕らをジロジロと眺めて値踏みをしてくる。

 

「いつ見ても圭人くん可愛いわー」

「あの子が精通したら、うちの子に精子を提供して欲しいわね」

「私は自分であの子の娘を産みたいわ」

「あら、産まれてくるのは男の子かもしれないじゃない」

「ないわよー、あはは」

 

 などと話しているのだって聞こえていた。

 

 そんな時は他の男子と目を合わせて、気まずそうにしているしかない。イベントの責任者も女の人だから、それを言うこともできなかった。

 

 小さい頃はそこまで露骨なことは無かったけれど、学年が大きくなっていくにつれ、女性たちの中で生活する違和感が付き纏うようになっていった。これが中学生になったらどうなってしまうのかという不安は、たしかにあった。

 

 母さんも、そうした雰囲気には薄々気付いていたと思う。そろそろ限界だと、そう思っていたのかもしれない。

 

「それでも僕は、みんなと離れたくないよ」

 

 それが僕の、嘘偽りない本心だった。

 

 

 ◇

 

 

 2123年3月。

 

 お昼近くまで2階の自室で眠りこけていた僕は、階下の喧騒に気付いて目を覚ました。

 

 家族の間で「朝弱過ぎ、起こすの面倒くさい!」と言われる僕も、流石にこの時間にはしっかり覚醒できる。起きて最初に目に入る自室の壁には、特区にある有名附属学校の制服がかかっていて、僕の気持ちをどんよりとさせた。

 

 どうやら僕は4月から、世話係をしてくれる知らない女性と、最低6年間、大学まで進むなら10年間も一緒に暮らすことになるらしい。

 

 はぁー、と大きなため息を吐いて、空っぽの胃の辺りを押さえる。

 

「お腹空いたな…」

 

 どうせ我が家にやってくるのは、近所のおばさま方だろう。そんな考えだった僕は、ラフなジャージ姿のまま階段を降りた。

 

 リビングから恵理がはしゃいでいる声が聞こえて、珍しいなと思う。最近、誰かが家に来ると大人しいことが多いのに。

 

「母さん、お腹が空いて……って…ッ」

「あ、おにぃ!!」

 

 リビングで母たちと談笑していたのは、見知った人物ではなかった。

 その女性を見た時、僕は固まってしまった。

 

 女性は、すぐこちらに向かって立ち上がる。

 その身長は、僕よりずっと高い。

 

「はじめまして、圭人様でいらっしゃいますね?」

 

 肩口で揃えた艶やかな黒髪。掛けた眼鏡の奥には吊り上がった琥珀色の瞳。お辞儀をした際の動きは滑らかで、その所作は今まで会った誰よりも美しかった。

 

「本日はご挨拶に伺わせていただきました。専属メイドとなる小見山楓(おみやま かえで)です。楓、とお呼びください」

 

 彼女はメイド服を着ていた。

 

 声の出ない僕の様子をどう受け取ったのか、女性……楓さんは少し不安そうな顔になる。

 

「新年度より私と二人、特区に準備した住まいで生活していただくことになりますが……問題ありませんか? 私でご不満であれば、別の者へ変更することも可能ですが」

 

 この人と、長ければ10年間以上?

 そんな……そんな素敵な話、あって良いんだろうか?

 

「あ、はい、いえ……あの、楓さんが良いです」

 

 どうにか僕がそう声を絞り出すと、楓さんは嬉しそうに微笑んだ。

 

 周囲でやりとりを伺っていた家族も、小さくガッツポーズしている。どうやら彼女は、僕が眠りこけている間に大分馴染んでいるようだった。

 

「それでは、よろしくお願いいたします……圭人様」

「は、はい、こちらこそ…!」

 

「おにぃが欲望に正直過ぎて心配だよ、あたし」

 

 

 ◇

 

 

 2124年7月。

 

 僕、周防圭人(すおう けいと)が専属メイドの小見山楓(おみやま かえで)さんと暮らし始めてから1年以上が過ぎた。

 

 初めて親元を離れることもあって最初は少し緊張していたけど……それは想像していたよりも、ずっと居心地の良い日々だった。

 

 共に暮らしているマンションの一室は、最上階の5LDKという、二人で暮らすには意味の分からない広さ。引っ越してきた当初はちょっと豪華過ぎて気後れしていたが、何より楓さんの存在が大きくて、案外、環境そのものに慣れるのは早かった。

 

 専属メイドである楓さんの仕事は完璧だった。

 

 常にメイド服に身を包み、掃除洗濯炊事の他、いきなり有名校の中等部に進学させられた僕のために、毎日勉強まで見てくれた。

 

「そこは先ほどの公式を当てはめると、解きやすいかもしれませんね」

「あ、なるほど……」

 

 正直言うと最初は、楓さんが隣から僕のノートを覗き込む度に感じる身体の柔らかさと香りに大分どきまぎとしてしまった。けれど、それは彼女に失礼だと気を引き締め直して、真面目に取り組んだ。それでもたまに何とも言えない気持ちになるけど、もちろん秘密だ。

 

 楓さんの丁寧で根気強い教えにより、中等部二年となった今年は、一学期の期末試験で学年10位に入ることができた。学年に10人もいる男子の中では、一番の成績だった。

 

「ふふ、今日はお祝いですね」

 

 そう言って豪華な料理を準備してくれる楓さんはとても嬉しそうで、頑張って良かったなぁと僕までニコニコしてしまう。

 

 学校の長期休暇には楓さんを伴って帰省していたし、よくテレビ通話をしていることもあって、家族に会えない寂しさもそれほど感じないで済んでいる。

 

 帰省した時は僕より彼女の方が家族に馴染んでいるように見えるくらいで、妹の恵理(えり)は、今年の夏休みも楓さんに会えるのをとても楽しみにしているほどだった。

 

 そんなわけで、この一年、僕は何の不安もない生活が送れていた。

 

 ちなみにどんな時も楓さんはメイド服のままだ。『これが私たちの戦闘服ですので…』という彼女はとても頼もしく見えた。

 

「おやすみなさい、圭人様」

「うん……おやすみ、楓さん」

 

 お風呂に入った後は、しっかり水分を摂りながら楓さんとお喋りして、寝室の前でこうして挨拶をする。すぐ隣は彼女の部屋なのだけれど、そういえば僕は、彼女がそこに出入りする姿を直接見たことがない。お風呂も、僕が起きる前や寝た後に済ませているみたいだ。

 

 毎日僕なんかと一緒にいて疲れないんだろうか……。

 たまにはお休みが欲しくないのかな……。

 

 そんなことを考えながら、僕は深い眠りに入っていった。

 

 

 ◇

 

 

 自然に目が覚め、ベッドから身体を起こす。

 サイドテーブルの上にある時計を手に取り、万が一に備えてセットしてあるアラームを解除する。

 

『2124/07/26 Wed 05:00』

 

 素早く立ち上がり、無機質なデスクに置かれた眼鏡型デバイスをかけ、主寝室内に設置された監視カメラで圭人様の様子を確認する。

 

 寝息は普段通り穏やかで、高機能ベッドから送られるバイタルデータにも問題は無い。

 

 就寝時から現在までの夜間の映像を早回しで再生し、圭人様の身に問題が無いことを確認しながら、腕立て伏せ、腹筋運動、スクワットなどの自重トレーニングを行う。

 

 その後は主寝室から遠い方のバスルームでシャワーを浴び、汗を流し、身を清める。

 

 髪を乾かした後、バスタオル一枚で自室に戻り、下着とメイド服を身に着け、姿見で身嗜みをチェックする。圭人様に、だらしないところは見せられない。

 

 ふと、鏡の中の自分と目が合う。

 

「……本当に、面白みの無い顔ですね」

 

 私、21040380Caこと小見山楓はそう呟いて、姿見にカバーをかけた。

 

 ……

 

 キッチンで朝食の支度を終え、圭人様を迎える準備が整うと、主寝室へ向かう。

 

 初対面の際、母親である芳乃様には「あの子を起こすのは大変よー」なんて言われていたけれど……寝起きの彼はいつもより更に可愛くなる。

 

 私にとって、朝に弱い圭人様を起こすのは、むしろ毎日の楽しみのひとつだった。

 

 主寝室の前で、小さく深呼吸をする。

 

 これは緊張を和らげるためでなく、逆に、メイドとしての緊張感を持つための儀式だった。圭人様は優し過ぎて、つい甘えそうになってしまう。

 

「失礼いたします」

 

 コンコンコンとノックをして、ドアを開け……

 その「匂い」で非常事態に気付いた。

 

(ついにこの時が……しかし、バイタルには問題無かったのに)

 

 部屋に入り、クローゼットへ向かいながら、眼鏡型デバイスの管理アプリを使って、寝室から近い方の浴室の湯船にお湯を溜めるコマンドを出した。

 

 いつもならここでカーテンを開けるが、省略。クローゼットから着替え一式と、ウェットティシュ、そして清潔なタオルを複数枚取り出す。

 

 本来ならお身体を拭うためのお湯や濡れタオルを先に準備すべきだが、今は何より圭人様の体調確認が先決だった。

 

 先ほどの監視カメラの映像でも、呼吸音などの乱れは無かった。だからこそ、ここに来るまで気付かなかったわけだが……あとは、圭人様にどれだけの症状があるか。

 

 たとえどんな状態にせよ、ここからが専属メイドの本領を発揮するべき場面だ。

 

「おはようございます、圭人様」

 

 室内の照明を点け、私はベッドへ一歩近づいた。

 

 

 

 専属メイドになることは、私の第一希望だった。

 むしろ、それ以外に希望はひとつも無かったと言って良い。

 

 訓練施設でずっとトップの成績を収め続けたのも、試験管の中で生まれ、ずっと生きていくレールを敷かれていた私が、せめて自分で仕える相手を選びたかったためだった。

 

 生きていても、何が楽しいのか、何が悲しいのか分からない。せめて目標を持つことが、私には必要だったのだ。

 

 首席卒業生として最初に選択権を与えられた私は、希望どおりに今の道を選んだ。そして渡された、専属メイドを必要とする候補者たちのパーソナルデータ。

 

 その中で、圭人(けいと)様の存在だけが、私には光り輝いて見えた。

 

 一見すると、色白の美少女にしか見えないその男の子は、候補者たちの中でただ一人、「普通の生活」を送っていた。農家を営む先祖代々の土地に住み、そこからほど近い地元の小学校に通い、女子たちに混じって遊び、学んでいた。

 

『性格は温厚で素直。

 自省的で少し優柔不断だが、他人を尊重し敬うことができる。』

 

 人として当たり前のことが書いてあるだけのようだが、そうでは無い。この世界の男性は皆、周囲の全てから蝶よ花よと大切に育てられる。そのせいで性格に歪みを来すことが少なくなかった。

 

 行政からの干渉を断り続ける母親が守ってきた純朴で可愛らしい彼を、そのままの形で守り続けられるのは私だけだろうと……何故かそんな気がしたのだ。

 

 そしてその思いは、直接会ってますます強くなった。

 

『あ、はい、いえ……あの、楓さんが良いです』

 

 初めて会ったあの時のことは、今でもたまに夢に見る。

 

 打算や計算では作り出せない、あの純粋な表情の美しさに、人工物である私は惹かれたのかもしれない。おそらく私は、この魅力的な存在を守るために、これまで生きてきたのだ。

 

 それは、ほとんど天啓に近い確信……のはずだった。

 

 

 

「ご、ごめんなさい、楓さん」

「謝らないでください。精通(これ)は、おめでたいことなんですから」

 

 浴槽の中で温かいお湯に浸かりながら謝罪を繰り返す圭人様に対して、私は浴室の外から微笑んでみせた。汚れた衣類は既に袋へ密閉して見えないところへ置いてある。

 

 これが圭人様のトラウマになってはいけない。

 

 流石に目を離すわけにはいかないので、この立ち位置をキープしているが、濃い乳白色の入浴剤を使って、私から彼の身体が見えないよう配慮をしている。

 

 今日は学校をお休みされた方が良いだろう。

 

 男性の体質によっては、射精後に丸一日動けなくなってしまうことも珍しくないと聞いている。ましてや精通直後、お身体にどんな影響があるか分からない。

 

「ご気分はいかがですか?」

「え? うん……大丈夫、いつもと変わらないよ」

「………」

 

 たしかに朝の弱い圭人様にしてみれば、血色は良過ぎるくらいだ。

 

 しかし一方で、その返答は歯切れが悪かった。1年以上も生活を共にしてくれば気付くことだが、彼は嘘が致命的に下手だった。

 

 私は再度、質問を重ねる。

 

「お辛いところは? 倦怠感はありませんか?」

「ううん、無いよ」

 

 ああ、これは本当だ。しかし、そうなると一体……。

 

 この時点で、ある可能性が頭に浮かんでいた。万が一以上に微かな可能性。心の中で「圭人様の信頼を裏切るな。それ以上はやめておけ」という声と「行け、ここで決断しなければ全てを失うぞ」という声がせめぎ合う。

 

「では、いつもと違うことや、違和感は?」

「えと……ちょっと、まだ股間がムズムズするけど……って楓さん、何して…ッ」

 

 その返答を聞いた私は次の瞬間「失礼します」と言って素早く湯船に近づき、その中に腕を突っ込んで圭人様の股間に触れた。手のひらが、硬いものに当たる。

 

「すみません、必要なことなのです。……私に触れられるのは、お嫌ですか?」

「え、えぇ!? い、嫌じゃないけど、ちょ…ッ」

 

 傷付けぬよう柔らかく揉み込むと、触れている部分が次第に大きく起ち上がってくる。圭人様は私の腕を掴み、腰を引いて逃げようとしていた。

 

 しかし、瞳にはうっすらと期待の色が見て取れる。

 

「もしかして……まだ射精(だ)し足りませんか?」

「え」

 

 私の問いに、圭人様は固まる。

 ピタリと動きを止め、私の腕を掴んだまま赤くなって俯いてしまった。

 

 ああ、やはりそうなのだ。

 

 元々、正常(ノーマル)世代の男性たちには、射精後に前後不覚に陥るほどの脱力感や倦怠感が存在していなかったらしい。圭人様は「先祖返り」によって、昔の男性たちのような性質を持っているのだろう。それは国内でも10年に一人現れるかどうかの奇跡だった。

 

 だが、これは私にとって非常に都合の悪い状況だった。

 

「圭人様……夢精というのは、けして恥ずかしいことではありません。しかし、一度きちんと精子を出し切っておかないと、いつまた起こるか分からないものなのです」

 

 私は、いつもの勉強の時間のように、圭人様に語って聞かせる。これは、私が専属メイドになるために学んだことを利用した、誘導だった。

 

「男女比1:1000になると言われる現代において、人工授精のための精子確保は何よりも優先されます。定期的に行われる精子提供(おつとめ)の日に夢精して精子を無駄にすることは、専属メイドとして避けなくてはなりません」

 

 詭弁だった。夢精後も射精できるのであればそのような心配はしなくて良い。そのことを悟られないように、一気に捲し立てる。

 

「もしそうなれば、再度の日程調整により日常生活に負担が生じる可能性がございます。何より精子提供当日へ向けて体調を整えられないというのは、専属メイドとしての名折れにもなります」

 

 これは事実。たしかに精子提供の補助や日程調整は、専属メイドの仕事のひとつだ。そして、射精後に動けなくなってしまう男性の介助をすることも。

 

 男性に関する知識をほとんど持たない一般家庭から、彼ら少年たちが離れて暮らすのだって、こうした事情があるためだ。

 

 最悪、射精直後の男性は、オムツを履かせて排泄の介助までしなくてはならない。

 

 それを血の繋がった家族にさせるのは、男性本人にとってあまりにも精神的負担が大きい。中には、それが原因で鬱になってしまい、精子提供を拒否する者もいたという。

 

 だからこそ専属メイドという存在が生まれた。普段は護衛として男性の身を守り、いざ精子提供の際には男性の精神を守る。家族を愛する圭人様には、専属メイド(小見山楓)が必要である……はずだった。

 

 しかし、彼には射精後の介助が必要ない。

 

 それどころか、一度に何度でも射精することが可能となれば、ほとんどのトラブルを無視できる。それは、私の存在価値の大半が消失したことを意味していた。

 

 元々、特殊な理由があれば、自らの手で処理し精液提供をすることを条件に、専属メイドの存在を拒否もできる。つまり、彼が「愛する家族の元へ帰りたい、専属メイドなど要らない」と一言そう言えば、それで終わりなのだ。

 

 これまでに築いてきた彼との関係……その全てが無に帰してしまう。家族の皆様と比較すれば、私の存在価値など無いに等しい。

 

(どうにか、私の良さを知って頂かなければ……)

 

「圭人様は、私がお嫌いですか?」

「え!? 嫌いだなんて、そんな……そんなわけないよ…」

 

 狡い質問だったが、圭人様が「自分ですること」を覚えてしまう前に、専属メイドを使って射精に至る心地良さを刷り込まなければならない。

 

 これは私にとって、人生最大の勝負だった。

 

 問題なのは、そうした手技は人形相手にしか経験していないことだ。膨大な過去のアーカイブから、大昔に用いられていた貴重な映像資料(アダルトビデオ)を探し出して予習はしてきていたが……果たしてどこまで通用するか。

 

 この先を想像し、焦燥感と共に湧き上がる悦びで、思わず背筋が震える。きっと、お心の優しい圭人様は、この申し出を断れないだろう。ああ、なんという卑怯な女。

 

「もしよろしければ……今からお手伝いをしてもよろしいでしょうか?」

 

 私は今、一体どんな表情(かお)をしているのでしょうか。

 

 

 ◇

 

 

 僕が精通してから、3日。

 今日は、はじめての精子提供(おつとめ)だ。

 

 一度精通した男子には、定期的な精子の提出が義務付けられている。

 

 男女比1:1000になろうとしている世界では提供された精子による人工授精が不可欠で、逆に言えば、一等地にある広過ぎるマンションに住めるのも、綺麗な専属メイドが付いてくれるのも、全てはこの精子提供に対する代償だった。

 

 それに、男性はこうして義務を果たせば、貴重な【貢献ポイント】を獲得できる。

 

 これを貯めれば、直接金銭などと同様に使用できるだけでなく、お金で買えないような特権……我が家で言えば、祖母のための「有料老人ホームの契約優先権」を手に入れることができるし、裕福でない家庭でも、貢献ポイントを用いて我が子を有名大学に入れることもできる。

 

 このポイント還元制度は「人類存続という最大の利益に寄与した者へ、その一部を還元するシステム」だということらしい。つまり、現在の傾いた男女比の分だけ、男性の方が遥かに貢献ポイントを得やすくなっているということだ。

 

 当事者とすると、なんかちょっと申し訳ない気もするけど、世界はそれで上手く回っているらしいし、受け取れるものはありがたく受け取っておこう。

 

「……圭人(けいと)様、本当に平気なんですね?」

「うん、安心して。楓(かえで)さんにこんな嘘、つかないよ」

 

 僕は上半身はパジャマ、下半身は裸にバスタオルがかかっているだけという格好で、主寝室のベッドに仰向けになっていた。腰の下には、防水シーツが敷かれている。

 

 傍らのサイドテーブルには、精子採集用キットが置かれていて、楓さんがカチャカチャと手際よく準備をしていた。

 

 中には、情報を記録するためのタブレット端末や、精液を採取するための容器や、それに用いるための道具が入っているらしい。

 

 先ほど中身を確認させて貰ったけど、ドロっとした液体の入ったラベルのないボトルや、筒状になったシリコン製の塊などが入っていて「これは何に使うの?」と尋ねてしまった。

 

 しかし、どうやらその質問は禁句(タブー)だったらしく、顔を赤くした楓さんに「今日は使いません」と答えになってない返答をされてしまった。

 

「36.5℃、体調に異常みられず。血糖値も正常値と……たしかにあの日も、結局3回も射精(だ)していただきましたが……これで今日も問題ないなら、本当に凄いことです」

 

 何やら用紙に記入しながら楓さんはそう言うけれど、顔はまだ赤い。でも「していただいた」のは、むしろこちらの方だった。なにせ僕は、やり方すら分かってなかったのだから……と、そんなこと言ったら藪蛇になりそうなので口を噤む。

 

 僕の方から必要以上にあの時のことを話題にするのは、なんとなく避けていた。

 

 あんなことをして貰った上に、楓さんからありがたいことのように言われると、少し勘違いしてしまいそうだったからだ。それは何か、楓さんの献身に対して失礼なことではないかと思ってしまう。

 

「無理だけは、なさらないでくださいね」

 

 楓さんはこうして心配してくれるけど、実は僕の方は昨日から身体の奥底がムラムラとしてしまって、早く精を吐き出したくて仕方がないくらいだった。

 

 ただこれも、楓さんに催促するみたいで、とても言えない。

 

 きっと、楓さんは笑顔で対応してくれるとは思うんだけど……こんなによくして貰って更に求めるのは、やはり贅沢が過ぎるんじゃないだろうか。

 

「全然無理じゃないよ。それにもう夏休みだし、帰省する前に終わらせておきたいんだ」

 

「そうですね……早い方が、国からも喜ばれるとは思います。ただ、報告した精通日と近過ぎるので、詳細を報告しなくてはなりませんが……結局これも、避けられないことですね。もしかすると後日、病院で更に詳しく検査を受けることになるかもしれませんが、ご了承頂けますか?」

 

「うん、分かった」

 

 年頃になった男子を、研究機関や医療施設の最も整った中央特区に集めるのも、こうした場合への対応や、万が一の安全を担保するため……ということらしい。

 

 あれから聞いたところによると、僕みたいに射精後も平気でいられる人はかなり珍しいとのことだった。

 

 あの日も僕は全然平気なのに、最後の方では楓さんに何度も心配されてしまい、逆に申し訳なくなってしまった。僕はただ、気持ち良すぎて呻いていただけなのだ。

 

 本来、そうした行為直後の男性なら倦怠感に襲われて1日動けなかったり、熱を出して寝込むこともあるらしく、そんな男性の世話をするために、専属メイドがいるのだとか。

 

 今までだって考えられないくらい良くして貰っている上、更にそんな迷惑をかけずに済んだことは、僕にとっては幸いだった。これも他の男性たちに失礼だろうから、口には出せないんだけど……。

 

 ちなみに、男性のそうした体質は2025年に起きたバイオテロのせいらしい。

 

 その時にばら撒かれたウイルスが、人類の遺伝子に恒久的な影響を与えてしまった、ということだった。そのせいで、女性は稀にしか男児を孕まなくなり、男性は精子を生み出すのに大きな苦痛を伴うようになってしまったと……。

 

 以来、およそ100年。人類はあの手この手で根本的治療を目指しているが、いまだに叶っていないそうだ。これは歴史の授業でも習うことで、世界中の人たちが知っている。

 

 僕からすると、普通に生活していて他の男性のそうした部分を耳にすることは無いし、いくら射精しても身体は平気だしで、なんとも実感が薄かった。楓さんもそう言うのだから間違いないんだろうけど。

 

 そんなことを考えていると、楓さんの方の準備が終わったらしく、いそいそとベッドの上に乗ってくる。そして僕の下半身にかけられたバスタオルの端に両手をかけ、こちらを見る。

 

「……それでは、始めさせて頂きます」

「うん、よろしくね」

 

 精子提供の介助に関して、ごめんなさいとか申し訳ないとかって言葉を使うと、楓さんがどこか悲しそうな顔をすることに気付いていた。

 

 そこにだけ注意をして、僕は楓さんの手に身を委ねた。

 

 

 ◇

 

 

 すやすやとお休みになる圭人様の隣で添い寝をしながら、私は幸せを噛み締めていた。

 

(なんて綺麗な寝顔なのだろう……)

 

 本日も無事に自身の存在価値を示せただろうか、と考える。

 

 あれから3日しか経っていないのに、今回も4度の射精に導くことはできた。精液の量は規定を遥かに超えていて、おそらく多くの女性たちの腹に恵みをもたらすだろう。

 

 しかし、無理をしたわけではない。むしろ圭人様は、前回より余裕がある様子だった。

 

 過去の文献によると、正常世代の男性は3日に一度、下手をすれば毎日の射精にも耐えられたというから、今回の精液に問題がなく身体的なストレスも無いとなれば、国から求められる精子提供の頻度はかなり高いものになるかもしれない。

 

(一体、どんな評価になるのだろうか)

 

 先刻、初の精子提供(おつとめ)で採集した精液は保冷機能のある専用の容器に入れられ、警備付きの輸送車で回収されていった。

 

 ちなみに警備の彼女らも、私と同じ訓練施設の出身者たちだった。「たしかに受領いたしました」と私なんかに律儀に敬礼するその腰には、拳銃(ハンドガン)用のホルスターを提げられていた。

 

 今や男性の精子には、かつて古い時代の金塊よりも価値がある。警備に当たる者と装備の質も、それに比例して高くなるのが道理だった。

 

 そうして運ばれていったあの精子は、これから医療機関で検査され、仮の繁殖ランクが与えられる。

 

 更に半年もすれば実際の着床率などを元に正式な評価が下され、以降は回数を重ねるごと、男児の妊娠確率などでランクは大きく上下することになるだろう。

 

 これは主に精子提供によって貢献ポイントを稼ぐ男性にとっては、とても大事なことだ。

 

 ただしそれは、私個人からしてみれば……この可愛い圭人様の精子を使って、どこかの誰かが子を孕むということでもある。

 

 今から1年もしないうちに、彼の血を引いた子が、知らぬ場所で産まれ出てくるのだ。そのことを思うと、胸の中に嵐のような感情が吹き荒れる。

 

(精子提供に対して昏い感情を抱くなど、専属メイドとしてあってはなりません…)

 

 そう自分に言い聞かせて、圭人様の見守り(寝顔観察)に集中する。部屋の中は暗いが、私は人と比べてずっと夜目が利く。

 

 精子提供の日は、就寝中の男性の様子を見守るため、こうして添い寝をするのがルールだ。

 

 いつも通りに就寝しようとする圭人様の元へ、私がゆったりとしたワンピースタイプのパジャマとナイトキャップを身に着けて現れてソレを告げた時、圭人様は盛大に狼狽えていた。

 

 でも、けして拒否はされなかった。

 

 それどころか恥ずかしそうにしながら「手を繋いでも良い?」と聞かれ、更に「僕は大丈夫だから、楓さんもちゃんと眠ってね」と気遣われてしまった。

 

 そして暗闇の中、しばらく私と取り留めのない話を続けているうちに、圭人様は力尽きたように眠ってしまい……その様子はまるで幼子のようだった。

 

(なんと愛らしいこと。これを、今から圭人様の子を孕む女たちは経験できないのですね……)

 

 そう自分を慰めた私は、両手で握った圭人様の右手にくちづけをし、名残惜しさを感じながらゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 その日の夢の中。

 私は圭人様との間に産まれた我が子を抱いて、楽しそうに笑っていた。

 

 妊娠のできない私には、叶えられない夢だった。

 

 

 ◇

 

 

「ただいまー」

「あら、おかえりなさい、圭人。楓ちゃんも、いらっしゃい」

「芳乃(よしの)様、今夏もお邪魔いたします」

 

 夏休み二日目の午後、僕たちは実家の玄関をくぐっていた。

 母さんは僕たちをひとりで待っていたようで、リビングからすぐに出てきた。

 

「あの…これ、つまらないものですが」

「いつも悪いわねー。ここまで運転、大変だったでしょう?」

「いえ、圭人様とお話をしていると、あっという間です」

「あらあら。圭人、あんた幸せ者だねぇ」

「いてて……あれ、恵理(えり)は?」

 

 ニヤニヤと笑って肘で小突いてくる母さんの言葉を誤魔化すように、僕は妹の居所を尋ねる。いつもなら真っ先に楓さん目掛けて突進してくるのに。

 

「午前中から友達と市民プール。昨日リニューアルしたんだって」

「へぇ……たしかにもう古かったもんね、あそこ」

 

 僕も小さい頃に何度か連れて行って貰ったことがある。

 

 大きくなるにつれて注目を浴びるようになってしまい、行けなくなったけど……でも、プールといえば……。

 

 一瞬、楓さんの水着姿を想像してしまい、慌てて思考を逸らす。

 

「ばあちゃんは?」

「そりゃ元気よ。今は老人ホームとこっちを行ったり来たり。明後日に施設内のゲートボール大会があるから、土曜日に戻ってくるって言ってたわね」

「もしかしてこれって…」

「そう、全部施設のゲートボール大会のトロフィー。あそこ上手い人集まってるらしいんだけど、どうやらばあちゃん、それ以上らしいわ。今度、他県に遠征だって」

「すごいですね……」

 

 楓さんも、リビングに飾られたトロフィーの数に目を丸くしている。

 エンジョイしてるなあ、ばあちゃん……。

 

「ただいまーっと…この靴は……楓さん!!」

「お久しぶりです、恵理様」

 

 ダダダダと勢い良くリビングに飛び込んできた恵理は、そのままの勢いで楓さんにしがみついた。その肌は見事に日焼けしている。

 

 座ったまま両手を広げてしっかりと受け止めた楓さんは、かなりの勢いがあったのに全く動じることもない。もう慣れたもので、よしよし、と恵理の頭を撫でている。

 

「……ん?」

 

 メイド服を内側から押し上げる大きな胸に、スリスリと顔を擦り付けていた我が妹は、薄目でこちらを見てニヤリと笑った。

 

(どーだ、羨ましかろ)

(……貴様ッ)

 

 他の役に立たない、兄妹による以心伝心(アイコンタクト)。

 

 あんなことをして貰っているのに関わらず、楓さんのそこは僕にとって未知の領域だった。

 

 悔しそうな僕の顔を見た楓さんが、不思議そうな顔をする。

 

「どうされましたか、圭人様」

「いえ、何でもないです……」

 

 僕も女の子に生まれれば良かったと、はじめて思いました。

 

「楓さん、おにぃなんて良いから、私の部屋でいっしょにゲームしよ、ゲーム!!」

「ふふ、かしこまりました。でも、あとで宿題もしなくちゃダメですよ?」

 

 

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