【総集編】男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話   作:木刀

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最終話 希少男子と専属メイドが人生を謳歌する話

「うわ、すごい……柔らかくて、気持ち良い……」

 

 周防圭人(すおう けいと)は、初めての感触に感動していた。

 

「……ん…ッ、圭人様ッ、そこは少し、感じ過ぎてしまいます……んぅ…ッ」

「ご、ごめん…ッ、これなら続けても、大丈夫?」

 

 楓(かえで)の切羽詰まった声に、圭人は力を緩めて動かし方を変える。

 

「はい…ッ…大丈夫です、ああッ、あまり擦られると……ん…ッ、んん…ッ」

「……僕、こういうの初めてで……痛かったらごめんね……」

 

 更に優しい動きに変えて、囁くように謝る。

 

「全然、痛く……はぁ…ッ、ありませんッ……私も…ッ…慣れてなくてッ…、あ、ああ…ッ…」

 

 更に余裕が無くなっていく楓の様子に、圭人は不安そうな顔をする。

 

「楓さん……もうやめにする?」

「い、いえ…ッ、圭人様が気持ち良いなら、続けて、くださ…イッ…ッ………」

 

 どうにか言葉を吐き出した楓は、そのままぶるぶると震えて動かなくなった。

 

「あ、ピクピク震えてる。……あれ、楓さん?」

「……………は……ぃ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この馬鹿どもッ、昼間っから乳繰り合ってんじゃねえッ!!」

「うわぁッ!?」

 

 昼食後の喫煙タイムから戻ってくるなり、遼子(りょうこ)は声を荒げてブチ切れた。

 

「……あの、僕たち……そんなことしてないですよ、遼子さん」

 

 怒り狂った様子の遼子を刺激しないよう、圭人は控えめに抗議した。

 

「アホかッ、そんな簡単に触らせるモンじゃねーんだよッ、獣耳(それ)は!! オレが向こうで一服してる間になにヤッてんだ!! 楓を労うために肩揉んでやってたんじゃねえのかよ!?」

 

 遼子が喫煙に向かう時に見たのは、圭人が、大型テレビ前のソファに座る楓の背後に立って肩揉みをしている、まるで姉弟のような微笑ましい光景だった。

 

 しかし戻ってみれば、圭人は楓の肩ではなく、ふたつの猫耳を指先でこねくり回したり、手のひらで揉んだりして、その感触を思う存分に楽しんでいたのだった。

 

「そ、そうですけど……なんか目の前にあるから、触り心地が気になって……楓さんも触って良いって……ほら、美涼(みすず)さんも、よく遼子さんの尻尾に触れてるって言ってたし……」

 

「オレはお前らみたいに人前で触らせたりしねえよッ」

 

 圭人の言い訳に、両手を腰に当てて呆れる遼子。

 

 タバコを吸っている最中に、狐の聴力でその会話を拾った時は、二人がリビングで事を始めてしまったのだと思ったくらいだった。……それでも、貴重なタバコは最後まで吸い切って来たが。

 

「まったく、楓が獣人バレした途端にこれかよ……以前と状況変わりすぎだろ」

 

 最近の楓は、家の中ではヘッドドレスを外して猫耳を晒すようになっていた。スカートにも尻尾を通す穴が開けられていて、黒く長い猫の尾を表に揺らしながら生活している。

 

 実はそうした変化も、圭人が望んだことらしい。

 

 彼が時折、楓の猫耳と尻尾をジーッと盗み見ているのを、遼子は察していた。かつて自分の狐耳と尻尾にも多少の興味を示してはいたが……惚れた女に生えているソレはやはり特別なのか、今の彼が見せる執着は、その時の比ではなかった。

 

 そういえば記憶を取り戻す前から、彼と美涼は気が合うんだなと思っていたが……二人とも同じ趣味嗜好の持ち主だったからなのか、と遼子は今更になって気付いた。

 

 とりあえず、獣人についての知識に乏しい圭人に、今の状況を教えてやる。

 

「あのなぁ……個体差はあるが、神経の集まってる獣耳や尻尾は敏感なヤツも多いんだぞ? ホラ、その証拠に、楓の顔を見てみろよ」

 

「……え?」

 

 遼子の言葉に慌てた圭人がソファの前に回ると、そこには顔を紅潮させ、息を荒げて涙目になっている楓の姿があった。

 

 目の焦点は合わず、口元からは涎を垂らし、膝の上に置かれたクッションは両手で握り潰されていて、スカートの中で内腿を切なそうに擦り合わせている。

 

「わあッ、ごめん楓さんッ、ちょっと夢中になり過ぎちゃった……ッ!!」

 

 圭人は、その痴態に気付かぬまま、今まで猫耳を弄り倒していたのだった。遼子が止めに入らなければ、更にマズい事態になっていたことは明白だった。

 

「……ッ…い、いえ、圭人様の申し出を断らなかった、私が悪いのです……ま、まさか、こんなに凄いなんて、知らなかったもので……途中からは、もう、止められませんでした……」

 

 楓はソファの背もたれからよろよろと身体を起こし圭人を庇うが……もはや顔どころか首元まで真っ赤に染まっており、涙に濡れた目元からは色気が溢れていた。

 

 それを見て、思わず喉を鳴らす圭人。

 

 遼子がちらりと視線を横にやると、紅茶を淹れていたはずの美涼がキッチンカウンターから頭だけ出してこちらを熱心に見ていた。どうやら、二人の行為をああして観察していたらしい。

 

 携帯端末のカメラを構えたまま、遼子に向かってサムズアップしている。

 

「はぁ……お前らなぁ。その調子で坊主が成人するまで我慢できんのかよ? もう今夜とか、やべえんじゃねぇのか?」

 

 いつの間にかチームの常識人枠に収まっている遼子が、核心を突く。

 

 2125年の日本では、二人のそうした行為が合法になるには、まだ10ヶ月近く……つまり、およそ300日もある。というのに、両想いになってからたった数日でこの有様である。

 

 二人は互いを見つめ合ったまま、その問いかけに答えることができなかった。

 

「……いや、否定しろよッ、頼むからッ」

 

 遼子は、自分の上司(小見山楓)が未成年男子への淫行で捕まる未来を想像して、頭を抱えた。

 

 

 ◇

 

 

 2125年8月。

 

 日本政府は、福祉貢献制度の礎となっている「男性保護及び国際相互補助条約」の批准国全てに対して、緊急会議への参加を要請した。

 

 開催地は米国の国連本部が設定され、要請があった8月初旬からたった半月での開催となったものの、オンラインを含めて全ての批准国が参加することになった。

 

 それは一連の【希少男子拉致事件】により懸念が強まった事柄に対するものであったため、彼からの恩恵に授かりたい国々は参加を余儀なくされたのである。

 

 日本からの参加者は、福祉貢献大臣と防衛大臣の二名だった。

 

 示された提案は主にふたつ。ひとつは、人類の存続に関わる生殖ランクA++保持者の個人情報を保護する新たなルールを設けること。もうひとつは、獣人たちに課されている厳しい現状の変更である。

 

 最初に、提案の理由について、福祉貢献大臣の結城加代子(ゆうき かよこ)から説明されることとなった。

 

 

 ◇

 

 

 まずは前者の【希少男子保護のための改正】について。

 

 福祉貢献ランキングで公表される情報の扱い変更については【希少男子拉致事件】の経緯説明と共に、各国へ必要性を訴える形になった。今回の事件も、9月の新ルール発効へ向け、国の管理する個人情報と、福祉貢献制度のデータを連携させようとした隙を突かれたことが発端だったからだ。

 

 結果的にはそこにトロイの木馬となる自衛プログラムが仕込まれていた(※小見山楓(おみやま かえで)の計らいで、そういうことになっている)ため大事には至らなかったが、それが無ければ国外への逃亡も成功してしまっただろうとされた。

 

 また、今の仕組みのまま、自衛のための準備が十分でない国々に新たな【希少男子】が現れた場合、必ず身柄の奪い合いが始まり、先の生殖資源戦争の二の舞となる……その可能性を強く指摘されると、戦争で多くを失った国々は安易に否定することができなくなった。

 

 最後に、事件後の希少男子がPTSDを発症し、専属メイドの献身によって症状を回復するまで精子提供が行えなかったことが付け加えられると、ほとんど異論を差し挟む余地は無くなっていた。

 

 

 

 後者の【獣人の取り扱いに関する改正】に対しては、説明中から各国の反発が強かった。

 

 しかしそれも、本来は平和なはずの日本へ攻め入った獣人解放同盟の正体が、欧州で獣人の実験部隊として生まれ、各地で獣人解放のクーデターを支援していた歴戦の傭兵部隊だったことが伝えられると、それまで日本を糾弾していた国々の勢いが止んだ。

 

 彼女らは獣人の取り扱いを正しく定めたはずの条約の歪みが産み出した存在だったからである。ルールを定めるに当たって主導していた多くの国々にとっては、耳の痛い話となった。

 

 また、戦場に出る獣人たちの情報を保護するという建前で、福祉貢献ランキングに名前が記載されないことが、彼女たちへの正しい貢献ポイントの配布を妨げ、奴隷のような不公平な扱いを助長していると指摘された。

 

 更に昨年、寿命により30代の若さで死亡した獣人の数が、戦死、殉職したそれよりも多かった事実が、この場で全世界へ公表されてしまった。

 

 それらの死者を出した国々は、条約を守ることと引き換えに獣人たちを使い捨ての兵器として格安で輸入していたのだが、しかし与えるべき貢献ポイントの上前を刎ねる行為が横行しているとなれば、暗黙の了解としていた輸出国も黙っていることはできなくなる。

 

 結城加代子の策略により、会場は混沌とした雰囲気になっていった。

 

 

 ◇

 

 

 休憩を挟んだ後、今度は改正内容の提示が行われた。

 

 まずは場の混乱を治めるため【獣人の取り扱いに関する改正】についてから話されることになった。しかしこれは、結城加代子の作戦のひとつだった。

 

 改正内容の提案前に、各国の防衛力低下に対しての代替案が示されることとなった。斉藤(さいとう)防衛大臣が、流暢な英語で話し出す。

 

『それでは、こちらをご覧ください』

 

 そう言って映し出されたのは、どこかの実験場だった。

 

 何箇所かに突入訓練に用いられるようなブロック塀の建物が設けられ、あちらこちらには敵兵を想定したと思われるマネキンが多数配されていた。その中央には一台の乗用車と、大き過ぎる巨躯の獣人の姿があった。

 

 彼女は目出し帽で顔を隠しており、特注品であろう陸自の迷彩服の上から、黒いムカデを思わせるような外骨格型のアシストスーツを身に着けている。

 

 やがて画面の右上に【戦闘モード ON】の表示が出ると、巨躯の獣人が乗用車を軽々と持ち上げる。そのまま、多数のマネキンを巻き込むように投げつけ、自動車を爆発炎上させてしまう。

 

 更に、轟音の鳴り響くパンチ一発でブロック塀を破壊し、まるで大砲の直撃のような衝撃を受けた破片が、壁の向こうに立つマネキンをズタズタに引き裂いていく。

 

『知っている方もおられると思いますが……これはかつて欧州で活動していた技術集団が作り出したオーバーテクノロジーの一部で、今回の獣人解放同盟が使用していたものです。我々は、これら装備の設計データを入手いたしました』

 

 事情に詳しい者が驚きの声を上げると同時に、要所が黒塗りになった図面が画面上に表示される。それは5年前、訓練部隊を率いて組織の研究施設を制圧、破壊した小見山楓(おみやま かえで)が、極秘に抜き取っていたデータの数々だった。

 

『我々は米国と共に研究を進め、条約に批准される各国へは完成品を有償提供する予定です。現在、獣人と人間の両方で使用できるタイプのアシストスーツが完成間近となっており、他にも、同時操作可能な高性能ドローン兵器や特殊戦闘車両など、これまでに無かった装備の開発が始まっています』

 

 周囲のどよめきを聞きながら、結城は考える。

 

 ゼロワンと名乗っていた灰色熊の獣人に合わせて作られていたアシストスーツを、一般用にダウンサイジングした設計データ……これも、小見山楓から預かったチップには収められていた。そのお陰で、こうして代替案のひとつとして提示できてはいるのだが……。

 

『また、今回の事件では対獣人用に日米で共同開発されていた非致死性弾を用いたお陰で、我々は犠牲者を出さずに敵の制圧に成功しています。これも希望国には併せて提供を開始するため、今後は戦場での獣人の優位性は薄れていくものと想定されます』

 

 今、斉藤(防衛大臣)が話している【5.56mm対獣人制圧弾】の時にも同じようなことがあったのだったな、と一度考えて、再び思考を目の前の会議へと戻した。

 

 

 ◇

 

 

 獣人たちの扱いについて提案されたものは、以下の六つだった。

 

 一、獣人たちに職業の選択権を与えること。

 二、獣人たちに正当な貢献ポイントを与えること。

 三、獣人たちの寿命の制限を無条件に解くこと。

 四、獣人たちに生殖機能を取り戻させること。

 五、獣人たちを福祉貢献ランキングに記載すること。

 六、全ての獣人たちに上記の権利を与えること。

 

 見覚えのあるその内容に、議場はまたしても騒がしくなる。一部の国々の代表が、議長の許可なく発言した。

 

『これでは、獣人解放同盟と同じではないか!!』

 

 某国の代表が、日本からの提案に噛み付いた。応対したのは結城加代子だった。

 

『それに何か問題でも?』

 

『あるに決まっているだろう!! これでは危険な獣人たちを野に放つようなものではないか!! 第二、第三の獣人解放同盟が現れたらどうする!?』

 

 獣人たちの扱いを変えたくない怠惰な国々の代表が、その言葉に追従した。しかし、結城加代子はそれを一笑に付してみせた。

 

『ふん、これは異な事を仰る。貴国は、その獣人解放同盟との取引に応じていたではありませんか。防衛力を補う代替案が先に示されている以上、条件としてはこちらの方が良いはずなのに……何故そこまで態度が変わるのですかな?』

 

『な…ッ!?』

 

 それは、小見山楓が敵拠点に乗り込んだ際、ゼロツーという獣人解放同盟の交渉役から手に入れていた切り札であり、あの時に託されたデータの中で最も重要なものだった。今回の会議においては、この情報が最大の武器となる。

 

『ああ、言い忘れておりましたが、我々は彼らと各国の取引データを入手しております。なんなら、ここで貴国との取引内容を公開して差し上げましょうか』

 

『そ、そんなことが許されるわけ……ッ!!』

 

『元々、他の批准国と福祉貢献制度を裏切って敵との取引に応じたのはそちらでしょう。今、この場において貴国の排除を求めても、何ら問題はないと思いますがね』

 

 そう断罪された某国の代表は、そこで初めて気付いた。会議が始まってから、いくつかの有力国が一切の異議を唱えていないことに。おそらく、水面下では既に取引データの存在をチラつかされ、交渉を終えているのだ。

 

 それらの国の代表たちを見ると、彼女と目を合わせないようにしていたり、逆に同情的な視線を送る者もいた。だが、救いの手を差し伸べる者はただの一人もいなかった。

 

 自ら進んで生贄となり、力尽きたように項垂れる哀れな女を、結城加代子は頬杖をついてつまらなそうに見る。

 

 同じような立場で騒いでいた各国の代表たちは、その様子を見て何も言えなくなってしまった。中には、自分たちの国が獣人解放同盟と取引を行ったのか把握していない者さえいた。

 

『他にご意見は? ……無ければ先に進みたいと思うのですが』

 

 それは、まさに女帝と呼ぶに相応しい姿だった。

 ……結局、議場には、誰一人として異議を唱える者はいなかった。

 

 

 ◇

 

 

 再び、結城加代子の口から希少男子の情報保護についての提案内容が伝えられる。

 

【年齢の如何に依らず、生殖ランクA++以上の者及び関係者の個人情報は、当事国と世界福祉貢献機構のみで共有をし、それ以外に伝える際は本人の許可を必要とする。また、その許可なく情報を漏洩した者は貢献ポイントを全て没収、当事国へ身柄を移し裁かれるものとする】

 

 以上が、その内容だった。

 

『これは先に定められた5月の改正に対するカウンターではないのかね?』

 

『あちらには、批准国間に存在していた不均衡を正す役割がありましたから。それを無意味にしようというわけではありません。むしろ、希少男子の扱いについて定めるものが少ない条約全体をカバーするものだと思っていただければ』

 

『今回の事件で情報の取り扱いに細心の注意が必要なのは分かるが、あまりに極端すぎるのでは? 貢献ランキングの上位に掲載される価値が無くなってしまうのではないか?』

 

『今回は希少男子の家族も同時に襲撃されておりますから。将来、小国などに別の希少男子が産まれた場合、このくらいでないと対応できません。また、希少男子ほどになれば貢献ポイントの獲得量トップは確実ですし……殿堂入りと考えれば、自然なことかと』

 

 こちらは、比較的落ち着いて、損得を抜きにした議論が行われた。全員の中で、人類の存続に関わる重大事という思考が働いているのかもしれない。

 

 それか、先のやり取りに多くの国の代表が萎縮してしまったか。今、議論をしている国々の名前は、あのデータの中には無かったな、と結城は考えた。

 

 

 ◇

 

 

 結城加代子は、その議論の最後に付け加えた。

 

『ここで最後に、ひとつ提案しておきたいことがあります。これはまた時間をかけて議論すべき内容であるため、今回の議題とはしませんでしたが……産まれる男児の確率が極端に高い、今の希少男子のような者の場合に限り、複数の代理母採用を認める、というものです』

 

 その発言に、ここまでで最も大きい騒めきが起きた。現在の条約では、命の選定や、複数の代理母を用いて自身の血統から男児を産む試みをすることが禁じられているからだ。

 

 ただでさえ人口減少が進んでいる中でそれをすれば、更に多くの労働力が失われてしまう。その上、限られた精子を無駄にし、母体に無理をさせることにもなる。1/1000の当たりを引こうとすれば膨大な試行回数が求められ、これはあまりにも確実性に欠けた。

 

 しかし、その確率が収束して更に上がり、男児率1/20となっている希少男子の精子であれば、話が変わってくる。仮に30人の代理母を用意できれば、80%近い確率で【自身の血を引く男子】を手に入れられる。世界中の王侯貴族や富豪たちからすれば、これはまたとないチャンスとなるだろう。

 

 もちろん、代理母の保護など決める必要があることが多すぎるため、今すぐにそれを求めることはできないが、結城加代子のその一言により、希少男子は多くの国々にとって「何があっても絶対に守らなくてはならない存在」へ変貌した。

 

 ほぼ趨勢が決まった中、結城加代子はさらに追い討ちをかけた。

 

『ちなみに今回、希少男子の精子提供に悪影響を及ぼしたPTSDの発症は、彼が獣人の境遇を憂慮したことが主な原因でした』

 

 そして、最も重要なことを伝える。

 

『何せ希少男子の最愛の女性は、専属メイド(獣人)ですので』

 

 

 ◇

 

 

 採択の結果が世界中へ速報されると、その反応は劇的だった。

 

 中には獣人たちが無条件で解放されることへの懸念を示す者もあったが、採択が全会一致だったことで、その矛先を失った。

 

 希少男子の正体が明かされないことになって失望した者も多かったが、先の拉致未遂事件の結果と言われれば納得せざるを得ない。

 

 ……だが今回、世界中で最も話題になったのは、直近9月から発効するこれらの新ルールに関してではなく……なんと【希少男子と専属メイドのロマンス】についてだった。

 

 会議の中で結城加代子(ゆうき かよこ)の口から語られた内容。

 

 それを組み立てた「希少男子は獣人である専属メイドを想うあまりPTSDを発症し、専属メイドはその克服のために身を捧げた」という純愛ストーリーが、世間を熱狂させたのである。

 

 そのムーブメントは、世界を席巻した。

 

 その後、たった一週間で、国内外の有名アーティストたちが、二人をテーマにした楽曲を次々に発表し、また著名な映画監督とタッグを組んで映画化を決めた大手フィルムメーカーまでも登場した。

 

 主演となる希少男子役は、中性的な容姿が人気の若手女優が演じることになり、更に専属メイド役には本物の獣人をオーディションで採用すると伝えられ、リアリティを求める観客たちには喜びを持って迎えられた。

 

 男性と獣人、主人とメイド、少年と警護官という、属性全盛りのようなシチュエーションに、日本の一部界隈も大いに盛り上がった。SNSは二人の姿を想像したファンアートに溢れ「次のコミケ(C307)はこれに決まりました」と宣言する大物作家も現れていた。

 

 ……何故、こんなことになったのか。

 

 簡単に言えば、男女比が1:1000であるこの世界は「男女のラブストーリー」というものに、非常に飢えていたのである。

 

 もちろん、作品のテーマとしては普遍的で昔から存在していたが、多くの古典作品は世界観が今とはあまりにかけ離れており、現代に合わせて作られた新作も、ほとんど空想の産物に過ぎなかった。

 

 それが、いきなり実話として、しかも世界唯一の希少男子を巡る物語のひとつとして現れたのである。また、多くが語られず、その正体が明かされないという神秘性も、人々の想像力を大いに掻き立てた。

 

「こ、これは少し、想定外でしたね……」

「……? どうしたの、楓(かえで)さん」

 

 結果として、このような世間の受け止め方と、そこから生まれた巨大な潮流が、獣人への偏見と差別を和らげることになるのだが……流石の小見山楓(おみやま かえで)も、そこまでは予想できなかったのである……。

 

 

 ◇

 

 

 そして、2125年9月。

 

「いってらっしゃいませ、圭人(けいと)様」

「いってきます、楓さん」

 

 遼子(りょうこ)は、新調されたミニバンの中から二人が口付けを交わすのを見ていた。やがて、名残惜しそうにしながら圭人が後部座席に乗り込んで来る。

 

「そんなに離れたくないなら、以前言ってたように通信制課程に変えちまうのも手だったんじゃねえか?」

 

 車を発進させながら遼子が言うと、しばらく楓に手を振り返していた圭人が、その姿が見えなくなったタイミングで答える。

 

「そんなことできませんよ。折角、楓さんが守ってくれた日常なんですから」

 

 周防圭人(すおう けいと)が、ただの男子として人生を送れること。それは、小見山楓が彼のために用意した、あまりにも大きな贈り物だった。

 

 そのために彼女は、総務省のデータを盗んで事件を誘発させて危機感を煽り、9月の新ルール発効までに間に合うよう、ことを仕組んだのだ。結果、小見山楓と結城加代子の働きにより、周防圭人の変わらぬ日常は守られることになった。

 

 ちなみにあの日、事件が起きてすぐに特区内の学校全てが休校となり、その後一度も登校が再開されずに夏休みに入ったため、そこから彼の素性がバレることも無かった。今、こうして同じ学校に通えるのもそのためだ。

 

 圭人は、楓から直接、それらの事情や秘密を全て聴き出していた。

 

 事件を陰でコントロールしていたなどと知られて嫌われることを恐れた楓の口は堅かったが、猫耳の責め方をマスターした今の彼にとって、それを割らせるなど造作もないことだった。

 

 どんな拷問にも耐えられるはずの彼女も、彼から与えられる甘い責め苦には一瞬で陥落してしまう。おそらく、今となっては彼の方が、遼子や結城加代子よりも真実に近いところにいるだろう。

 

 ベッドの上で気を失い全身を震わせる楓の姿は本当に目の毒で、毎晩我慢するのが大変なのだが……彼はこの点においても、昨日、とある人物からひとつの抜け道を教えられていた。

 

 そして今週、楓は病院で処置を受ける。彼女は寿命の制限を解かれ、不妊の悩みからも解放されることになるだろう。

 

「……それに、時間はたくさんありますしね」

 

 圭人は、窓の外を眺めながら、にこにこと微笑んだ。

 

 

 ◇

 

 

『ふん、まさかかつての敵国に身を寄せることになろうとはな……』

 

『あら、良いじゃない。我々の大願は成就したのだし、私たちも寿命の心配をする必要は無くなったわ。こうしていられるだけ、幸せよ』

 

 米国行きの輸送機の中で、ゼロワン(エヴァ)とゼロツー(アンナ)の二人は身を寄せ合っていた。ゼロワンの身体を支えていたアシストスーツは外されており、今は特注の車椅子に乗り、ゼロツーを巨大な腕の上で横抱きにしている。

 

『それは、たしかにそうだがな……』

 

 機内には、生き残った部下たちが全員揃っていた。例の専属メイドがどんな魔法を使ったのか、まだよく理解していないが……率いていた者たちの命がまだこうしてあることは、幸福なことだと感じている。

 

『ふふ、やっぱり、周防圭人(坊や)と一度話しておきたかった?』

『……いや、今となっては叶わぬことだ』

 

 ゼロワンが、彼女に日本語の教えを受けていたのは、いつか周防圭人と直接話すことが目的だった。獣人たちの窮状を救える唯一の存在として彼を半ば尊崇していたゼロワンは、結局、直接会えば彼を怖がらせてしまうだろうと、一度もその前に姿を見せなかった。

 

 彼女らに対して情状酌量まで求めた圭人の温情もあり(※実際は、自分たちのために巻き込まれたことへの罪滅ぼしだった)、これから長期間に亘って米国で新装備開発に協力する条件で、身柄の引き渡しが決まった。

 

 ある程度の自由を保障されるものの、体内に発信器を埋め込まれ従事するこれは、実際には懲役刑と変わらず、扱いも実験部隊時代と同じなのだが……それでも愛する者たちの命の心配をしなくて良いという点では、まったく違っていた。

 

 

「なぁに、貴女たち、楽しそうねー?」

 

 

 ゼロワンが視線を上げると、そこには、結城大臣に護送役を頼まれてゼロワンたちに同行する、周防芳乃(すおう よしの)がいた。どうせ自宅を建て替えている間は暇だからと、彼女は二つ返事でそれを請け負った。

 

 輸送機の騒音の中でも、にこにこしながら話す彼女の声だけは、ゼロワンには何故かしっかりと聴き取れる。

 

「イエッ、何デモ、アリマセンッ」

『……エヴァ? 貴女、一体どうしたの?』

 

 固定された車椅子に乗ったまま、まるで上官に出会ったかのように敬礼をするゼロワンの姿に、ゼロツーは訝しげな顔をする。

 

 ずっと他の隊員と離れて収容されていた彼女は、周防芳乃の自宅を襲撃した03(ゼロスリー)や、別行動を取っていたゼロワンが目の前の日本人にどんな目に遭わされたのかを、まだ知らなかった。

 

 装備が無いとはいえ、世界を騒がした獣人解放同盟の面々が、大した拘束もなく運ばれている理由が、芳乃(これ)だった。ゼロワンを始め、多くの者たちの身体と心に、その恐怖は刻まれている。

 

 ……

 

「アメリカってどんな感じなのかしら……私、一度ラスベガスってところに行きたいのよねー。恵理(えり)たちにお土産も買わなきゃだし……あ、ゼロスリーちゃん、ちょうど良かった。向こう着いたら通訳してくれない? ……え、駄目?」

 

 ……こうして自称兼業農家が、世界に解き放たれていったのである。

 

 

 ◇

 

 

「おはようございます、小見山(おみやま)さん。体調はどうですか?」

「眠っている間に終わってしまった感じですから……今はまるで、実感が無いくらいです」

 

 病院で、寿命の制限解除と妊孕性(にんようせい)の回復、その両方の処置を終え、覚醒して個室のベッドで身体を起こしていると、圭人様の主治医である丸山(まるやま)先生が私を訪ねてきてくれた。

 

「ああ、そんなものかもしれませんね。ただ、処置は問題なく行われましたから、ご心配なく」

「丸山先生、わざわざ同席いただきありがとうございました」

 

 私はベッド上でお辞儀をする。

 

「いやいや、こう見えて院内では顔が利きますし、圭人くんのお願いでしたのでね。彼の不安や不満を解消することも、私の仕事ですから」

 

 そう言って、丸山先生は人の好さそうな笑みを浮かべた。私も圭人様も、この方には助けられてばかりだ。いつか、ご恩を返す機会があれば良いのだけど……。

 

「そういえば、小見山さんが彼の同席を拒んだのでしょう? 圭人くんが嘆いていましたよ」

 

「心苦しくはあったんですが……処置中、私は薬で強制的に仮死状態にさせられますから、それを見た時の圭人様の反応が怖くて……」

 

「なるほど……たしかに、それで一度、記憶を失くしていますからね」

「はい……」

 

 丸山先生によると、圭人様は、獣人の話題から私の死を想起してしまい、そのストレスから身を守るために、私の存在ごと忘れてしまったのだという。

 

 もし、仮死状態の私を見たり、処置中に何かトラブルがあったりすれば、当時の二の舞になりかねない。もう二度と、圭人様に忘れられるのはごめんだった。

 

「まぁ、あんなことは滅多にないでしょうけどね。圭人くんの経過も問題ありませんし、処置もこの一回で終わりですから」

 

「本当に、重ね重ねありがとうございます」

「はは、どういたしまして。……ああ、そうだ。老婆心ながら、退院される前にひとつ忠告しておきましょう」

 

「は、はい、なんでしょうか……?」

 

「圭人くんは、おそらく小見山さんが思っている以上に、貴女のことを慕っています。……だから、いざという時に素直になることを恐れないようにね」

 

 丸山先生はそう言って、優しく微笑んだ。

 

 

 ◇

 

 

「楓さん、おかえりなさいっ!!」

「ふふ、ただいま帰りました、圭人様」

 

 マンションへ戻った私を、圭人様は大喜びで迎えてくれた。それが可愛らしくて、ついつい微笑んでしまう。

 

「それじゃオレらは帰るぞー」

「おじゃましました」

「お二人とも、ありがとうございました」

「遼子(りょうこ)さん、美涼(みすず)さん、ありがとう」

 

 私が居ない間、代わりを務めていてくれた二人が一緒に帰ってから、圭人様と二人、リビングのソファに隣り合って座る。

 

「ごめんね、迎えに行けなくて」

「いえ、私が病院へ来ないようお願いしたのですから」

「何か理由があるんでしょ? でも、三日は長かったな……」

 

 圭人様はそう言って、私の身体へ甘えるように寄りかかる。

 

「申し訳ありません。私も早くお会いしたかったです」

「……楓さんに、初めておかえりって言えて良かったよ」

「ああ……私も嬉しいです」

 

 今の言葉ひとつで、圭人様の隣が私の帰ってくる場所なんだと、改めて実感することができた。処置が終わってからなんとなくふわふわしていた気持ちが、すっと落ち着くのを感じる。

 

「それで、身体は大丈夫なの……?」

「はい、もちろんです。丸山先生にも、お墨付きをいただきました」

 

「良かった。それじゃ、楓さんの悩みも解決だね」

「はい、そうですね。……とはいえ、排卵が始まらなければ妊娠はできないんですけど」

 

 私の言葉に、圭人様は意外そうな顔をする。

 

「え? そうなの?」

「え、ええ、今は身体の準備を整えている段階です」

 

「……じゃあ、そういうこともできないってこと?」

「で、できますよ。まだ、受精はしないというだけで……」

 

「………ふーん、そうなんだ」

 

 ……なんだろう、少し圭人様らしくない気がする。

 

「圭人様、どうかされましたか……?」

 

 そう尋ねてみると、圭人様が私から身体を離して姿勢を正す。その表情は暗く、私は嫌な予感を覚えた。

 

「楓さんに、僕、言わないといけないことがあって……」

「え?」

 

「楓さんは、初めてキスした相手は誰?」

「もちろん、圭人様です」

 

 試験管の中で生まれ、母親と呼べる人すらいない私には、キスをしてくれる家族もいなかった。だから正真正銘間違いなく、私のファーストキスの相手は圭人様だった。

 

 私の即答を聞いて一瞬嬉しそうにした圭人様は、しかしすぐ暗い表情に戻ってしまう。そして、訥々(とつとつ)と話し始める。

 

「……実は、僕、違うんだ。……誘拐された時、ゼロツーって人に……」

 

 それは初耳だった。当然、記憶喪失状態だった圭人様からそれを聴き出すことはできなかったし、その後は藪蛇になることを恐れ、当時のことを敢えて話題にすることもなかった。

 

 今頃、彼女は生き残った獣人解放同盟の面々と共にアメリカにいるはずだが……やはり始末しておくべきだったか。

 

「もう少し早く仰っていただければ、速やかに処理できましたのに……」

 

 私の呟きに、圭人様は眉を顰める。

 

「楓さん、怖いこと言ってる? 僕、そこまではして欲しくないからね?」

「い、いえ、すみません。それで、他には何かされなかったのですか……?」

 

「うん、それは大丈夫……変な服で、ずっとぐるぐる巻きにされてて、最後は薬で眠っちゃってたみたいだし……ごめんね、楓さんと同じように、初めてじゃなくて……」

 

「そんなこと……」

 

 気にしないでください、と言いかけた私は、そこで丸山先生の言葉を思い出した。……そうだ、今こそ素直になるべき時だろう。

 

「……圭人様、私にも、まだ言ってないことがございます」

「えっ……まだ隠し事する余裕、あったんだ……」

 

 すぅっと、圭人様の声の温度が下がったのを感じて、私は慌てた。

 

「あっ、い、いえっ、そうではなくっ、このことについては尋ねられなかったので…っ…」

 

 まだ余裕があるなどと勘違いされたら、本当に責め殺されてしまうと私は怯え、早口で言い訳を唱える。毎夜行われていた圭人様による猫耳への蹂躙行為により、今の私は完全に躾けられてしまっていた。

 

 あれ以上は、おそらく耐えられない。

 

 最初、口の堅い私から秘密を聞き出すため、圭人様が私の身体をくすぐる代わりの手段として用い始めたソレは、あまりに刺激的だった。

 

 彼は快楽に身悶える私の反応を気に入ったのか、話す秘密をほとんど失った今も、就寝前の労いのマッサージとして、その行為を続けていた。

 

 毎回、気を失うほどの快楽の波に呑み込まれ、気付いたら朝だということが多くなっている。圭人様の手によって、痛みと快楽の間ギリギリを責め立てられることを、猫耳に覚えさせられてしまった。

 

 また、あの優しい囁き声で秘密を無理矢理に聴き出されてみたいという、どうしようもない欲求もあったが……いや、今はただ、思い悩む圭人様のためにこのことを打ち明けよう。丸山先生が間違っていたことは、無いのだから。

 

「……実は、圭人様の初めてのキスの相手は、私なのです」

「えっ? いやでも……」

 

「4月に添い寝を始めてから、事件が起きた7月30日の朝までに、ちょうど100回、私と圭人様は口付けを交わしております」

 

「え? ……ひゃく?」

「ですので、ゼロツーという女とのそれは、圭人様にとって101回目のキスに過ぎません」

 

 何故か、喜びより呆気に取られたという様子の圭人様。

 

「え? で、でも僕、楓さんとそんなことした記憶無いけれど」

「それは当然です。完全に寝入った圭人様の唇を、こっそり奪っていただけですので」

 

「……楓さんは、なんでそんなことしたの?」

「理由はありません。……ただ、可愛くて我慢ができませんでした」

「100回って多くない? それ、数えてたの?」

 

「はい。その前日までは90回ほどだったのですが、彼女たちの襲撃のタイミングが近いことが分かっていたため、ちょうどキリの良いところまで、と……ちなみに回数については、現在進行形で数えております」

 

 ちなみにこれまでの回数は214回だった。最近、その数は加速度的に増えている。

 

「我慢できなかったからって……」

「い、いえっ、最初のひと月は頑張って耐えたのですっ。しかし突然、その糸が切れてしまって……っ」

 

 圭人様の呆れた声に気付き、慌てて弁明する。……あれ、丸山先生、少し話が違わないでしょうか?

 

「……楓さん、たしか自制してたって言ってなかったっけ?」

「は、はい、しておりました。……その時までは」

 

「4月から7月まで……最初のひと月を我慢して90回って、そこから毎晩一回ずつはしてたってこと? 僕の同意を得ずに?」

 

「そうなりますね……な、なので、初めてかどうかはあまり気にしなくて大丈夫で……んん…ッ…!?」

 

 その瞬間、両手で私の頭部を掴んだ圭人様に唇を奪われ、口内に舌を差し込まれた。そのまましばらく、口の中を舐(ねぶ)られる音が、私の脳に響き続ける。

 

「…………、今日は何の日か、覚えてるかな、楓さん」

「…は、はい……、とても大切な、お、精子提供(おつとめ)の日です……」

 

 突然のことにボーッとしながら答える。元々、それに間に合うように処置の日程を組んで貰ったのだ。他の誰にも、その役目を譲るつもりは無かった。

 

 私の答えを聞いて、圭人様は満足したように微笑んだ。

 

「うん、そうだよね。でね、この間のことなんだけど、僕、丸山先生に聞いたんだ。精子提供のための性行為なら、僕が未成年であることが問題になることはないって」

 

「え……ッ!?」

 

 それは、精子提供における基本的なルールだった。

 

 当然と言えば当然だ。そうでなければ、人類存続のために未成年男子の精液を搾り取る行為そのものが、法による処罰の対象になってしまう。

 

「ねえ、楓さん。なんで黙ってたの? キスのことも、そのルールのことも」

「そ、それは…ッ…んうう…ッ!!」

 

 添い寝を禁止されるのが嫌だった、専属メイドとして圭人様の精子を無駄にしたくなかった、嫌われるのが怖かった、飽きられたくなかった、想いを伝えてから初夜を迎えたかった……。

 

 そんな言い訳を許されぬまま猫耳を掴まれ、悶絶する。スタンガンを当てられるより衝撃的で、それでいてどこまでも甘い快感が、全身を貫く。

 

「いつもより反応が良いね。これも処置のお陰なのかな」

「………ッ……んん…ッ」

 

「本当は今日で、楓さんの願いを全部叶えてあげちゃうつもりだったんだけど、身体がまだ準備中らしいし、それはまた今度ね」

 

 圭人様はそう言って、今度は私の両手首を掴んだ。

 

「ね、ねがい……?」

「僕との子供。欲しがっていたでしょう?」

 

 私は、ひとつの間違いに気付いた。

 

 ずっと、圭人様には特殊な身体能力が備わってないと思っていたけれど……実は、彼は自分の力を知らないだけ、使おうとしていないだけだったのではないか。

 

 その証拠に、先ほどの口付けの際の動作も、猫耳を掴んだ手の速さも、この私が到底反応できないものだった。そして今も、掴まれた手を振り解くことができない。

 

 少女のような細腕のどこに、そんな力が秘められているのか……。

 

 私が知る中で人類最強の、芳乃(よしの)様。

 その師匠でゲートボール大会で無双する、徳子(とくこ)様。

 小学生でありながらゲームの反応速度で私を圧倒する、恵理(えり)様。

 

 男性だからと言って、この一族の中で圭人様だけが身体能力に劣るなど、なぜ思い込んでしまったのだろうか。

 

 きっと彼はただ、誰よりも優しすぎるだけだったのだ。

 

 しかし、今は……。

 

「け、圭人様、怒っていらっしゃいますか……?」

「ううん、三日会えなかったくらいで、僕が楓さんに怒ったりなんか、しないよ」

 

 いつもお優しい圭人様が、顔を寄せて、私の瞳をじっと覗き込む。今は、その感情を読み取ることができない。

 

「……でも、もう逃さないからね」

 

 耳元で圭人様の声を聞いた私は、使えるようになったばかりの子宮が、その時を期待して疼くのを感じていた……。

 

 

 ◇

 

 

 カーテンの向こう側に日の光を感じて、目を開ける。

 

 私は、今まで気を失っていたことに気付き、慌てて顔を上げサイドテーブル上のデジタル時計を確認する。

 

『2125/09/10 Mon 05:25』

 

 良かった、まだ大丈夫だ……と身体の緊張を解くと、布団の中で自分が何も身に付けていないことに気付く。そのままそっと布団を持ち上げると、丸くなって眠る少年の頭部が、最初に目に入った。

 

 周防圭人(すおう けいと)様。

 

 私が専属メイドとして仕えるその方が、すぅすぅと心地良さそうな寝息を立てている。ちょうど私の裸の胸に頭を押し付けている形で、まるで憑き物が落ちたかのような穏やかな寝顔だった。

 

 ああ、そうだ……昨夜、いや一昨日の夜からずっと、圭人様と……。その顛末を思い出して顔が熱くなる。一体、あれから何度求められたのか。

 

 土曜日の夜、保存された精子を輸送するためマンションを訪れた警備の獣人たちも、玄関から現れた私の憔悴しきった有り様を見て、目を丸くしていた。

 

『おかえりなさい。それじゃあ、続きをしようか』

『け、圭人様……す、少しだけ、休ませ……んん…ッ!?』

 

 彼女たちが去って精子提供(おつとめ)の必要が無くなってからも、その行為は続けられた。……途中、ほんの短い休憩を挟みながら、次の日の深夜まで。

 

 はしたなく夢にまで見て、長く待ち望んでいたはずの初夜の記憶は、途中から無惨に途切れている。私は、二夜連続で続けられた行為の途中、幾度も気を失ってしまい、最後にどうなったのかは完全に記憶から抜け落ちていた。

 

 ただ、圭人様が本気になれば、私のような卑しい牝など簡単に屈服させられるのだと、それだけは身体の芯にまで深く刻み込まれていた。

 

 本来ならそれは、私にとって嬉しい誤算であるはずだった。実際、期待していた以上の快楽と多幸感を与えてくださったことで、彼への思慕の念は益々膨れ上がっている。

 

 しかし、あれを毎週続けられたら、私は死んでしまうかもしれない。最期まで圭人様のお世話を続けるため、先に倒れるわけにはいかないというのに。

 

「……お疲れ様でした、圭人様。次は少し手加減してくださいね」

 

 眠った圭人様の唇に軽くキスをした後、その髪の匂いを嗅ぎ、そのまま深呼吸して心を落ち着ける。これが毎朝の日課だと知られれば、流石に気持ち悪がられてしまうだろうか……。

 

 ……

 

 時が経ち、気怠さの残る身体を動かして、そっとベッドから抜け出す。特に足腰の疲労感が酷いが、どうにか動くことはできた。

 

 裸のまま、あちらこちらに脱ぎ散らかされた二人分の衣類をまとめると、そのまま尻尾を使ってドアを開け、物音を立てないように廊下を移動する。

 

 その時、下腹部に違和感を覚えた。

 

「……ッ…!!」

 

 とろりと何かが太腿に垂れてくる感触。

 汚れた衣類を抱えたまま、慌てて脱衣所へ向かう。

 

 自動判別機能付きの洗濯機に全ての衣類をまとめて放り込み、手にしたタオルでソレを拭うが、なかなか止まらない。

 

 週に一度の精子提供(おつとめ)を通して、圭人様の精力が一般的な男性より遥かに旺盛なことは分かっていたが、その凄さをここで改めて実感させられてしまった。

 

 ひとまず落ち着いた後、洗面台の鏡に向かい、明るい照明の下で身体の状態を確かめる。

 

 胸元から首筋にかけて、小さな痣のような痕がいくつも散っていた。薄桃色の乳頭周辺には、薄い歯型まで残っている。胸を揉みしだかれ、先端を執拗に責められる感覚が、脳裏にフラッシュバックする。

 

 以前から視線を感じることはあったが、大きな胸がお好きだという確信は無かった。むしろずっと、彼の嗜好から外れていないだろうかという不安を抱いていた。

 

 しかし、圭人様の執着の証であるそれらの痕跡を目にすると、大きな肉の塊が急に誇らしくなった。戦闘時の邪魔な重り(デッドウェイト)だと思っていたのに、我ながら現金なものだ。

 

 残された記憶の中では全身汗と体液でドロドロに汚れていたはずだが、そうした情交の跡は残っていなかった。おそらく気を失った後、圭人様が私の身体を拭ってくださったのだろう。

 

 やはり圭人様はお優しいままだった、と内心ホッとする。シャワーを浴びて分からなくなる前に、そのことを確認できて良かった。

 

 そして、慣れない手付きで私の身体を拭く圭人様を想像をして、言葉にできない感動を覚える。全く記憶に残っていないことが、ただ悔やまれた。

 

 ……

 

 シャワーの後、最低限のものしか置かれていない自室に戻ると、身体に巻いていたバスタオルを外して、胸に残された圭人様の歯型を、そっと指先でなぞる。

 

 このヒリヒリとした感覚と痕跡が死ぬまで残ってくれれば良いのに、と他愛も無いことを考えながら、準備を進める。

 

 クローゼットから、普段着用しているシンプルな下着を取り出し……もしかすると色気が無さすぎるのではと考えて、少し派手目の物に替えた。朝から押し倒されることは無いと思うが、万が一に備えなくては。

 

 黒のストッキングを履き、クリーニングされた新しいメイド服一式を取り出して身につけると、鏡を確認しながら薄く口紅を引く。遺伝子操作の影響で肌荒れとは無縁なため、他は省略する。嗅覚の鋭い獣人は、化粧品の匂いが苦手なのだ。

 

 首筋の痕は、うまく襟に隠れてくれた。更に、弱点と化した猫耳を隠すため、以前のようにヘッドドレスを着用したい誘惑に駆られる。だが、圭人様が悲しむような気がして、伸ばしかけた手を引っ込めた。

 

 眼鏡型デバイスをかけて、姿見で最後の確認をする。

 

 肩口で揃えられた黒髪と、レンズの向こうに見える、釣り上がった琥珀色の瞳。遺伝子操作のお陰で整っているだけの、面白みの無い顔。

 

 しかし、この二夜は、それを圭人様にたくさん褒めていただいた。激しい行為の合間に耳元へ囁かれた睦言の数々を思い出してしまう。

 

「………ふ、ふふ」

 

 思わず口元が歪むが、いや駄目だと気を引き締める。浮かれて専属メイドの仕事に影響が出ることは許されない。

 

 自室を出て、リビングへ移動する。眼鏡のフレームに左手でトントンと触れて内蔵されたARシステムを起動する。

 

 管理アプリに全室の換気、室温調整を命令し、圭人様が受ける本日の授業内容をチェック。本日の業務予定を再確認して、一日の動線を頭に思い浮かべる。

 

 そうしながら調理用のエプロンを着けると、キッチンに備えられた大型冷蔵庫を開け、出来上がりの時間を逆算しながら朝食の準備を進める。

 

 今日のメニューは、芳乃(よしの)様からレシピを引き継いだものだ。

 

 自家製パンに手作りの苺ジャム、半熟のベーコンエッグに、サラダと特製コンソメスープ。自身が米農家であることに頓着しない、芳乃様らしいメニューだった。ああ、コーヒーだけは、いつもより少し濃いめにしよう。

 

 ……

 

 ……さあ、そろそろ圭人様を起こして差し上げなくては。

 

 

 ◇

 

 

 2126年1月。

 

 日本国内において婚姻可能な第一成人の年齢は15歳へ引き下げられ、少しして小見山楓(おみやま かえで)の胎内に新しい命が芽吹いていることが発覚し、二人はめでたく結婚した。

 

 小見山楓は【獣人管理No.21040380Ca】から機械的に付けられた小見山(0380)の姓を捨て、その日から正式に周防 楓(すおう かえで)となった。

 

 そして更に時は進み……

 

 

 ◇

 

 

 2126年5月。

 

 その日は、胎児の性別を調べるエコー検査の予定だった。

 

「楓さんは、男の子と女の子、どっちが良い?」

「元気に産まれてくれれば、私はそれだけで幸せです、圭人様」

「そうだね……でも、できれば楓さん似の子が良いなぁ」

「まぁ、圭人様ったら」

 

 二人でそんな幸せな会話をしながら、産科医の言葉を待つ。

 

「あっ、おめでとうございます、男の子で……って、これは、尻尾…ッ!?」

 

 果たしてそれは、圭人の願いが神に聞き入れられた結果なのか……。

 

 この後、二人の子供が、生まれるはずの無い【獣人の男児(超希少男子)】であることが発覚して、世界を新たな混乱に陥れることになるのだが……それはまた別の話になる。

 

 

 

 

 

 

 こうして、小見山楓(専属メイド)に出会った周防圭人(希少男子)は、人生を賑やかに謳歌するのであった。

 

 

 

 

 

 

 終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北米、某所。

 

「ふふ、産まれるのが今から楽しみね。

 ……そうだ、孫ちゃんにはしっかり武術を仕込んでみようかしら?」

 

「ボ、ボス、こちらでしたか…ッ」

 

「なによ、ゼロスリーちゃん。またどこかのカルテルの子たちが暴れてるの? もう、ホント懲りないわねぇ。あといくつ傘下に入れたら、この国は平和になるのかしら」

 

 

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