男友達を応援したら、無自覚に脳を焼かれたS級美少女たちが僕の青春を応援しにきました 作:マテリ-AL
「……俺。次の――中学最後の大会で、野球辞めるわ」
満天の夜空と無機質なスタジアム照明の下。
中肉中背で前髪を伸ばした学ラン姿の少年、星見励は、友人からの告白を眉根すら動かさずに受け止めた。
「ああ、そう」
「……理由とか、聞かねえのか?」
「まあ、ソータのことだし。何となく察しはついてるよ」
励にソータと呼ばれた、真っ白なユニホームを土色に汚した体格のいい少年――有馬 壮太郎(ありま そうたろう)が母子家庭の出であると知っている励は、それ以上言葉を発することなく、壮太郎の斜め前から左手で白球を放る。壮太郎がバットを振ると、キィン! という快音がして、白球がネットに突き刺さった。
バットを握り直しながら、壮太郎は少し申し訳なさそうに苦笑した。
「悪いな、いつも。自主練付き合って貰って。この時間は遊びたいだろ」
「いいよ、元バッテリーに礼なんて。今日は暇なんだよ。配信も追ってる漫画の最新刊もないし。……それに、学校以外で外に出る理由を作れって母さんがうるさくて。ちゃんと行ってるんだけどなあ、アニメショップ」
「肩壊して野球辞めてレイはかなり塞ぎこんでたし、心配なんだろ。つーかなんで、俺の練習だけは付き合ってくれるんだ?」
壮太郎の問いかけに、励は素っ頓狂な声をあげ、ボールを投げる手を止めた。
「え? それは…………。…………。……ドーパミンが出るから?」
「絶対嘘だろそれ! 他人の努力のサポートって刺激と正反対だぞ!?」
「いやいや、自分が支援した選手が活躍したら、後方保護者面しながら結構ドパれるんじゃない?」
その言葉と共に、励が白球を放る。いきなりのボールに壮太郎が慌ててスイングすると、芯を外した白球が、力なく天高く舞い上がった。
「それ、使い方合ってんのか? ……はぁ。まあ、そういうことにしといてやるよ」
ため息をつきながら、壮太郎が降ってくるボールをキャッチする。それを確認した励が再びボールを投げようとしたが……壮太郎はバットを構えなかった。
「……あとさ、いつまでもレイの家族に迷惑かけるわけには――」
「あ、ごめん。メール」
右ポケットから慣れた手つきでスマホを取り出した励は、一瞬だけ画面を確認すると、すぐにスマホをポケットへ戻した。
「今日の夕飯、ソータの好物の唐揚げだってさ。腹いっぱい食べてってよ。……で、何の話だっけ?」
「……………………なんでもねえよ」
「了解。じゃ、トスバッティング続けようか。ほら、構えて」
励に促され、壮太郎は持っているボールをネットへ投げ捨て、釈然としない表情のまま、バットを構える。
その後はずっと、バッティングの快音だけだった。励の近くにあった白球の入っていた籠がカラになったその時、壮太郎はフォームを解き、バットで自らの肩を軽く叩いた。
「球切れたし、そろそろ終わりにするか」
「じゃあ僕は落ちてるボール拾ってくるから、ソータは機材片付けお願いね」
重い機材から逃げるように、グラウンドの端に散ったボールを追おうとした励は、後ろから壮太郎に呼びかけられた。
「なあ。俺のチームが一回戦で戦う相手、知ってるか?」
「あー、なんか全国優勝確実って言われてる超名門クラブとかだっけ? くじ運ないね」
「ああ。何度シミュレーションをしても……勝機が、全く見えないんだ」
「チームの四番で正捕手のソータが、そんなこと言っちゃダメでしょ」
顔だけを後ろへ向けた励が、壮太郎を鋭く睨む。反論を受けた壮太郎は、弱音を吐いた自分を恥じるようにぐっと口の端を結ぶと、一歩前に踏み出して、励の背中を真っすぐ見据えて口を開いた。
「……そうだな。無様な試合をするつもりはねえ。だから、気が向いたら今週末、試合を見に来てくれ。戦っているうちに勝機を見つけてみせるから」
「最高気温が35℃未満だったらね」
壮太郎の決意に対し、励は……ひらひらと手を振りながら、グラウンド端のボールを取りに行くだけだった。
*
名門チームへ挑んだ壮太郎を待っていたのは、50-0という野球にあるまじき凄惨なスコアだった。
四回裏、二死。
四回コールドと定められている試合は、あと一つのアウトで終わる。
壮太郎の野球も、また。
『四番 キャッチャー 有馬』
打者は、壮太郎だった。四番打者が打席に入ったのに、観客席が盛り上がる様子がまるでない。わずかながらの応援の声も、名門クラブ側の統制がとれたメガホンの音にかき消されている上……既に多くの人が立ち去り、席はまばらに空いている。
……50-0という絶望的な差と39℃の猛暑を考えれば、それも仕方ないのかもしれないが。
「……っ!」
ぐっと歯を食いしばった壮太郎が、相手ピッチャーへ向き合う。195cm/101kg、既にメジャーのスカウトまで注目しているという、中学生ばなれしたバケモノ。
当然、一般クラブチームの打者が打てるわけがなく、ここまで奪った11のアウトは全て三球三振。唯一、第1打席で7球粘っての四球をもぎ取った壮太郎は、せめて自分だけは打ってみせるという気概を胸に、ピッチャーの一球目を待っていた。
大きく振りかぶって、投げた。
一球目。
まるで鏡でも使って曲げたかのような変化をするスライダーを前に、壮太郎は見事にバットを空振った。
「――ストライク!」
審判の判定と同時に、電光掲示板に『135km/h』という文字列が浮かぶ。名門クラブ側の観客席から、まばらな歓声があがった。
すぐに二球目が放たれる。
殺意の籠った剛速球は、壮太郎の頭めがけて――。
そう錯覚させるほど、鋭く内角を抉るストレートが荒々しい音を立ててミットに収まる。
「うわっ……!」
あまりの威力に壮太郎は後ろに倒れ、尻もちをついてしまう。バットが手から離れ、汗が飛び散った。
電光掲示板に『144km/h』という文字列が浮かんだ、その時。
「――ストライク! トゥー!!」
「えっ……」
「…………!」
審判の判定に、壮太郎の口から吐息のような困惑の声が漏れ、相手キャッチャーが眉をひそめる。だが、相手キャッチャーはすぐに「あぁ」と一言だけ呟くと、元の無表情へ戻った。
「……っ、うぅ……!」
一方の壮太郎は……地面に座り込んだまま、立ち上がれないでいた。その目からはつう、と涙が流れ出しており、その様は、見た者すべてに『絶望』という言葉を想起させるほど、ボロボロだった。
「いやぁ、五十点も取られるなんて生まれて初めてだわ」
「相手が悪いって。スタメン全員プロ注の黄金世代だろ? 高校でバラけるだろうし、そこでリベンジしようぜ」
「壮太郎、どこの高校行くんだろうな。アイツのことだから、県外の強豪に誘われたりして――」
ベンチから苦笑交じりの談笑が聞こえてくる。中学で野球を辞める彼にとってその話は、隔絶された別の世界のものに感じた。
下を向いてホームベース――キャッチャーとして守るべき場所を見る。何十ものスパイクで踏み荒らされる光景がフラッシュバックした。
中立だったはずの審判は、先ほどのストライクゾーンから外れた内角球をストライクと判定した。
僅かにあるはずの応援の声もメガホンの音に飲み込まれ、壮太郎には届かない――。
「――諦めるなっ!!」
――!?!?
ライトスタンドから放たれた絶叫に等しい声援が、球場の全てをぶち抜き、壮太郎へ突き刺さる。
声の主は、励だった。
普段は垂れている前髪を振り乱し、フェンスから身を乗り出すほどに前のめりになって、枯れんばかりに声を張り上げる。……その様は、壮太郎からしても普段の陰気な彼とは似ても似つかない別人のようだ。
「――まだ、終わってないだろ!! どれだけ無様でも!! 立って! 構えて! ちゃんと終わらせろ!!」
励が一言発するたびに、壮太郎の身体は脈動するかのように動く。バットを掴み、膝を立てて立ち上がり、一歩目を踏み出した。
「僕とは違って、ソータには――ぐ、けほっ、けほっ……!」
ここで喉に限界が来たのか、励は咳き込み、フェンスへしなだれかかる。
既に壮太郎は、バットを握り直して打席に戻っていた。
「ありがとう」
その目にはもう、絶望はなかった。
勝てるとも思っていない。
ただ、次の一球だけを見ていた。
すると、さっきまで無感情だった相手キャッチャーの目が……マスク越しでも分かるほど、鈍く光った。
「いいね。感動的だ。だから、捻じ伏せる。……絶対の、全国優勝のために」
キャッチャーの送ったサインにピッチャーは大きく頷き……投球動作に入る。
そのフォームは今までと違い、足を大きく上げるものだった。
相手ベンチにいる監督から、「まだそれを見せるな!」という慌てた声が飛ぶが、ピッチャーは構いもせず――三球目を放った。
それはアウトローへ向かう、中学生とは思えないほどの超剛速球。
球は、ストライクゾーンからボール一個分外れていた。相手キャッチャーは既に察していたのだ。この試合の主審は圧倒的な実力差のある試合を早く終わらせるべきだと考えるあまり――ストライクゾーンを広く取っていることを。
先程のブラッシュボールに怯えて少しでも踏み込みが浅ければ、バットは届かない。
よしんば完璧に踏み込めたとしても、普段通りの握りではバットの先。球威で抑え込める。
見送ったら、例えボール球でも審判はストライクをとる。
策は、完璧だった。
――捕手として同じ考えに至った壮太郎が、バットを長く持っていなければ、の話だが。
キィンッ!!
静まり返った球場に、甲高い快音が響く。
電光掲示板に『150km/h』という文字列が浮かぶ。
白球は吸い込まれるように無限大の蒼穹へ。
高く。
高く。
高く――。
*
「酷かったよねあの審判。いくら差があったからって……天空闘技場じゃないんだからさ」
「……ごめん、俺その辺未履修だから……言われても……分かんねえわ……」
突き刺さるような熱射の下、励と壮太郎はベンチで並んで座っていた。未開封のスポーツドリンクを両手で包みながらうなだれる壮太郎へ目を向けず、励は炭酸ジュースの缶を開ける。その視線の先、球場のスコアボードには確かに、『50』と『1』が並んでいる。
うなだれていた壮太郎が顔を上げる。
真っ赤になるまで泣きはらした目にスコアボードの『1』、自らの最終打席の結果を映した彼は口の端を一瞬歪め、すぐに堪えきれないと言わんばかりに開いた。
「……ありがとな」
「スポドリ一本百数十円のためにお礼言われても困るんだけど」
「違う。……これはちゃんと、受け取ってくれ」
釘を刺すような壮太郎の言葉に、励は不服そうに手に持つ缶でベンチをこつんと叩いた。
「…………。なんか勘違いしてるけど。ソータさ、僕が君を慰めに来ただなんて思ってない?」
「……違うのか?」
「違う違う。僕はただ、この暑さのなかで冷たいジュースを気持ちよく飲みたいだけ。冬に窓開けて鍋したことあっただろ? 雪が入ってきてバカ叱られたやつ。あれと同じ。ついでに、ドリンクを飲みつくした哀れなソータに差し入れしてあげたわけさ」
「そうか」
「……そうだよ。だから、このジュースがぬるくなったら僕は帰るから」
口元のジュース缶を傾ける。すると、甘いだけのぬるま湯が炭酸の刺激を伴って口いっぱいに満たされた。それを無理やり飲み込むと、甘さが枯れた喉に絡みついて少し不快になる。
「…………それに、やっぱりお礼を言うのはおかしいよ。頑張ったのは、僕じゃなくてソータなんだから」
冷たさを失った砂糖入り炭酸水は飲めるものじゃないくらい甘ったるく、そして、少し苦かった。