死んだ少女に、殺してほしいと頼まれた件。   作:未明の脚注

1 / 2
プロローグ

 

 扉を開けると見知らぬ女性が首を吊って死んでいた。

 

 反射的に、彼女の頭上に視線をやる。

 

 ……間違いなく、彼女は生きていない。

 

 ブレザーの制服の下に、オーバーサイズのパーカーを重ね着した女性だ。涼しげな目元が特徴で、しかし、その顔はもう生きた人間のそれではない。

 

 糞尿の類はなく、臭いもしない。

 死後の時間経過は殆どなさそうだ。

 

 窓際には真横に倒れた椅子。

 近くの床には、つま先が綺麗に揃えられたスリッパ。

 

 それと、意味深な茶封筒。

 遺書、だろうか。

 

 女性の首からのびたロープの行き先はカーテンレールだった。

 倒れた椅子の位置から、なにがどうしてこうなったかは簡単に予測可能だ。

 

 カーテンレールって、思いの外耐荷重性が高いんだな。

 

 そんなことを考えた矢先、不意にべきっ、と不穏な音がして身を竦める。

 カーテンレールの固定具が壁から外れ、女性の身体が床に投げ捨てられたのだ。

 

 白目を見せる眼球。

 口から垂れ流れる体液。

 脱力しきってあらぬ方向を向いた腕と脚。

 

 特別な瞳(め)を持つオレでなくとも分かるだろう。

 

「ああこいつはダメだ。死んでるな」――と。

 

 羽織っていたコーチジャケットを脱ぎ、そっと死体に被せていた。

 本来はしちゃいけないこと。現場保全とか、そういう意味で。

 瞼を落としてあげようと、膝を折り曲げて手を伸ばす。

 

 そんな時だった。

 

 女性の瞳が、強い輝きを放つ。

 

「これ、は――」

 

 慌てて飛び退き、固唾を飲んで状況を見守る。

 

 その瞳は、淡い黄色。

 しかし、電灯の明かりを反射すると緑にも見える、春の若草を感じさせる不思議な光。

 

「――……痛……」

 

 女性は首筋を撫でながら、立ち上がっていた。

 

「……あ……」

 

 彼女の視線は、立ち上がった際に床に落ちたオレのジャケットへ。

 しばしの間見つめると、拾い上げてオレを一瞥。

 

「ん」

「え。あ、うん、はい」

 

 無造作に渡されたそれを受け取った。

 

「……い、った……くはないけど。もう」

 

 再び、女性は首筋を撫でた。

 そこにあったのは痣一つない、雪のように白い素肌。

 

「……やっぱり慣れない。嫌い」

 

 恐らく独り言。

 誰に聞かせるような声量でもなかった。

 

 女性はそのまま窓際まで歩いて腰を曲げ、落ちていた茶封筒を手に取って開き、中から三つ折りにされた紙切れを取り出して目を走らせた。

 

「……ふぅ」

 

 それから紙を丁寧に封筒へと戻し、ブレザーの内ポケットへ仕舞いこんだ。

 スリッパに足を通し、そこでようやくしっかりとオレを見た。

 

「……で?」

「え?」

「貴方は何? 一人暮らしの女の部屋に勝手に入ってきて、どういうつもり?」

「え? いや、オレは、その――」

「狼狽えている暇があるなら釈明したら? 狼狽して言葉に詰まって……そこ、必要なの? 極めて無駄なカロリー消費。もっと燃費の良い生き方をしてみたら?」

 

 なんだこの女。

 次から次に、どうしてこう、辛辣な言葉が出てくる。

 

「黙ってないで答えて」

「あ、はい。えと……明日からここの学校に通うことになって……あれ? ここ、オレの部屋、だよな?」

 

 オレはボディバッグから、来る前に渡された部屋番号の書かれた用紙を取り出す。

 

「何号室」

「さ、305」

「残念でした、ここは303」

 

 慌てて廊下に出て、扉の前に差し込まれた番号札を見る。

 そこには確かに、「303」の文字が並んでいた。

 

「二度と間違えないで」

「わ、悪い! お詫びに何でも――」

「結構」

 

 女性は簡潔にそれだけ言うと、背を向けた。

 倒れた椅子を起こし、服を叩いて埃を落とし……その所作には、もうオレのことなど一切眼中にないことが如実に表れていた。

 

「なに? さっさと出て行って――」

 

 出ていこう。

 そう思った。

 

 思った――けれど。

 

 生憎、オレには解消したい疑問があった。

 彼女のそれは、あまりにも異(・)質(・)だったから。

 

「さっきの、あれは……キミの力(・)か?」

 

 傍から聞いていれば、意味の通じない、あやふやな質問。

 だけど、オレたちの間ではきっと十分な言葉数。

 彼女は黙って瞼を落とし、首を縦に振った。

 

「ええ。一応プ(・)レ(・)ッ(・)パ(・)ー(・)。恐らく、いえ、きっと――貴方と同じ」

 

 オレたちの瞳は、自分以外の誰にも視えない何かを映す。

 そして、その何かに干渉する為の力が与えられる。

 

 それが――プレッパー。

 

「あなたは、何ができるの?」

「え?」

「自分だけ聞いといて、答えないつもり?」

「ああ、いや……」

 

 そんな失礼なこともないだろう。

 

 本当は答えたくないが、どうせ、どこかのタイミングで誰かにバレる。そうなれば、加速度的に広まる。なら、自分から打ち明けたって変わらない。

 

 それに、なにせ隣人だ。

 何が視え、何が出来るのか。

 それくらい知っておきたいはず。

 

「オレは、数字……かな」

「なにそれ。もっと端的に」

「死へのカウントダウン、――って言うと、分かりやすいか? その数字を、0まで持っていけると言えば」

 

 先ほどまで冷淡だった彼女が、どこか真剣なまなざしでオレを見ていた。

 

 無理もない、数あるプレッパーの中でも、オレは異質だ。

 

 オレに視えない死はない。

 殺せないものだってない。

 

 現に、この少女の頭上にもはっきりと視えている。

 さっきまで、忽然と姿を消していた、その数字が。

 

「じゃあな。悪かったよ」

 

 今度はオレが背を向けた。

 

「――白靄楔那(しらもやせつな)」

 

 振り返る。彼女は腕を組み、そっぽを向いていた。

 

「わたしの名前」

 

 催促されたような気がして、オレは頬を掻きながら言った。

 

「櫻井碧(さくらいみどり)だ」

 

 彼女――白靄は俯き、顔を上げた。

 

「さっき、」

「ああ」

「なんでもするって言いましたよね」

「ああ、オレにできることなら――」

 

 

 

「なら、わたしを殺してくださいよ」

 

 

 

 しばし、言葉を失った。

 

 つい先ほどまで首を吊っていた少女が、今度はオレに殺してくれと頼んでいる。

 

 その目には、冗談の色など欠片もない。

 

 やれやれ。

 どうやら、今度もまた、オレは面倒なことに巻き込まれてしまったらしい。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。