しばらくするとサイレンの音とともに数台のパトロール・カーが到着し、強盗四人は警察へと引き渡した。その際、八重と玲、それに九九式の少女の三人は目つきの悪い警官から状況を問いただされた。
簡単な事情聴取だったが、発砲数や時間など根掘り葉掘り訊ねられ、解放されたのはそれから二時間ほど過ぎてからだった。すでに陽は落ち、街は夜のネオンを撒き散らし始めていた。
パトカーが走り去り、三人はぽつんとその場に残された。少しの無言のあと、八重は九九式を提げた女子生徒のほうを向き、
「ねぇ、あなた名前なんて言うの? あ、私は伏見八重。こっちは玖崎玲」
八重に紹介された玲は少女に向け、軽く会釈する。「私も玲も一年生」
「奇遇だな」少女は驚きのような感心のような表情をしてみせる。「私もそうなんだ」
「市川結衣。同じく一年生だ」
よろしく頼む。手が差し出され、二人はそれぞれ握り返し、握手を交わした。
「これも何かの縁だし……明日どこかで待ち合わせて会おうよ。でも、どこにしようかな――」
「それなら」結衣が身を乗り出すようにして言った。「私の行きつけの喫茶店があるんだが、そこでよかったら」
「オッケー、そうしよう」
携帯のメールアドレスと電話番号を交換し、その日は結衣と別れた。寮に戻った八重と玲は入浴を済ませた途端、疲れからか二人ともベッドに突っ伏し、そのまま眠った。
翌日の放課後、武偵校正門で肩からガンケースを提げた結衣と合流し、三人で結衣がよく通うという喫茶店へと向かった。
店は古めかしいジャズ喫茶のような風体を保っていて、ほどよい寂れ方をしていた。駐車場には数台の車とスクーターが停められ、何人か客は入っているようだった。
「週に三回ぐらいは来ているような気はするな」
そう笑いながら 扉を押し開ける。途端、カランカランと乾いた呼び鈴の音が鳴り、それに紛れるようにして結衣達は中へと入った。
中は床も壁も一面暗い板張りとなっていて、喫茶店らしく頭上ではシーリング・ファンが回っている。照明もそれほど明るくはないが、八重はどことなく西部開拓時代のバーに来たような気分になった。
客はテーブル席に二組だけ。後は二十代半ばに見える女性従業員がカウンターの中でカップを懇切丁寧に磨いていた。そして、店内にはどこからともなくフランク・シナトラの歌声が聞こえてくる。アズ・タイム・ゴーズ・バイ。
まじまじと店内を観察する二人を尻目に結衣はつかつかとカウンター席へと歩み寄ると、店主らしい女性に会釈して、振り返った。
「この人が店主の久遠さんだ。注文はいつものを。二人には――ココアでいいかな?」
問いかけられた二人はどちらともなく、頷いた。
「じゃあ、それでお願いします」
はい、かしこまりました。久遠、と呼ばれた女性はにこやかな笑みを浮かべると二人分のココアの支度をし始めた。
結衣はカウンター席に腰掛けると、振り返り、手招きした。「ほら、座ってくれ」
誘われるままに八重と玲は結衣を挟むように左右の席へ座った。
「そうだ、改めて自己紹介を――私は市川結衣。学年は同じ。在籍しているのは狙撃科(スナイプ)だが、大して成績がいいわけじゃない」
じゃあ、次は私が。八重が手を上げた
「えーと、伏見八重。在籍は強襲科(アサルト)。私もそこまで成績いいわけじゃありませーん。よろしく」
よろしく、と二人は握手する。最後は、と玲が口を開いた。
「玖崎玲……同じく強襲科。機関銃の扱いや整備に関しては他人に負けない自信があるわ。八重ともどもよろしく――」
「機関銃?」
結衣が首を傾げた。「えらく重武装だな。それに、調達するのも安くないだろう――」
「そこは愛よ。あと、機関銃は趣味」
「八重は趣味が変わってるからねー」
ニシシ、と八重が笑う。すると、玲はため息をついて
「……今夜はどういう風にかわいがってあげようかしら」
「ごめんなさい、許してください。手足縛ってブルブル振動するようなやつを下腹部にねじ込んで翌朝まで放置だけは勘弁してください」
何の話だ、と怪訝そうな結衣。別に何でもないわ、と玲は返す。
「ただの夜の生活のことよ」
「結衣ちゃん何も気にしなくていいよ、うん。世の中には知らなくていい事情もあるんだよ。ほら、ケネディ大統領の暗殺事件の真相とかね」
と、そこで店主がお待たせしました、と二杯のココアを運んできた。結衣の頼んだものはまだらしく、ココアを二人の前に置くと、またそそくさと立ち去ってしまった。
八重はココアに口を付け、そういえば、と話を切り出した。「結衣ちゃんは何で古い小銃使ってるの?」
「九九式短小銃のことか?」
八重は頷いた。「種類はよく知らないけど、珍しいなーって」
「九九式短小銃は旧日本軍が大東亜戦争開戦前夜に採用した小銃よ」
古い小銃に詳しくない八重へ、諭すように玲は言葉を続ける。
「それ以前に採用されていた三八式小銃よりも口径がボア・アップされて30口径になって、列強国の小銃と肩を並べられる威力を得られることとなったわ。ただ……」
玲もまた、結衣の顔をまじまじと眺めるように視線を送った。
「口径が日本独自のものだったから、今使うには実包の供給をどうするかが最重要問題だと思うのだけれど――どうしているのかしら」
すると、結衣はふふん、と得意げに笑った。
「九九式普通実包は意外と外国で製造されて供給されているものだ。有名どころだと、スウェーデンのノルマとナンブか。ただ、もう作っていないから市場在庫だけだな」
「と、するとリロード弾で凌いでいるのね」
「リロードもするが、実は最近ホーナディという米国のアモ・メーカーがオリジナルよりも優れた九九式実包を製造していてな。新品は主にそこのを使う。入手が比較的容易だからな」
とは言え、家にはまだノルマとナンブの実包のストックがまだまだあるんだが、と苦笑する。
「元々、私は武偵になる気もなかったんだ」
「じゃあ、なんでなったのさ」
「これだよ」
と、床に置いたナイロン製のガンケースを撫でた。「この銃を持ち続けるには所持許可がいる。手っ取り早い方法がそれだった」
「思い入れのあるものなのね」と、玲がココアを啜る。結衣は頷いた。
「祖父の遺品さ。大東亜戦争末期、南方諸島で親しかった将校から死の間際に大切に保管していた九九式を手紙と一緒に託され、家族に届けるよう命令されたんだ。それで、戦後のどさくさに紛れて国内へ持ち込んだものの、手紙はともかく、銃を遺族は受け取らなかった。 だが、祖父としても命令に背いて銃を捨てるのは嫌だった。だから、大切に保管し続けることにした」
今や、祖父も召された。父親は銃を嫌っている。だから、私が守っていかなくてはならないんだ。
そう語る結衣の瞳には一切の曇りはなく、ただ遥か遠くを見つめているようにも見えた。
「狙撃科へ入ったのは実包のハンド・ロードを学びたかったからだ。あと、ライフルを正確に扱える技術を身体に身に付けたかった」
そこで、ようやく彼女の頼んでいたものがカウンターへ置かれた。皿の上にはバターロールを元にこしらえたらしい揚げパンとソーセージとキャベツを挟んだホッドドッグが置かれている。
意外な注文に、八重と玲は顔を見合わせた。
「さて、頂くとするかな」
いただきます。そう言うと、結衣はポカンと口を開けている二人を尻目にむしゃむしゃと揚げパンを食べ始めた。
「よく頼むの?」
「あぁ。ちょっとした楽しみだ」
その後は他愛のない会話が続いた。途中、八重はある考えが浮かび、ふとそれを口にしてみた。
「結衣ちゃんは誰とチーム組むのか決まってるの?」
「いや、決まってない」結衣は自嘲的に笑った。「動機が不純なせいなのか、あまり他人の輪に入れていない。だから――」
と、二人へ交互に視線を走らせる。
「こんなに長く他人と話したのも、随分と久しぶりだ」
じゃあさ、と八重は結衣の手を取った。突然のことで彼女も驚いたのか顔を上げ、八重を見つめた。
「キャラバン・ワンのとき、一緒に行こうよ。結衣ちゃんみたいに美人なコ、ほっとく世の中が悪いんだよ。玲もいいよね?」
「別にいいけれど……今夜は寝かせてあげないから」
「何でさ!?」
二人に気づかれないよう、結衣は滲み出した涙を拭い、悟られないように満面の笑みで八重の申し出に答えた。
「ありがとう。私も混ぜてくれ」
その日以降、度々八重、玲、結衣の三人でいる姿が目撃されるようになり、結衣は二人と友人関係となった。が、ある意味で利害が一致したとも言える。
孤立し、他人との繋がりを求めていた結衣と、このままではチーム申請を行っても認可されるかすら怪しい八重。ここで狙撃手を入れておくのは間違いではないだろう。事実、彼女ら二人の得物では遠くの的を正確に狙い撃つことは不可能にほど近い。
――キャラバン・ワンまで、残り三ヶ月。
お久しぶりです。ハインケルです。
この作品は無期限凍結を決め込んでいましたが、いろいろとあり、再び筆を取ることとなりました。
更新は圧倒的に不定期になると思いますが、ぜひともよろしくお願いします。
唐突ながら、メタな内容を一言。この作品のサブタイトル『U.O.S.S』ですが、これはある英文の略称です。
“アンチ・オフィシャル・サイド・ストーリー”。言ってみれば身も蓋もない話です。
要は『非公式外伝』です。実際、話の展開なんて非公式そのものですから皮肉ってそんな略称をつけました。
二次創作は所詮二次創作でしかなく、いかにいい出来でもその枠から飛び出すことはできません。そういう意味で皮肉りました。
さて、前回から続けてわけのわからない銃器チョイスでありますが、九九式短小銃を出したのにはバカ単純な理由があります。
KTWが数年前にラストロットとして再販したエアーコッキング・ライフル。確か五十挺ほどしか作られていない一挺十万円のそれを、私は二挺持っています。
最初入手したときも感銘を受けましたが、二挺目で火が付きました。
「九九式を使う武偵なんてどうだろう」
結果、市川結衣の登場となりました。
次回からも出来ることならば二級品の銃火器を使うようなキャラクタで物語を綴っていきたいものです。
感想等ございましたら、一言書いていただけると幸いです。
では、また。