プラネテューヌの先代女神は、幾度となく訪れたゲイムギョウ界の危機を退け、平和を築き、時が経ちその座を当時の女神候補生、現女神のネプギアに譲った。そして、女神ネプギアはその平和を百年間守り続けて来た。
しかし、ここ数年で反女神組織がゲイムギョウ界各地で活発となった。その裏には百年以上前に壊滅させた犯罪組織が関わっているという噂があるが、その調査に本腰を入れることができないほど日々の仕事に忙殺されているのが現状だった。
だからこそのGPU創設であり、犯罪組織の調査はほぼ丸投げという形になっている。
「ふー……」
書類仕事がひと段落つくと、Nギアで次のスケジュールを確認する。
「そういえば、新規の諜報員の人と顔を合わせるんだったっけ……」
プラネテューヌの諜報員のポストは、百年以上空いていた。それ以前に務めていた者の経歴が凄まじく、誰も後釜をやりたがらないからだ。GPU創設の背景には、そういった特定のポストの人員不足もあった。
しかし、今回その諜報員を志望する人物が現れたようで、ネプギアは個人的にどんな人物か気になっていた。
「失礼します!」
元気いっぱいのハッキリと通る声で部屋に入ってきたその人を見た時、ネプギアは自分の目を疑った。
「ネプギア様! お初にお目にかかります! この度プラネテューヌ諜報部隊に配属されました『エフダッシュ』と申します! よろしくお願いします!」
青いコートを羽織り、背中にもかかる長さの髪をサイドテールに伸ばす双葉のリボン。
「え……?」
目の前の少女はかつて共に戦った姉の親友、そしてかつてのプラネテューヌ諜報員『アイエフ』にそっくりだった。違うのは声と髪の色と眼の色ぐらいだろうか。
「あっ、ええとすみません、その格好なんですけど……」
「これですか⁉︎ よくぞ聞いてくださいました! それはですね、私が尊敬する伝説の諜報員に似せたものなんです!」
「伝説……」
ネプギアは、尊敬していたアイエフが、伝説と呼ばれるようになってもおかしくないほどの時が彼女が生きていた時代から経っていることを、改めて認識した。
「似せてる……ということは名前も……? 本名じゃないです……よね?」
「はい! そうです!」
ネプギアは、仮にも女神である自分に偽名を名乗るのは如何なものかと思いつつ、そんなに厳格でもないのがこのプラネテューヌ教会の雰囲気の良さでもあるし、何よりおそらくあのイストワールさんが許可してるのなら、とそれ以上何も聞かないことにした。
「私はこのアイエフ様が生前に執筆した自伝や、アイエフ様について綴られている書物を読み込んだ私は、アイエフ様の見た目だけでなく実力などその全てを受け継いだ正統後継者『アイエフ'(ダッシュ)』と名乗っていました! そして、同期や先輩には長いからエフダッシュと呼ばれるようになったので、自分もそう名乗るようになったんです!」
興奮して捲し立てるように話すエフダッシュに、ネプギアは苦笑いしながら訊ねる。
「書物……?」
「こちらです!」
エフダッシュが取り出した愛読書たちを受け取り中身を読んだネプギアは、その内容に記されていたアイエフ像を見て度肝を抜かれた。
「こ、これがアイエフさん、ですか……?」
後世に伝わる伝説の諜報員アイエフ像は、ネプギアが知る本人とはだいぶ異なっていた。身長は高く、胸は大きく、足も長い、そのスタイルの良さをネプギアの知る他の人物に例えると、グリーンハートだろうか。また見た目だけでなく「女神に仇をなすモンスターを消えることない地獄の業火で永遠に焼き尽くす」とか「音を置き去りにする疾風の斬撃であらゆる敵を粉微塵に斬り刻む」などネプギアが知る以上の戦闘力を持っていたことになっている。
「えっと、ネプギア様はアイエフ様本人と知り合いではなかったのですか?」
「い、いやぁ……あはは」
(アイエフさんがすごい人だったのはそうなんだけど、長い時間が経って脚色に脚色を重ねられると、こうなるんだ……)
「少しでもあのお方に近づけるよう、まずは見た目から近づけてみたんですけど……やはり、本物とはあまりにも差がありますよね……」
「そんなことないと思います……けど」
(本当にそっくりだよエフダッシュさん……お姉ちゃんが見たらなんて言うだろう……)
エフダッシュとアイエフはどう見てもそっくりな見た目であったが、エフダッシュが脚色されたアイエフ像に近づくために努力してきたことをひしひしと感じたネプギアは、どうしても真実を伝えることができなかった。
「ま、まぁ……とりあえず、よろしくお願いします」
それが、女神ネプギアと、その後創立されるゲイムギョウ界平和維持連合の戦闘部隊隊長に就任することになるエフダッシュとの出会いだった。
*
時は戻り現在、戦場に舞い降りたネプギアは、キングエンシェントドラゴンと対峙する。
「エフダッシュさん、後は私が倒します」
「ネプギア様の命令とはいえ、私もGPU戦闘部隊隊長の身、ここで下がればその肩書きが泣きます。共に戦わせてください」
「……わかりました。無理だけはしないようにお願いしますね」
「了解!」
ネプギアが前進し、エフダッシュはその後方から援護に入る。
「ギャオオン!」
キングエンシェントドラゴンの鋭利な鉤爪が、ネプギア目掛けて突き出される。ネプギアがそれを剣で受け止め、その隙にエフダッシュが風魔法で己の身体を浮かし、キングエンシェントドラゴンの後方へと回り込む。
「『魔粧・煉獄』」
そして、逆さまの体勢のまま、指先から魔法炎弾を撃ち出す。
「グ……ッ!」
キングエンシェントドラゴンは怯みながらも尻尾を振り回しエフダッシュを捉えようとするが、エフダッシュは手に持つカタールをクルクル回す無駄な動作をしながらその全てを躱していく。
その際ネプギアは、キングエンシェントドラゴンが自分から意識を離した隙を突き、正面から斬りつける。
「『パンツァーブレイド』!」
たった五回の斬撃で、キングエンシェントドラゴンはその膨大な耐久力を大幅に削られた。
「畳みかけます! 『ミラージュダンス』!」
ネプギアは高速で飛び回ると、ネプギアの光から残像が発生し、幻影のように戦場を舞う。
キングエンシェントドラゴンが迎撃の為に鉤爪を振り抜いたり、口から炎弾を打ち出すも、捕らえたのは全てネプギアの残像だった。
「ネプギア様……私も……っ!」
エフダッシュはカタールを強く握り直して駆け出し、キングエンシェントドラゴンの後方に回り込む。
「てやぁああっ!」
ネプギアの『ミラージュダンス』の斬撃が炸裂し、キングエンシェントドラゴンの両腕と脚を斬り裂いた。
「光と闇の狭間……全ての根源たる混沌の刃……『カオスエッジ』!」
そして、跳躍したエフダッシュは、キングエンシェントドラゴンの首裏に、落下の勢いも乗せてカタールを振り下ろし、一瞬で首を斬り落とした。
「グ…………」
エンシェントドラゴンは生き絶え、その身体はポリゴン状になり消滅していった。
エフダッシュはカタールをクルクル回しながら収納し、ネプギアは女神化を解く。
戦闘が終わり、皆が一息ついて辺りを見回すと、先程のテロによって破壊された町の惨状を目の当たりにした。
「犯罪組織はこんなことをいつまで続けるつもりなんでしょうね……」
崩れた建物、村の所々から上がる煙と火災、モンスターによって踏み躙られた土地。
「アイツらだってこんなことしても何も意味はないってわかってるでしょうに……!」
いくら犯罪組織の支援でモンスターを操れるとはいえ、テロ組織は戦闘の素人たちで、GPUが出向けば即座に鎮圧される程度の戦闘力しかなく、強力なモンスターを用いても女神が出張ってくれば簡単に排除される。村は大損害を負ったがシェアには影響はない。恐怖心を煽っても女神やGPUへの支持が高まるだけだ。
村民も、GPUも、女神も、そしてテロ組織自体も、誰も何も得たものはない。
「それでもやり続ける……あの人たちはずっと……」
だから止めなければならない。しかし、いくら末端の行動者を抑えても、元締めを潰さなければ意味がない。
「間もなくGPUの処理部隊が到着します。私は戦闘部隊を撤退させますので、失礼します」
「はい、じゃあまた」
「何かわかったことがあったらすぐに報告します」
「お願いします」
輸送ヘリに乗り去っていくエフダッシュたちをネプギアは見送った。
「せっかく平和が続いてきたのに……どうして……」
ネプギアの口からぽつりと嘆きが漏れた、
*
GPU本部のビルは、プラネテューヌ、ラステイション、ルウィーのどこにも存在せず、その三つの国を線で繋げた際の中心に近い場所に建っている。
そこはかつてギョウカイ墓場と呼ばれたダンジョンがあった女神にとって忌まわしき土地であるが、そこに平和維持の象徴たるGPU本部を置くことでマイナスなイメージを取り除こうという意味があった。
「GPU戦闘部隊隊長エフダッシュ、たった今帰還しました」
「はい、お疲れ様です」
ゲイムギョウ界には守護女神が治める四大国以外にも小国や小規模な共同体が少なからず存在し、女神を信仰せずともGPUに加盟している国もまた少なからず存在する。
今エフダッシュからの報告を受けているGPU総裁の『ヘイワジョウ・ヤク』という女性はプラネテューヌ、ラステイション、ルウィー三国どこの出身でもない。三国の女神の名の元に創設されたGPUだが、権力の集中を防ぐためにあえて三国のどこに属しておらず信仰している女神がいない加盟国の人員から総裁を選ぶことにしたのだ。
「ネプギア様の手をお借りしたので、そこまでの負担ではありませんでしたよ」
「その旨は別の隊員から報告を受けています。ネプギア様には後で感謝の言葉を送っておきましょう。GPUの活動に守護女神との連携は不可欠ですから」
ヤク総裁は、三国の意見をGPUに反映させるばかりで自分の意見というものがほぼない流されやすい性格と評されている。優秀な人材であることに代わりないが、ヤク総裁が自身の意見を出したところは誰も見たことはがない。
そんな総裁に、エフダッシュは表面上は上司として失礼のないように接してはいるが、内心好ましく思ってはいなかった。強いリーダーシップを誇る守護女神を間近で見ているエフダッシュにとって、ヤク総裁が頼りなく見えてしまうのも無理もない話ではあるが。
「総裁は、犯罪組織の行動をどう捉えていますか?」
「私が思考や意見は重要ではありません。あくまで総裁の立場として責務を果たすのみです」
「そう……ですか」
「報告は以上ですね? それでは」
「……はい」
また、苦手な理由はもう一つあった。ヤク総裁は、どうにも人間らしい感情の機微が薄く思える。淡々とした会話は、まるで機械音声と話しているかのような気になるほどだ。
「では、失礼します」
エフダッシュは報告の為の最低限の会話を済ませ、総裁室から去った。
(あの人……仕事はできるけど、ああいうとこは苦手だわ)
総裁と戦闘部隊隊長の仲がそれほど良好ではないにせよ、GPUという組織の運営自体は概ね上手くいっていると言える。今回の件はネプギアが出てきたとはいえ、守護女神がモンスター退治に出向く機会は減っており、その分国の統治に専念できるようになった。GPU創設の際の軍縮により大国一つ一つの軍事力が大幅に低下したことを懸念する声はあるが、それを補う以上の活躍をしていることも事実だ。女神がいない小国にとって、女神傘下の戦力がモンスター退治をしてくれるというのはかなり助かるのだろう。何より、ここ数年で急激に数を増やした反女神テロ活動に対し、国を超えた対応ができるGPUによって被害を大幅に抑えられており、人々からの支持は高かった。
「捕縛したテロ組織の人員の身元の特定、使用されていたロボ型モンスターの部品の入手源の特定、装備品のフィードバックを技術部門に提出、各国に提出する報告書の作成は総裁がやるから良いとして……戦闘部隊隊長なのに殆ど私がやんなきゃいけないのよねぇ……創設したての組織だから人手が足りないのなんの……早く専門の課とか部を沢山作って欲しいものね……」
「あのっ、隊長!」
エフダッシュが独り言で愚痴を吐きながら廊下を歩いていると、部下の一人が駆け寄ってきた。
「捕らえた犯罪組織の一員の取調なんですが……」
「それがどうかしたの?」
「何か意味不明なことをブツブツ言っているようで……」
「意味不明なこと?」
「私も直接聞いたわけではないので」
「なるほど」
聞くよりも実際に見た方が早いと、エフダッシュは反女神組織の一員の取調を始めたのだが……
「ゲイムギョウ界に滅びの闇が溢れ……全てが無に帰る……ヒ……ヒヒヒ……ヒッヒッヒッヘッヘッヘ……」
「あなたの名前は?」
「ゲイムギョウ界に滅びの……」
「名前を言えって言ってるんだけど」
「……ゲイムギョウ界に滅びの闇が溢れ……全てが無に帰る……」
「ダ〜メだこりゃ」
「ヒヒヒ……ヒッヒッヒッ……」
構成員の目の焦点は合っていなく、どこか上の空で、何度も同じことをブツブツと話すのみ。既に精神が崩壊しているものと見られ、何も聞ける状態ではなかった。
「収穫ゼロね。そもそも、実働隊は使い捨てってこと? 人の命をなんだと……!」
部下の命を何よりも大事にすることが信条であるエフダッシュにとって、テロ組織のやり方は腹立たしいものだった。
*
『〜というわけなんです。得られた情報は何もありません。申し訳ないです』
「そんな、謝らないでください。それに、エフダッシュさん働きすぎですよ。少し休んだ方が……」
『お気遣いありがとうございます。今日はもう何もないので、この後はもう休もうかと』
「なら良いんです。おつかれさまです。いつもありがとうございますね」
ネプギアはエフダッシュとの通信を切り、通常業務に戻る。
「ネプギアさん」
「いーすんさん。どうかしましたか?」
「例のモノ、あと三日ほどで完成しそうです」
「そうですか」
教祖イストワールからの言葉に、ネプギアは女神の承認待ちの書類データの数々と睨めっこしながら返事する。
「しかし、GPUの活動が上手くいっている今、このようなモノは無用の長物になるのでは?」
「使われないなら使われないで良いんですよ。けれど、こんな事態になってしまっているからこそ、女神の強さを示して、国民の皆さんに安心してもらわなきゃいけないんです」
雑談しながらも、電子承認印を押した書類データを各所に転送し終えたネプギアは、イストワールの言う『例のモノ』のデータを開く。
「それに、技術の限界に挑戦し続けるのは一種のロマンですから」
テロ組織の脅威への憂いはありながらも、新技術に対して目を輝かせながるネプギアを、イストワールは微笑ましそうに見つめていた。