『もうマジ無理ィ……仕事量多すぎ侍、ストレスビッグバンなんで、先っぽだけ任せるね、先っぽだけだから、必要な知識はインストールするからお任せしますよほほいほい』
その言葉が脳裏を過った瞬間、今年でオジサンに片足突っ込みかけていた彼の意識はぶっ飛んだ。
いや、意識だけではない。物理的に、その場から彼の肉体は消滅した。
月並みな表現だけど、銀河の彼方までぶっ飛んでいったかのような衝撃が全身を走り、我に返った……その直後。
「ほ、本当に女神(仮)になってるぅぅぅぅ!!?!??」
わずか10行、500文字にも達しない間に、彼は彼ではなくなり、女神様(仮)になっていた。
あまりにも雑、あまりにも急展開、なんでこいついきなり状況を把握しているのかと疑問に思う者がいるだろうが、そこは安心してほしい。
直前に聞こえた謎の声、謎の言葉……ソレの言う通り、彼は……いや、女神になった彼女は、そうなった時点で事情を全て把握していた。
──結論を先に語るならば、いや、その前に、まずはこの世界について語ろう。
『世界』とは、言葉通り、世界である。
地球の中、地球の外、太陽系の外、星系の外、銀河系の外、広大な宇宙空間の彼方、外宇宙……それらすべてを含めた世界を管理する存在、それが『女神』と呼ばれる存在である。
もちろん、彼が住まう太陽系、地球も女神が管理している。
で、その女神なのだけど、どうやらここ8億年ほど仕事が立て込んでストレスが溜まり過ぎたので、少しでも負担を減らすために他所に仕事を振って分散することにした。
しかしそれは、脆弱な人間のままでは不可能。例えるならば、最新のモン〇〇ゲームをファミコンで動かそうとするようなもの。
動く動かない以前の問題であり、それゆえに、まずは振った仕事をこなせられるだけの器を与える必要があって……その結果が、今の彼女であった。
ちなみに、女神になったとは言うけど、その性能は本来の女神様と比べたら、女神と名乗る事が出来ないくらいの低スペックである。
ただ、女神様に比べたら低スペックなだけであって、それ以外の基準ではどう低く考えても女神に該当する……話が逸れたので、戻そう。
──現在の彼女の見た目は、美しい女性である。
どのように美しいのかって、それはまあ……街中を歩けば、声を掛けられずに帰宅する可能性が、1000日に1回あれば良い方かなってレベル。
そんな感じで女神(仮)になった彼女だが、別に難しい事をさせられるわけではない。
ただ、そこに居るというだけで、本来の女神がやらなければならない業務を自動的に肩代わりして……という、オートマチックな状態にしただけ。
つまり、女神となった彼女(元・彼)は、何かをする必要があるわけではない。
ただ、そこに存在しているだけでも、彼女が意識しないまま、本来の女神様の業務の一部を自動的に処理している状態になっているので。
だから、本来の女神様からお役御免だと判断されるまで、彼女の役割はただ存在するだけであり。
とりあえず、自殺さえしなければOKで、別に〇〇をしてはダメなことは何一つ無い……というのが、今の彼女の現状であった。
あんまりにもあんまりな展開だが、泣き言をこぼしても始まらない──ていうか、始まるも何も、既に始まっているのだ。
幸いにも、人間だった時の彼女には親密な間柄の異性も友人もいない。実家とは疎遠で、幼少期から差別されて育ってきたから、哀愁の気持ちも無い。
(えぇ……ど、どうしよう……)
だからこそ、困ってしまった。なんでかって、する事がないからだ。
女神(仮)となった彼女は、大して収入があったわけでもなく、元々が趣味らしい趣味もない男であった。
休日にやる事と言えば、スマホの無料アプリゲーをやって、普段は自炊して、週に一回だけ外食して……そんな男であった。
それで貯金が貯まっていたなら話は違っていたのかもしれないが、残念ながら、それでもけして余裕のある暮らしではなかった。
そして、そんな暮らしを10年以上も送っていたせいで。
いざ、何でもできるようになったよと言われても、彼女は何かをしたいという欲求を抱けなかった。
そう、彼女の心は貧困のままだった。心の貧困は、女神(仮)になったからといって解消されるわけではなかった。
心の貧困は、肉体の貧困と違って表に現れない。ただ、確実に人生に影響を与えるデバフである。
ナニカを良いな欲しいなと思った時、今はお金が無いから買えない、お金が出来て余裕が生まれたら……と思えるうちは正常である。
心が貧困に陥った時、考える事はソレではない。
それがどれだけ欲しいと思っても、『いや、これって必要なモノか?』と考えてしまい、必要ではないモノとして考えるのが普通になった時、それこそが心の貧困なのである。
たとえば、食事の時でもそう。
とても美味しそうなモノを見かけたとしても、『いや、いつものやつなら半分の値段で倍の量が買えるじゃん』と考えてしまう。
食べたいと思ったラーメンの看板を見かけても、『いや、スーパーの袋麵なら10食分は買えるじゃん、もったいない』と考えてしまい、結局そのままに終わったり。
飲みたいと思った酒を見ても、『いや、もったいない、いつものやつでいいや』と考えてしまい、結局はいつもの安酒を箱買いして……それでお終い。
まだ、ブレーキを掛けているという自覚があるだけマシな方で、本当に末期的になると、そもそも『自分には縁の無いモノ』といったふうにしか認識されなくなる。
彼女の心は、まさしくそんな感じであった。
末期には至っていないけど、その2,3歩手前くらいには……だからこそ、今の彼女の状態は、だ。
無限に札束が湧き出るアタッシュケースをいきなり与えられているような状況で、それゆえに、このお金をどう使うべきか思いつかなかった。
……。
……。
…………ちなみに。
現在、彼女は地球を遠く離れ……太陽系の外、恒星の光がまったく届かない暗黒空間の中に居た。
なんでそんなところにいるのかって、それは女神(仮)になる際の衝撃で、彼の魂とも言うべき部分が太陽系の外にぶっ飛ばされ、そこで女神(仮)になっただけ。
つまり、事故みたいなもので、不可抗力みたいなもの。
望んでそうなったわけではなく、女神(仮)としての肉体の影響を受けているのか、特に危機感も覚えず……彼女は、水たまりを飛び越える程度の感覚で、えいやと『月面』へと帰還した。
なんで月面なのかって、それはまあ、今の彼女は人間に対して刺激が強すぎるからだ。
なんというか、あまりにも存在感が違い過ぎる……というやつで。
例えるなら、別に威圧しているわけではないのに、身長2m超えの巨漢(筋肉隆々)が隣に座って、思わずちょっと距離を空けてしまうアレ。
それの超スゴイ版みたいなもので、今の彼女はただそこに居るだけで、大勢の人々を威圧してしまう……そういう存在なのである。
なお、威圧するのは人間だけでなく、地球上の全生命体である。
つまり、あらゆる生命体は彼女に対して牙を向かない。それこそ、ウイルスですら絶対に彼女を避けるわけだ。
まあ、仮にウイルスが入ったり、牙で噛まれたりしても、今の彼女を傷つけるのは絶対に不可能なのだけど。
とにかく、不必要に人々を怖がらせないために、あえて人の目が絶対に触れない月面へと移動したわけである。
(……ここから、どうしよう)
ただし、移動したのは、あくまでも暗黒空間の中に居るのが嫌だったからで、別に目的があったわけではない。
というか、目的以前にしたい事がない。
休日のスマホゲーは暇つぶし、動画鑑賞も暇つぶし、女神(仮)のパワーを使えば何でもできるのだけど、わざわざしたいとは思わない。
だからまあ、ぼんやりと……特にする事もなく、宇宙空間を漂う地球を眺めていた。
それだけでも、彼女の役割は果たしている。ただ、存在しているだけで良いのだから。
なので、眺めることに飽きた後は、女神(仮)パワーを使って、暇つぶし程度に動画サイトを眺めるだけの時間を過ごすのであった。
……。
……。
…………そうして、ある時……ふと、彼女は考えた。
(……つまらないよな)
そして、同時にこうも思った。
(こうなる前もつまらなかったけど、金が無かったし、暇も無かったから……でも、改めて考えると、退屈な日々だったな)
(……もしかしたら、今の私と同じように、日常を退屈だと思っている人って多いのだろうか?)
(多いのかな……多いんだろうな)
(じゃあ、どうしようか?)
(せっかく、女神(仮)になったわけだし、このまま何億年も……いや、そもそも、人類がナニカ起こってしまったら)
(私、これから先、何で時間を潰したら、暇を潰したらいいのかな?)
(ずっと、地球と太陽を眺めて時が過ぎ去るのを待つだけ……え、これから先、ずっと??)
それは、まぎれもなく本音で。
「それは……嫌だなあ」
そして、こぼしたその言葉もまた、間違いなく本音で……だからこそ、彼女は。
(人間……放置してナニカあったらダメじゃん。私の方から動いて、これから何億年と存続してもらわないと……)
久しぶりに……本当に久しぶりに。
(えっと、どうしたら……でも、何でもかんでも私が手を貸してしまえば、それはそれで、あまりにも面倒くさいし……)
自発的に動くことにしたのであった。
(……アレかな、お店とか……いや、お店とか以前に、戦争とか……まずは、戦争なんて起こしている場合じゃねえぞって感じに持って行くべきかな?)
そして、それは……久方ぶりに、彼女の心になんとも表現し難いワクワク感を……うっすらと、与えたのであった。