人間爆弾とヤドカリ少女 作:にしむき
さて、原作通りになってしまいました。
これは非常に困ったことです。
私の持ち主である縁ノ下支ノ助(えんのしたしのすけ)さんは、ただいま十二番隊隊長・涅マユリさんの「仕込み」によって、見事に人間爆弾へと改造されておりました。
入隊して、まだ二十日。
ようやく護廷十三隊の一員になれたばかりの新米隊士に、これはあんまりな仕打ちだと思います。
もっとも、涅マユリさんという方は、そういうことを気にするお人柄ではありません。
知っていました。ええ、知っていたのです。
だから、私はあれほど熱心に忠告していたというのに。
「……ぉ~ぃ」
私は今日も、懸命に呼びかけていました。
「ぉ~ぃ。……支ノ助さん。聞こえますかぁ? あの、その……あなたの体、爆弾にされてますよぉ。お願いですから、気づいてくださぁい。ぉ~ぃ」
刀の内側に広がる精神世界。具象化した私は、いつもの貝殻の奥から顔だけを覗かせ、喉も裂けよとばかりに声を張り上げていました。
……張り上げていた、つもりだったんです。
これは後から知ったことなのですが、外へ漏れていたのは、蚊の鳴くような「ぉ~ぃ」という声だけだったそうです。
屈辱なことに、変な虫に纏わりつかれていると思われていたらしく、頻繁に耳の辺りを払っていたそうです。
当時の私は本当に必死でしたもので、これほど呼んでいるのに返事をしないなんて、ずいぶん耳の遠い人だと思っていました。
ごめんなさい。
おっと、自己紹介が遅れました。
私は支ノ助さんの斬魄刀をしております『宿狩(やどかり)』と申します。
支ノ助さんの浅打から少し前に生まれました、出来立てほやほやの斬魄刀でございます。
斬魄刀というものは、持ち主の魂を写し取って生まれるものだそうですが、私には少々、他の刀とは違うところがあります。
ここだけの話、私の中には支ノ助さんの前世の記憶があるのです。
本人ではなく、なぜか私が持っているのです。
前世の支ノ助さんは、殻のように部屋に引きこもって暮らしていた女の子でした。
人付き合いが苦手だったようで、私がこんな姿をしているのも、声が小さくきょどきょどしているのも、おそらくその影響なのでしょう。
そして、その女の子には大好きな漫画がありました。
『BLEACH』という漫画です。
ここまでお話しすれば、勘の良い方ならお察し頂けるかもしれません。
現在、私達の目の前で起きているのは、石田雨竜さん達と涅マユリさんの遭遇。
そして支ノ助さんは、その序盤でマユリさんに爆弾にされ、名前も残らず退場してしまう新米隊士なのです。
原作通りです。
もちろん、私だって何もしなかったわけではありません。
ここ数日というもの、支ノ助さんが起きている間は、暇さえあれば忠告を繰り返していました。
「マユリさんには近づかないでください」
「マユリさんには目をつけられないようにしてください」
思いつく限りの助言を、何度も、何度も。
全部蚊の鳴くような声でしたが。
お陰で支ノ助さんは、ある日を境に耳鳴りを気にするようになりました。
申し訳ありません。
でも、少しくらい気づいてほしかったのです。
このままでは死んでしまうのですから。
そもそも支ノ助さんという人は、なかなか苦労の多い人生を送ってきた方でした。
真央霊術院を卒業してから、護廷十三隊の入隊試験に三度も失敗しています。四度目にしてようやく合格したものの、希望していた五番隊には配属されず、よりによってマッド極まりない十二番隊へと回されてしまいました。
それでも腐ることなく、健気に仕事を一生懸命にこなしていたのです。
そんな彼に、ようやく巡ってきた出世の機会。
隊長直々の命令で、死神に変装した旅禍を隊舎まで案内するという、実に簡単なお仕事でした。
本人は大喜びです。
上手くいけば五番隊へ移れるかもしれないと、すっかり舞い上がっていました。
私としては、是非ともお断りして頂きたかったのですが。
……そして、今です。
少し離れたところで、凄まじい爆発音が響きました。
支ノ助さんと一緒にいた隊士の一人が、突然、血と肉を撒き散らして弾け飛んだのです。
「……え?」
支ノ助さんが立ち尽くしました。
何が起こったのか、理解できていないのでしょう。目の前で人間が爆発したのですから、無理もありません。
しかし、呆然としている暇などありませんでした。
「な、なんだよ、これ!? どうなってんだ!?」
他の隊士達が悲鳴を上げ、我先にと逃げ出します。
支ノ助さんも遅れて走り出しました。
「話が違う! こんなこと聞いてねえぞ!」
そうです。そうなのです。
話が違うのです。
こんなことをする人だと、私は知っていました。
何度も、何度も忠告したのです。
なのに、私の声は届きませんでした。
「支ノ助さん!」
貝殻の縁を握りしめ、私は叫びました。
刀の内側にまで、支ノ助さんの荒い息遣いが伝わってきます。
必死に逃げています。
生まれて初めて、命の危険を感じているのでしょう。
それなのに。
あの人は、逃がしてくれません。
マユリさんの手元で、小さな起爆装置が押されました。
その瞬間、支ノ助さんの体を構成する霊子が、内側から異様な膨張を始めました。
もう、間に合いません。
私は斬魄刀です。持ち主を守り、共に戦うために生まれてきた刀です。
なのに、支ノ助さんはまだ一度も、私の名を呼んでくれていません。
私がここにいることさえ、知らないのです。
こんなの、あんまりです。
まだ一度も、まともにお話ししていないのに。
「支ノ助さんっ!!」
その時でした。
生まれて初めて、私の声が、本当に喉の奥から飛び出したのは。
自分でも驚くほど、大きな声でした。
支ノ助さんの目が見開かれます。
「え、今の声……?」
ようやく届きました。
手遅れでした。
白い光が視界を埋め尽くし、凄まじい音と衝撃が押し寄せて、何もかもが吹き飛んでいきました。
気がつくと、私はいつもの貝殻の奥にいました。
外の音は、水の底で聞いているようにくぐもっています。
どうやら、まだ消えてはいないようです。
よかった。
……よかった、のでしょうか。
私は暫く放心していましたが、ふと、膝の上に重みがあることに気づきました。
誰かが、私の腕の中で眠っていました。
「……支ノ助さん?」
見慣れた顔の青年でした。
もっとも、見慣れているのは私の方だけで、向こうは私の顔など一度も見たことがありません。
支ノ助さんは目を閉じたまま、静かに眠っています。
ただ、その体は向こう側が見えるほど透き通っていました。
「……どういうことでしょう?」
恐る恐る、頬に触れてみます。
ちゃんと感触があります。
でもこれは、どう見ても普通の体ではありません。
おそらく、支ノ助さんの魂魄の一部なのでしょう。
どうしてこんなことになったのか、正直なところ、私にもよく分かりません。
ただ、思い当たることがありました。
宿狩という刀。私には、宿る力があります。
自分の霊子を相手へ流し込み、そこへ入り込む力です。
本来は斬りつけた相手の体内に霊子を送り込み、内側から結晶化させるための能力なのですが、その攻撃的な力を発揮する機会は、ついぞありませんでした。
あの瞬間、支ノ助さんを助けたいと願った時、無我夢中で自分の霊子を伸ばしたことだけは覚えています。
どうやら、それが支ノ助さんの魂魄に絡みつき、私の中へ引き込んでしまったようなのです。
私達は、もともと同じ魂から生まれた存在です。
だからでしょうか。他の誰かなら拒絶していたかもしれないものが、私の中では不思議と馴染んでいました。
もちろん、肉体の方は見事に爆発してしまいましたので、元通りになったわけではありません。
「……よかったぁ」
それでも、思わず安堵の声が漏れました。
完全に失ってしまうよりはずっと良いはずです。
ひとまず支ノ助さんを貝殻の奥へ寝かせ、なぜか心象世界に当たり前にある前世の愛用毛布をかけてあげました。
寝心地が良いかどうかは分かりませんが、何もないよりはましでしょう。
そこでようやく気づいたのです。
外が、静かすぎます。
「…………」
私は恐る恐る、刀の外へ意識を向けました。
地面には、爆発に巻き込まれた浅打の残骸が転がっています。刃も柄も傷んでしまいましたが、どうにか形は残っているようです。
そして、そのすぐ近くには、あの方の気配がありました。
涅マユリ。
ご自身の斬魄刀でさえ、見るも無残に恐ろしい姿へ改造してしまうお方です。
そんな人に、持ち主が爆死したにも関わらず、なぜか意識だけを抱えて生き残っている斬魄刀など見つかったら。
……どうなるのでしょう。
考えたくもありません。
私は大急ぎで貝殻の奥へ引っ込み、支ノ助さんの隣で毛布を頭まで引き上げました。
それから自分も膝を抱え、殻の入り口をぴったりと閉ざします。
死んだふり、です。
私は刀です。
刀は喋りません。動きません。考えたりもしません。
今の私は、ただの物言わぬ鉄の塊なのです。
(どうか、見つかりませんように……)
貝殻の向こうでは、何やら人の声がしています。
どうやら、爆発に巻き込まれた石田さん達は、井上織姫さんの能力で助かったようでした。
よかったです。
あの人達まで死んでしまったら、これから先のことが何一つ分からなくなってしまいます。
もっとも、そうなっては困ると心配していたところで、私自身が今後どうなるのかも分かりませんが。
困りました。
このままでは、いつか誰かに拾われてしまいます。
持ち主のいなくなった斬魄刀が、どのように扱われるものなのか、私は知りません。
少なくとも、マユリさんのところへ持ち込まれるのだけは御免です。
何か、何か逃げる方法はないのでしょうか。
私は貝殻の奥でうんうんと唸りながら、先ほどのことを思い返しました。
霊子を流し込む力。
他のものに宿る力。
もしかしたら、私自身を別の場所へ移すこともできるのではないでしょうか。
ですが、相手が生きている人間では困ります。勝手に入り込もうとしても、意識のある相手には拒まれてしまいますし、何より、そんな失礼なことをしたくありません。
それなら、物はどうでしょう。
例えば、石ころとか。
……石ころ。
それはそれで、どうなのでしょう。
地面に転がる石ころになってしまったら、結局ここから動けなくなるのではありませんか。
考え込んでいたその時、近くを通りかかった石田さんの姿が、わずかに感じ取れました。
正確には、その顔にかけられた眼鏡です。
(……あ)
眼鏡。
あれなら、無機物です。
しかも、石田さんが身に着けているものですから、勝手にどこかへ連れていってもらえます。
なんということでしょう。
私、天才かもしれません。
(……お、お邪魔します)
一応、断っておきました。
私は眠っている支ノ助さんを抱え直し、自分の霊子を細く細く伸ばしました。
目指すは石田さんの眼鏡。
刀の残骸から霊子がほどけ、ゆっくりと、そちらへ流れていきます。
次の瞬間、私の意識は、ひんやりとしたガラスの奥へ滑り込んでいました。
成功です。
どうやら、本当に宿れるようでした。
気のせいでしょうか。貝殻の外に見える景色が、なんだか少し歪んでいます。
……眼鏡ですからね。
ひとまず、よしとしましょう。