手斧のヒプナゴジア   作:日下部慎

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第2節 それぞれのアトランティス

先導するギルガメッシュの後について、立香とアトラスはアトランティスの中を練り歩く。

その荘厳でありつつ、合理的な都市計画に基づく機能美を兼ね備えた街並みを前にして、立香は興奮の声をあげた。

 

「すごい! 特に港と水路! たくさんの船があんなにスムーズに! ねえアトラス、あの人は何をしてるの?」

 

「水先人だ。適切な水路を指示している」

 

「水先人……水先案内人か。あれ? あっちの建物は、なんで垂れ幕がしてあるの?」

 

立香とアトラスの会話の中にギルガメッシュが口を挟む。

 

「アレはポセイドンとクレイトを奉る神殿だ。今は工事中だがな」

 

「ポセイドンとクレイト……アトラスの両親、だよね?」

 

立香の問いにアトラスは口を開かず、ただ静かに首肯する。

彼女は多くを語らない。ただ、アトランティスの王アトラスは、いくぶん謎めいた出自を持っている。

父はポセイドンで、母はクレイト。

ポセイドンは言わずもがなの海神だが、クレイトは「アトランティス島の大地から生まれたエウエノルとレウキッペーの子」とされる。

大地から生まれた―――というと、魔術史的には精霊種と関連が示唆される。しかしレウキッペーもエウエノルと同様であるのか、それともこちらは普通の人間であったのかは、ハッキリしない。

レウキッペーの名はオケアノス神の子としても挙がる名前であり、こちらとの関連も想起されるが……

こうしたことを考え、立香はアトラスをちらりと見やる。

 

「…………」

 

彼女は多くを語らない。少なくとも、今はまだその時ではないようだった。

そうして軽く島内を見て回ったところで、ギルガメッシュは改めて立香とアトラスに向き直る。

 

「どうだ、このアトランティスを見て」

 

その曖昧な問いかけは、アトラスに向けられているようだった。

アトラスはわずかの思考の後に答える。

 

「己(おれ)の記憶と寸分違わぬと思ったが、少し違うな」

 

それにギルガメッシュは頷く。

 

「うむ、お前たちが来るのがあまりに遅いのでな。王の不在に惑う民どもに応え、代わりに我(オレ)が治めてやった」

 

「そうか」

 

アトラスの返事は簡潔だ。否定も肯定もしない。が、否定しないのであれば、それはすなわち肯定も同義である。

立香は少し心配になり、アトラスに尋ねる。

 

「……いいの?」

 

あえて言葉にはしなかったが、言外に「アトランティスの王はアトラスなのに、ギルガメッシュにやらせていいのか」という含みが込められている。

アトラスはそうした意図を理解した上で、回答する。

 

「良くはない。だが、ここは夢だ。そして―――」

 

彼女はその目を金色の男に向けた。

 

「興味がある。王として、奴の治世に」

 

最古の英雄王ギルガメッシュ。

ウルク第1王朝第5代の王として126年間在位し、その繁栄を築いた名高い王。

その手腕を見極めてやろう、ということだ。

 

「己(おれ)は静観する。ではな、汝らよ」

 

そう言うとアトラスの鎧が、彼女の体を包み込むように変形していく。

立香はそれを見て直感した。

 

引き篭もろうとしている―――!

 

ここから先はもう何もしない、遠くから眺めているから後は好きにしてくれと。

今にも惰眠を貪りそうな、ものぐさの気配を立香は敏感に感じ取った。

しかしそうは問屋が卸さない。

閉じる扉に腕を挟み込ませて止めるがごとく、ギルガメッシュの手がアトラスの胸ぐらを掴んだ。

 

「何をする、英雄王」

 

わずかに不満げな声音を漏らすアトラスに、ギルガメッシュは大きく口を開いて言い放つ。

 

「たわけ! 我(オレ)の治める国で怠惰など許さぬわ!」

 

「な、なに?」

 

困惑するアトラス。彼女は引き篭もりに失敗し、表に引きずり出されることになった。

そうしてギルガメッシュは立香に命じる。

 

「この横着者に先達(せんだつ)として手本を示し、指導してやれ!」

 

それに立香は素早く答える。

 

「はい! わかりました、王様!」

 

カルデアのマスター・藤丸立香は、かつて古代メソポタミアへとレイシフトを行った際に、ギルガメッシュのもとで様々な労働に勤しんだ経験がある。

 

「さ、行くよアトラス!」

 

立香は張り切った様子でアトラスを引きずっていく。これから働きに出るというよりは、まるでピクニックにでも行くかのような満面の笑顔と軽快さだ。いったい何が楽しいというのか、アトラスにはまるで理解ができなかった。

 

……ギルガメッシュに指示された彼女らの行き先は、アトランティス内にいくつかある神殿のひとつ。

そこでは立香にとって見知った顔が待ち受けていた。

 

「あら! 仕事を引き受けてくれるのって、あなた達だったのね。いいわね、きっとマハトマのお導きだわ!」

 

エレナ・ブラヴァツキー。

近代神智学の大家として知られる神秘家であるが……今、この夢の中においてはアトランティスの神官をしているようだった。

―――なんでここにエレナが? と言いかけた立香だが、夢の中でそれを言うのもナンセンスだと思い直した。

それに立香の記憶が正しければ、エレナはアトランティスとの関連がある。

 

「確か……著書でアトランティスについて書いたんだっけ?」

 

「ええ、そうよ! あたしの『シークレット・ドクトリン』、興味があったら読んでみてね」

 

それで立香は合点がいった。

なるほど、マーリンが言っていた「専門家」とは彼女のことなのだと。

しかし―――と、同時に思う。

マシュから軽く聞いた感じでは、『シークレット・ドクトリン』に書かれたアトランティスの描写は少し……いや、かなり個性的(トンチキ)だったという話だが……?

 

「あなたがアトラスね! いい機会だわ、色々聞きたいことがあったのよ。マハトマたるクートフーミは、かつてピタゴラスとして肉体を持っていたというわ。だから、その源流がアトランティス人にあるんじゃないかと考えてるの! どうかしら?」

 

「知らぬ」

 

エレナの興奮に氷水をぶちまけるがごとく、アトラスは容赦なく一刀両断する。

だがそれでも、神秘(オカルト)に魂を捧げた少女は全くめげることがなかった。

 

「そう、少し認識の違いがあるみたいね。それじゃあ、レムリア人から“第四根源人種”たるアトランティス人へと人類が霊的に進化した時―――」

 

そこで立香はストップをかける。

エレナの話が深みにはまる気配と、アトラスが辟易する気配を感じたからだ。

 

「ちょ、ちょっと待って。その話はまた今度聞くとして―――わたし達への仕事の依頼を聞かせてくれる?」

 

「あら、そうだったわね。ごめんなさい。あなた達に頼みたいのはね、儀式に使う珍しい海藻を取ってきて欲しいの」

 

立香は手早くエレナから必要な情報を聞き出すと、アトラスを伴って海岸へと向かった。

かくしてアトランティスでの労働が始まる……が。

 

「全っ然、見つからなーい!」

 

何度目かの素潜りを経て、ついに立香が叫ぶ。

そんな徒労を嘆く彼女に、浜辺で岩の上に腰かけるアトラスが言う。

 

「当然だ。求める海藻は、アトランティス周辺には存在しない」

 

そう淡々と告げるアトラス。だがその彼女を見た立香は、アトラスが全く濡れていないことに気付く。

 

「アトラス……まさか、ずっとサボってた?」

 

指摘を受けた怠惰の王は、口を開かず、ただ顔をそむけた。

立香は海から浜辺に上がる。

そしてアトラスの体を掴むと、振り子の要領で遠心力を効かせて、海へと向けて―――

 

「待て、何をする」

 

「どっせーーーーーい!!」

 

日々の鍛錬とカルデアの魔術礼装により強化された立香の筋力は、驚くほどに遠くへアトラスの体を放り投げた。

大きく上がる水柱。

周囲に波と、白い気泡が広がる。

そうして数秒の後、波が収まるのと同時に、アトラスが海の中から顔を出した。

 

「……不快だ」

 

声色に変わりはないものの、その瞳は隠しきれない不満を湛えていた。

そんな時だった。もう耳に慣れた傲岸不遜な男の声が、突如として周囲に響く。

 

「まったく、何をしている貴様ら! 真面目に励んでいるかと見に来てみれば、水遊びとは! なんたるザマだ!」

 

再び姿を現したギルガメッシュ。

アトラスは呆れたような半眼をギルガメッシュに移す。

 

「英雄王……暇なのか?」

 

「暇なわけがあるか! ここへ来たのも、公務のついでだ!」

 

男は大声とともに吐いた息を取り戻すかのように深く呼吸し、静かに付け足すように言った。

 

「……そうだ、ひとつ言い忘れた事がある。海の近くでは魚人間(クルール)が出ることがある。留意しておけ」

 

などと二人に向かって忠告をするギルガメッシュ。

魚人間(クルール)はメソポタミア神話における原初の海神ティアマトが創り出した、“11の怪物”のひとつだ。

 

(それがここにいる、っていうことは……)

 

立香は、この夢が自分とアトラスだけではなく、ギルガメッシュとも混ざり合っていると理解する。

それに加えて彼女は、ひとつピンときた。

先ほどギルガメッシュは何やらさりげなく「言い忘れた」と付け足してきたが……?

 

「王様……もしかして、それを言いに?」

 

「たわけ、公務のついでと言っただろう! ……なんだその弛緩しきった間抜け面は。いいだろう、今日は特別だ。我(オレ)が直々に貴様の働きを監督してやろう」

 

「―――やば」

 

慌てて立香は表情を引き締めるも、時すでに遅し。

それからしばらくの間、立香とアトラスはギルガメッシュの監督のもと、素潜りによる海藻採りに精を出すことになった―――

 

「お、王様~、これですか~……?」

 

「違うわ! そんな棘がついた藻があるか! そんなものは、そこらの蛇にでも食わせてしまえ! ……む? おい、大洋王はどこに行った!?」

 

王様直々の厳しい指導。せわしなく、慌ただしい勤労風景。

しかしそれは、そう長くは続かなかった。

突如、港の方から響いてくる、警報じみた音。

 

「これは……角笛?」

 

立香が周囲を見やれば、人々が慌てた様子で駆けていく。

緊急事態―――?

そう思った立香の背後で、海中から勢いよくアトラスが飛び出してくる。

そして彼女は口を開いて、言った。

 

「敵襲だ」

 

 

***

 

 

角笛が吹かれた、数分ほど前。

海洋のただ中にあるアトランティスに向けて、数隻の船が突き進んでいた。

先頭を進むのは3本のマストが立ち、いくつもの大砲や旋回砲を備えた中型の帆船だ。

 

―――その名をサンタ・マリア号。

 

西暦1492年、スペインの港から大西洋へ出航し、歴史的な“再発見”を果たした船である。

そして、その船首には立派な白い髭をたくわえた老年の男が立っている。

男は年齢にそぐわぬ溌剌としたエネルギーに満ちた振る舞いで、声をあげる。

 

「ハッハァー! 思ってたより随分と近いところにあったんだなァ!? だが間違いねえ、遠目からでも見える……散りばめられた金、銀! 辿り着いたぜ、お前ら!」

 

男―――クリストファー・コロンブスは拳を振り上げ、船員たちに宣言する。

 

「辿り着いたぜ、黄金の国ジパングによォ!!」

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