腹部に腕がずぶりと突き刺さる。
「……ゴフッ」
「ちっ、若いのを逃したか」
「やつにはまだ早い相手だからのぅ」
儂は目の前の敵をにらみ返す。
弟子のレイを突き飛ばした甲斐あって、目にも止まらぬ速さの攻撃から庇うことができた。
「俺の速さについてこれるとは中々の目をもっていたようだな。老人であることが惜しい」
「ははっ、そうかい。そりゃ光栄じゃ」
「若ければ俺ともまともに討ち合えただろうに、残念だ」
魔王幹部、シデン。目にもとまらぬ速さで移動する固有魔法の使い手。
レイにはまだ勝てない強敵。
「まだだ」
シデンの目が見開く。慌てて引き抜こうとした腕を、がしりと掴んだ。魔力を腕に集中させ、決して離さない。
「貴様、何を……!」
「捕まえた」
直後、シデンの首に刃が食い込む。最期の力をふり絞り、刀を振るう手に力を込める。
「バカめ、魔族に刃など効かぬわ」
純度の高い魔力による身体防護。それこそが高位の魔族に人間が太刀打ちできていない理由だ。
が、しかし
「人間は常に進化の可能性を秘めた生き物じゃよ」
「な、なぜだ……!なぜ刃が防護をっ」
シデンの首がごとりと音を立てて地に落ちた。
膨大な魔力がよりどころを失って青く燃えはじめる。その炎は魔族の体を包み込んだ。
「師匠……!今すぐに治療を」
「待て、レイ」
腹に突き刺さった腕から、儂の魔力にも引火する。純粋な魔力の炎は見た目に反して穏やかに暖かい。
今にも走り寄ってきそうなバカ弟子を制して、空を見上げる。
「教えを、忘れるでないぞ」
「……」
「返事はどうした」
「……はい」
「ならばいい」
人間には耐え切れない純度の魔力が、体を構成する要素を破壊し始める。
「レイ。お前さんは勇者じゃ。勇者である以上、世界を救う使命がある」
「……はい」
「その世界を、期待して、先に上で待っておるからな。決して急いで来るんじゃないぞ」
「……っ」
「じゃあなバカ弟子。お前さんが儂の一番弟子で、本当に良かった」
意識が溶けていく。自分を構成していた何かが、塵となって空に舞い上がる。
その日、勇者の唯一の師匠がこの世から消えた。
=====
「……は?」
「あ、起きたわね」
目を開けるとそこは、雲の上だった。
いや、雲というには踏みしめている台地は、大理石のように白く硬い。
目の前には、書類の山で散らかった事務机に座る女。そしてその背後には、床と同じ材質の大扉。
「ここは?確か俺は……俺?」
自分の一人称に驚き見てみれば、若かりし頃の自分の姿があった。
身体だけでなく精神まで影響を受けている気がする。
「えーっと、ジンさんであってるかしら?ようこそ審判の間へ」
「審判の間?天国ではないのか?」
「残念だけどここは天国の一歩手前。後ろの大扉をくぐればすぐだけれどね」
「じゃあお前が審判官ということか」
「審判官?面白い表現ね。大抵の人間は私のことを女神だなんて言うのに」
「女神なのか?」
「いいえ、厳密には違うわ。でもそんなことはどうだっていいの」
「そんなこと?」
「あなた、どうして死んだのよ」
「どうしてってそりゃ、天命が」
「そんな天命なんて下してないわよ!」
「て、天命じゃないだと!?」
「あなたは英雄になるはずだったの!なのに、なのにこんなところで……」
「こんなって……未来の若者をかばって死ぬいい師匠だっただろ」
「それだと困るのよほんともう……!」
「困るったって、どうしろと」
「簡単な話よ。現世に戻ればいいのよ」
「も、戻る?まてまて、そんなことが許されるのか?」
「まったく同じ存在で戻ることはできないから、多少影響は受けると思うけれど。まあなんとか精神だけはそのまま送り出してあげるわ!」
女が立ち上がり、こちらに手をかざす。
「それじゃあ、今度こそ天寿を全うしてきなさい」
足元の床が、ぽっかりと空いた。
自分より下に青空があるのは、奇妙な感覚だった。
「待て!まだ聞きたいことが~~~~!」
しかし落下に抗えるわけもなく、意識と共に、下へ下へと落ちていくのであった。
=====
「いてて」
実際に痛みはないが、落ちてきたという感覚だけでそう呟きながら立ち上がる。
目を覚ましたのは、どこかの森の中だった。
「……ん?木が高い……声が何か……」
ペタペタと顔と体を触って確認する。
「……はっ?」
肩にかからないくらいの髪、手で覆えてしまうほどしかない顔。丸みを帯びた体に、華奢な手足。
所謂女の子というやつになってしまっていた。
「な、なっ……」
服は質素だが着ている。靴もある。それくらいの温情はあるらしい。
ふと足で何かを蹴る。
そこにはダガーにしては若干細くて長い、不思議な刀が転がっている。
刃に刻まれた紋様は、しかしその大きさとは裏腹に、不思議な力を感じた。
「審判官さん、それはないでしょ」
こんな身体と刀一本で何を成せというのか。
いやまあ、この身体でも扱える大きさとなるとこれが限度だったのかもしれないが。
「……とりあえず、なんとかしないとな」
刀を抜き放ち、順手で素振りする。
と同時に、茂みから猪の魔獣が飛び出してくる。どうやら外敵とみなされたようだ。
「ふっ」
魔力を刀に纏わせ、一定周期で強弱を付ける。
魔獣の硬い皮膚に刀がするりと入っていき、脳ごと切り裂いた。
「……まあこっちには問題がないらしい」
精神や感覚にそれほど違いはないようだ。そうであれば、取り回しのいい小刀は悪くない選択肢かもしれない。
まぁ、欲を言うのであればこの重さのまま刃渡りだけ長ければ、今も一刀両断できただろうに。
「さてと、まずは町を目指してみるか」
耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえる。下流へ下れば人里のひとつくらいあるだろう。
「さぁ、出発だ」
今後巻き起こる波乱を知らぬまま、俺は第二の人生の一歩目を踏み出したのだった。
次話未定