花火の魔法使い 作:天気予報
空は、今日も曇っていた。この国の空が晴れることは、もうほとんどない。
陽の光は怪獣の灰とともに散乱し、空の上に薄い膜のような層を作っている。塔の窓から見えるのは、常に同じ灰色の空。それが、ボクの世界のすべてだった。
塔は、人気のない街道から離れた丘の上に建っている。遠くに小さく黒い海が見えるけれど、船の影はない。怪獣が海にも空にも現れるようになってから、人々は航路を捨て、空も飛ばなくなったらしい。
人々は怪獣の湧き出る裂け目に拠点や塔を作り、そこに軍を置いて街を守ろうとした。だが、世界は怪獣の脅威に分断されて繋がりを失くし、今はもう塔の中の誰も、外の大陸のことを知らない。ボクが知っているのは、ここが『日本』と呼ばれていたということだけ。アイカが教えてくれた。
塔の内部は冷たい。コンクリートの壁に魔力管が走り、低く脈打つように音を立てている。時々、ボクの体に組み込まれた『魔法炉』も同じ速さで脈を打つ。その音にはもう慣れていた。魔力を循環させる装置のひとつ。この体の奥に組み込まれた装置は、塔と同じ音で鳴っている。
ボクは『花火』と呼ばれている。本当の名前は知らない。物心がついた頃にはすでに塔に住んでいて、見習いとして訓練していた時にボクに魔法の才能があることが分かった。初めて使った魔法は花火のように夜空に白く輝いた。だから、その名をもらった。けれどその音は上手く思い出せない。ただ、あの時の光の眩しさだけが、今もボクの胸の奥に残っている。
塔の中では、見習いと呼ばれる子供たちが二百人ほど暮らしている。ほとんどが孤児か誘拐同然に連れ去られてきた子供で、魔法の才能は殆どない。彼らは正式には『魔法使い候補生』と呼ばれている。彼らの多くは固有の魔法を持たない。魔力さえあれば光弾や障壁といった汎用魔法は使えるけれど、その量も適性も人によって違う。魔法使いになれるほどの才能を持つ子はごくわずかで、ほとんどは国家に認められた『魔法使い』を支えるための生体資源。誰もそれをはっきりとは言わないけれど、皆、知っている。
見習いの寿命は短い。卒業まで生き延びても、行く末は魔法使いたちの盾か、怪獣を誘引する囮としての役割しかない。それでも誰も逃げないし逃げられない。外には怪獣がいて、塔の外の世界はもっと過酷だから。
そんな中で、ボクだけが魔法使いとして生きている。塔の中で、たった一人の魔法使い。全国にあるいくつもの塔の中でも、魔法使いを抱えるのはここだけだという。そしてこの塔は“国家の奇跡”なんて呼ばれて、奇跡の名のもとに、見習いたちは笑わないまま働き、死んでいく。
この塔が国家の奇跡と呼ばれるようになったのは、今の供給システムが作られるよりも前のことだった。ボクが初めて怪獣を倒した頃、塔の周囲にはまだ何本もの防衛線があった。看守長の指揮する兵士たちが街道に陣地を築き、見習いたちがその前に出て怪獣を引きつけていた。
ボクは決められた場所から、近づいてくる黒い影に向かって左手を伸ばす。すると怪獣の内側で白い光が弾け、身体のあちこちが崩れ落ちた。何度か繰り返すうちに、兵士たちはボクが魔法を使うまでの時間を稼ぐようになった。最初の頃は、今のように魔力を送る管もなかった。ボク自身の力だけで怪獣を倒していたのだ。
大きな怪獣が現れたこともあった。小さな群れが続けて押し寄せたこともあった。けれど、ボクが魔法を使うと、ほとんどの怪獣は一度か二度で動かなくなった。黒い身体に無数の穴が開き、重たい音とともに地面へ沈んでいく。そうして戦いが終わるたびに、みんなは塔へ戻った。戦闘の記録には、ボクが撃退した怪獣の数や守られた地区の名前が残されている。医師長はその数字をよく覚えていて、時々ボクにも見せてくれた。
他の地区では防衛線が少しずつ後退しているという。けれど、この塔の周辺だけは長いあいだ同じ場所を守り続けていた。地図に引かれた境界線は何度も書き直され、そのたびにボクたちのいる場所だけが取り残されていく。それが特別なことだとは思わなかった。怪獣が現れたら魔法を使う。倒したら塔へ帰る。ボクにとっては、いつも同じことの繰り返しだった。
いつからか、国の放送でもボクの名前が呼ばれるようになった。
魔法使いハナビ。国家の祝福。国民を守る希望の光。
そう呼ばれるたびに、見習いたちはボクの方を見た。看守長は戦闘記録を提出し、医師長は新しい測定を始める。管理人はそれを聞いて機嫌がよくなる。
ボクはただ、次の出撃まで塔で過ごしていた。
「花火、準備はできているか?」
医師長の声は低く、冷たく、けれど不思議とやさしい響きを持っていた。ボクが診療室に入ると、彼は淡々と資料を整理していた。白衣の袖口には灰が付着していて、それが彼の仕事の勲章のように見えた。
「今日の測定で、供給システムの安定度がさらに上がった。候補生たちの同調率も良好だ。君の魔法は、国家が求める理想形に近い。花火、誇るといい。これは理論の結実だ。君の魔法にはまだ大きな可能性があり、私の設計した“完全な供給構造”は君の力によって証明されるのだ」
ボクはうなずいた。誇る、という言葉はよく分からなかった。でも、医師長の言葉の中にある“完全”という響きは嫌いじゃなかった。何も欠けていないというのは、きっと良いことなのだろう。
医師長は科学者らしい人だった。冷徹だが合理的で、理論と実験を愛している。彼の研究室には、世界のどこからか持ち帰られた古い資料が並んでいる。その中には、かつて「魔法」が存在しない時代に書かれた“科学”という学問の記録もあるという。彼はその両方を接続しようとしていた。科学の合理と、魔法の奇跡。それを結びつけるのが“魔法科学の正統進化”であり、自分の使命だと信じている。
「花火、君はこの塔における最適解だ」
そう言って、医師長は端末に指を滑らせた。背後のモニターに光が走り、数値が踊る。ボクの体内の魔力循環を表す波形が映し出されている。
「この反応を見たまえ。君の『花火』の魔法は、感情に左右されない。喜びも悲しみも関係なく、ただ現象として期待された結果を確実に出す。人類が求めた“安定した力”とは本来こうあるべきなのだ」
ボクは少し考えてから、聞いた。
「……ボクの魔法は、どうして皆にまで花火って呼ばれてるんですか?」
医師長は少し笑って、首を傾げた。
「君が初めて魔法を行使したとき、とても眩しく輝いた。それを見た管理人がまるで夜空を照らす花火のようだと言ったからだ。君の魔法による光は国家には祝福とも呼ばれているがね」
「祝福……」
ボクはその言葉を呟いた。たしかにあの時、空に光が咲いた。でも同時に何かが崩れ、焼き付いた匂いがした。それを“祝福”と呼ぶことに、少しだけ違和感があった。
翌朝また来るように言われて研究棟を出ると、空気が冷たかった。廊下の窓から見える空は、やはり灰色で、雨が降り出していた。塔の中庭は濡れて光り、遠くで看守と見習いたちが黙々と作業をしている。看守長の指揮の下、補給のトレーラーから物資を下ろし、金属箱を並べている。雨音が金属に当たり、重く響いていた。
そのまま居住棟の自室に戻ると、アイカがいた。ベッドの上に座り、窓の外を眺めている。肩まで伸びた髪が、少し濡れていた。
「おかえり、花火」
彼女は振り向き、少し笑った。
「また呼び出されたの?」
「うん。医師長が魔力の流量を見たいって」
「……怖くないの?」
ボクは首を傾げる。
「怖い、ってなに?」
アイカは言葉に詰まり、視線をそらした。
「……なんでもない。気にしないで!」
ボクはその言葉を理解できずにいた。怖い、という感情は、ボクの中ではまだ形を持たない。
アイカも塔で暮らす見習いの一人だった。障壁を作る魔法がとても上手く、ボクの護衛を任されている。魔力の量は少ないらしいけれど、強い攻撃を防ぐことにかけては他の見習いたちよりずっと優秀なのだと、看守長が言っていた。ボクが怪獣を倒すまでのあいだ、アイカがボクを守る。それが二人に与えられた仕事だった。
けれどアイカは、その役目を褒められてもあまり喜んでいなかった。出撃のたびに他の見習いたちが遠くの陣地へ送られていくのを、いつも黙って見送っていた。
どうしてそんな顔をするのか、ボクには分からなかった。塔へ帰ってきたときに彼女がほっとしたように笑うことだけは、よく覚えている。
夜になると、塔の最上階の窓から光が漏れる。それは供給炉の反応で、誰も見上げない。でも、ボクはいつもその光を見る。あの光が、かつて見た打ち上げ花火の残像と似ているから。あの日の空だけが、この塔の灰色を破った唯一の瞬間だった。
——空を裂いて、光が咲いた。
音がして、世界が震えた。
あれを見て、ボクは初めて「きれいだ」と思った。
だからか、ボクの魔法はそれに似た。
今はもう、塔の外で花火が上がることはない。代わりに、ボクが光を生む。国家はその光を祝福と呼んでいる。ボクはここで、この塔で、この魔法を使い続ける。
明日もまた、灰色の空だろう。けれど、あの光を見た記憶だけが、ボクの中でいまだに消えずにいる。それだけが、ボクにとっての祝福という言葉のイメージに一番近い気がした。
時折、空が白く光るとき、塔の中に作業の音と人声が波状に重なる。それは遠くの戦地の残響かもしれないし、塔の中の管の振動かもしれない。どちらにしても、世界は常に重くゆっくりと動いている。
ボクも、機械の歯車の一つとして、同じリズムで動く。
翌朝、研究棟の診療室には整列した見習いたちの列があった。彼らの顔はまだ若く、表情は固い。誰も声を出さず、順番が来るのを待っている。供給試験に呼ばれるのは珍しいことではなかった。魔力を使い果たせば疲労が残るし、回復するまで休養を与えられる者もいる。それでも戦地へ送られるよりは安全だと、誰かが言っていた。
ここに並ぶ子たちも、いつかは別の任務に就くことになる。その日がいつ来るのかは分からない。塔の中では翌日の予定でさえ、自分で決めることはできなかった。
「花火、今日は試験運用だ。候補生からの魔力供給の段取りを変更する。測定は厳重に行う。君は試験室に入りたまえ」
医師長はそう言って、ボクの肩に短く触れた。その触れ方は慰めのようで、同時に計測の指示のようでもあった。
ボクはただうなずいた。
試験室の扉が閉まると、機械の音が大きくなる。透明な管の中を、見習いたちから集められた魔力が淡い光となって流れていた。ボクの周りに配置された端末は、数字を淡々と吐き出す。医師長が顕微鏡のような装置に視線を落とし、満足そうに微笑んだ。
「この装置が完成すれば、他の塔では不可能だった効率が出る。見ての通り同調率が向上している。君は、世界の最先端を行くのだ」
ボクは装置の光を見つめていた。管の向こうにいる見習いたちの魔力が、ひとつの流れとなってボクの中へ入ってくる。流れが強くなるたびに、胸の奥の魔法炉が低く鳴った。
硝子の向こうでは、一人の見習いが椅子の背にもたれかかっていた。隣の子が何か話しかけている。顔色は悪かったけれど、看守が近づくと自分で立ち上がった。
ボクの中には、まだ十分な魔力が残っていた。
午後、塔の放送室から国家の報道が流れた。
「本日も、国家は魔法使いの活躍により怪獣を撃退したと発表します。国難の中での祝福の光に、国民は歓声を送ります」
その言葉を聞きながら、ボクは手を動かしていた。見習いたちの腕に巻かれた導線の接続を確認し、制御端末のパラメータをチェックする。誰かが拍手している映像が、壁のスクリーンに映る。外の世界では誰かが歓声を上げているらしい。ボクにはそれが分からない。歓声とはどんな音だろうか、と考えた。映像の後の医師長の解説は相変わらずよく分からなかった。
夕方になって、雨は一層強くなった。窓を打つ雨粒が、薄い光を反射してきらきらと動く。
アイカが部屋に戻ってきて、ボクの隣に座った。
「今日の放送、見た?」
と彼女は聞いた。声は少し低い。
「うん。あんまり見てないけど、音は聞いてた」
「……わたし、あの光を見るとつい手を合わせそうになるの。お仏壇の前みたいに」
アイカの顔に、ぼんやりとした影が差している。
「でもね、時々胸が苦しくなることもある。あの戦いの後、見習い達がどうなっているかってことを考えると、眠れなくなるの」
ボクは黙って聞いていた。お仏壇ってなんだろうとは聞けなかった。
アイカが黙ると、窓の外の雨音だけが響く。
夜、ボクは一人で塔の屋上に上がった。屋上は冷たく、金属の手すりが手にひんやりと食い込む。高いところから見下ろすと、塔の灯りが雨に溶けて滲んで見える。遠く、水平線のあたりで局地的に光が弾けるのが見えた。
怪獣の出現だろうか。あるいは敵対する何かが攻撃されているのかもしれない。
ボクは、ただ見つめる。遠い光が瞬いた瞬間、胸の中の何かがまた鳴った。音は、遠い雷鳴のようで、同時に思い出せないなにかのようでもあった。
見習いとしての仕事に失敗し、閉じ込められ、食べ物ももらえなかった夜。居住棟の最上階の窓越しに、遠くで一度だけ光が咲いた。
その美しさだけを、ボクは覚えている。それがボクの中の最後の“非灰色”の色だった。その色は今もなお胸の中にあって、そしてそれを忘れたくないから、ボクはここにいる。
翌朝、再び診療室に行くと、真っ白な白衣を纏った医師長が静かに話しかけた。
「本日は別の塔から観測班が来ている。彼らは我々の魔力供給システムの有効性を確認しに来た。君の働きは、今後の国家戦略上きわめて重要だ」
ボクと入れ替わりに出て行った見習いたちの顔がちらつく。その中の誰かが、今日の夕方にはいなくなるのだろうか。ボクはそのことを考えた。考えたが、答えは出なかった。考え続けること自体が、ボクには負担だった。
日が沈む頃、塔の外でアラートが鳴った。普段の放送とは違う、低い図太い音。塔の壁が微かに震え、窓の外の空気が異常に歪んだ。
「怪獣の接近だ。全員配置に就け」
医師長の声が放送に響いた。ボクは端末の前に立ち、機械の指示に従って手を動かす。見習いたちは慌ただしく走り回り、看守や職員は冷静に指示を出す。
ボクはいつものように出撃の準備をした。以前は自分の魔力だけで戦っていたけれど、今は出撃のたびに供給系を接続することになっている。準備、供給、発動。手順が少し増えただけで、ボクのすることは以前と変わらなかった。
外に出ると、空が裂けているのが見えた。稲妻のようではない。黒い裂け目が、空の中心に出来ている。そこから眼のような何かが覗き、次いで巨大な影がゆっくりと出てきた。
怪獣だ。スクリーンで何度見ても、目の前で見るのはやっぱり違う。生き物ではない。空間の裂け目が形をとったような存在だ。
音が伝わってくる。重い、鈍い音。人々の声が遠く、小石を踏んだように聞こえる。
ボクは指定された迎撃位置で静かに立っていた。後方では見習いたちが列に並び、管が彼らに接続される。導線が束ねられ、光が管を通って流れるのが見える。
少し離れたところにはアイカがいた。彼女は護衛として出撃していたが、今はまだ障壁を張っていない。こちらを見て小さく頷いたあと、再び怪獣の方へ顔を向けた。
魔力が流れ込む感覚に合わせて左手を上げる。指先がわずかに震えた。供給量が増えた時には、いつもこうなる。それを見た看守長が、軽く眉をひそめた。
「花火、君は集中しろ。戦場で油断は大敵だ。前を見て、しっかり立っていろ」
その言葉は、励ましなのか、それとも指示なのか、ボクには区別がつかなかった。
『花火』を発動するときが来る。ボクは深呼吸をして、左手を前に伸ばす。体の奥の何かがゆっくりと目を覚ます。
いつものように、魔法は光として立ち現れた。周囲の空気が歪み、重低音が胸を震わせる。瞬間、怪獣の内外で発生した大量の光球はその形のままに物質を消滅させ、そこから崩れていく。それは一瞬、夜を昼のように照らすほどの白光だった。見習いたちの管の光も激しく脈動する。
やっぱり、いつもと同じ流れだった。
戦いが終わると、静寂が戻る。怪獣は穴だらけになって斃れ落ち、空には切り取られた黒い裂け目だけが残った。ボクは膝をついて息を整えた。
看守長がやってきて、肩に手を置く。
「花火、よくやった」
彼の声には確かな暖かさが残っていた。
ボクはただうなずいた。
塔に戻ると、医師長が満足そうに記録端末を見ていた。
「予想以上のデータだ。これで我々の供給システムはさらに確証を得た」
彼はボクの肩を叩き、短く微笑んだ。その笑顔には計算と誇りが見えた。
夜、アイカが眠る前にボクの手を握った。
「ありがとう、花火。今日は助かったよ」
彼女は小さく息を漏らした。ボクは彼女の温度を感じた。その温かさは一瞬で、すぐに消えた。
ボクはそっと手を離した。掌にはまだアイカの温度が残っていて、なぜか落ち着かなかった。離してしまえばそれもすぐ消えると思ったのに、胸の奥には何かが残っている。
アイカは黙って目を閉じた。ボクは天井を見上げ、また灰色の空を想像した。
翌日になって、医師長が放送室で管理人と打ち合わせをしているのが聞こえた。
「昨日の戦果は実に結構だ。供給装置と候補生を前線まで運び込めば、魔法使いの継戦能力を高められる。候補生をただ囮として使うよりも、ずっと有意義な使い道ではないかね。国防省や内務省からも問い合わせが来ているよ。実に良い仕事をしてくれた、医師長」
「ありがとうございます、管理人。しかしこのシステムは花火の特殊な心理構造に沿って開発しており、供給できる魔力量に限界があります。同じシステムを一般魔法使いで運用した場合は著しく効率が落ちるでしょう。まだ貴方の利益にするには少々時間がかかります」
「ふむ。まだ改良の余地があるというわけか」
「ええ。供給できる魔力の総量を増やさねばなりません。今の方法だけでは、いずれ限界が訪れます」
「なに、構わんさ。君の研究が成功すれば、我々の塔は国家にとって欠かせない施設になる。それまでに必要なものは用意しよう。君と彼女こそ、まさに魔法科学の先駆者だよ」
そう言われていても、ボクはあまり興味がわかなかった。先駆者かもしれないが、ボクにはただ目の前のことしか分からなかった。
いつもと変わらない訓練と試験の後、寝床の薄い布団に入った。先ほど管理人が言っていた「先駆者」という言葉を思い出す。以前は見習いと呼ばれていたのに、今は魔法使いと呼ばれている。呼び方が変わっても、ボク自身は何も変わっていないように思えた。
アイカの寝息が隣で聞こえる。彼女の存在が、ボクの中に小さな雑音を起こす。雑音はやがて静かになり、ボクは眠りに落ちた。
また朝が来ると、この日は国家の放送が流れた。
「本日、国家は魔法使いハナビの活躍により被災地区の一部を保全しました。国民の皆様に祝福を」
壁のスクリーンには以前の戦闘記録が映っていた。白い光が怪獣の身体を貫き、内側からいくつもの穴が開いていく。その下には、ボクの名前と大きな文字が並んでいる。
どこかで誰かが手を合わせていたという報道もあった。ボクにはよく分からなかったけれど、以前にも似たような映像を見たことがある。怪獣を倒すたび、国家はボクの名前を繰り返し放送していた。
やがて画面が切り替わり、別のニュースが始まった。
「続いて国内情勢です。本日、反政府武装勢力、いわゆる革命軍の指導者に対する銃殺刑が執行されました。国家の秩序を乱し、国民の結束を妨げてきた反逆者は、法に従い処断されました」
画面には男の顔が映っていた。名前と、その下に幾つかの罪状が並んでいる。ボクはその顔を知っていた。
以前の放送でも、この男は銃殺されていた。その前にも、さらにその前にも。同じ名前で、同じ顔だった。最初の報道では死亡が確認されたと言っていたし、次の時もそうだった。これで四度目になる。
銃殺刑というのは、一人に何度も執行できるものなのだろうか。少し考えてみたけれど、よく分からなかった。画面はすでに次のニュースへ移っている。
ボクはまた手を動かした。光を生み、光を消す。日々はそれだけを繰り返す。スクリーンはもう見ていなかった。
だが、その日、ボクは小さな違和感を覚えた。放送の最後に行われる医師長の解説の声が少しだけ震えたように聞こえたのだ。
「……我々は、ついにこれを実証した」
それは誇りの震えだろうか。それとも、別の何かなのだろうか。ボクはその意味をはっきり理解できないまま、その後もただ機械の前に立っていた。
夜が来ると、アイカが部屋で窓の外を見つめていた。
「ねえ、花火。外の世界って、どんなところか知ってる?」
ボクは首を振った。
「知らない。アイカが教えて」
彼女は少し笑って、遠い国の話をした。誰かが言い伝えた昔のこと、見渡す限りの広い海や草原、見たことのない祭り。話しているうちに彼女の目が光った。たぶん涙なんだと思う。でも、その理由はボクには分からなかった。
ボクはその目を見ていると、なぜか胸の奥が微かに重く感じられた。それは、まだ名前の付かない感情だった。
その晩、塔の遠方で再び光が弾けた。ボクは屋上に上がり、空を見つめた。裂け目は広がり、怪獣が現れる頻度は増していた。だがその光の中で、ボクは小さな誓いのようなものを立てた。
あの打ち上げ花火の光を、どこかで、もう一度咲かせたい。それが、ボクに残された唯一の意味なのかもしれない。
雨は止まず、塔の中の音だけが世界を伝えていた。
ボクは明日もまた、灰色の中で光を作るだろう。
それでも、今夜はアイカの話した外の世界が、いつまでも頭から離れなかった。