ドフラミンゴには叱ってくれる年上幼馴染がいればああならなかった説 作:H.akua
夫とアタシの関係を語るには、何から始めればいいだろう。
出会いは…そう、あのゴミ捨て場のような街だった。海から風が吹くたびに潮と吐瀉物の混じった匂いが襲ってくるのが不快で、アタシはいつも煙草をふかしていたっけ。
この日記を読んでいるのが若者なら、まだ若いうちから煙草なんて吸うものじゃない。歳を取ってから肺が腐って、たいそう息苦しい余生を送る羽目になる。
だが、少なくとも当時の自分にはそんな遠い未来の展望なんて到底見えちゃいなかった。ただ目の前にある現実と、なんとか上手くやっていくので必死だった。
15歳のアタシは一丁前に大人に混じって体を売る商売をしていた。「訪問販売」の客の家に向かって路地を歩いていたら、腰ぐらいの背丈の薄汚れた少年が二人、左右を通り抜けて行った。
なにぶん細い道だったから、軽く避けてやろうと体を斜めにすれば、左側の少年にぶつかった。
前髪で目が隠れたその子は、軽く当たっただけなのに大袈裟に驚いて、何か後ろめたいことでもあるかのようにおろおろと頭を彷徨わせていた。何か奇妙なものを感じて声をかけようとすると、サングラスをかけたもう一人が少し奥で叫んだ。
「逃げるぞ、ロシー!」
その手にはやけに見覚えのあるくたびれた財布が握られていて、慌てて腰のポケットを確認すれば、中身は見事に空だった。
「あっ………待ちな、このガキ!!」
財布を持って逃げるサングラスの少年。もつれる足であわてて後を追う前髪の長い少年。そのさらに後ろを追う、財布を取られたドジな娼婦。
サングラスの方は街の構造を熟知しているようで、小さい体で身軽に障害物や人を躱し、鼠のような機敏さで走って行く。
でも前髪の方は遅かった。というか、ノロマだった。前から歩く大人の足に蹴飛ばされそうになり、ぎりぎりで避けたかと思えば水たまりにはまり、しまいにはなんでもない小石につまづいて盛大に転んだ。
そんな有様だったので、路地を抜けて大通りに出てからほんの数十メートルの所で、アタシはあっさりと前髪の方に追いついた。
肝心の財布を持っているもう一方は、逃げようと思えば逃げられそうな位置にいたが、転んだ仲間を見ると自分から戻ってきてしまった。
こうして、彼らの短い逃走劇はあっさりと終わった。拳骨の一つぐらいかましてもいい所かもしれないけれど、こんな年端もいかない子供二人に怒り狂うほど狭量でもない。大人しく財布だけ返してもらおうと手を伸ばしかけて、アタシは驚いた。
「お前ッ、ロシーから離れろ!!」
サングラスの方の子供が、小さなナイフをこちらに突き出して一生懸命に威嚇をしていた。その背中の後ろには、さっき転んだ時に擦りむいたのだろう、血の滲む膝を抱えてぐすぐすと涙ぐむもう一人の子供が、小さくうずくまっていた。
こりゃひどい。自分の財布を取り返したいだけなのに、まるでアタシが大悪党みたいじゃないか。
そう思ったら肩の力が抜けて、今度は見るからに痛々しい、すりむいた膝小僧が可哀想になってきた。
「……はぁ。おいで、怪我させないから。というか、ちょっと手当してあげる」
ため息をついて、サングラスの手からナイフをひょいと取り上げる。おおかた護身用に持っていてもろくに使ったことは無かったんだろう、たいした抵抗もなくナイフは小さな手から離れた。
そのまま子供二人を抱え上げると、大きな荷物でも運ぶみたいに両脇に抱えて、来た道を歩き出す。主にサングラスの方がじたばたと抵抗したので、暴れるのなら地面に落とすよと脅せば多少大人しくなった。
家への道を歩きながら、何度も何度も何度も自問自答した。
なんでアタシは、今まさに約束の時間を迎えようとしている客の相手をほっぽって、こんな見ず知らずのガキの世話をしているんだろう。
この街じゃ、他人にいらない同情をかけて身を削るなんて命取りだ。そんなことは長年住んでいるのだから、嫌というほど染み付いている。
けれどやっぱり、ここに流れ着いたばかりの頃のアタシみたいに、生きるために必死でもがいている二人を放っておくことはできなかった。
それがアタシと、ドフラミンゴの出会いだった。
◆
子供とたかをくくっていたけれど、男の子二人の体重というのは女一人で抱えるには少々無茶な荷物だ。
うちに着く頃にはアタシは一丁前にくたびれはて、今すぐ二人を放り捨てて固いベッドに身を預けたい気分だった。流石に治療すると言って連れてきた手前、そんな真似はしなかったけどね。
「ん、財布」
ソファ……と呼んでいいかも怪しいような、虫の食った薄っぺらいソファに二人を座らせ、しゃがんでからサングラスの方に手を差し出す。
しばらくの間、バツの悪そうな沈黙が流れる。
できるだけ威圧的にならないよう気をつけたんだけど、もしかして怖かっただろうか。そう考え始めていた時、前髪の方にちゃんちょんと肘でせっつかれ、サングラスの方がポケットの中に握りしめていたものをこちらに差し出した。
手のひらの上にくたびれた財布が戻ってくる。いちおう中身を確認したけど、特に減ってはいなかった。
「よし」
アタシはにっこりと笑う。
「それじゃ、手当してあげる」
ロシーと呼ばれていた前髪の長い子はずいぶんと気が弱いようで、運ばれている間も、傷を洗っている間も、包帯を巻いている間もずっと身を固くしていた。
サングラスの方は大方この気弱な弟を守るお兄ちゃんと言ったところだろう。警戒心の強い獣のようにあちこちを見回しながら、治療の間ずっと男の子の手を握って、安心させてあげていた。
「あんたたち、兄弟?名前は?」
ソファの上に二人は並んで座っている。アタシが膝立ちになって問いかけると、ちょうど目線の高さが並んだ。
「ろ、ろしなんて…」
「………ドフラミンゴ。おれが兄でこいつが弟だ」
引っ込み思案な声とぶっきらぼうな声がそれぞれ返ってきた。
「そう、ロシナンテとドフラミンゴだね。アタシの名前はマグダ。足はなんとか動かせそうかい?」
なるべく優しく問いかけると、くりくりの金髪頭がこくこくと上下に揺れた。汚れているけど、アタシの赤毛と取り替えて欲しいぐらい綺麗な金髪。妙に立派な名前といい、もしや元は良い家の出なのかと勝手に想像してみる。
ともかく、簡単な手当ては終わった。とっとと子供らを追い出そうと立ち上がった時、ロシナンテのお腹からぐぅ〜〜〜〜っ、と胃袋の鳴き声が響いた。
「…何か作ってあげるから、ちょっと待ってな。」
あまりにも威勢のいい腹の虫の音に負けて、気づけばそう言ってしまっていた。
十数分後。見栄を張って卵を三個も使ったふかふかのオムレツが、端の欠けた大皿の上で湯気をあげた。
「ハイ、お待ちどおさま」
サングラスと前髪の奥の瞳が、食欲という生理反応によってどうしようもなく煌めいたのが分かった。悪い気はしないが、二人とも警戒がまだ残っているのか中々手を出そうとしない。
どうしたものかと少し考えて、アタシはスプーンを手に取り、卵を端からたっぷり掬って口に入れた。
「…ん、いい出来。そらそら、食べないんならアタシが全部貰うよ」
にやりと悪戯っぽく笑えば、どうやら効果はてきめんだったらしい。二人は顔を見合わせてから、自分のスプーンを手に取り、何かに急かされてるような勢いでオムレツを貪り始めた。
二人ともがっついているように見えて、ドフラミンゴの方は弟が食べる分がきちんと残るように気を付けている。自分だけなら逃げきれそうなところを弟を庇って捕まったようなものだし、大層弟思いの兄だと内心で感心する。
子供の満腹顔は見ているだけでお腹いっぱいになる、というのは結婚して足を洗った同業の女から聞いた話。
その時は大袈裟な、と鼻で笑っていたけれど、こうして自分の手料理で幸せそうな顔をする二人を見たら彼女の気持ちも分かってしまう。
「美味しい?」
「悪くないえ」
「そうかそうか…、ん?」
暇になってきて問いかけたら、返事になんか妙な語尾がついていた気がする。
思わず聞き返すと、ドフラミンゴはぎくりと体を固まらせてから更に勢いよくガツガツと食べ始めた。どうやら失言だったらしい。
…どこかで聞いたことある口調だな、とアタシは記憶を辿ったけど、その時は結局思い出せなかった。
「ほら、食べたんならとっとと帰りな。」
ぴかぴかの皿を前に、心なしか肌艶まで良くなった気がする二人をせっついて家の外へと連れて行く。正直なところ、これ以上一緒にいるとどんどん情が移って、しまいには自分の弟みたいに思ってしまいそうだったからね。
軽く手を振ってさっさと扉を閉めようとすれば、名前を聞いた時以外一言も喋らなかったロシナンテがおずおずと前に歩み出た。
「…お姉さん、ありがとう」
その声は、強い風が吹いたら霞んで消えそうなぐらい小さくて震えていたけど、しっかりアタシの耳に届いて。
笑うつもりなんてなかったのに、口角が勝手に釣り上がっていくのを止められなかった。
「もう盗みなんてするな…なんて無責任なことは言わないけどさ、やるんなら今度は捕まるんじゃないよー!!」
去り行く小さな背中に向かってそう叫ぶ。上客のお相手に一時間近く遅れてしまったし、家にある食べ物もほとんど使い果たしたけど、そんな事も気にならないぐらい機嫌が良かった。
もっとも、この時のアタシは次があるなんて欠片も想像してなくて、一期一会のつもりで二人とお別れしたのだけど…この「次」が、案外早かったのよねぇ。
◆
財布泥棒から一週間後のことだった。
「きったない床でさせやがって、あんクソジジイ…」
真夜中なのか早朝なのかよく分からない時間帯に、疲れた体を引きずって家への帰路についていた時。汚い街の中でも一際異臭を放つゴミ捨て場に、居た。
ゴミの山にうずくまって食料を漁るその姿は惨めとかそういうのを通り越して、大きい猫か鼠に本気で見間違えかけたほどだ。
そのまま素通りしなかったのは、「ロシー、早く食え!」という声がその猫だか鼠だか分からないシルエットから聞こえてきたおかげ。
「あんたたち…」
汚れた二人の顔がくるりとこちらを向く。──困ったな、嫌なものを見てしまった。
今私の頭の中を占めていたのは「眠い」「シャワー」「ヤニ」の三つだけだったのに、このまま家で寝てしまえば夢にこの二人が出てくる気がする。
「…また、うちで食べてく?」
気づけばそんなことを言ってしまっていた。
◆
空気がしんと冷えている。
薄らと東の方が白んできた空の下には、ぼんやりと歩きながら煙草をふかすアタシと二人以外誰もいないような気がした。
ロシナンテは歩幅が小さくて、しばらく歩いてアタシたちとの距離が離れれば、その度にてってってっと小走りになって追いつく…というのを繰り返していた。
「……そういやアンタたちさ、天竜人かい?」
「……!」
ぴしりと、空気が凍る。
「こないだアンタ、変な語尾つけて喋ったでしょ。ナントカえ〜ってさ、その時はなんだったか思い出せなかったけど」
そう話す間にもドフラミンゴの表情はみるみる硬くなり、足はじりじりと後退していた。急に立ち止まった兄の背中に、呑気に後ろから走ってきていたロシナンテがどんとぶつかった。
「天竜人はみんなマリージョアってとこで暮らしてるんだろ?それがなんでこんなに落ちぶれた生活してるのかは知らないけど、苦労するねぇ」
「ロシー、逃げるぞ!コイツにバレた…!!」
きょとんとしている弟の手を引いて走り去ろうとする小さな兄。よほど今まで碌な目に遭ってこなかったのだろうと胸が痛くなる。
「まあ待ちなって。アンタたちが天竜人だろうと何もしないよ、別に。お腹空かせた子供だってことの方が、アタシにとっては大事」
迅速なスタートダッシュを決めかけた小さな背中に呼びかけると、ぴたりと動きが止まる。ロシナンテはまたも兄の背中に軽く衝突、そのまま転倒。……どんだけ鈍臭いんだコイツは。
また助けに行ってやりたかったけど、今不用意に近づくと怖がられるだけだとわかっていた。代わりにその場でしゃがみ込み、同じ目の高さで2人を見つめる。
「ウソだ!」
「本当だよ」
私の言葉は誠実だと、あんたたちを傷つける気はないと、長々説明するよりもこちらの方が伝わりやすい。サングラスの奥の目が迷いに揺れ、ぐぅ、と唾を飲む音が聞こえた。
「信じられないなら別にいいけどね、元々アタシ一人で食べる気だったし……ちなみに今日のメニューはゆで卵と、カリカリに焼いたベーコンだよ」
返事を待たずに歩き出すと、暫くして二人が小走りで追ってくる足音が耳に届いた。
どうやら最後の一言が効いたらしい……。これはとびきり美味しく料理してやらないと、とアタシは内心気合いを入れたのだった。
◆
一時間後。たっぷり脂の乗ったベーコンは肉片も残らず食べ尽くされ、磨かれたようにピカピカの皿がテーブルに残っていた。
「時々ウチに来ていいよ。まあ毎日だとアタシの食べるもんが無くなっちゃうけどさ」
自分で言っておいて、随分と無茶なことを言っていると内心苦笑した。
何しろ、私だって生活の余裕は一切ないのだ。
娼婦の稼ぎは不安定だ。客が一人飛べばその日は煙草を我慢するし、二人飛べば何食か食事を我慢する。三人飛んだら……まあ、その時になってから考える。
この家だって、空き家に勝手に住みついているだけだ。もしいつか家主が帰ってくれば、瞬く間に私は追い出されて家無しになってしまう。
そんな暮らしをしている女が、育ち盛りの子供二人に無償で飯を食わせてやるなんて、本来なら笑い話にもならない。
それでも、さっきまでゴミの中に顔を突っ込んでいた二人を見てしまった後では、もう知らんぷりをする方が難しかった。
ドフラミンゴは空になった皿から顔を上げると、まるでアタシの言葉の裏側を覗こうとするかのように、サングラス越しにじっとこちらを見つめた。
「意味が分からねェ…なんでそんな事する?」
「ん?」
「そんなことをして、なんの得がある?」
「あ〜………」
その問いかけに、思わず言葉に詰まる。
なんの得があるのか。
確かに、この街ではもっともな疑問だった。実際アタシだって、初めてこの二人を助けると決めた時には何度も何度もそう自問したし。
だから、その自問の末にいちおう、自分の中で納得のいった答え…みたいなものを、素直に答えることにした。
「そりゃ…困ってる人を助けてさ、それで相手が喜んでくれたらこっちもいい気分になれるじゃん。だから損はしてないよ」
自分でも、なんだか照れくさいことを言っているような気がして、視線をあちこち彷徨わせながら答える。でも嘘は言っていない。正直な気持ちだ。
「それだけか」
「それだけだよ」
「ウソだ」
また間髪入れずに返されて、思わず笑ってしまった。
「疑り深いねぇ、アンタ」
「当たり前だろ。何も貰わねェのに、他人に飯なんか食わせる奴がいるかよ」
「う〜〜ん………」
思わず考え込んでしまった。この子を納得させるのはなかなか骨が折れそうだ。
実際、ドフラミンゴの疑いは真っ当だ。この街に生きている人間には、みんな余裕なんてない。人に何かを与えるなら、代わりに何かをもらう。それでも足りなければ、奪えそうなやつから奪い取る。そういう生き方を覚えられなかったやつから死んでいく。そういう場所だ。
それでも、こんな年端もいかない子供が「疑う」という処世術を身につけてしまっていることが、アタシはひどく悲しいことに思えた。
「こういう街にいてさ、こういう暮らししてると…勝手にどんどん心がささくれだっていっちゃうんだよね。だけど、アタシはなるべく、優しい自分でいたいからさ……。だから、悪くないよ。得にならない親切ってのも」
なんとか分かってもらいたくて、色々と言葉を選びながら言ってみたが、やはり綺麗事っぽくなってしまったかもしれない。
でも実際そうだ。
この街に流れ着いてきた頃は、アタシの心はもっと柔らかくて、傷つきやすい形をしていたはずだ。
けれど、毎日無我夢中で、死なないように食い繋いでいるうち、色々なことに慣れてしまった。
好き勝手しておいて、態度が悪いから金は払わないと言ってくる客。いつの間にか、客待ちの列から消えている顔馴染みの同業者。
全部、慣れた。
けど、慣れていくにつれて、自分の中の大事なものまで徐々に削れていっているような、そんな気がしてならなかった。
だから、優しさを忘れないことはそんな酷い世界への、ささやかな抵抗なのだ。
……とはいえ、そんな生々しい話を子供に向かって説明するのもどうかと思う。
なので、言葉を切って伺うように反応を見ると、まだ釈然としない表情のドフラミンゴの横で、ロシナンテは顔をキラキラさせていた。
目元が前髪で隠れているのに、どうして顔がキラキラしているなんて思うんだろう。とにかく、前髪越しでもわかるぐらいに眩しい尊敬の眼差しを感じたのだ。
初対面の時から思っていたが、この子はドフラミンゴとは対象的に、荒んだ環境の中でも驚くほど素直で心優しい性格を保っているようだった。
「……とにかく!あんたたちも、余裕がある時に困った人を見つけたら、ちょっとでいいから助けてやんなよ。それがアタシへの礼ってことでいいから」
沈黙が長くなっていることに耐えられなくなって、アタシはぱん、と両手を叩いた。
「………」
ドフラミンゴは、まだ腑に落ちない顔で斜め下を見つめている。
一方、ロシーは何やら考えるように辺りをきょろきょろ見回したあと、テーブルの上に積まれた空の皿へ手を伸ばした。
「じゃあ、ぼく、お皿洗う」
「え?」
思いもよらない申し出に目を丸くすると、すでにロシーは皿を一枚二枚と重ねて流しの方へ運ぼうとしている。
なるほど。困っている人を助けろと言われたから、とりあえず今目の前で飯を作ってくれたアタシを助けよう、ということらしい。
なんとも素直な子だ。
「フフ、ありがと。じゃあお願いしようかな」
けれどドフラミンゴの方は、血相を変えて立ち上がった。
「やめとけロシー、皿なんて絶対割るぞ!!」
「あ」
そうだった。この子、まだ付き合いの浅いアタシでも分かるぐらい記録的なドジなんだった…!!
一瞬遅れて理解したアタシが、そちらに向かおうとした瞬間。ロシーはキッチンの床板の凹みに足を引っ掛け、勢いよく転倒した。
ガッシャーン!!
景気のいい音が響く。
「………」
「………」
「………」
床じゅうに散らばった皿の破片と、その真ん中で呆然とするロシナンテ。
それを見ていたら、アタシはなんだかおかしくなって、腹の底から笑いが込み上がってきた。
「ご、ごめんなさぁい…!!」
「あっはははは!!いいよいいよ、皿の一枚や二枚!!!」
半泣きのロシナンテが、狼狽した様子のまま皿の残骸たちを拾い集めようとする。それを見て、ドフラミンゴが慌てて駆けてきた。
「ちょっ馬鹿、ロシー動くな!破片が危ないだろ!!あ゛〜、おれも手伝ってやる!!」
「はいはい、皆でやればすぐだよ!あ〜、おっかし…」
アタシは笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭いながら、片付けに加わった。
本当を言うと、その時割れた皿は三枚だった。損だの得だのの話をした後で、さっそく大損だ。
けど、そんなことはどうでもよく思えるぐらい、皆で笑いながら床に散らばった破片を掃除するその時の状況が、アタシには幸福に思えたのだった。