ロードバイク戦記 U.C.0087   作:しろやま

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第六話「蒼きザク」

宇宙世紀0079年。

一年戦争末期。

宇宙要塞、ア・バオア・クー。

ジオン公国軍の最終防衛拠点であるこの巨大要塞には、連日、各戦線から撤収してきた部隊が集結していた。

損傷したモビルスーツ。

補給を待つ輸送艦。

整備の順番を待つ機体の列。

格納庫では昼夜を問わず作業が続けられ、溶接の火花が飛び散り、工具の音と整備兵たちの怒号が絶え間なく響いていた。

戦争は、終わろうとしていた。

だが、ここにいる誰もが、その結末を知っているわけではなかった。

 

* * *

 

「……これが、私の機体か」

一人の士官が、格納庫のデッキに立っていた。

ジオン公国軍、大尉。

これまで数々の汎用型モビルスーツを乗り継ぎ、戦場を生き延びてきた男だった。

特別な戦果を挙げたエースというわけではない。

しかし、幾度もの実戦経験と一定の技量を評価され、今回初めて専用機の支給を受けることになった。

 

支給配備。

 

それは、一定の戦果と操縦技量を認められたパイロットに対し、専用機を割り当てる制度である。

通常の機体配備とは異なり、パイロットには装備の選択や改修について、ある程度の裁量が与えられる。

本来、それは選ばれた者だけに許される栄誉だった。

もっとも、戦争末期の現在、その選考基準が以前ほど厳格ではなくなっていたことも否めない。

熟練パイロットの不足。

補充兵の増加。

そして、戦線を維持するための苦肉の策。

大尉自身、自分がそこまで優秀なパイロットであるとは思っていなかった。

それでも、専用機を与えられるという知らせには、多少なりとも期待していた。

だが。

目の前の機体を見上げ、大尉は小さく息を吐いた。

「…………」

 

MS-06R。

高機動型ザクII。

 

支給記録には、確かにそう記されていた。

しかし、その姿は大尉が思い描いていた高機動型ザクとは、いささか異なっていた。

本来、06Rの特徴である両脚の高出力スラスターユニット。

それがない。

脚部は通常型に近い構造のままだった。

大型のバックパックだけが高出力型へと換装され、駆動系と関節部には強化が施されている。

つまり、純粋な新造06Rではなく、既存機を改修したリビルド機だった。

それも、決して状態の良い機体とは言えない。

装甲には細かな傷が無数に走り、塗装はところどころ剥がれ落ちていた。

関節部には油汚れがこびりつき、一部のシール付近には潤滑油がにじんでいる。

長年酷使された機械特有の、くたびれた姿。

とても新規支給を喜べる状態ではなかった。

「……高機動型、か」

大尉は腕を組んだ。

脚部の強化スラスターすらないというのに、どういう理屈で06Rと呼ぶのだろう。

もっとも、今さら上層部に文句を言ったところで、より良い機体が回ってくるとも思えなかった。

この機体の姿こそ、追い詰められたジオン公国の現状を表しているのかもしれない。

「……やれやれ」

そのときだった。

「大尉!」

背後から、よく通る男の声がした。

大尉が振り返ると、油の染みついた作業服を着た整備兵が歩いてくるところだった。

四十代ほどだろうか。

無造作に着こなしたツナギ。

使い込まれた工具を収めた腰袋。

顔には幾筋もの皺が刻まれているが、その目は妙に生き生きとしていた。

男は大尉の前で足を止め、軽く敬礼した。

「大尉! これからこの機体の面倒を見る整備兵です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む」

男は大尉の横に立ち、ザクを見上げた。

「……しかしまあ」

機体を上から下まで眺め、苦笑する。

「新規配備がこれですか」

「……そうらしい」

「まあ、こんな時期ですからねえ。偉い人も、まともな機体を揃えるのに苦労してるんでしょう」

男は油のにじんだ関節部を見て、肩をすくめた。

「ですが大尉、ザクのことなら隅々まで熟知してますんで、ご安心ください」

「頼もしいな。ありがたい」

「ただ……」

男は、もう一度機体を見上げた。

「こいつは少々、調べる必要がありそうですな」

「……ほう?」

「どこで使われて、誰がどう整備してきたのか。履歴がはっきりしないんですよ」

「それは困るな」

「ええ。素性の分からない機体に、命を預けるわけにはいかんでしょう」

大尉は男を見た。

整備兵は、冗談を言っている顔ではなかった。

「……確かにな」

その一言で、大尉の考えは決まった。

「よし。徹底的に調べよう」

「そうこなくっちゃ」

男は満足げに笑った。

そして、不意に後ろを振り返った。

「おい!」

五メートルほど離れたところに、一人の若い整備兵が立っていた。

「そんなところに突っ立ってねえで、こっちこい!」

「は、はいっ!」

小さな影が慌てて駆け寄ってくる。

金色の長い髪を後ろで束ね、まだ新しい深緑のツナギを着た、若い女だった。

年齢は十七歳。

その顔には、明らかな緊張が浮かんでいた。

彼女は大尉の前でぴたりと足を止め、背筋を伸ばした。

男が、その肩を軽く叩く。

「こいつぁ今年の新人でしてね。私と組んで仕事をさせていただきます」

「……ほう」

「こんなご時世ですから、デッキも人手不足なんですよ。まあ、私がしっかりフォローしますんで、機体の方はご安心ください」

少女は勢いよく敬礼した。

「大尉!」

その声は、少し大きすぎるほどだった。

「新規整備兵のステファニーと申します! 誠心誠意、整備させていただきます! よろしくお願いします!!」

「ああ、よろしく頼む」

大尉は頷いた。

ステファニーは、なおも直立不動のままだった。

「…………」

「……楽にしたまえ」

「は、はいっ!」

その返事に、ベテラン整備兵が笑った。

「ははは! そんなに緊張することはねえよ。大尉だって同じ人間なんだからな」

「で、ですが……!」

「ほら、肩の力抜けって」

大尉も小さく笑った。

「気にすることはない。私も専用機を支給されるのは初めてなのだ」

「……えっ?」

「お互い、初めて同士というわけだな」

ステファニーは目を丸くした。

そして、ほんの少しだけ表情を緩めた。

「……はい!」

これが、大尉とステファニーの最初の出会いだった。

 

* * *

 

整備計画は、当初の予定よりも大掛かりなものになった。

機体の素性を確認するため、外装と主要装備を取り外す。

駆動部を分解し、損耗状態を調査する。

フレームの状態を確認し、必要な箇所には補修を施す。

そして、長年の汚れと傷んだ塗装を除去し、再塗装することになった。

大尉自身も、その作業に参加した。

「……大尉、本当にやるんですかい?」

ベテラン整備兵が、大尉の手にあるツナギを見て尋ねた。

「当然だ。自分の命を預ける機体だからな」

「いやぁ、士官殿が整備にまで参加するとは珍しい」

「操縦するだけがパイロットの仕事ではあるまい」

「……ははっ。気に入りましたよ、大尉」

大尉はツナギに袖を通した。

整備兵との意思疎通。

機体構造の理解。

整備上の問題点の把握。

それらもまた、パイロットにとって重要な職務である。

何より、自分の機体がどのような構造をしているのか、知っておきたかった。

機体は、少しずつ裸にされていった。

外装が取り外される。

駆動系が分解される。

古い部品が作業台に並べられる。

油汚れが洗い落とされ、長年隠れていたフレームの素地が現れ始めた。

ステファニーは、ベテラン整備兵の指示を受けながら作業を進めていた。

「ステファニー! その部品、左右で分けておけよ!」

「はいっ!」

「ボルトの長さも確認しろ! 同じに見えて違うものがあるからな!」

「はい!」

「外す前に写真を残せ! 組むときに困るぞ!」

「わ、分かりました!」

大尉は、その様子を横目で見ながら、別の部品を清掃していた。

慣れない手つきではあるが、少女は一つ一つの指示を懸命にこなしていた。

そして、作業開始からしばらく経った頃。

「……ん?」

ベテラン整備兵が、ある部分で手を止めた。

フレームから取り外された、前部支持構造。

男は表面を指でなぞり、軽く持ち上げた。

「……こいつは」

もう一度確認する。

そして、大きな声を上げた。

「大尉!」

「何だ?」

「ちょっと、こっち来てください!」

大尉は工具を置き、男のもとへ歩み寄った。

「どうした?」

「この機体……ちょっと特殊ですよ」

「……ほう?」

男は、取り外した部品を持ち上げた。

「見てください。フロントフォークがカーボン製なんです」

「カーボン?」

「ええ。通常の金属構造とは違います」

大尉は、その部品を受け取った。

「……軽いな」

「確かに軽いです。ただ、こいつを採用している理由は、それだけじゃなさそうでしてね」

「……というと?」

「しなりですよ」

男は嬉しそうに笑った。

「カーボンの弾性を利用して、路面からの細かな振動を吸収する。そういう狙いがあるんでしょう」

「……なるほど」

「もちろん、ただ柔らかけりゃいいってもんじゃありません。操縦に必要な剛性は残しながら、余計な振動を逃がすんです」

大尉はフォークを眺めた。

「軽量化と、乗り心地の両立か」

「そういうことです」

男は、今度はフレームの後部へ回った。

「それから……こっちも面白い」

「何だ?」

「ステファニー!」

「は、はいっ!」

「通常型の構造図、持ってこい!」

「はいっ!」

少女は奥の作業台から端末を取り上げ、小走りで戻ってきた。

「持ってまいりました!」

「よし、ここに表示してくれ」

端末に、一般的なアルミフレームの構造図が現れた。

男は画面を大尉へ向ける。

「大尉。こっちが通常機です」

「うむ」

「で、こっちが今回の機体」

二つの構造が並ぶ。

大尉は目を細めた。

「……シートステーが細いな」

「そうなんです」

「それに、弓なりに曲がっている」

「そうでしょう?」

大尉はフレームの後部を見た。

「……何かの衝撃で歪んだわけではないのか?」

男は声を上げて笑った。

「いやいや! これは壊れているんじゃありません!」

「……ほう?」

「最初から、こういう設計なんですよ」

男は細いシートステーを指した。

「この形状によって、後輪から伝わる振動をしなりで吸収するんです」

「……ふむ」

「それだけじゃありません。ここを見てください」

次に指したのは、チェーンステーだった。

「まるで押し潰されたように、断面が扁平してるでしょう?」

「……確かに」

「これも意図的な形状です。必要な方向の剛性を確保しながら、路面からの衝撃に対して適度に変形するよう考えられている」

男は両手を広げた。

「前のフォークと、後ろのステー。全部まとめて、振動を逃がそうとしてるんですな」

「……そうなのか」

「ええ。こいつは単に軽いだけの量産機じゃありませんよ」

男はフレームを軽く叩いた。

 

「Cannondale SAVEシステムです」

 

大尉は、その名前を繰り返した。

「……SAVE」

「そう。路面からの衝撃を減らし、長時間の運用でパイロットに蓄積する疲労を抑える。そのための設計思想です」

大尉は、改めて機体を見上げた。

薄汚れた外装。

傷んだ塗装。

油のにじんだ駆動部。

今まで、くたびれた中古機としか見ていなかった。

だが、その骨格には、明確な目的を持った設計が施されていた。

「……長距離運用に適した機体ということか」

「そういうことです!」

男の声が弾んだ。

「大尉。こりゃ、良い機体を引き当てたかもしれませんよ!」

「……本当か!」

大尉の表情が明るくなった。

「ええ。確かに、グレードで言えば量産機のエントリーモデルです」

男は続けた。

「ですがね、Cannondaleというメーカーは、軽量アルミフレームでは大御所なんです」

「……ほう」

「長年、アルミの加工技術を磨いてきたメーカーですよ。安いグレードだからって、設計まで手を抜いているとは限らない」

男はフレームの接合部へ視線を移した。

「それに……」

指先が止まる。

「……やっぱりな」

「何だ?」

「ここの溶接跡です」

大尉は身を乗り出した。

接合部は、一般的な溶接構造よりもなだらかに仕上げられていた。

「……随分と滑らかだな」

「でしょう?」

男は満足げに頷いた。

「最初に見たとき、もしやと思ってたんですよ」

そして、フレームに残る製造表示を確認した。

「……間違いありません」

男は顔を上げた。

 

「Handmade in USA。」

 

「……アメリカ製か?」

「ええ。アメリカの職人が、一台ずつ手を掛けて仕上げた時代の機体です」

男は溶接部を指でなぞった。

「このなだらかな仕上がりも特徴の一つです。見た目だけじゃなく、こういうところにメーカーの仕事ぶりが出るんですよ」

大尉は静かに頷いた。

「……良いではないか」

「でしょう?」

男は笑った。

「偉い人も、多少は気遣ってくれたのかもしれませんね」

「……ふっ。そうかもしれんな」

大尉は改めてフレームを眺めた。

最初に見たときとは、明らかに印象が違っていた。

見栄えのしない中古機。

あり合わせの改修機。

そう思っていたものが、今では違って見える。

誰かが考え、設計し、材料を選び、加工した機体。

そこには、確かに製作者の意図があった。

「……面白いな」

大尉は呟いた。

「外装を剥がして、初めて分かることもある」

「ええ。機械ってのは、そういうもんですよ」

男は笑った。

「見てくれだけで判断しちゃいけません」

少し離れたところで、ステファニーが二人の会話を聞いていた。

彼女は、手元の端末に視線を落とした。

 

SAVEシステム。

 

カーボンフォーク。

 

アルミフレーム。

 

溶接構造。

 

聞き慣れない言葉も多かった。

だが、一つだけ分かったことがある。

先ほどまで古びた機体を見て苦笑していたベテラン整備兵が、今は子供のように目を輝かせている。

そして、大尉もまた、同じ表情をしていた。

ステファニーは、二人を交互に見た。

「…………」

そのとき、ベテラン整備兵が振り返った。

「ステファニー!」

「は、はいっ!」

「何ぼさっとしてんだ! 今の説明、ちゃんと記録しとけよ!」

「は、はい!!」

慌てて端末に向かう。

男は笑った。

「ははは! まったく、忙しい奴だな」

その言葉に、大尉も小さく笑った。

 

* * *

 

改修作業は、その後も続いた。

損耗した部品を交換し、駆動系を再調整する。

各部の状態を確認し、必要な箇所には補修を施す。

不要な装備を取り外し、機体全体を徹底的に清掃した。

そして、外装の再塗装。

色を決めたのは、大尉だった。

「……青にしたい」

ベテラン整備兵が、顔を上げる。

「青ですか?」

「うむ」

「……ジオンの機体にしては珍しい色を選びますねえ」

「派手な青ではない」

大尉は塗装見本を取り出した。

「光の加減で、黒にも青にも見えるような色だ」

男は見本を手に取った。

「……ガンブルーですか」

「そうだ」

「……いいですねえ」

男は、にやりと笑った。

「少々渋すぎる気もしますが、大尉専用機には似合うでしょう」

「頼めるか?」

「もちろんです」

ステファニーも塗装準備に参加した。

下地を整え、マスキングを施し、部品ごとに作業を進める。

仕上がりを左右するのは、目立つ塗装作業だけではない。

その前にどれほど丁寧に下準備をしたか。

ベテラン整備兵は、何度もそれを教えた。

「ステファニー。ここ、まだ段差があるぞ」

「……あっ、本当です」

「塗っちまえば分からなくなると思ったか?」

「い、いえ!」

「ははっ。そう慌てるな」

男は作業面を指した。

「下地が悪けりゃ、どんなに良い塗料を使っても駄目だ。見えなくなるところほど、手を抜くんじゃねえぞ」

「……はい!」

少女は、もう一度作業をやり直した。

大尉もまた、黙々と手を動かしていた。

自分の機体だからこそ、妥協したくなかった。

そして数日後。

第三整備デッキ。

一機のザクが、静かに姿を現した。

深く落ち着いたガンブルー。

照明の当たり方によって、黒にも青にも表情を変える装甲。

フレームに大きく書かれ白く輝くcannondaleの文字。

滑らかに整えられたフレームの接合部。

清掃され、調整された駆動系。

細身の骨格には、かつての量産機とは異なる精悍さが宿っていた。

大尉は、その前で足を止めた。

「…………」

ベテラン整備兵が、隣に並ぶ。

「……どうです、大尉?」

大尉は答えなかった。

しばらく機体を見上げていた。

やがて、小さく笑った。

「……悪くない」

男も笑った。

「ははっ。それは良かった」

「いや……」

大尉は首を横に振った。

「……良い機体だ」

ベテラン整備兵の顔が、嬉しそうにほころんだ。

その後ろで、ステファニーが胸を張っていた。

まだ新人だった。

大した仕事ができたわけではない。

何度も注意され、作業をやり直した。

それでも。

自分の手で整備した機体が、こうして完成している。

その事実が、たまらなく嬉しかった。

大尉は彼女に目を向けた。

「ステファニー」

「は、はいっ!」

「ご苦労だった」

「…………!」

少女は、一瞬だけ言葉を失った。

そして、勢いよく敬礼した。

「ありがとうございます!!」

ベテラン整備兵が、横から口を挟む。

「大尉、あんまり褒めると調子に乗りますよ」

「そ、そんなことありません!」

「ははは!」

格納庫に、三人の笑い声が響いた。

こうして、一機の旧式機が新たな姿でロールアウトした。

 

Cannondale Synapse Alloy。

 

機体識別番号、MS-06R 高機動型ザクⅡ

 

ガンブルーに塗り上げられた、大尉専用高機動型ザクII。

それは、彼が初めて自らの手で仕上げた専用機だった。

 

* * *

 

それからしばらくの時が過ぎた。

戦局は、日を追うごとに厳しさを増していた。

格納庫には、次々と損傷機が運び込まれる。

補給品は不足し、整備兵の数も足りない。

そんなある日。

ベテラン整備兵に、突然の転属命令が下った。

極秘の新型モビルスーツ開発部門。

最終防衛戦に向けて、急ピッチで整備が進められている特殊機の担当だった。

「……大尉」

男が、いつもの油汚れたツナギ姿で現れた。

「少し、お話がありましてね」

「何だ?」

「実は、転属が決まりました」

「……ほう?」

「新型機の整備主任だそうです」

「それは栄転ではないか」

「いやぁ、どうなんでしょうね」

男は苦笑した。

「こんな時期ですから。偉い人も、使える人間を片っ端からかき集めてるんでしょう」

大尉は頷いた。

「……そうか」

「で、今後のこの機体なんですが」

男はガンブルーのザクを振り返った。

その傍らに、ステファニーが立っていた。

「こいつに引き継がせようと思っています」

「……ステファニーに?」

「ええ」

少女の肩が、わずかに跳ねた。

「ま、まだ経験は浅いですが、こいつもずいぶん仕事を覚えました」

男は笑った。

「それに、この機体のことなら、最初の分解から全部見ていますからね」

「……なるほど」

大尉は、ステファニーを見た。

少女は緊張した表情で立っていた。

「……大丈夫か?」

大尉が尋ねた。

「……はい!」

返事は早かった。

だが、その声はわずかに震えていた。

ベテラン整備兵は、それを見逃さなかった。

「ステファニー」

「……はい」

「いいか。これからは、お前がこの機体を見るんだ」

「……はい」

「分からねえことは調べろ。判断できねえことは、勝手に決めるな」

「はい」

「それからな」

男は、いつになく真剣な顔になった。

「相手が大尉だからって、遠慮するんじゃねえぞ」

ステファニーは顔を上げた。

「……え?」

「機体に問題がありゃ、はっきり言え。無茶な要求には、無茶だと言え」

「…………」

「俺たち整備兵が黙っていたら、誰がパイロットの命を守るんだ?」

少女は、静かに頷いた。

「……はい」

「それと、もう一つ」

男は、ガンブルーのザクを見上げた。

「いい機械は、ちゃんと認めてやれ」

「…………」

「古いとか、安いとか、そういうことだけで判断するんじゃねえ」

男はフレームに手を置いた。

「どんな考えで設計されたのか。どんな仕事がされているのか。それを見ろ」

「……はい」

「そうすりゃ、お前にも分かるようになる」

男は笑った。

「……こいつが、なかなか良い機体だってことがな」

ステファニーは、まっすぐに敬礼した。

「……はい!」

大尉は、その様子を黙って見ていた。

やがて、男に向かって口を開いた。

「……世話になったな」

「いえいえ。こちらこそ」

「この機体を、ここまで仕上げてくれたことに感謝する」

男は少し照れくさそうに頭をかいた。

「いやぁ、私も楽しませてもらいましたから」

そして、軽く敬礼した。

「大尉。新しい担当を、よろしくお願いします」

「うむ」

男はステファニーに向き直った。

「頼んだぞ」

「……はいっ!」

それから、いつもの調子で笑った。

「いやぁ、それにしても妙な仕事を任されちまいましてね」

「……妙な仕事?」

大尉が聞き返す。

「ええ。機密なんで詳しくは申し上げられませんが……」

男は少しだけ声を落とした。

そして、困ったように笑った。

 

「担当する新型MS...脚がないんですよ」

 

「…………?」

大尉は眉を寄せた。

「……脚がない?」

「ええ。私も最初は驚きましたよ」

男は肩をすくめた。

「まあ、偉い人にもいろいろ考えがあるんでしょうな」

「……そういうものか」

「そういうものですよ」

男は笑った。

「それじゃ大尉。お達者で」

もう一度、軽く敬礼する。

そして、背を向けて歩き始めた。

ステファニーが声を上げた。

「……先輩!」

男が振り返る。

「何だ?」

「……ありがとうございました!」

その声は、初めて大尉に挨拶したときと同じくらい大きかった。

男は少しだけ目を細めた。

そして、片手を上げた。

「……しっかりやれよ!」

その背中が、格納庫の人波の中へと消えていく。

ステファニーは、しばらくその方向を見つめていた。

やがて、大尉が声をかけた。

「……ステファニー」

「……はい」

「これからは、お前が担当だな」

「……はい」

「よろしく頼む」

少女はゆっくりと振り返った。

そこには、もう先ほどまでの不安げな表情はなかった。

まだ経験は足りない。

知らないことも多い。

それでも、託されたものがある。

そして、自分を信じて機体を預けてくれるパイロットがいる。

ステファニーは背筋を伸ばした。

「大尉!」

力強く敬礼する。

「この機体の整備は、私にお任せください!」

大尉は、小さく頷いた。

「ああ。頼りにしている」

その背後では、ガンブルーのザクが静かに佇んでいた。

一機の古いモビルスーツ。

そして、一人のパイロットと、まだ若い整備兵。

彼らの長い物語は、ここから始まった

 

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