雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第3話「お披露目」

 現在、アメリカ海軍総司令部は五大湖の1つ、スペリオル湖の西端のスペリオルに置かれていた。アメリカは海岸地域を放棄したため、サンディエゴやメイポートなどの各艦隊司令部はスペリオルに全て移転したのである。

 五大湖には深海棲艦の攻撃から生き延びた艦艇が停泊しているが、反攻戦を行うだけの艦数はない。艦艇の乗組員は本土防衛作戦のため、全員陸戦隊となっていた。

 

 スペリオルの海軍総司令部。役所を流用した総司令部は古くこぢんまりしており、総司令部の名称と釣り合っていない。しかし海を守れず、艦隊も壊滅した今、議会が予算を許すはずもなかった。

 その総司令部のある一部屋、海軍中将ディロン・K・ウンダーは椅子に座り、コーヒーを飲みながら、客人を待っていた。

 ちょうど、コーヒーを飲み干したところで扉が叩かれた。

「ジャクソン上等兵、日本海軍鍾馗政志大佐他4名をお連れしました!」

「入れ」

 扉が開かれ、6人の人物が入ってきた。1人は従兵のマーク・ジャクソン。他の5人が客人達だ。1人は大の男。この男が鍾馗政志。4人はセーラー服を着た少女。

 鍾馗はディロンの顔を見て、驚きの表情を浮かべた。しかし、すぐにその表情はにやけた。

「ジャクソン上等兵、席を外してくれ」

 ジャクソンは執務室を出る。扉が静かに閉められると同時にディロンは立ち上がり、鍾馗に近づいた。そして拳を交わす。

「この野郎、生きていたのか!」

「お互いな!」 

 ディロンと鍾馗。2人は鍾馗が海軍士官学校の留学時代からの古い友人だった。実に12年ぶりの再開になる。

「ディロン、お前が中将か! 何だ、その似合わないタイは?」

「ほっとけ、余計なお世話だ。お前なんか西太平洋でくたばったと思ってたぜ」

「俺こそ、ディロンの奴は大西洋の藻屑になってると思ってたよ」

 現在ではディロンは中将、鍾馗は大佐と階級の隔たりはあるが、2人の絆には隔たりは存在しない。互いにガハハと豪快に笑い合う。

「まあ、12年ぶりの親好の深め合いはこれくらいにしておこう。さて、本題だ。俺はこの子達を紹介に来たんだ」

 鍾馗は少女4人を手招きし、自分の前に来させた。ディロンは疑問を顔に浮かばせる。

「お前のお子さん?」

「違う違う。ほら、4人とも自己紹介だ」

 

「お前が冗談を言っているのか? 俺の頭がおかしいのか? 実は俺はまだベットの中で眠っていて、夢を見てるのか? 教えてくれ、鍾馗」

 ディロンは右手人差し指をこめかみに当てながら聞いた。

「どれも間違いだな。冗談は言ってないし、お前の頭もおかしくない。もちろん夢の世界でもない。ここは現実だ」

 ディロンは少女達4人をまじまじと見つめる。

 セミショートの子がフブキ。2本の短めのお下げの子がシラユキ。ロングヘアーの子がハツユキ。ショートヘアーの子がミユキ。

 この4人の少女達が専用の装置(艤装)を装着すれば、戦闘艦艇と同じ戦闘能力を持つ「艦娘」になる、と鍾馗は言う。だが、ディロンは到底信じれなかった。

「信じられないのも当然だ。が、深海棲艦の例がある以上、あり得ない話ではないだろう?」

 深海棲艦。2000年に太平洋地域で出現した人類の敵。大砲や魚雷のような攻撃手段、鋼並みの肌を持ち、人間に攻撃してくる謎の生命体。7つの海全てを支配し、アメリカの沿岸地域を攻撃、占領。アメリカを世界から孤立させた奴らだ。

 深海棲艦がいったいどういう仕組みで動き、何を目的に行動しているのかは全くの不明だ。

 基本的には巨大な黒々しい魚の様な外見をしているが、ヒト型の深海棲艦、バリアの様なものを展開し砲弾を弾いた深海棲艦の目撃情報もある。

 生物の域を超え、アメリカの科学では解明できないもの。もし、日本が深海棲艦について解明できていたのならば、『海を取り戻す技術』として『艦娘』はあり得ない話ではない。

「わかった。信じよう」

 長い沈黙の果て、ディロンは鍾馗の話を信じることにした。だが、『艦娘』という存在を完全に信じたわけではない。あくまで鍾馗に対する信頼で『艦娘』という存在を信じているだけだ。

「で、お披露目はいつでする?」

 鍾馗は、俺の言おうとすることが何故分かった? とばかりに目をぱちくりさせた。

「長い仲だろ。ここまできたら分かるさ」

 ディロンは鼻を鳴らした。鍾馗達がやってきたのは『艦娘』の技術をアメリカに伝えるためだ。しかし、その『艦娘』は言葉だけでそう簡単に信じられるものではない。ならば実際に示すのが一番だ。

「そちらが了解してくれるなら、話は早い。お披露目はできるだけ早い方が良いな。場所に関してはディロンに任せる」

「わかった」

 ディロンは再び、『艦娘』の少女達を見た。

 あどけない少女達。この少女達がアメリカの女神になるか、否か。

 

 アメリカ北部の五大湖の1つであるミシガン湖。大陸の内部でありながら、水平線を見ることができるほどの巨大な湖だ。

 現在、ミシガン湖の東岸は軍に徴収され、いくつかのテントが張られている。テントの前に跳弾などを防ぐための土嚢が積まれていた。

 これらは艦娘の公開試験のためだ。これを見るために30人近くの軍事関係者が集まっていた。その中にディロンもいる。

 『艦娘』とはいったいどんな兵器だろうか?

 「艦」と付く限りは艦船なのだろう。しかし、「娘」とは何だ? それに兵器の試験にしては用意が少ないのではないか?

 全員が『艦娘』に対しての期待と不安で胸を膨らませていた。

 

 テントの横に停めてあるトラックのコンテナ内。吹雪達4人と艦娘艤装整備員の清水と東海が待機していた。すでに吹雪達は艤装を装着している。

「なんだか緊張してきたぁ」

 深雪が呟く。もう少しすれば自分達のお披露目なのだ。

「大丈夫、大丈夫。緊張する必要なんてないさ」

 清水は深雪の緊張をほぐすように言った。

「アメリカの偉い人が来てるんです。緊張しない方がおかしいですよ」

「私達は責任重大……」

 白雪と初雪が反論する。実際、アメリカ側が艦娘に落胆失望した場合は第十一駆逐隊がアメリカに来た意味がなくなってしまう。第十一駆逐隊は艦娘のサンプルなのだ。

「君らのいつも通りを発揮することさえできれば、あちらさんも失望なんかしないよ」

 東海が胸を張っている。艤装の整備は万全。安心しろとフォローする。

「と、とにかく、分かってもらえるよう頑張ろう!」

 吹雪は特型駆逐艦の長女として緊張している3人を励ました。ただ、吹雪の足は少し震えていて、みんなの笑いを誘った。

 

 吹雪達を見た観閲者達はあっけにとられて、言葉が出なかった。

 『艦娘』という言葉から意味は推測できたが、まさか本当に『娘』とは誰も真に受けていなかった。

 誰かが「ガキの学芸会じゃないんだぞ」と小さな声で呟いた。確かに、何も知らない人間から見たら、吹雪達は女の子にに艦艇の煙突や大砲を模したデザインのおもちゃを付けただけに見えるだろう。

「彼女達が艦娘です。吹雪から自己紹介を」

 進行役の鍾馗が吹雪にマイクを手渡す。吹雪は深呼吸をして、口元にマイクを持っていった。

「ご紹介承りました艦娘の特1型駆逐艦1番艦の吹雪です。第十一駆逐隊の嚮導艦です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 一度も息継ぎせず、結構な早口だった。

 続いて白雪、初雪、深雪と自己紹介をしていく。

 緊張した様子はあったが、かんだりして、頭真っ白、と言うこともなく自己紹介はすんだ。

「では早速、彼女達『艦娘』の能力を披露させていただきたいと思います。では第十一駆逐隊よろしくお願いします」

 吹雪達は回れ右をして、湖の方に向いた。そして湖の方に歩き始める。

 いったい何をするつもりだ? アメリカのお偉い方々は困惑したが、その困惑はすぐに衝撃に変わった。

 

 ――水の上に立っている。

 

 そんなことはあり得ない。マジックなのか、自分の目の具合が悪いのか? 目をこする者もいる。しかし、いくら目をこすって見ても、少女達は明らかに水の上に立っているのだ。

 吹雪達は湖の上で進み出し、艦隊陣形の訓練と同じ動きをする。梯形陣から単横陣。単横陣から梯形陣。梯形陣から単縦陣。単縦陣から輪形陣と艦隊陣形を変えていく。その姿は一糸も乱れていない。

「砲撃を行います。標的は現在艦娘が航行している右手側にある吹き流しです」

 吹雪達が単縦陣で航行しながら、12.7㎝連装砲、長10㎝連装高角砲で吹き流しを射撃する。外れた弾が高い水柱を立てる。

 どよめきが起きた。「そんな馬鹿な……!?」とディロンは驚愕の声を上げた。

 吹雪達が持っていた砲の口径は実寸3㎝ほど。3㎝の砲弾に充填できる炸薬量では30mもの高い水柱を上げることは不可能だ。それに3㎝の砲弾を打ち出す砲の反動は筋肉ムキムキの大男でも押さえきれるものではない。だというのに吹雪達は苦痛な顔を見せることもなく、連装砲を撃ち続けている。

 爆発が起きた。吹き流しのブイに砲弾が命中し、炸裂したのだ。黒々しい爆煙が立ち上る。どよめきが減っていく。皆、口を開かずにただ、艦娘を見つめている。

「次は魚雷攻撃を行います。今度の標的は艦娘左側のタグボートです」

 古めかしいタグボートがまだ比較的新しいタグボートに曳かれてやってくる。古めかしいタグボートが標的だ。

 吹雪達が太ももの61㎝三連装魚雷発射管から九三式酸素魚雷を発射する。発射された酸素魚雷は24本。その全てがタグボートに命中、爆発してタグボートを粉砕する。爆発による水柱は300m以上にもなった。

 観閲者達は静かだった。口をぽかんと開けて、吹雪達を見つめている。

 硝煙のにおいがようやく観閲者まで漂ってきた。それで観閲者達は現実に引き戻されたのか、拍手喝采が始まった。

 これは軍事の革命だ。ディロンは拍手しながら、そう思った。

 砲の威力と砲の反動は比例して大きくなる(無反動砲やロケット砲は別として)。戦艦の砲の口径が大きくなると共に戦艦の艦体も大きくなっていったのも、これが原因だ。巨大な砲の反動を押さえるためには、その砲を扱うものも巨大化しなければならない。

 しかし、艦娘は別のようだ。あの小型の砲であの大威力。わざわざ「艦娘」と呼ばれている以上、あの少女達自体が人間とは違う特別な存在なのだろうが、もし艦娘技術を通常兵器に転用できたとしたら。世界大戦や数々の紛争で培ってきた軍事技術を根こそぎ、ひっくり返してしまうだろう。

 ディロンは軽く笑う。鍾馗の奴、とんでもないものを持って来やがった。

 

 ワシントンD.Cの大統領官邸、通称ホワイトハウス。その中で「艦娘」に関しての会議が行われていた。

 円卓机には大統領、国務長官、国防長官、財務長官、エネルギー長官、海軍長官、そしてディロンが座っていた。各自に艦娘に関する資料が配られている。

「あれはマジックの類いではないのだね? ディロン中将」

 大統領は艦娘試験の主催者であるディロンに質問した。

「はい。試験場、標的などは全て我々、海軍が用意しました。何かしらの仕掛けによる虚構の出来事ではありません」

 ディロンの返答を聞き、大統領は目を閉じて、昨晩見た艦娘試験の記録映像を思い出す。

 過去に従軍経験がある大統領は映像が本当に事実だったのかを疑うばかりだった。

 あれがマジックではなく、手元の資料通りならば、確かに『海を取り返す技術』ではあろう。小型、俊敏さ、高火力、低コスト。兵器としては最高の条件全てがそろっている。でかい、遅い、火力は高くても当てられない、高コストな通常兵器。それと比べれば、艦娘はすさまじく効率の良い兵器だ。

「艦娘の生産は可能か?」

 大統領は財務長官、エネルギー長官に問う。両長官ともが頷く。

 大統領は言い放つ。

「艦娘の生産計画を立てろ」




  なぜ「艦娘が深海棲艦に最も有効な手段」なのか、というのは結構悩みました。正直、今でも悩んでいます。
 設定として、この世界の技術レベルは1960年代から1970年代というのがあります。これは「艦娘が深海棲艦に最も有効な手段」を成立させるための設定です。
 こんな設定にしている理由は、現代兵器が強すぎるからです。現代の大砲、それを制御するシステムを調べてみるととんでもない性能だったりします。現代レベルの砲熕兵装を主武装にした艦ならば軽巡、駆逐艦レベルの深海棲艦なら無双できるでしょう。レーダー誘導ミサイルはともかく、赤外線やミリ波誘導のミサイルなら当てることも可能でしょう。
 艦娘の出る幕は少なくなります。そもそも深海棲艦に制海権を取られたりしません。

 こんな設定をこねくり回していますが、本音を言えば「通常兵器も頑張って欲しい」からです。宇宙戦争のサンダーチャイルド号大好きです。

 次回、吹雪達がようやく戦います。

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