雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第4話「セントローレンス湾の戦い」

 セントローレンス湾。カナダ南東部にあり、セントローレンス川を経由して五大湖から大西洋への出口になる湾だ。「赤毛のアン」で知られるプリンスエドワード島がある湾でもある。

 現在では深海棲艦の泊地であるセントローレンス湾を吹雪達、第十一駆逐隊はその湾を戦闘速度で航行していた。

 

 少し時間はさかのぼる。

 五大湖オンタリア湖の東、ショートモント湾にアメリカ海軍のショートモント臨時基地があった。吹雪達、第十一駆逐隊のために急設された基地である。

 吹雪達はそのショートモント基地のブリーフィングルームに召集されていた。

 艦娘部隊の指揮を任されたディロン・K・ウンダー中将が前の壇上に立ち、言い放つ。

「フブキ、シラユキ、ミユキ、ハツユキ、君達の初任務だ」

 ディロンの言葉を聞いて、吹雪達は歓喜の声を上げた。

 吹雪達はアメリカに来てからというもの、実戦は一度もなかった。せっかくアメリカに来たというのに訓練だけする日々。それもようやく終わりなのだ。深雪においては「よっしゃあ!」のかけ声にガッツポーズまでしてしまったので、副官のロナルド・ダンカンが睨みつけた。

「任務はセントローレンス湾の制圧だ」

 部屋の明かりが消され、プロジェクターでスクリーンにセントローレンス湾の地図が映し出される。ディロンが指示棒で湾を指した。

「セントローレンス湾は現在、深海棲艦の泊地だ。湾には多数の駆逐艦級深海棲艦が回遊している。そして、週に何度かの頻度ではあるが、セントローレンス川を遡上してくる深海棲艦がいる」

 指示棒がセントローレンス川をなぞる。川は五大湖に繋がっている。

「幸い、陸軍の砲台が阻止しているが、軍としては遡上を無くすためにセントローレンス湾は奪還しておきたい」

 アメリカは深海棲艦にノーフォーク、サンフランシスコを占領され、内陸に侵攻されている。防衛線を張っているアメリカ陸軍は膨大な戦力を持つが、無限ではない。五大湖を占領されて東西北の三方向から攻められるのは避けたかった。

「やってくれるな?」

 ディロンは真剣なまなざしで吹雪達を見た。吹雪達は息をそろえて言った。

「Yes,sir!」

 

 吹雪達はセントローレンス川を下る。モントリオールを過ぎると、アメリカ陸軍の砲台群が岸に見えてくる。7.5㎝クラスから15㎝クラスまで大小様々だ。

 遡上してくる深海棲艦は駆逐艦ばかりでなおかつ少数なので、大口径砲はあまり必要ない。

 吹雪が砲台を見ていると、兵士達が出てきて手を振った。吹雪達も手を振り返す。

 吹雪はふと、艦娘としての初出撃のことを思い出した。

 あのときも、沿岸砲台で手を振ってくれる兵士達がいた。太平洋の向こう側の土地でも、それはあまり変わらないのだと感慨深く思った。

 

 時間は戻って、セントローレンス湾。

 湾の中程まで航行すると吹雪の33号対水上電探に感があった。敵だ。ちょうどプリンスエドワード島の北。敵の数は電探の調子があまり良くないので分からない。

 視界ぎりぎりまで接近し、双眼鏡で確認する。

「たくさんいるなぁ」

 プリンスエドワード島北にはかなりの深海棲艦がいた。数はざっと25ほど。どれも駆逐艦級だが、数だけはやたら多かった。西太平洋の深海棲艦は多くが6隻編成で行動しているが、大西洋では違うのだろう。たぶん、これがこの湾の本隊に違いない。

 数は多いが、所詮駆逐艦。自分たちならば全滅させることは可能だ。吹雪はそう判断した。

「みんな、単縦陣で砲撃準備!」

 海上に静止して、12.7㎝連装砲を構える。近辺に敵がいないのなら、止まって射撃した方が当てやすい。

 33号対水上電探で距離を測定。遠距離射撃のため、風、波、コリオリ力もある程度考慮して、照準する。

「撃ち方はじめ!」

 号令と共に12発の砲弾が飛んだ。発射された砲弾のうち3発が別々の深海棲艦に命中。命中したイ級3隻は爆発、沈没する。

 深海棲艦は突然の砲撃に驚いたが、吹雪達という獲物を認識して、一直線に進み出した。

「砲撃を続行しながら、前進微速!」

「接近戦になる前にできるだけ沈めます!」

 単縦陣を維持しながら砲撃。回避をせず、ただ直進する深海棲艦は次々と沈んでいく。

「当てやすい当てやすい」

「七面鳥撃ちってやつ……?」

 深雪は双眼鏡を覗く。敵の数はかなり減って、12隻になっていた。

 深海棲艦も発砲。深海棲艦が放った砲弾は吹雪達を飛び越し、かなり後ろで水柱を立てた。

「へたっぴだなぁ」

 深雪が笑う。深雪はこんな下手くそな砲撃は見たことがない。アメリカの深海棲艦は艦娘との戦闘経験がないため、小さな目標に慣れていないのだろうか。

 このまま全滅できる。吹雪はそう思った。あえて電探射撃をする必要性もないと判断し、33号対水上電探のアンテナを索敵のために回転させると複数の方向に感があった。驚いて感があった方向を向く。黒い点が見えた。全てで5つの黒い点。包囲されている。

「全方位に敵! 全方位!」

 叫びに皆がぎょっとして射撃をやめる。

 吹雪は双眼鏡で確認。黒い点の正体は深海棲艦駆逐艦の6隻。おそらく、本隊が呼んだに違いない。全ての敵艦数を合わせるとかなりの数になるだろう。このままでは袋だたきになってしまう。

「包囲を脱出するよ! 方位120度ヨーソロー! 最大戦速!」

 120度回頭し、速度を上げる。主機が唸りを上げ、速度はすぐに37.5ノットまで上がった。さっきまで吹雪達が攻撃していた敵は追いすがろうとするが、特型駆逐艦の速度に追い付けない。

 包囲する深海棲艦は逃がしはしないとばかりに吹雪達の行く手を塞ぐ進路を取る。

 吹雪達は包囲網のどこかに穴を開けようと砲撃を加えるが、最大戦速での砲撃はなかなか当たらない上に敵が多く、穴を開けるのは難しい。

 砲撃は激しくなり、吹雪達は海水を被る。命中弾こそないが、至近弾の破片が艤装を削る。敵も目標の大きさに慣れてきたらしい。

 敵は丁字戦法をとろうとしているようだった。

「吹雪ちゃん、魚雷撃って!」

「私もそう思ってた!」

 吹雪は陣形を整えつつある敵に全ての酸素魚雷を発射した。あくまで陣形を整えさせないのが目的で命中は期待していない。

 酸素魚雷は薄い雷跡を残しながら、突進していく。

 爆発。運良く1本当たったらしい。

 敵が魚雷を回避するために陣形が崩れた。その瞬間を狙って包囲を突破する。

 幸い、包囲網の向こうには敵はいないようだった。33号電探で敵の数を調べる。砲撃の衝撃で良い具合になったのか、今は調子がいいようだ。

「50隻以上!?」

 思わず叫んだ。正確な数は分からないが、深海棲艦の数は50以上いることは確実だった。アメリカ軍の物量がマンモス級なら、アメリカの深海棲艦もマンモス級だ。

 敵の数を聞いた白雪達も口々に、

「50!?」

「多すぎでしょ!」

「なんなのアメリカ」

 と叫んだ。50隻以上と戦っていたら、途中で弾薬が尽きてしまうだろう。負ける戦いはしてはいけない。それは死に直結するのだ。

 吹雪は無線の周波数をショートモント基地のものに合わせる。

「こちら第十一駆逐隊の吹雪! 撤退許可を願います!」

『こちら司令部。フブキ、どうした?』

 無線に出たのはディロンだった。

「現在、深海棲艦と交戦中! しかし、敵の数が多すぎです! 我々だけで制圧するのは困難です!」

『敵の数は?』

「50隻以上!」

『敵の撃滅は難しいか?』

「はい!」

 しばしの沈黙の後、返ってきたのは

『わかった。撤退を許可する』

 撤退の許可だった。

『そのままセントローレンス川を遡上して撤退だ』

「絶対あいつら追ってくる」

 殿の初雪が割り込む。初雪には久しぶりの獲物だ、逃がさないという強烈な深海棲艦の雰囲気を感じ取っていた。

「敵の数は50以上です! 川岸の砲台で防ぎきれるんですか?」 

『大丈夫だ』

 吹雪達にはあの砲門数では少ないと感じているのだが、あの砲台群には何か策があるのだろう。

「了解、撤退します! 複縦陣でみんな全速力!」

 主機を吹かして少しでも速度を上げる。破損する可能性があるが、波のように追いかけてくる深海棲艦から少しでも距離を離しておきたかった。

 

「機銃で弾幕張ります!」

 複縦陣で左後ろに付いた白雪は上半身を捻って25㎜三連装機銃を連射する。主砲で弾幕を張りたいところだが、真後ろに敵がいる関係上、姿勢的に反動の強い主砲を撃つのは難しい。ならば反動の小さい機銃で弾幕を張った。

 無数の火線が飛んでいくが、所詮機銃弾。ひるませることすらできない。やはり主砲で弾幕を張るべきだと思い直し、12.7㎝連装砲を構えるが、飛んできた敵弾によって連装砲ははじき飛ばされてしまった。

 白雪の得物は25㎜三連装機銃と魚雷のみ。25㎜機銃は効果がなく、魚雷はあまり使いたくはなかった。アメリカに持ってきた魚雷の本数は多くない。当たる可能性が低い状態で駆逐艦程度に撃ちたくはなかった。しかし、その駆逐艦程度に追い込まれかけているのも事実である。

 ガスペ半島を通り過ぎ、何とかセントローレンス川の河口までたどり着くことができた。しかし、敵はまだ追ってくる。まだ砲台の射程距離外だ。

「しつこい奴は嫌いだ! 白雪、手つかめ!」

 隣の深雪が右手を出してくる。白雪は深雪がしたいことがよく分からなかった。

「魚雷撃つから! 手つかめって!」

 どうやって撃つのかいまいち分からなかったが、深雪の必至な表情に押されて、白雪は右手をつかんだ。

「引っ張ってくれよ! 逆進一杯!」

 掛け声と共に深雪は体を反時計回転させる。

「――っ!」

 右手が引っ張られる。こけないよう足を踏ん張る。

 深雪の方を見ると、いつのまにか深海棲艦に向かい合う形になっていた。深雪の魚雷発射管が敵に向く。ようやく白雪は深雪の行動を理解した。

「魚雷発射!」

 深雪が6本すべて酸素魚雷を放つ。相対速度も相まってすぐ敵に命中した。爆発して血が混じった水柱が6つ立つ。

「よっしゃあ!」

 深雪が魚雷命中に喜ぶが、全体の数からすればたった6隻だ。しかし、敵の陣形が崩れて白雪達との距離が開いた。

「うまくいったぜ」

 深雪は時計回りに体を回転させて、元に戻った。

「白雪もやるか?」

「やる」

 白雪は左手を差し出し、深雪も左手でつかむ。逆進をかけると同時にくるっと回って深海棲艦と向かい合う。魚雷発射管を敵に向ける。

「魚雷発――」

 掛け声の途中で、敵に無数の水柱が上がった。虚を突かれて魚雷が発射できなかった。

「砲台の射撃!」

 アメリカ陸軍の砲台射程距離内に入ったのだ。白雪は胸をなで下ろす。

「早く撃て!」

 深雪が訴える。今、深雪は白雪を曳航する形になっている。白雪も逆進をかけているとはいえ、全速力で曳航するのは辛いのだ。

 あわてて照準を合わせ、

「発射!」

 魚雷の命中を確かめることもせず、体を回転させ、前に向き直った。

 向き直ってから後ろを見ると、水柱が深海棲艦を包んでいてどれが自分の魚雷の水柱なのか分からない。

 深海棲艦は砲弾の雨にも負けず、白雪達を追ってくる。

 突然、深海棲艦の前に水の中から丸く黒いものがいくつも浮かび出てきた。その黒く丸いものに深海棲艦が触れると爆発した。機雷だ。

 次々に起こる爆発。当たり所が悪いと戦艦すら沈ませるほど威力がある機雷は深海棲艦を肉片へと変えていく。

 機雷の爆発が収まり、水煙が消えると川には深海棲艦の姿はなかった。

 砲台の方から歓声か聞こえてきた。

 

 ショートモント基地に帰投すると、桟橋で艦娘整備班と共にディロンとロナルドが待っていた。

 桟橋に上がり、吹雪達は敬礼をする。ディロン達も敬礼を返した。

「作戦失敗してしまいました。申し訳ありません」

 吹雪は謝罪をした。ディロンは少し残念そうな顔をしていたが、笑顔を浮かべて、

「気にするな。作戦を立てたのは自分だ。今日はしっかり休んでくれ」

 ディロンはそれだけ言うと、ロナルドと共に歩いて行った。

 

 吹雪は艦娘艤装保管棟に来ていた。保管棟は艦娘艤装の整備などをしている所だ。吹雪は艦娘艤装整備班班長になっている東海に用があった。

「東か――」

「なんだこのグリスの付け方はぁああ!。付け方ってもんがあるんだ、付け方ってのが!」

 東海が大声でアメリカ人整備員に叫んでいる。海にたたき込みそうな東海の勢いに吹雪は気圧されて、尻餅をついてしまった。

「マニュアルをもう一回読め! ん? あ、吹雪ちゃん? どったの?」

 さっきの叫び声とはうって変わって優しい声だ。

「ああ、ごめんね」

 東海は手を差し出して、吹雪を立たせた。

「用があって来たんだろうけど、ちょっとだけ待ってね」

 東海は腕をまくって腕時計を見る。

「休――――憩!」

 これまた棟全体に響き渡るような大声だった。

 

 吹雪は保管棟の外の埠頭で腰を下ろし、夕日を見ていた。

 アメリカの夕日は日本の夕日よりも赤い感じがした。

「ほい」

 東海は自動販売機で買ってきたオレンジジュースを吹雪に渡して、隣にあぐらをかいて座った。ジュースのプルタブを捻って開ける。

「東海さん、さっきのすごい声ですね」

「ああ、さっきのね。うちのおやっさん……日本にいた頃の整備班長のまねだよ」

 東海の整備班の班長はものすごく厳しい人だったという。口癖は「もたもたしてると、海にたたき込む」だそうだ。東海はその人をとても尊敬しているらしい。

「で、どうしたの? 艤装のことなら心配なしよ」

 東海はジュースをのどを鳴らしながら豪快に飲んだ。

「艤装のことじゃなくて……あのう……」

「今日の作戦のこと?」

「まあ、そうです」

「作戦のことなら気にすることないよ。50隻だよ、50隻。敵うわけないじゃない」

 それは戦闘をした吹雪自身が一番分かっていることだ。しかし、アメリカ海軍にとって艦娘を使った初めての反攻作戦だったのである。

「でも、私達に期待してくれていた人がどれくらいいたかって考えると……」

 アメリカは世論で動くと聞いている。今回の作戦失敗は世論に大きく響くのではないか。そして司令官は私達に失望しているのではないか。吹雪の頭に残念そうな顔のウンダー司令官がよぎった。

「なーに、期待する奴はかってに期待させとけ。俺は吹雪ちゃん達が沈むのが一番嫌さ。ウンダー司令もそうだと思うよ」

「そうですかね?」

「そうだよ。もっとも吹雪ちゃん達だから、という理由かは分からないけどね。貴重な戦力だから、としか思っていないかもしれない。実際、アメリカで深海棲艦に対抗できる戦力は吹雪ちゃん達くらいしかいないし」

 艦娘は兵器。東海は艦娘を一個人として見てくれているが、ウンダー司令をはじめ、アメリカの人々はどう思っているのだろう? 艦娘は兵器、なのだろうか?

「まあ、元気出しなよ。次の作戦を成功させればいいんだから。アメリカも艦娘の建造に成功したって話だし」

「え、成功したんですか?」

「知らなかった? 明後日辺り来るって話よ? たぶんその艦娘が着任してから次の作戦を始めるんじゃない?」

 初耳だった。重巡の青葉がいれば、号外でも出してすぐに知ることができただろうが、あいにく青葉はここにはいない。

「その艦娘の名前、なんて言うんです?」

「確か、『ウルヴァリン』と『セーブル』とかいったかな?」

 




 戦闘を書いてみたのですが、いかがでしょうか? 頑張って書いてはみたのですが、読者の皆さんに絵が浮かぶかどうか……酷評でも良いのでコメントください。頑張ります。

 アニメ7話の大井と北上のクルクル回避は何なんでしょう? あれに影響されて今回の深雪と白雪の魚雷発射を思いついたのですが。うーん。

次回、ついにアメリカの艦娘が着任。新しい仲間を引き連れて、吹雪達は再びセントローレンス湾攻略に乗り出す。

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