雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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やっとアメリカの艦娘が登場しますよ!


第5話「ウルヴァリンとセーブル」

 「アメリカの艦娘は金髪に違いない」と話し合っていた吹雪達は面食らってしまった。

 ディロンが連れてきた艦娘は黒髪だった。金髪ではない。濡羽色のごとき黒だ。

「初めまして、空母ウルヴァリンです」

 それに初建造の艦娘が空母とは。これにも驚いた。

 ウルヴァリンの溌剌とした雰囲気は愛宕に似ていた。元気なお姉さんといった感じだ。

「こっちが――」

「同じく空母セーブル。よろしく」

 もう一方の空母艦娘セーブルはウルヴァリンとは違って、クールな印象を受けた。ウルヴァリンがショートカットヘアーなのに対し、ロングヘア。髪型と無骨な言い方と相まって、吹雪は第十七駆逐隊の磯風を思い出した。

「よろしくお願いします。ウルヴァリンさん、セーブルさん」

 吹雪達は握手する。吹雪は敵国であった艦娘と握手するのは抵抗があるのではないかと思ったが、そんなことはなかった。しっかりと手を握り交わす。

「同じ艦娘同士だ。仲良くな」

 ウルヴァリンとセーブルの後ろに立っていたディロンが言った。実際、日本の艦娘である自分達に抵抗感はないようなので、すぐ仲良くなれるだろうと思った。

「さて、2人の歓迎会だ。食堂に行こう」

 

「唐突で悪いと思いますけど、第二次大戦時にはどこの戦線で戦っていたのですか?」

 どんちゃん騒ぎの歓迎会の中、吹雪はビールをこくこくと飲んでいるウルヴァリンとセーブルに聞いた。

 「ウルヴァリン」と「セーブル」。吹雪達にとって両方とも聞いたことがない名前だった。戦後まで生き残った艦娘の口からも聞いたことがない名前なのだ。一体どこで戦っていた艦なのか気になった。

 まさか極秘中の極秘の艦だったりしたのだろうか。吹雪の心は少し沸き立った。

「実戦経験はない。訓練空母だからな」

「えっ?」

 ――訓練空母?

「ずっと内海――つまりこの五大湖でパイロットの離着艦訓練してたのよ」

 なるほど。それなら聞いたこともないのも当然だ。吹雪は少し落胆すると共に変な期待をした自分を馬鹿だと責めた。

「訓練空母といえば、鳳翔さんですねぇ」

 白雪が呟いた。吹雪達にとって訓練空母といえば鳳翔だった。日本初の空母で、今では艦隊のお母さんとも呼ばれたりするやさしい艦娘だ。空母艦娘だけではなく、駆逐艦娘にも人気がある。

 ウルヴァリンとセーブルも同じ訓練空母である鳳翔に似た面があるのだろうか? ふと吹雪はそんなことを思った。

「ところでフブキはビールを飲まないのか?」

 セーブルが唐突に聞いた。

「はい、お酒はちょっと苦手で」

「日本の艦娘はビールはあまり見たことはないか? ちょっとくらい試してみないか?」

 セーブルがグラスにビールを上品に注ぐ。その手つきは人の体を得たばかりとは思えないくらい、手慣れている様に見えた。吹雪が艦娘になったばかりの頃は人の体に戸惑ってばかりだったのだが。

「初めてってわけではないですけど……いいですよ」

「遠慮することはないぞ」

 遠慮しているわけではない。駆逐艦娘は幼い外見の艦娘が多いとはいえ、肝臓機能は大人と同等らしく、アルコールをとっても問題はない。実際、酒を飲む駆逐艦娘も少数ながらいる。

 それでも上戸、下戸はあり、吹雪は下戸の部類だった。アルコール度数の低いビールといえども、グラス半分くらいの酒を飲んだらすぐに酔っ払ってしまうだろう。

 吹雪は隣に座る白雪に助けを求めた。

「吹雪ちゃん、飲んでもいいんじゃない?」

 白雪はすっかりできあがっていた。白雪は吹雪と違って上戸だ。好んで飲むことはあまりないが、こういう席だと結構飲む。

 白雪は駄目だ。深雪と初雪は――駄目だった。アメリカ人整備士とガハガハ笑いながら飲んでいる。

 深雪はビール。初雪のグラスはオレンジジュースのように見えるが、飲むたびに顔が赤くなっていく様子を見るに、ビールをオレンジジュースで割っているらしい。それで美味しいのだろうか。

「フブキちゃんって、結構子供ねぇ」

 ウルヴァリンの言葉にフブキはむっとした。

 子供なものか。私は特型駆逐艦の長女なのだぞ。子供な外見で言えば、瑞鳳はどうなるのだ。

 妹達に負けてなるものか。アメリカの艦娘になめられてなるものか。

 吹雪はセーブルからグラスを受け取り、飲んだ。すぐに空にした。

「良い飲みっぷりだな。もう一杯どうだ?」

「頂きます」

 ホップとアルコールの苦みと香り。口と鼻腔に広がっていく。それと共に頭に暗闇が広がっていった。

 吹雪は意識を失った。

 

 吹雪は自分のベットで目を覚ました。

痛い頭を耐えながら、体を起こした。

 窓から差し込む光は朱色だ。夕方らしい。

「酔い、覚めたか?」

 深雪が椅子に逆向きで座っていた。

「水ちょうだい……」

「ほい」

 差し出されたグラスを飲み干す。水が五臓六腑に染み渡るようだった。

 ようやく頭が冴えてくる。

「えっと、私は……」

 記憶がはっきりしない。何がどうなんだっけ?

「ビールを一気飲みして、意識失って倒れた」

 深雪にそう言われて、記憶が戻り始めた。ウルヴァリンの茶化され、酒に弱い癖して、ビールを一気飲みしたのだ。意識を失って倒れるのは当然だった。

「馬鹿だなぁ、私」

「何が?」

「いやさ、なめられたくないとうか、特型駆逐艦長女としての意地っていうか、結局かっこ悪いとこ見せちゃったなぁ、と」

 ほんと、馬鹿だなぁ。吹雪はため息を吐いた。

「お水、もう一杯ちょうだい」

「うん。そういえば、あの2人から伝言預かってるぜ」

「あの2人って? ああ、ウルヴァリンさんとセーブルさん」

「『酒を無理に勧めてごめんなさい』だって」

 別に謝ることないのに。吹雪はそう思った。結局は飲んだのは自分なのだし、気を失うような飲み方をしたのも自分だ。茶化したのだって悪気があったわけでもないだろう。

「その本人達は?」

「自分達の艤装がさっき届いたらしくて、東海さん達と試験やってる。1時間くらい前までこの部屋にいたんだけどさ。吹雪をベットに運んだのも、あの2人だよ。お礼、言っておきなよ」

「うん」

 

 翌朝、吹雪は食堂でウルヴァリンとセーブルに会った。ずっと艤装の調整をしていたらしく、昨晩には出会えなかった。

「フブキ、昨日はすまなかった」

「私からも、ごめんなさい」

 目が合うなり、2人は謝った。先手を打たれて、吹雪は自分をベットに運んでくれたことへのお礼を言えなかった。

「いえ、謝ることなんてないですよ。あんな飲み方したのは私です」

「そう言われても、こちらとしては申し訳が立たない。何かお返しとかできないものか」

「お返し……ですか?」

 お返しなんてしてもらわなくて良いのだけれど、しないと2人も収まりが付かないのだろう。

「昨日、私をベットに運んでくれたことでどうですか?」

「駄目だ」

 拒否されてしまった。

「今度、ジュースおごってくれるとかでどうです?」

「その程度じゃなくて、もっと何かないの? 大きなこと」

 これまた拒否された。

「なんでそんなにこだわるんです。変じゃありませんか?」

 吹雪の疑問はもっともだった。なぜお返しされる側の要求が拒否されるのか。その理由をウルヴァリンが静かに語った。

「私達は元々空母じゃないのよ。私はシーアンド・ビュー、セーブルはグレーター・バッファローっていう五大湖専用の客船だった。第二次大戦が始まって、パイロットの大量育成が必要になったから、私達は訓練空母として改装されたの。改装される前までは客船として仕事に就いていたわけで……お客をもてなすってことには誇りを持っているのよ。でもフブキちゃんに無理に飲ませちゃって、倒れさせてしまった。私達自身、お酒を飲んで酔うことは初めてで、酔って分別が付かなかったのね。私達にとっては恥。だから、けじめを付けたいの」

 思い当たる節がないわけではない。例えば、昨夜のビールのグラスへの注ぎ方。あの慣れた手つきはこういう理由だったのか。客船であれば、客に酒を出すこともあるだろう。

 吹雪は理由に納得はしたが、逆に困ってしまった。2人がこだわる理由を知ってしまった以上、生半可な返事はできない。

 この2人にできること。空母であるこの2人に。

 吹雪は1つ思いついた。

「今日の訓練、私を標的艦にしてください」

 

 空は雲が低く垂れ込めていて、航空攻撃には最高の日だった。

 そんな日のオンタリオ湖を吹雪1人が航行していた。砲や魚雷などは持っていない。代わりに溶接で取っ手を付けた鉄板を両手に持っている。

 雲からヴォートSB2Uビンジケーター急降下爆撃機の編隊が現れる。SB2U ビンジケーターはダグラスSBDドーントレス急降下爆撃機の異母兄弟ともいえる機体だ。

 先頭のビンジケーターが急降下を開始する。

 吹雪は爆弾投下のタイミングを見計らって面舵を切った。模擬爆弾は外れて水柱を立てる。後ろに続いていたビンジケーターの模擬爆弾もすべて外れた。

「全弾外れです。もっと遅いタイミングで投下してください。簡単に避けられます」

『は、はい!』

 無線の向こうにいるウルヴァリンが返事をする。さっきのビンジケーター編隊はウルヴァリン所属だ。

 次に左舷からセーブルのダグラスTBDデバステイター雷撃機編隊が突っ込んでくる。 ウルヴァリンのビンジケーター編隊の反省を活かしてか、今度は少し魚雷投下のタイミングが遅い。だが、まだまだ早い。取り舵で避ける。

「セーブルさん、雷撃機はもっと高度を低く、そしてもっと投下タイミングを遅く!」

『はい!』

「次々来て、疲れさせないと当てることなんてできませんよ!」

 吹雪が標的艦をやっているのはウルヴァリンとセーブルに「航空攻撃の回避訓練をしたい」と頼んだからだ。回避訓練は空母がいないとできない訓練だ。吹雪自身はこれで貸しを帰してもらおうとした。

 しかし、訓練を受けている側である吹雪が2人に怒鳴っているのはどういうことか。

 それは2人の爆撃と雷撃があまりにも下手くそだったからだ。

 ウルヴァリンとセーブルは一度も爆装、雷装機の運用をしたことがない。いや、運用ができなかったといった方が良いだろう。

 ウルヴァリンとセーブルは実は外輪船である。側舷の水車を回転させて進む、あの外輪船である。機関は石炭専燃缶。2人が金髪でなく、黒髪なのはこれに由来しているに違いない。艦娘は艦の特徴が容姿、艤装になって現れるのだ。

 外輪船と石炭専焼缶とくれば、速力はたかが知れている。2人の最高速度は18ノットであり、航空機を運用するにはあまりにも遅すぎる。普通の艦だったころはたん離着艦訓練のみをやっていたという。海洋に比べれば穏やかな五大湖で飛行機乗り着艦訓練をする分には18ノットでも十分だったという。

 そんなわけで爆装、雷装機運用の経験がない2人の攻撃は下手くそだったのだ。

 今こうして爆装、雷装機を飛ばすことができているのは艦娘という存在になっているからだ。艦娘になったら、合成風や艦速は関係ない。何でも飛ばせる。

 これだと深海棲艦と戦えない。

 吹雪はそう思って、回避訓練から航空攻撃訓練に訓練の趣旨を変えた。

 今度の作戦は失敗するわけにはいかないのだから。

 

「おう、やってるな」

 吹雪が標的艦役を白雪と代わったとき、ちょうどディロンが様子を見にやってきた。遠くで立ち上る水柱を見つめる。

「あの2人はどうだ?」

「それなりに上手になりました。10発に1発当たるか当たらないか位には」

「その命中率は高い方なのか?」

「はい」

 歴戦の駆逐艦である吹雪で命中率1割なのだから、深海棲艦の駆逐艦級なら、十分対処できる。索敵を広域に行える空母ならばセントローレンス湾の攻略も容易になるだろう。

「セントローレンス湾、どうにかできるか?」

「断言はできませんが、できると思います。空母戦力の存在は大きいです」

「そうか。それなら安心だな」

 ディロンは胸ポケットから煙草を取り出し、吸い始めた。煙が風にながれる。

「今日、艦娘の量産が決定した」

「量産、決まっていなかったんですか?」

「あくまで生産計画だけだったからな。ウルヴァリンとセーブル、あとすでに建造できた数人の試作で終わる可能性はあった」

 米海軍は艦娘の存在を信じはしたが、深海棲艦に対して本当に有効な兵器であるかどうかは懐疑的だった。軍というのは保守的な考えの者が多い組織なのだ。

 米海軍は実際に艦娘に戦闘をやらせてみて、艦娘を海軍の装備にするかどうかを決めるつもりだった。

「量産決定の決め手になったのは、やっぱり君達、第十一駆逐隊だ。一昨日の戦闘のインパクトは強かったようだな。作戦自体は失敗したからどうなるのかと危ぶんでいたんだが」

「どういう意味です?」

 吹雪は失敗した作戦のインパクトでなぜ量産が決定したのか、不思議に思った。

「普通の艦なら深海棲艦の迎撃に出て全滅ってこともざらだったが、君達は50隻以上の深海棲艦と戦っても、帰ってきただろ。これは実際すごい話だ」

 ディロンは吸い終わった煙草を湖に投げ捨てる。そして2本目を吸い出した。 

「量産化決定で俺の不安の種も1つ消えた。フブキもいつでも作戦失敗してもいいぞ。心配しなくても大丈夫だ」

「それは駄目でしょう。次は成功させます」

 ディロンは「冗談だよ」と言って笑った。

 遠くでビンジケーターのダイブブレーキが鳴っていた。

 

 夕方まで訓練は続いた。

「お疲れ様です」

「お……お疲れ様です……」

 ウルヴァリンとセーブルは肩で息をしていた。2人の訓練はほぼ休みなしで行われたのである。そのおかげもあって、爆撃、雷撃の命中率はかなり上がり、何とか戦えるレベルにはなった。

 吹雪達は艤装保管棟に艤装を返して、夕食にした。

「ここ、座らせてもらうぞ」

 食べているとディロンが断りを入れて、吹雪達の席の隣に座った。

「食事中すまないが、明日の作戦について簡単に知らせる」

「作戦ですか?」

「明日午前8時をもってフブキ、シラユキ、ハツユキ、ミユキ、ウルヴァリン、セーブル以上6名は第1水上艦娘隊を編成。これをもってセントローレンス湾攻略を再実施する」

 おお、と小さな歓声が上がった。第十一駆逐隊だけではない。アメリカ艦娘も含んだ艦隊での攻略作戦だ。日本からやってきた吹雪達にとっては感慨深いものがある。

 ディロンが親指を立てて言った。

「期待してるぞ」 

 

 




あとがき
 あれ、戦闘が始まらない。書いていたら突然酒を飲み始めて、吹雪が倒れて、次の日に訓練を始めたぞ。おかしいな~?

 セーブルとウルヴァリンはこの作品を書き始める以前から、どこかで出したいと思っていた艦でした。外輪空母とか世界を見ても他に類がないですから。
 こんなに早く空母2人を出したのは、艦娘技術が伝えられたアメリカを最近の新米提督に見立てたからです。最近の新米提督は建造レシピを見て、すぐレア艦を出しますからね。

「なんでSBDドーントレスじゃなくて、SB2Uビンジケーターなんだ!」という声があるかもしれませんが、ドーントレスは99艦爆よりも性能が高く、終戦まで現役でした。なのでドーントレスよりも性能の低い機体を、ということで登場させました。でも性能的には大差ありません。艦これ的には爆撃+5といったところでしょうか。ドーントレスが+6か+7くらいです。

次回、セントローレンス湾再び。今度こそ本当に戦闘するよ。

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