雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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ウルヴァリンセーブル性能は鳳翔より劣ると考えてください。


第6話「セントローレンス湾再び」

 夜のサボ島沖に5隻の艦が航行していた。

 初雪はそのなかにいた。周りには旗艦の青葉に古鷹、衣笠。自分の長女である吹雪もいた。

 第六戦隊の進む方向に9隻の艦が現れた。青葉からの通信によれば味方の輸送船団だという。

 吹雪が確認のために輸送船団に近づいていく。青葉は「ワレアオバ」と発光信号を送る。それにならって吹雪は識別灯を点滅させる。

 輸送船団に閃光は走った。

 次の瞬間、吹雪が爆発した。

 何事!? 初雪の水兵達が慌てた。吹雪は爆発を続ける。

 初雪の近くに水柱が立ち上った。

 あれは敵じゃないのか!? 水兵達が騒ぐ。

 青葉にも無数の爆発が起こる。青葉は「ワレアオバ」の発光信号を辞めない。

 古鷹が青葉をかばうように敵艦隊と青葉の間に入って、探照灯を照らしながら、砲撃を始めた。それに続いて初雪と衣笠も探照灯で照らされる敵艦隊に砲撃を始めた。

 乱戦だった。吹雪は大爆発を起こして沈んだ。

 風景が一変する。ニュージョージア島沖。撤退する第六戦隊。救援に来た白雲と叢雲。

 損耗した第六戦隊に追い打ちをかけようと飛来する米海軍艦爆隊。

 高角砲弾の爆音。ダイブブレーキの風切り音。幾多もの水柱。

 叢雲が被弾し、航行不能になった。艦爆隊は爆弾を投下し終え、撤退していく。

 叢雲はただ中途半端に浮いている鉄くずだった。しかし、そんな状態であっても叢雲を敵に渡すわけにはいかない。曳航はできない。もたもたしていては再び敵の攻撃を受ける。

 ――初雪が雷撃処分せよ。

 自分の妹である叢雲を手にかけろという。初雪の61㎝三連装魚雷発射管が旋回し、射線が叢雲に合わせられた。

 発射――――命中。叢雲は鉄のひしゃげる音と共に沈んでいく。

 鉄のひしゃげる音は彼女の発した断末魔のようでもあった――――

 

「はあっ――――はあっ――――はあっ――――」

 夢だ。今見たのは夢だ。ベットの中で見た夢だ。私は初雪で、艦娘で、ベットで寝ていて、夢を見ただけだ。

「はあ、はあ、はあ」

 ここはソロモンじゃない。アメリカだ。ここは――違う世界だ。

 頭の中で何度も復唱し、気を落ち着かせる。息を整えていく。

「また……この夢」

 落ち着いた初雪は起こしていた体を再びベットに預けた。

 何度目だろうか、この夢は。あの頃の記憶は。もう遠い昔の、別の世界の話なのに、

今でも夢に見る。最近は減っていたのに、二日連続だ。

 立て続けにこの夢を見る理由はアメリカの艦娘と触れ合ったからだろうか?

 ベットのそばにある目覚まし時計を見る。まだ4時。起きるのにはまだまだ早い。しかし、二度寝しようと思っても今日はできないだろう。

「今日は作戦なのに……なんで」

 初雪は暗闇の中、一人呟いた。

 

 艦娘艤装整備棟。

 名前の通り艦娘艤装の整備を行うところだが、出撃準備をするところでもある。現在、吹雪達の出撃準備が進められていた。

 天井クレーンには吹雪の背部艤装がつり下げられており、吹雪が背負うのにちょうど良い位置に調整される。

「よいっしょ、と」

 吹雪が背部艤装を背負う。それを確認して、アメリカ人整備員がワイヤーを外した。

 艦娘を運用するに当たって天井クレーンは欠かせない。

 艦娘艤装は艦娘が軽々しく扱っていることから軽い物だと思われがちである。しかし、艤装は鋼でできており、軽い物でも10㎏、重い物なら600㎏もある。あくまでそれは弾薬や燃料を搭載していない状態での重さであって、完全搭載状態では1t近くになる艤装もある。

 駆逐艦の艤装は比較的軽い物が多く、一番重い背部艤装でも70㎏なので二人がかりで持ち上げれないこともないが、天井クレーンを使う方が楽だった。

 動力部がある背部艤装を背負えば、もう常人越えの力を出せる。魚雷発射管や脚部艤装は取り付け位置の関係もあって、自分で取り付ける。最後に長10㎝連装高角砲を肩に掛け、腕に高射装置を巻く。

 装着が終わると、吹雪はウルヴァリンとセーブルの方を向いた。二人も同じように艤装の装着が行われている。

「やっぱり不思議な感じね。これ履くだけでパワーがでるのよ?」

 ウルヴァリンが外輪の付いた脚部艤装を指さす。

「そこが動力部なんで、そういうもんです。次は飛行甲板」

 整備員達によって、空母の証でもある飛行甲板がウルヴァリンの左腕に付けられた。ウルヴァリンは着任から数日しかたっておらず、整備員達もウルヴァリンの艤装になれていないはずなのに、なかなかの手際の良さで次々と艤装を装着していく。

「整備員の皆さん、手際良くなりましたね」

 吹雪は共にアメリカに来たもう一人の艦娘艤装整備員、清水に言った。吹雪達の艤装をアメリカ人整備員が初めて扱ったときはてんやわんやだったものだが。

「伊達に1ヶ月以上、艤装整備員やってないってことさ。それにアメリカのマニュアルはわかりやすいし」

 清水が1つの冊子を吹雪に渡す。表紙のタイトルは「USS Wolverine,IX-64 of outfitting manual」。日本語だと「米海軍艦ウルヴァリン(IX-64)艤装取扱書」となる。IX-64はウルヴァリンの型番のようなものだ。ちなみにセーブルはIX-81である。

「本当ですね。イラストも多いですし」

「だろう。日本からも吹雪型のマニュアル持ってきたけど、ただ英訳しただけで、文章ばっかだからなぁ」

「でも清水さんと東海さんが教えているんですから」

「ありがとさん。みんな、良くついてきてくれてるよ」

 清水が周りを見渡す。ちょうど、白雪、初雪、深雪、ウルヴァリン、セーブル、全員の艤装装着が終わったところだった。

「よし、第1水上艦娘隊、出撃だ。張り切っていきなよ」

 清水が吹雪の肩を軽く叩いて言った。

「はい!」

 吹雪は元気に返事をした。

 

 出撃し、カナダのベーコモーを越えたあたりで、ウルヴァリンとセーブルは偵察機を出した。ベアボウで放たれた矢が空中でSB2Uビンジケーターに変わる。

「初の実戦……私達が前線に立つなんて前は考えてもみなかった」

「そうよね」

 二人は客船から改装された訓練空母と言っても、飛鷹型航空母艦のように本格的に改装されたわけではない。艦載機を収納する格納庫もなければ、エレベーターもない。簡単に言えば、客船の上部構造物を取り払って、飛行甲板だけを設置したようなものだ。船体は商船構造のままで被弾に弱い。

「少し、怖いわ」

「大丈夫、大丈夫。この百戦錬磨の深雪様が護衛に付いてる! 1発たりとも被弾させないぜ!」

 深雪が不安そうな顔のウルヴァリンの隣に立って、自信満々に胸を張って言った。

「でも深雪ちゃん、前の世界じゃ、実戦経験ないでしょ? 事故で沈んじゃって」

「白雪、それを言うなよ! 艦娘に生まれ変わってからは大活躍だろ!」

 深雪は真っ赤な顔で白雪のつっこみに反論する。その様子を見て、ウルヴァリンとセーブルは笑みを浮かべた。

「ま、まあ、何だ。守るから大丈夫だ! 安心して発艦作業をしたまえ、ウルヴァリン君、セーブル君!」

「了解、了解」

 皆が笑う中で、笑みを浮かべていないのが一人いた。初雪だ。

 なぜ吹雪、白雪、深雪はそんなに無邪気に笑えるのだろう?

 アメリカと戦ったことがない深雪は分かる。しかし、吹雪と白雪はなぜだ。アメリカと戦い、姉妹達や多くの仲間を失ったというのに。目の前にいるのはたくさんの仲間を沈めた艦載機パイロットを育てた奴らなのに。

 あの記憶がフラッシュバックする。息が苦しくなるのを目をつむって耐える。

 戦争だったから仕方ない。確かにそうだ。しかし、そんな言葉で憎しみを消せるかというと、初雪は消せない。

 戦闘の間際に撃ってしまおうか? そんな考えを頭をよぎる。

 馬鹿かお前は。初雪は自分に反吐を吐きそうだった。こんなことを考えてしまう自分が嫌だった。

 もちろん実行するつもりは毛頭ない。見かけは子供でも自分は子供じゃない。

 でも自分には意志がある。自分で動かせる手足もあり、殺せる武器だって持っている。

 もし気の迷いで撃ってしまったら? そんなの想像もしたくない。

 朝、あんな夢を見なければ。

 初雪は不安と憎しみが混じった顔を浮かべる。こんなので自分はアメリカでやっていけるのか? 今はただだ、この表情をうつむいて隠すしかない。

 

 うつむく初雪を吹雪はこっそり横目で見ていた。

 吹雪達がアメリカに行くことを了承するかどうかを話し合ったときから気になっていたことだった。

『みんなが行くなら……行く』

 普段、マイペースで自分の意見をはっきり言う初雪がこの時ばかりは、他人に意見を任せた。初雪らしくない。

 吹雪が初雪に駆け寄ろうとしとき、

「フブキ、偵察機が敵を見つけた」

 セーブルが報告した。駆逐艦イ級2隻がアンティコスティ島の南西を西に航行しているらしい。アンティコスティ島はセントローレンス湾の北、川の出口にある島だ。

「遡上してくるのに出くわした? なんて運の悪い」

 自分達がすぐに見つかってもらっては困るのだ。吹雪は作戦内容を思い出す。

 今回の作戦は湾突入前に、駆逐艦のみの囮部隊と空母2隻と護衛2隻の攻撃部隊に別れる。

 囮部隊のみが湾に突入し、湾全体を走り回る。これは湾に潜む全ての敵に見つかるのが目的だ。見つかれば前と同じように包囲殲滅しようとしてくるだろうから、包囲されないように立ち回り、できるだけ多くの敵を囮部隊の周りに集める。

 そして攻撃部隊が囮部隊に群がる敵を攻撃、撃滅する。という感じに進めていく予定だった。

 この作戦は被弾に弱いであろうウルヴァリンとセーブルを攻撃に晒さないように立てられている。囮部隊と攻撃部隊に別れる前に敵に見つかっては意味がない。

「仕方がありません。予定ではまだ早いですが、今、囮部隊と攻撃部隊に別れます。初雪ちゃん、行くよ!」

「え、初雪ちゃんじゃなくて、私じゃ?」

 白雪が自分に指を差した。事前の編成分けでは囮部隊が吹雪と白雪、攻撃部隊がウルヴァリン、セーブル、深雪、初雪だったのだ。

「ごめん、編成変えさせて!」

「なんで?」

「勘」

 半分嘘で半分本当だ。初雪と話がしたかったし、なんとなく初雪を空母の護衛に付かせていてはいけない気がした。駆逐艦同士の交代だから、特に問題はない。

「初雪ちゃん、行くよ!」

「う、うん」

 吹雪は初雪の手を取って、半ば強引に囮部隊と攻撃部隊に別れた。

 

 偵察機が報告したイ級2隻とはすぐに接敵した。

 これ以上進まれて、攻撃部隊を発見されるわけにはいかない。

「交戦します!」

 吹雪と初雪の長10㎝連装高角砲が火を噴く。対艦戦には口径の大きい12.7㎝連装砲の方が良いが、敵が少なければ連射の効く長10㎝連装高角砲の方が良い。

 集中射撃を受けたイ級2隻は反撃するまもなく、沈没した。色つき(eliteやflagshipのこと)でなければ、あっけないものだ。

 これによって、深海棲艦も自分達の存在に気づいたはずだ。こっちに大量の深海棲艦が向かってくるだろう。

「最大戦速! 攻撃部隊からできるだけ離れるよ、初雪ちゃん!」

「わかってる」

 全速力で湾の中心部まで突っ走る。目視した敵には25㎜機銃、電探に映った敵には砲弾を撃ち、挑発することを忘れない。煙幕まで焚いて、自分達の位置を常に敵に知らせる。囮は目立ってなんぼだ。

 自分達の前に敵が待ち構えていたときは弾幕を張って、無理矢理押し通る。包囲をしようとしてきたときは魚雷を放って、敵の陣形を崩す。包囲網はつくらせない。

 深海棲艦は順調に吹雪達に群がっていった。

 湾中央部に差し当たったころ、初雪がどれくらい集まったか気になって、後ろを見た。

「う、うわああ」

 後ろには敵、敵、敵。深海棲艦の大群が後ろに着いてくる。初雪は思わず、悲鳴を上げてしまった。数は前回より少ないようだが、短時間に集まった数としてはかなりの数だ。

「今です!」

 吹雪が無線に叫んだ。そのとたん、頭上から大きな風切り音が聞こえてきた。

 何機ものSB2Uビンジケーター急降下爆撃機がダイブブレーキを鳴らしながら、降ってくる。

 ビンジケーターが爆弾を投下。500ポンド爆弾が深海棲艦の群に降り注ぐ。何隻もの深海棲艦が文字通り、轟沈した。

 深海棲艦は慌てて対空砲火を上げるが、爆弾を投下し終えたビンジケーターは悠々と逃げていく。

「やった!」

「おお……!」

『足下がお留守ですよ? 雷撃隊突撃!』

 無線越しにウルヴァリンの声が聞こえる。

 ビンジケーターに続いて、低空侵入していたTBDデバステーター編隊がMk.13航空魚雷を投下する。

 魚雷は一直線に深海棲艦の群に突進した――――のだが、命中、爆発した魚雷は少なかった。魚雷不良だ。航走しない魚雷もあれば、信管過敏で命中する前に自爆する魚雷もある。それでも9本の魚雷が正常に敵に命中、爆発した。

 吹雪と初雪を追っていた深海棲艦は数をかなり減らして、5隻になっていた。

 二人ともやるじゃない。昨日の訓練をやった甲斐はあった、と吹雪は内心喜んだ。

 この数なら第2次攻撃隊を待たなくても余裕だ。攻撃部隊と合流して、砲撃戦で全滅させれば良い。吹雪は無線で合流の指示を出す。

「敵の数は5隻になりました。合『リ級だ!』――えっ!?」

 深雪に無線が割り込まれた。重巡洋艦リ級? どういうことだ?

『二人とももっと下がれ! リ級発砲!』

『こちら、ウルヴァリン! 現在、リ級? と交戦中! ああ、深雪ちゃんが突っ込んでいきました! ひゃあ!』

『ウルヴァリン止まるな! すまんが残敵は自分達で始末してくれ! オーバー!』

 

 リ級が両腕の砲を撃ちながら突撃してくる。リ級と遠距離砲撃戦は駆逐艦にとって不利だ。特に相手は黄金のオーラを纏ったflagship。普通にやったら敵いっこない。

 深雪は突貫し、一撃必殺の酸素魚雷を放つ。しかし、深雪が肉薄して放った魚雷6本は全て紙一重で回避された。

 リ級が右腕の砲を深雪に向けるが、白雪の正確な射撃で弾かれる。隙ができたところに深雪が12.7㎝連装砲を撃ち込むが、左腕と障壁で防がれる。

 吹雪達、目立ちすぎなんだよ! 深雪は攻撃の合間に思った。吹雪達は深海棲艦をおびき寄せるために、わざわざ煙幕まで焚いたのだろうが、それは逆効果だったに違いない。リ級はイ級やロ級と違って、頭が良い。おそらくこの海域の旗艦であるリ級は吹雪達を囮と看破して、別働隊を捜していたのだ。

 吹雪と初雪を責めても仕方がない。目の前の戦闘に集中する。

 1機のF3Fフライングビアが緩降下してきた。周辺警戒をしてた機体がようやく戻ってきたのだ。

 F3Fは116ポンド爆弾2発を投下。1発が命中したが、たいした損害になっていない。しかし、怯ませることはできた。

 深雪はリ級の懐に飛び込む。そして長10㎝連装高角砲をほぼゼロ距離で連射した。

 肌が触れ合うほどの近距離で放たれた高初速砲弾はリ級の障壁を貫通し、砲弾の1発がリ級の右腕をもぎ取った。

 悲鳴を上げ、右肩を左手で押さえながらうずくまるリ級。深雪は勝利を確信した。自分がリ級の頭を吹き飛ばすか、白雪が魚雷を撃ち込めば勝ちだ。

 しかし、深雪は気づいていない。リ級の眼光は死んではいないことに。

 

 吹雪と初雪は残った5隻の深海棲艦を瞬く間に撃沈した。所詮、色なしの駆逐艦級。さほど手間取ることはなかった。

 吹雪はリ級の奇襲を受けている攻撃部隊を援護しに行こうと転舵したとき、

「ちょっと……待って」

 初雪が呼び止めた。

「なに?」

 吹雪が振り返る。初雪は口を開いた。しかし、言葉は出なかった。

 見捨てよう。 初雪はその言葉を発する瞬前に踏みとどまった。

 私は今、何を言おうとした? 見捨てる? 正気か?

「いや……何でもない」

「気になった事があるんだったら……」

「何でもない。早く助けに行こう」

 初雪は強く言い切り、心配そうな顔をする吹雪を尻目に攻撃部隊の方に舵を切った。

「何か相談したいなら、言ってよね。初雪ちゃん……」

 言えるわけないじゃないか。吹雪の言葉は初雪の胸を締め付けた。

 

 深雪がリ級の首筋に狙いを付ける。

 残念だったな。引き金を絞ろうとしたそのとき、風切り音がしたかと思ったら、深雪の背中で爆発が起こった。

「――なっ!?」

 新手!? いや、砲弾や爆弾レベルの衝撃じゃない……もっと大きな何か!

 爆発の正体は弾着観測を行っていた深海棲艦航空機だった。母艦のリ級を守るべく、深雪に自爆攻撃を仕掛けてきたのだ。

 大破並みの損傷を食らった深雪は倒れ伏し、朦朧とする意識の中、頭上からのさらなる風切り音を聞いた。

 2機目の急降下。F3Fが迎撃に向かうが間に合わない。

「げ、迎撃!」

 白雪が長10㎝連装高角砲を放つ。深海棲艦航空機は突入姿勢を崩して、海面に突っ込んだ。

「――――っ!」

 ひと息つく暇はない。うずくまっていたはずのリ級は自爆攻撃による隙を突いて、白雪の目の前に迫っていた。砲を構える暇もなく、白雪は殴り飛ばされ、水切りのように水面を跳ねていく。

 リ級の狙いは空母。白雪が殴り飛ばされた今、ウルヴァリン、セーブルとリ級の間に隔てるものは何もない。一気に形勢逆転された。

 二人には反撃する武器も回避するだけの速力もない。高角砲も機銃も何も装備していないのだ。

「ああ、ああああああ」

 ウルヴァリンが恐怖のあまりに悲鳴を上げた。リ級はその叫びが快感だとばかりに口を歪ませる。

 アメリカ初の艦娘を沈ませるのか? 酔っ払って倒れた吹雪を運んでくれた2人を。次の日に直接謝ってた2人を。吹雪のきつい訓練を文句言わずにやってたウルヴァリンとセーブルを。

 『百戦錬磨の深雪様が護衛に付いてる』は嘘か? 相手がリ級flagshipだからなんて言い分けにならないぞ。

 体中が痛いなんて知ったこっちゃない。深雪は体を引き起こす。

 自分の艦載機に自爆攻撃させるリ級のあばずれに二人をやらせてたまるか。

 駆逐艦の元々の名前、水雷艇駆逐艦は伊達じゃない! 絶対守ってみせる!

 深雪は廃品寸前の背部艤装から錨を投げ放つ。錨は魚雷発射の構えを見せていたリ級の左腕に引っかかった。

「せいやぁあ!」

 残った精一杯の力で鎖を引き寄せる。不意打ちにリ級は転倒。魚雷は明後日の方向に発射された。

「白雪!」

「はいっ!」

 なんとか体勢を立て直した白雪は容赦なく、酸素魚雷6発全てを発射。

 リ級は引っ張られて起き上がれない中でも必死に回避に努める。しかし、全ての魚雷が命中、炸裂して、うずたかい水柱を上げた。

「や……った」

「はあ……」

 水柱が治まり、リ級が沈んだことを確認すると、深雪と白雪は力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。さらなる敵の心配はない。敵旗艦を沈めたから、湾から深海棲艦は撤退するだろう。

 体中が痛いし、疲労困憊だ。座っているのもだるい。深雪は水面に大の字に寝そべる。

「あれ、もう倒しちゃった?」

 今頃、吹雪と初雪が援護しに戻ってきた。二人とも大きな損害はないようだ。

「……おっそい」

 深雪は力なく言った。

 

 セントローレンス湾カラ深海棲艦ハ撤退ス。ワレ作戦成功セリ。

 この通信を受け取ったショートモント基地司令部は沸き立った。すぐに基地内放送で基地にいる全員に作戦成功が知らされる。

「やりましたね、ウンダー司令!」

「ああ。リ級flagshipが現れた時は冷や汗をかいたが。そうだ、陸軍にも知らしてやれ」

 ディロンは通信兵に命じた。今までセントローレンス川の防衛を担ってきたのは陸軍である。さらに一昨日には陸軍の沿岸砲台に世話になっている。彼らには知らせなければなるまい。

 明日の新聞はこの戦いが1面を埋めるだろう。見出しは「反逆への第一歩」といったところだろうか。

「第1水上艦娘隊には何か褒美を与えるべきですね」

 副官のダンカンが提案した。堅物のダンカンにしては珍しく気が利いている。ダンカンもまた作戦成功に興奮しているのだろうか?

「そうだな、バケツいっぱいのアイスクリームとかどうだろう?」

「分かりました。すぐ手配します」

 そう言うと、ダンカンはすぐに通信室を出て行った。主計課にアイスクリームの手配を頼みに行くのだろう。主計課も放送を聞いているはずだから、難しい顔はしないはずだ。

「さて、出迎えに行くか」

 そう呟くと、制帽を被り直して、ディロンは通信室を出た。




セントローレンス湾制圧完了です。
 これからはセントローレンス湾を深海棲艦から奪還し、制圧海域を広げていく……と行きたいところですが、大西洋には島などの要所が少ない(西インド諸島はちょっと遠い)ので、吹雪達を色んな所に行かせれないなぁ、展開に制限が出るなぁ、と今思っているところです。ちゃんと一連のストーリーは考えていますけどね。

 これからはどんどん、アメリカ艦娘出して行きます。さて、吹雪達はどんな艦娘達と出会うのでしょう? 次回、「吹雪型のライバル」。お楽しみに。

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