ケンタッキー州のルイビル。ここにはアメリカ統合軍の前線司令部が置かれていた。アメリカ陸軍がパラチア山脈を防衛戦にしたときから今日の日まで運用されている。
今日は陸軍のみならず、海軍、空軍の司令官も招いた作戦会議を行っていた。
「海軍としては陸軍の提案に反対です」
ディロンは陸軍元帥ミラン・グレプルが提案した作戦に反対した。グレプル元帥は東海岸側の防衛、そして今回のノーフォーク攻略作戦における統合軍作戦司令官である。
「しかし、深海棲艦航空機の迎撃は通常兵器の対空火器では不可能だ。艦娘には深海棲艦航空機を引きつける囮になってもらいたい」
「海軍が投入できる空母艦娘の数はたったの6隻、搭載できる艦載機は300機程度です。基地型と空母型から発進する敵機を艦娘部隊で一手に引き受けることは不可能です」
ディロンは激しく反論する。ノーフォークには10隻以上の空母ヲ級、そして基地型深海棲艦がいるのだ。飛ばしてくる深海棲艦航空機の数は優に1000を越えるだろう。300程度の戦闘機で迎撃するのは不可能だ。そして艦娘は敵水上艦隊、潜水艦とも戦わなくてはいけない。艦娘は貴重な戦力。むざむざと失うわけにはいかないのだ。
「陸軍としても深海棲艦航空機は一番の脅威だ。陸上では最強の戦車も空からの攻撃には弱い。もちろん巡航ミサイルによる敵飛行場攻撃は行う」
「空軍も陸軍と同じく飛行場を強襲します。低空侵入に特化した飛行場攻撃部隊を用意しています」
陸軍、空軍とも艦娘がこの作戦の決め手というのは分かっている。艦娘を沈めたいとは一つも思っていない。そのために最新のBGM-109トマホークが運用できる兵器を数多く配備している。長射程を誇るトマホークを大量に撃ち込み、敵飛行場を焼き尽くし、敵機を木っ端みじんにするのだ。
「仮に飛行場を破壊したとしても深海棲艦には10隻以上の空母がいます。多く見積もって500機。半減したといってもかなりの損害が出るでしょう。沈む艦娘も出ます」
「敵空母には空軍も電子戦と空襲を行う。効果のほどは定かではないが、引き受けてくれ」
「しかし……」
ディロンは渋った。そのとき、
「ウンダー。君は艦娘に情を持ちすぎだ」
グレプル陸軍元帥はそう言った。ディロンは虚を突かれる。
「確かに艦娘は可愛い少女達で、あんな幼子で情が湧くのも分かる。しかし、彼女達とて国に命を捧げた合衆国軍人だ。合衆国軍人である以上、その責務は果たさなければならない」
グレプル陸軍元帥の言うとおりだ。艦娘は外見は女性で、子供であるが、合衆国軍人。軍人である以上、上官の命令には従い、戦う存在だ。死の可能性があることは当たり前のこと。
「艦娘の運用は君が一番分かっている。艦娘部隊の運用は君に任す。艦娘は作戦以後も貴重な戦力だ。しかし、貴重だからといって、もったいぶっていては簡単な作戦も遂行できなくなる」
「……承知しています」
「だと良いのだがな」
ディロンがルイビルで作戦会議をしている頃、吹雪達も作戦会議を行っていた。全体の指揮を行うのはディロンなのだが、戦闘指揮については直接戦闘を行う艦娘達が取るのだ。全体の指揮を執る者がいない今、この作戦会議はお遊びみたいなものだが、皆真剣にやっていた。作戦会議は吹雪、アトランタ級軽巡洋艦アトランタ、レキシントン級空母サラトガ、ネバダ級戦艦オクラホマ、アラスカ級大型巡洋艦アラスカの5人で行っていた。
「相手が強すぎる」
作戦会議は詰まっていた。
作戦会議を始めたときは空軍提供の偵察写真や詳報から敵の位置などをノーフォークの周辺地図にマーカーで書き込んでいったのだが、結果は酷いものだった。
「これは酷い……ですね……」
吹雪が苦笑いする。地図のノーフォーク周辺は100近くのマークがされていた。そのマークの全てが雑魚なら問題はそう大きくないのだが、残念ながら雑魚ではない。
ノーフォーク海軍基地のオシアナ海軍航空基地には新型のヒト型。オシアナ海軍航空基地の南東にあるノーフォーク国際空港と北のラングレー空軍基地にも深海棲艦。深海棲艦航空機は確認されているだけでも500機以上。
これだけでも十分笑えるのに、さらに湾内には8隻の空母ヲ級と3隻の空母ヌ級。それもeliteとflagship。これなら夜襲で何とかなるかもしれないが、他にも戦艦級6隻に巡洋艦5隻、軽巡級12隻、駆逐艦級27隻、潜水艦級15隻。合計76隻。これに陸上型深海棲艦の沿岸砲台型群、西インド諸島からの増援まで加わるのだ。
それに比べて吹雪達、アメリカ海軍の艦娘は42隻。セントローレンス湾防衛にいくらか割く必要があるため、投入できる戦力は35隻程度だろう。アメリカ空軍が支援してくれるのだろうが、バミューダ強襲作戦の時のことを思い浮かべるとあまり期待はできない。
「夜間に突撃して……ってのは無謀だよねぇ」
アトランタ級軽巡洋艦アトランタが呟く。夜間では駆逐艦娘、巡洋艦娘の能力は飛躍的向上するのだが、それは敵も同じ。湾に突入することはできるだろうが、包囲殲滅される可能性が高い。
「かといって昼間も……」
レキシントン級空母サラトガが眉間に皺を寄せる。彼女の他にもエセックス級空母タイコンデロガ、インディペンデンス級空母プリンストン、ラングレー、ボーク級護衛空母ボーク、ナッソー、ウルヴァリンとセーブルの7隻がいるが、ウルヴァリンとセーブルは外洋航行ができないおかげで、お留守番。他は戦力となるが、合計1000機近くの敵機を迎撃できるほどの搭載機数はない。艦隊で対空陣形を組んでも突破されるのは目に見えている。
「遠距離砲戦も打ち負けるだろうな」
ネバダ級戦艦オクラホマは腕を組んで唸る。彼女の他にフロリダ級戦艦ユタ、オクラホマと同型艦のネバダ、コロラド級戦艦メリーランドがいるが、ユタは主砲が12インチ(30.5㎝)砲で、射程が全く足りないのでお留守番。オクラホマ、ネバダは14インチ(35.6㎝)砲、メリーランドは16インチ(40.6㎝)砲だが、敵戦艦は6隻。砲門数がダンチで間違いなく打ち負ける。弾着観測射撃は空軍の高高度偵察機に頼めばできないことはないだろうが、難しいだろう。
敵は質、数ともにそろっている。質は微妙、数は足りない艦娘に勝ち目は薄い。
オクラホマのつぶやき以後、沈黙が続く。それぞれの頭で考えを巡らす。
「夜戦しかないね」
しばらくの後、アラスカ級大型巡洋艦アラスカが言い放った。
「実際、夜戦しか選択肢はないでしょうけど、どのように? 沿岸砲台に水上艦隊、ヒト型ですよ」
「私にいい考えがある」
ルイビルでの作戦会議を終え、ショートモント基地に戻ったディロンは明らかに変な演習を見た。
空母艦娘と戦艦娘の混成艦隊にアラスカを先頭とし、後ろに重巡洋艦娘、軽巡洋艦娘、駆逐艦娘が複縦陣で組んだ艦隊が演習をしている。
艦隊同士の形はT字というよりもL字で、横棒が空母戦艦混成部隊、縦棒がアラスカの部隊だ。
ディロンはL字から横T字にうまく体制を変えようとしているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
アラスカの部隊はあとちょっとでLになる、という位で混成部隊の方に舵を切った。後続の艦娘もアラスカに追随する。そしてアラスカは混成部隊のネバダに衝突した。
ラムアタック。そういう戦法もあるのか。ディロンはそう思ったのだが、皆が砲撃を辞めて、ネバダとアラスカの方に駆け寄っていく様子を見るに、ラムアタックという戦法はないらしい。
「おい、そこの君。彼女らは何をしているんだ?」
ディロンは通りがかった艤装整備員をつかまえて聞いた。艤装整備員なら何か知っているだろう。
「たしか、ノーフォーク攻略戦の時に使う戦法を試してみる、と言われておりました」
「ラムアタックがその戦法なのか?」
「存じません」
「そうか、呼び止めて済まなかったな」
再び艦娘達の方を見る。アラスカとネバダは無事だったようで、演習を再開している。しかし、一から始め直すというわけではなく、L字の所からだ。そしてさっきと同じようにアラスカは舵を切り、後続の艦娘は追随して、今度はアラスカはタイコンデロガと衝突した。
彼女達はノーフォーク攻略戦の訓練をやっているのだろう。彼女達もすでに敵の数については知っているはずだ。自分達が沈みかねない作戦になるだろうということも知っているはずだ。
それでもノーフォーク攻略戦の訓練をやると言うことは覚悟十分ということなのだろう。実際に戦いの場に立たない自分が彼女達の足を引っ張っている。ディロンはそんな風に思った。
彼女達は合衆国軍人。変な情や思いは不要だ。どうなるか分からないが、彼女達には囮を引き受けてもらう。
アラスカの考えというのは高速重装甲のアラスカを先頭にして湾内につっこみ、高速を維持したまま一撃離脱、Uターンして湾外に脱出するという方法だ。これも十分危険なのだが、他の敵空母を始末する方法はないだろう。文字で示すならT字状態になった状態から急旋回でニ字になり、その瞬間を狙って攻撃。あとは逃げるだけ、といったところだ。
しかし、実際に演習で試してみると、思わぬ問題が発生した。
「アラスカ、もっと急旋回できないの?」
フレッチャー駆逐艦プリングルがアラスカに文句を言う。問題はアラスカの旋回半径の大きさであった。プリングルは駆逐艦ながら水上機を搭載しているので、演習時に空から艦隊運動を見ていたのだ。
「そんなこと言われても、どうしようも……ねぇ?」
アラスカ自身こんなに回れないとは思っていなかった。たしかにただの艦だったころは「タンカー並みに舵の効きが悪い」だとか、「直進性が良すぎる」とか色々と悪口を言われたものだが、艦娘になってから直ったと思っていたのだ。実際直っていなかったが。
「でもあれしか方法ないでしょ?」
「そうだけど……」
夜間ならば大型艦相手の接近戦も容易になる。駆逐艦の魚雷で大型艦艇を沈めることも容易なのだが、いかんせん敵の数が多い。退路をふさがれる可能性も十分にあるし、何より戦艦部隊を突破して空母部隊を撃沈できるのか。これが問題だ。
「そうだ、旋回するとき、駆逐艦が私を横に引っ張ればいいのよ!」
「いやいや、何のためにあんたが先頭にいるの?」
アラスカが先頭に立っているのは巡洋艦にしては高い防御力であり、後続する艦娘の盾になるためだ。駆逐艦が横や前にいたのでは意味がない。
旋回半径が大きいのならば、もっと手前で舵を切れば良いのだが、それでは駆逐艦の雷撃を敵空母が避けるだけの時間が発生する。確実に撃沈、確実に待避できなければならないのだ。
「整備員にそこら辺の改造させれないの?」
「できないって。艦娘の性能というか艤装はかなりデリケートだから現場改修は武装辺りしかできないって」
「じゃあ、艤装に手を付けず、旋回性能を良くするとなると……」
「やっぱり駆逐艦が引っ張るしか……」
「結局そうなるのね」
本当、良い方法はないものか。アラスカとプリングルは頭を悩ませた。
頭を悩ませていたのは吹雪も一緒だった。自分の部屋で椅子に座り、ゼロックスコピーした地図を睨む。
吹雪達の演習後にウンダー司令から空軍と陸軍の作戦詳細を聞かされた。
陸軍と空軍は3つの飛行場、沿岸砲台などの動かない目標は破壊、そして空軍は引き続き深海棲艦への爆撃と電子妨害を行う、という流れになっているらしい。
空軍の空襲はバミューダ諸島強襲の時のこともあり、あまり信用できなかったのだが、今回はミサイルを全面的に使用するらしく、空襲の効果は期待して良いとのことだ。しかし、電子妨害に関してはあまり期待するな、とも言われた。
爆撃の効果を期待して良いのなら、艦娘部隊の役目は掃討戦になる。撃ち漏らした敵を撃破するだけだ。しかし、楽観視はできない。日本海軍も通常兵力の活用を行っていたが、海を自由に動ける深海棲艦に対して有効打は与えられていなかった。
それと見たことのないヒト型の陸上型深海棲艦。太平洋では陸上部隊によって飛行場姫や湾港棲姫を攻略したことはないので分からないが、ノーフォークのヒト型をアメリカ陸軍は攻略できるだろうか?
飛行場姫は金剛型の砲撃を何十発食らっても陥落しなかった。それを鑑みるとやはり艦娘の陸上攻撃が決め手になるのだろう。
そうすると湾内の深海棲艦は撃滅しなければならない。仮に空軍の爆撃で湾内の深海棲艦が3割削られたとしても夜間突入は無謀きわまりない。
しかし、しなければならない。
ノーフォークは大西洋にいる深海棲艦の本拠地であり、ここが陥落すれば大西洋の深海棲艦は西インド諸島か、アイスランドに逃げ込むだろう。アメリカとしてはヨーロッパへの道が開ける。
「吹雪……ずっと考え事してて頭痛くならない?」
さっきまで昼寝をしていた初雪が聞く。初雪はシーツにくるまったまま、吹雪のそばに来て地図を覗いた。
「夜間突入は無謀だなぁ、って。初雪ちゃん、どうしたらいいと思う?」
吹雪はシーツを被った初雪に地図を渡す。初雪はあごに手を当てて「うーん」と唸る。「やっぱり難しい。絶対途中で見つかる」
「だよね……って、え? 見つかる?」
「潜水艦が問題。15隻となると……哨戒線は広い」
「あ、そうか。そうだね」
敵艦隊と湾内で戦闘することばかり考えていたけれど、突入する前に見つかる可能性というのは決してゼロではない。見つかれば空母を除いて敵艦隊は湾外に出てくるだろう。
「敵襲となれば敵艦隊も湾外に出てくる……でも最優先目標の空母は出てこない……本当どうしたらいいんだろう?」
空母を除いた敵艦隊が湾外に出てきても苦戦は必至。出てきた隙を突いて空挺降下するのもありだが、ヒト型陸上深海棲艦の対空砲火をくぐり抜けれるかは怪しい。空挺降下だから軽装だ。湾から脱出することも難しいだろう。
初雪は再びベットに戻り、シーツにくるまっている。楽な体勢で作戦を考えるつもりなのだろう。そんな姿の初雪を吹雪は眺める。初雪はシーツを頭まで被っているのでなんだか大福のようにも見えた。
その時吹雪に電流走る。くるまる。外見が分からなくなる。
「これだ!」
吹雪は大きな声と共に椅子から勢いよく立ち上がった。大声に初雪は驚いたようで、シーツの中から顔を出した。
「初雪ちゃん、ありがとう! いいアイデアが浮かんだ!」
「ああ、そう……?」
吹雪は初雪に駆けよって初雪の右手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振った。
「着ぐるみ作戦! これでいけるよ!」
現状のアメリカ海軍の艦娘部隊はノーフォークの深海棲艦に比べ数質共に劣っているので戦術で勝負に出るしかありません。米陸空軍の最新兵器群が深海棲艦に対してどれほどの効果を見せるかで、吹雪達の運命が決まります。