雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第19話「大西洋への道」その1

『レコンキスタ作戦。

 これは合衆国軍にとって初めての大規模な現代戦であり、深海棲艦に対する反攻作戦だった。また「現代兵器が世界大戦時にタイムスリップしたら」というありがちな仮想戦記のような戦いでもあった。

 深海棲艦がノーフォークに上陸したのは2010年3月。水際防衛は不可能と判断した合衆国軍はアパラチア山脈まで後退。防衛戦を築き深海棲艦の侵攻を食い止めた。世論では反攻すべし、という声も強かったが、深海棲艦が海から戦力をいくらでも充足できる状態で反攻にでることはできないと合衆国軍は反対した。

 しかし、2015年1月、日本から艦娘技術をもたらされ、国内で建造が可能になったことにより、状況は一変する。深海棲艦に海上で対等な艦娘により陸上の深海棲艦の補給線を断ち切ることができるようになったのだ。

 艦娘技術が伝えられてから、4ヶ月後の5月1日。ついに合衆国軍初めての深海棲艦に対する反攻作戦「レコンキスタ」が発動される。

 まずレコンキスタの火蓋を切ったのは勇敢なイタチ達であった。』

                『深海棲艦戦争史(2024年発刊)アメリカ戦線』より抜粋

 

 F-105Gサンダーチーフの2機編隊がノーフォークの深海棲艦から90㎞離れた位置を低空高速飛行していた。垂直尾翼にはワイルド・ウィーゼルの証、WWの二文字。この空域にはそうしたF-105Gの編隊5つが飛行している。

 F-105Gの両翼下には2発のAGM-78スタンダード対レーダーミサイル。これが敵のレーダーをたたきつぶすのだ。

『ミサイルの射程距離内に入った。マスターアーム解除』

 先頭の隊長機から通達。2番機のパイロットがマスターアームを解除。眼下では深海棲艦が布陣しているはずなのに対空砲火の一発もない。パイロット達は深海棲艦をあざ笑った。

『奴らは間抜けにもレーダー波を出し続けているぞ』

『教育してやるか!』

 パイロット達は発射スイッチを押した。5編隊分のAGM-78スタンダード対レーダーミサイル20発全て発射される。

 AGM-78はシーカーで捉えた敵レーダー波を追い、発信源目がけてマッハ2で飛んでいく。

 

 大西洋の海は天候も良く、比較的に波も穏やかだった。

 ノーフォークから東に400㎞。1隻の舟艇が航行している。その舟艇は艇前部に76㎜速射砲を1門備え、後部甲板はスロープのように斜めになっていた。そして甲板には1人の人間と艦娘が17人が立っている。

「では行って参ります」

 艦娘達が艇長に敬礼する。

「ご武運を」

 艇長が艦娘達に敬礼を返す。艦娘達はスロープに向かう。艇は速度を落とし、艦娘の発艦体勢が整う。

「張り切っていくよ!」

 先頭のサラトガが声を上げ、スロープを滑り降り、海に降り立つ。後ろの艦娘達もそれに続いた。

 

 彼女、泊地水鬼は慌てていた。

 敵影をレーダーで確認したと思ったら、地上設置していたキノコめいた外見のレーダーが超高速で飛んできた物体によってすべて破壊されたのだ。

 敵機を確認、という報告が前線の眷属から泊地水鬼に伝わってきたが、詳細は聞こえなかった。強烈な痛みが泊地水鬼の頭を襲ったからだ。眷属からの()|が全く聞こえない。

 何だ、いったい何が起きている!?

 近くにいたレーダーを装備している戦艦ル級に状況を口頭を聞こうとしたが、ル級自身のレーダーもノイズばかり、声も聞こえないので何が起こっているのかさっぱり分からないという。

 人間共の攻撃。とにかく、それには違いない。

 泊地水鬼は待機させていた航空機達に発進の指示を出す。私達の航空機は無敵。上げてしまえばこっちのもの。泊地水鬼はにやりと笑った。

 泊地水鬼のその考えは間違いではない。空に上がった深海棲艦航空機に敵は艦娘の艦載機以外にいない。しかし、人間達はそれを許さなかった。

 

『投下!』

 ノーフォークのオシアナ海軍航空基地滑走路沿いに低空音速侵入を果たしたF-111アードバークの4機編隊が滑走路破壊爆弾BLU-107 デュランダル96本を投下する。

 BLU-107は姿勢制御用のパラシュートを展開し、すぐにパラシュートを分離。尾部のロケットモーターに点火して、時速900㎞で垂直に滑走路に突っ込む。そして地中に埋没して大爆発を起こした。滑走路に巨大で深い穴が穿たれる。

 すでに滑走していた無数の白玉型深海棲艦航空機はその穴に落っこちて爆発。

『ハッハッー! たんまり食らわしてやったぜ! さあさあ続きなぁ!』

 続いてF-111アードバーク12機編隊が侵入。228発のCBU-87/Bクラスター爆弾を飛行場に次々と投下していく。228発のCBU-87/Bが放出する子弾の数は実に58176発。エプロン(飛行機待機場)や滑走路に並んでいた深海棲艦航空機に大量の子弾が降り注ぎ、文字通り、木っ端みじんにした。

 これとほぼ同時にノーフォーク国際空港とラングレー空軍基地にも苛烈な爆撃が行われる。離陸準備をしていた深海棲艦航空機はほぼ全てが吹き飛ばされた。

 湾に巣くっていた深海棲艦も同時に攻撃を受けていた。

 24機のF-111が最新の対地ミサイルAGM-65マーベリックとクラスター爆弾で攻撃する。しかし、なかなか撃沈まで至らない。

 マーベリックの誘導方式はTV画像誘導だ。駆逐艦級などの大型目標ならいざ知らず、空母級などの小型目標に命中させるのは至難の業だった。一方、クラスター爆弾は命中弾こそあるものの、子弾1つ1つの威力が小さすぎて、撃沈まで行かない。

 かろうじて空母級2隻、戦艦級1隻、軽巡4隻、駆逐艦級23隻、潜水艦3隻を撃沈したものの、この戦果は米空軍が予想した戦果よりも小さいものだった。

 

 泊地水鬼は飛行場に与えられたダメージのフィードバックに震えた。しかし、あのときの痛みに比べれば軽いものだ。痛みに耐えながら、残存機を確認する。

 泊地水鬼は驚愕し、歯噛みした。オシアナ海軍航空基地、ノーフォーク国際空港とラングレー空軍基地に展開していた1200機以上の航空機のうち、たったの73機しか残っていないのだ。

 くそっ! 泊地水鬼は悪態をつく。しかし、まだいい。航空機の再生産と飛行場の復元に必要なエネルギーは十分にある。とりあえずのエアカバーは湾の空母部隊にやらせれば良い。幸いながら空母部隊に大きな損害は出ていない。

 泊地水鬼は地上に生み出していた大量の高角砲や機銃を空に向ける。航空機の再生産、飛行場の復元ができるまで、自分にできるのは対空射撃だけ。

 泊地水鬼は西の空を睨む。

「キタッ……!」

 空で何かが光った。それもたくさん。泊地水鬼は撃ち始める。空が高射砲弾の炸裂痕と機銃の曳光弾の弾幕によって彩られる。

 高射砲弾の炸裂とは違う爆発が空中でいくつか起きる。しかし、泊地水鬼に向かって来た大半が弾幕を通り抜けた。

 泊地水鬼は弾幕を通り抜けたものを見た。筒に翼が生えて、後ろの部分から煙が出ている。

 泊地水鬼がそれを何か理解する前に、BGM-109トマホーク巡航ミサイルは次々と着弾した。

 

 ルイビルの統合軍司令部にはノーフォーク上空を飛ぶU-2ドラゴンレディ高高度偵察機から中継で戦果報告がされていた。

『現在、トマホーク着弾中!』

『湾内の深海棲艦、湾外に脱出する模様! 敵機の発進を確認!』

 U-2のパイロットの声は大きく、報告は無線越しでも興奮しているのが分かった。陸軍元帥であり統合軍司令官のミラン・グレプルもそれにつられて鼻息を大きくしていた。

「良い調子だ」

 ミランは自分を落ち着かせるよう、小さな声で言う。トマホークにはクラスター弾頭の他、徹甲弾頭のものも含まれている。障壁を展開したとしても貫通し、かなりの打撃を与えるだろう。仮にトマホークがほぼ無効化されているとしてもすでに滑走路は破壊し、敵航空機はほとんど撃破した。ミランは新たな指示を出す。

「海軍のTF100は展開完了したか?」

「完了しています! 敵潜水艦にも発見された模様!」

「よし、空軍に要請! ECMを解除せよ!」

 ノーフォーク近辺では電子戦機EF-111レイブンやEA-6プラウラーがチャフを撒いたり、深海棲艦が使用する電波帯にジャミングをかけていた。これにより深海棲艦は無線もレーダーも使えず大混乱に陥っているのだ。

 しかし、なぜECMを解除するのか。これはTF100に囮になってもらうためだ。陸軍の対空戦車やミサイルでは深海棲艦航空機を撃墜することはできない。しかし、艦娘ならば撃墜が可能だ。敵空母の艦載機をすべてTF100に差し向けさせるのだ。

「敵機がTF100と敵機が交戦状態に入ったら、ECMは再開! 陸軍は進撃開始だ!」

 

 ECM解除の報告を受けて、TF100は今まで無視していた潜水艦ヨ級を即行で沈めた。

 ヨ級は気づかれていないとたかをくくっていた様子で、瑞雲がヨ級目がけて急降下したことに気づかなかった。

 対潜爆弾を食らい意表を突かれたところを戦艦、巡洋艦、駆逐艦の砲撃雨あられ。魚雷の1本も放つことなく、ヨ級は海底に沈んでいった。

「さすが瑞雲。急降下できるってのはいいね」

 水上機母艦ラングレーが指を鳴らす。そして足下に着水した瑞雲を拾い上げ、対潜爆弾とは違う爆弾を装着。再び飛ばす。ラングレー所属の水上機16機は全て対潜警戒に回されていた。

「SKレーダーに感! 敵250機規模! まっすぐ向かって来ます」

 エセックス級空母タイコンデロガが報告して、左腕に装着された飛行甲板を空に向ける。右手でF4Fワイルドキャットを油圧カタパルトのシャトルにセットする。

「300機、大体想定通りね。タイコンデロガ、プリンストン、アイ・ラングレー、ボーク、ナッソー全員、搭載機全機を上げて。甲板に穴開けて発艦できませんじゃ話にならないわ」

 アメリカ艦娘のダメージコントロールは日本艦娘に比べてかなり良いとはいえ、甲板に穴を開けられれば修復するまで航空機の発艦ができないのは変わらない。

「では、全機発艦!」

 サラトガとアイ・ラングレー、プリンストンは弓で、タイコンデロガは油圧カタパルトで、ボーク、ナッソーはクロスボウで、F4Fワイルドキャット、SB2Uビンジケーター、SBDドーントレス、TBDデバステーター、TBF-1アヴェンジャーを打ち出した。

 今飛ばしたものと、先に艦隊防空のため飛ばしていたF4F、ラングレーが飛ばしたF4Fの水上機型F4F-3S、瑞雲も含めてこちらの航空機は289機。相手の方が数、質の面では優勢。戦術で上回るしかない。

「タイコンデロガ。戦闘機の敵攻撃隊への誘導、頼んだわよ」

「はい、頼まれました」

 タイコンデロガがメガネの位置を直しながら、緊張した面持ちで返す。エセックス級にはリアルタイムで変化する戦闘情報を統合的に集中処理する戦闘指揮所CICが最初から設置されていたためか、タイコンデロガは状況判断能力がサラトガよりも高い。なので艦隊の指揮はサラトガ、航空戦闘指揮はタイコンデロガという風に役割分担していた。

 運が良いことを願いましょう、シスター・サラ。

 サラトガは心の中で口ずさむ。

 

 空中戦はF4Fワイルドキャットの奇襲から始まった。

 80機のF4Fが300機の深海棲艦航空機の群に急降下。パイロット妖精は敵機の未来位置に光学照準器のレクティルを合わす。

 発射。12.7㎜弾の雨が敵機に降り注ぐ。突然現れたF4Fに深海棲艦航空機は対処できず、次々と被弾。20機程度が煙を噴いて落ちていく。

 F4Fはそのまま降下。敵戦闘機はそれを追撃。敵攻撃機は密集隊形をとってTF100の方向に猛進する。

 ――――お留守だよ!

 雲の影から瑞雲が、少し遅れてF4F-3S 3機が敵戦闘機が手薄になった隙を見て現れる。瑞雲は降下速度も保ったまま、敵攻撃機の頭上を通過する。しかし、その通過する瞬間、胴体と翼に吊していたタ弾4発を投下した。

 数秒ほどして、敵攻撃隊の70機ほどが次々と火を噴いて落ちていく。中には爆発するものもあった。

 タ弾。正式名称で二式四十粍撒布弾と呼ばれるこの爆弾は現在で言うクラスター爆弾である。しかし、対地ではなく対空用として開発された爆弾(もちろん対地爆弾としても使える)であり、小型の成型炸薬弾76発を撒き散らす凶悪な兵器だ。仕組みは大きく違うが、爆弾型の三式弾といえばわかりやすいかもしれない。

 瑞雲は敵を追撃することもなく、手近な雲に入る。敵戦闘機数機が復讐とばかりに瑞雲を追って雲に入ったが、しばらくの後に敵機は雲の下から火だるまになって出てくる。

 F4F-3Sはタ弾の直撃を受けながらも運良く落ちなかった敵攻撃機や孤立した敵機を撃墜していく。これ以上やらせないとばかりに敵戦闘機が迎撃に向かう。

 F4F-3Sのパイロット妖精達はそれを確認するとすぐにパワーダイブ。敵機を振り切ろうとする。しかし、元が戦闘機といっても下駄履きの水上機だ。逃げ切れない。

 そこに低空から突き上げるように上昇していたF4FがF4F-3Sを追う敵に向かって牽制射撃。当たることはなかったが、敵戦闘機は追撃をやめ、回避行動を取る。

 何とか難を逃れたF4F-3Sは瑞雲と合流すると、空戦空域から離脱していった。




 後書きではちょっと補足解説します。
 ワイルド・ウィーゼル機が無視されていたのは超低空飛行をしていてレーダーに捉えられにくかったこともあるのですが、ほとんどは泊地水鬼側の慢心です。F-105Gを泊地水鬼はU-2の定期便か何かだと思っていました。
 
 トマホーク(ミサイルの方です)は、この世界では海軍用に開発中でしたが、海軍が壊滅したので、BGM-109 トマホークSLCMから陸上発射型のBGM-109G GLCMに変更されました。BGM-109G GLCMは車両に搭載された4連装TEL輸送起立発射機で運用されます。史実での愛称はグリフォンらしいですが、この作品ではトマホークで通します。

 タ弾(二式四十粍撒布弾)は日本陸軍開発の爆弾ですが、そこは陸軍側から海軍に提供されたということで。その提供されたものがアメリカに持ち込まれていたと。
 あと二式四十粍撒布弾の重量は50㎏で瑞雲は60㎏爆弾2発(もしくは250㎏爆弾1発)しか積めません。作中では4発投下してますが、これはラングレーが爆弾架を増やしたからです。
 
 次回から陸軍が動く。

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