敵の特攻水上バイクは数を減らしつつあったが、戦法も少しずつ変え始めていた。
水上バイクは吹雪に突入するかと思いきや、突如、触手を吹雪の右前方にいたファラガットに触手を伸ばして足をつかみ、急旋回を始めた。触手をファラガットに巻き付け、動けないようにした上で自爆するつもりなのだ。
そうはさせない! 吹雪は水上バイクとファラガットの間に入り、「瑞草」で触手を断ち切った。
触手の張力がなくなり、水上バイクは横転。吹雪はそこを逃がさず5インチ砲を食らわせる。爆発で大きな水柱が立つ。
残りの水上バイクは5艇。しかし、その5艇に減るまでに戦艦メリーランド、ネバダ、巡洋艦ペンサコーラ、ルイビル、駆逐艦白雪、ハル、ショー、ベネットの7隻が大破。戦艦オクラホマ、巡洋艦トレントン、マーブルヘッド、駆逐艦バリー、プリングル、カッシングの6隻が中破。あと小破が数隻。TF100、TF101合わせて26隻の約半数が自爆攻撃を食らっていた。この水上バイクの戦果はものの数分のものである。
残り5艇はなかなか体当たりをしてこなかった。砲身を向ければ進路を変え、突入するかと思えば、体当たりのコースから外れるようなことをしていた。
大破した艦娘を狙っているのかと思いきや、どうもそうでもないらしい。大破した艦娘は無事な駆逐艦に付き添われて後退するのだが、それには興味を示さない。
艦娘側とてかまっている時間はないので、この5隻は適当にあしらいつつノーフォーク海軍造船所へと前進した。
艦娘達がノーフォーク海軍造船所の障壁展開位置辺りを通り抜け、造船所の前で砲撃準備を始めた頃だった。水上バイク5艇は突如爆発した。
ニューポート・ニューズ造船所やノーフォーク海軍造船所の無敵の障壁は高速の物体は阻み、低速の物体は通す。それで敵の攻撃を防ぎ、生み出した深海棲艦を外に出しているわけだが、それを全ての深海棲艦が知っていたわけではないらしい。
吹雪達は約25ノットで障壁の展開位置を通過したのだが、水上バイク5艇は100ノット近くで通過しようとした。ここで止めなければ工場は瓦礫の山になる。砲撃はさせまいと、急加速したに違いない。
そして100ノットの速度に反応して展開された障壁に水上バイク5艇がぶつかったのだ。むろん、爆発して木っ端みじんになった。
「バカだ……」
ファラガットはぽつりとつぶやいた。
ノーフォーク海軍造船所はニューポート・ニューズ造船所よりも大規模だった。もちろん、深海棲艦に侵された範囲も大規模で、全ての乾ドックに黒い膜が張られていた。おそらくあの中には深海棲艦の幼体などがたくさん詰まっているに違いない。
「これは手間取りそう」
アラスカは12インチ3連装砲塔を造船所に向けながら言った。水上バイクの特攻のおかげで艦隊の火力は半分に落ちている。特に16インチ砲を持つメリーランドがやられたのは痛い。しかし、撃破できないことはない。弾薬はまだ有るし、時間をかければノーフォーク海軍造船所もニューポート・ニューズ造船所と同じようにすることはできるはずだった。
TF100、TF101の残存艦娘はメリーランドに代わって旗艦になったネバダの号令で砲撃を開始した。
5月3日に着任したフレッチャー級駆逐艦ニコラスはいまだ人の体に慣れておらず、床につけなかったので、炭酸水のペットボトルを片手に食堂のテレビを見ていた。ブラウン管には戦局報道をするヘルメットを被った男性アナウンサーが少々興奮気味に喋っていた。アナウンサーの後ろにはニコラスも見覚えがあるM48パットンが映っていた。
『――50㎞離れたところで停止しており、これは兵士達の休息と兵器の整備などのためということで、明朝には再び進撃を開始するということです。このレコンキスタ作戦は当初の予定よりも極めて進軍速度が速く――――』
「国土防衛戦で、『レコンキスタ』ねぇ」
ニコラスはため息混じりに呟いた。レコンキスタはかつてスペインがイスラムをイベリア半島から駆逐する活動の総称だ。そんな作戦名を付けるくらいアメリカが深海棲艦に占領されている。そのことに、この世界のアメリカはふがいない、ニコラスは正直そう感じていた。
ニコラスが起工したのは1941年3月3日。就役したのは1942年6月4日で退役は1970年1月30日。太平洋戦争はもちろん、朝鮮戦争、ベトナム戦争にも参加していて、従軍星章はアメリカ海軍最多の30個。あのエセックス級空母タイコンデロガ並みに米海軍にいた駆逐艦である。
この世界のアメリカ海軍は第二次大戦を経験していないから、軟弱だったに違いない。そう思いながら、ニコラスは炭酸水を呷る。炭酸水の喉がちりちりとする感覚は面白かった。
ニコラスが思っている通り、米海軍は、もちろんその他の海軍もだが、第二次大戦を経験していないことでノウハウの蓄積などの不足で、艦娘が艦だった世界よりも弱いのは事実である。しかし、ニコラスは深海棲艦の小さい上で火力そのまま、という事実をよく認識していなかった。
私が世界最強の海軍を再誕させてみせる。ニコラスは心の中でそう誓い、再び炭酸水のペットボトルを呷った。そして呷りすぎて、むせた。
ニコラスの咳とアナウンサーの声だけが、静かな夜の食堂に響いていた。
爆発、爆発、大爆発。
生産していた深海棲艦用の弾薬にでも誘爆しているのか、工場群は連鎖爆発していた。戦艦や重巡洋艦が大破して後退している今、この連鎖爆発は幸運だった。さらに艦娘達はノーフォーク海軍造船所に榴弾を送る。一部の乾ドックには海水が引き込まれていたので、駆逐艦は魚雷を放ち、黒い膜だけではなく、中身の幼体も吹き飛ばす。
さらに工場が爆発。爆発して飛散した外壁の一部が、艦娘達に気づかれていなかった一番左端の乾ドックに張られていた黒い膜を破いた。
破れたところからは、緑に薄く燐光を放つドロドロとした粘液と共に重巡洋艦級の深海棲艦が流れ出てきた。
その巡洋艦級深海棲艦はリ級でもネ級でも、その他でもない、今までに確認されていない型だった。髪は長く黒いが、所々メッシュのように金色が入っており、頭の側面にはレーダーと一体になった6連装ガトリングガン。服は直線的で幾何学的な模様、脚部には4つがひとまとめになったチューブがついている。背部には箱形の艤装が2つ左右についており、両手には小さい口径の砲を握っていた。
その異様な深海棲艦はゆっくりと膝建ちに鳴り、粘液で覆われた顔を腕で拭って、2つの赤い目をぱちくりとさせた。
視界に映ったのは燃えるノーフォーク海軍造船所と撃ち続ける艦娘達。
彼女は自分が何者かも分からなかったが、深海棲艦の本能に従った。
ファラガットまで距離を詰めるのは一瞬だった。
ファラガットは射撃に集中していて、接近する深海棲艦に気づくことはできず、頭を海面に思いっきり叩きつけられた。
あまりの出来事にファラガットの反応は遅れ、頭に砲を突きつけられる。後は撃つだけ。
深雪は砲を向けるよりも、先に手が出た。ファラガットを襲った深海棲艦にラリアットをかけ、海面に叩きつける。そして引き金は引かれた。砲弾は宙を飛んでいった。
深雪はラリアットをかけた腕で深海棲艦の首を絞める。このまま窒息か失神か、それとも砲で頭をぶち抜こうか。深雪は少し迷った。その迷いが深海棲艦の命を繋いだ。
深海棲艦の頭部両側面のガトリングガンが回転し、砲口が深雪の顔面に向いた。
「んなぁ!?」
深雪は思わず目を瞑った。ガトリングガンが火を噴く。1発1発の威力は低いが、一秒に何十という発射速度だ。弾丸は体表の障壁で防いでも、衝撃は殺せない。大量の機銃弾を受け、深雪は失神した。
そして深海棲艦は気絶した深雪をそばにいた初雪に投げ飛ばすと同時に立ち上がり、追い打ちに蹴りを繰り出した。初雪は深雪を左腕で受け止め、深海棲艦の蹴りを右腕で受け止めるが、
「――――ッ!」
何という力の入った蹴りか! 初雪の右腕、肘から先は人間の構造上では曲がらない方向に曲がってしまった。
そして深海棲艦は初雪の骨の折れた右腕にアームロックをかけ、肩を脱臼させる。初雪は未だ気絶したままの深雪から腕を放してしまうが、初雪にとってはそれどころではない。 深海棲艦は初雪の頭に砲を突きつけ、盾にした上で他の艦娘に向いた。艦娘達は砲口を深海棲艦に向けていた。
撃つか、撃たないか。撃てばこの見たこともない深海棲艦を沈めることはできるかもしれない。しかし、深海棲艦が盾にする初雪の体を射貫いてしまうかもしれないし、もし一撃で仕留められなかったとすれば、初雪の頭の中身はこのエリザベス川に飛び散り、海を汚すだろう。
しばし、膠着状態が続いた。
先に動いたのは深海棲艦だった。初雪を盾にしたまま、ゆっくりと後ろに下がっていく。続いて艦娘達も前進しようとしたが、エリソンが制止した。
「待って、追っちゃいけない!」
「なんで、初雪が!」
吹雪はエリソンに怒鳴る。今自分の妹が連れ去られようとしているのだ。こちらの射程距離外に出て、本格的に逃げる段になれば、初雪はほぼ間違いなく沈められる。
「相手の艤装をよく見てよ!」
エリソンも怒鳴る。吹雪は歯を噛み締めながらも、初雪と共に暗闇に消えていこうとする深海棲艦を見た。その深海棲艦の艤装は異様だった。頭側面のガトリングガン。魚雷発射管には見えない4連装のチューブと背部の2つの箱。
「足のはミサイルチューブ。たぶんハープーンか、何か。あの箱形コンテナだって対空ミサイルや対潜ミサイルの類い。あの深海棲艦は――――現代艦」
太平洋戦争だけではない、戦後の70年代まで艦として生きたエリソンだから言えたことだった。
「それが何!?」
吹雪が怒鳴る。エリソンも怒鳴った。
「分からないの!? 見捨てろって言ってるの!」
「はぁ!?」
「相手は引こうとしている! もし追ってヤツが本気を出せば、私達の半数くらいが沈むかもしれない! もちろん盾になってる初雪だって! だったら――――」
だったら、見捨てた方が良い、というのか。
「深海棲艦の戦いは、このレコンキスタ作戦は、これで終わりじゃない。まだ続くの。ここでたくさん屍をさらすわけにはいかないの。吹雪もそれは分かるでしょ? だから」
エリソンは吹雪の右手を両手で握る。吹雪は唇を噛み締める。
艦娘と数㎞離れたことを確認すると、深海棲艦は初雪を盾にするのをやめ、初雪の長い髪の端をつかみ、ぶら下げた。右腕の痛みとは別の痛みで初雪は顔をまた歪める。
殺しても別にかまわない。しかし、弾がもったいない。殺さなければ追ってくるかもしれない。だったら殺しておくべき。
初雪は顔に苦痛を浮かべながらも、じっと深海棲艦の赤い瞳を見つめていた。深海棲艦もそれに気づき、初雪の黒い瞳を見つめた。
「あのマンガ……読んでおけば良かった」
初雪は後悔を小さな声で呟いた。アメコミも結構面白いもので、最近はまっていた。
この深海棲艦は人語は分からない。早く殺せ、とでも言ったのだろうと、勝手に理解した。
深海棲艦は軽く笑った。意に反したことをやってやろう。そう思った。
初雪の髪から手を放して、回し蹴りを繰り出した。初雪は水切りのように海面で何度も跳ねて、夜の暗闇に消えた。
深海棲艦は初雪がどうなったか、確かめることもせず、湾外を目指した。
ノーフォーク海軍造船所とニューポート・ニューズ造船所の無敵な障壁には元ネタがあります。造船所が深海棲艦の生産拠点となるアイデアは「都会の男子高校生」さんの提供
ですが、障壁に関しては地球防衛軍のシールドベアラーが元になっています。水上バイクが障壁にぶつかって爆発するのも、EDFにはありがちな自爆を考えて書きました。
今回最後に出た現代技術をコピーすることに成功した巡洋艦級深海棲艦ですが、これはこれ以降しばらく出ません。再び登場するのは3章が終わった後の外伝です。ヤツは今回のボスではないんですよ。ごめんなさいね。
今回久しぶりに通常兵器が出ませんでした。なので今回の補足解説はなしです。
第20話「大追撃」はその6で終わりです。次回、第21話「決戦、ノーフォーク!」。お楽しみに。