雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第21話「決戦、ノーフォーク!」その1

 TF100、TF101の造船所を破壊しに行った艦娘は一応、全員が無事にシンクレアーズ島前線基地に帰還した。吹雪達には沈んだかと思われていた初雪は途中で撤退していたメリーランド達に発見された。

 今回の戦闘、損害としてはかなり大きいものだった。15隻の艦娘が中破以上の損害を受けてしまっている。もちろん、高速修理材を使えば艤装は一瞬で直すことができるが、艦娘自体の体と精神は別はそう簡単にはいかなかった。

 まず初雪はかなりまずい状態だった。右腕のとう骨、尺骨と左足の脛骨が骨折。右肩関節脱臼。さらに内臓のいくつかから出血。擦り傷や切り傷程度ならば高速修理材で治すこともできるが、ここまでだと高速修理材では手に負えない。現在ニュージャージー州一の病院に運ばれて治療を受けている。

 次に深雪。至近距離で新型深海棲艦のガトリングガンを数百発と顔面に食らって、気を失ったのだが、いまだ目覚めてはいない。今のところ、シンクレアーズ島前線基地の医務室で眠っている。医師の診断では脳震盪で、たいしたことはないらしい。

 他の艦娘は身体に特に大きな損傷や怪我はなかったわけだが、精神的にまずい艦娘が数人いた。

 駆逐艦プリングル、ルース、重巡ルイビルの3人だ。この3人は水上バイク特攻で大破、中破した艦娘だった。初雪のように身体に大きな傷を負ったわけではなく、体の小さな傷は高速修理材で治ったのだが、彼女達はそれぞれの部屋の片隅に座り込み、このようなうわごとを言っているのだった。

 

 まただ。またカミカゼなんだ。

 

 カミカゼ。太平洋戦争末期に日本軍が行った航空機の体当たり攻撃隊のことである。神風特別攻撃隊というのは日本海軍だけの名称であり、陸軍はそうは呼んでいないが、アメリカでは特攻全般を「カミカゼ」と呼ぶことがある。

 駆逐艦プリングルは1945年4月15日に、ルースは5月4日に特攻機の突入で沈没。ルイビルは沈んではいないが、ルソン島の戦いで特攻を受け、沖縄戦でも特攻機に突入されている。

 深海棲艦は人間ではない、化け物だ。それは3人とも分かっている。しかし、命ある存在が、組織だって次々と、躊躇することもなく突入してくるあの水上バイクは、特攻機を連想せずには入れなかった。

 吹雪は3人の様子を心配し、「カミカゼ」ついてファラガットに尋ねてみたが、ファラガットは話したがらなかった。

「峯風型駆逐艦の神風?」

「いやミネカゼクラスの話じゃない」

「じゃあ、何? 『カミカゼ』って」

「それは……」 

 ファラガットは渋った。カミカゼに関しては日本人のメンタリティと良く関わっているし、簡単な話ではない。ファラガット自身、カミカゼをレーダーピケット艦として迎撃したことはあるが、突入されたことはない。自分が話すべき艦か、ファラガットは悩んだ。「私はうまく話せない。エリソンか、サラトガに聞いてみてくれ」

 ファラガットは最終的に他の艦娘に振った。日本海軍の後継組織にいたエリソンや、日本海軍と最初から最後までやり合ったサラトガならうまく話してくれるだろう。そう願った。

 

「本当に話してもいいの? あまりいい話じゃないわよ」

「聞かない方がいいかも」

「いえ、話してください」

 食堂の机で吹雪と白雪はエリソンとサラトガに向かい合っていた。

 吹雪、白雪とも日本が戦争に負けたことぐらいは知っている。天皇陛下の御聖断によって終戦を迎えたのも、日本に空襲があったのも、ある程度までは戦後まで生き残った艦、伊勢や日向、隼鷹などから聞いている。しかし、「カミカゼ」は知らなかった。伊勢達はおそらく知っていたのだろうが、話さなかっただけだろう。

 もう過ぎた話だから。もう別の世界の話だから。

 だが、知っておくべきことだと思った。

 エリソンとサラトガは互いに目を見交わし、再び吹雪達の方を向き、口を開いた。

「カミカゼは前の戦闘みたいに身を捨てて体当たりして敵を倒そうとする戦闘行為全般を指すわ」

「『カミカゼ』っていうのは日本海軍の神風特別攻撃隊の神風から取っているんだけど、日本陸軍の特攻機も『カミカゼ』とも呼んだり。人間魚雷回天も特攻ボート震洋も『カミカゼ』」

「最初のカミカゼはレイテ沖海戦ね。聞いた? レイテ沖海戦は」

 レイテ沖海戦はものすごく簡単に言えば、米軍のフィリピン、レイテ上陸を阻止するための作戦だ。作戦名は捷一号作戦。作戦は失敗し、日本海軍は最後の空母機動部隊を失い、連合艦隊自体も艦隊として機能しないレベルになった戦いだ。

「知っているなら話が早いわ。日本軍側はもう航空戦力は……なかったわけじゃないけど、もう練度は低下してるし、私達の防空体制も完成形に近づいていたから日本の攻撃機が艦艇に爆弾を命中させることはかなり難しくなっていたの」

「さて、弾幕大好きな白雪にクイズ。すでに急降下している爆撃機に有効な対空射撃の仕方は?」

 エリソンが白雪に尋ねる。白雪は逆に聞かれることを予想していなかったので、答えるのに少し時間がかかった。

「ええっと、その鼻っ面の先に機銃を集中して撃つ。パイロットは弾幕に耐えられなくなって早いうちに投弾するから」

「正解。これは白雪が教えてくれたことだから、まあ、答えられて当然だよね。結果として爆弾は当たりにくくなるわけ。でも1944年末期にぎりぎりまで近づけて、爆弾を命中させることができる日本軍機はほとんどいなかった。対空砲火もすごいけれども、それ以前にレーダーで誘導された防空戦闘機隊もいたから艦隊を補足する前に撃墜される機体も多かったしね」

 練度、性能も高く、レーダーによって有利な位置に誘導された戦闘機隊。そしてVT信管と無数の艦隊の対空砲火が織りなす効果的で濃い弾幕。それをかいくぐっても確実に当てることはできない。

「だから日本軍は『カミカゼ』をした。少しでも命中率を上げるために。今の言葉で言い換えるなら人力誘導ミサイルかしら」

「人の力で誘導する、ってことですか? それはつまり――――」

 最後まで操縦桿を握って、自分自らが爆弾になるということだ。

「想像はついたみたいね」

 エリソンもサラトガも吹雪達の目ではなく、視線を机に落としていた。サラトガは続けた。

「『カミカゼ』を単体で考えるのなら、分からないこともないのよ。狂気の沙汰だとは思うけれども。火を噴いて落ちる瞬間であれば、私達のパイロットの中にも体当たり攻撃を敢行する人はいた。何もできずに死ぬのよりも、敵に一撃与えた上で死にたい。これはわかる。でも問題は――――」

 

 組織的に『カミカゼ』をしたこと。

 

「戦術的にならまだ分かる。でもフィリピンとオキナワは戦略的なものだった」

 いや、あれは戦略的なものだったのか。沖縄戦でレーダーピケット艦を務めたこともあるエリソンは悩んだ。長期的に考えれば時間とお金をかけて育てたパイロットを確実に死なすわけだから、長期的視点からは確実にマイナスになったはず。

「たしか菊水作戦っていう特攻作戦が実行されて、第10次までだったかな? 陸軍海軍合わせて約2000機の飛行機と戦艦大和以下10隻の艦隊が特攻したんだ。あ、大和のは第1次ね。菊水作戦が終わった後にも特攻は続いたけど」

「それで沈められた艦は……」

「大型艦はほぼない。軽空母が数隻、小型艦が20隻くらい。でも損傷して後退させた艦は結構いる。サラトガは硫黄島だっけ?」

「ええ。4機突入されて大破」

「たったの4機で……」

「燃料や搭載機に引火したせいもあるけどね。あのエンタープライズだってたった1機のジークでドック入りするレベルの損害を受けてる」

「それでも、日本は負けたんですか?」

 白雪が聞く。しばしの沈黙。エリソンとサラトガは気まずそうにしていたが、最終的にはサラトガが答えた。

「ええ、日本はポツダム宣言を受諾して、降伏したわ」

 

 

「そして日本は降伏……か。そこまでして負けるのも悲しい話だな」

「日本人は左右に傾くときはどっちかだけに、それも一気に傾くからな。本土決戦までしなくて良かったと思ってるよ。それが別世界の話でもな」

 ディロンと鍾馗大佐は執務室で、コーヒーを飲みながら、駆逐艦プリングル、ルース、重巡ルイビルがなぜ、なぜあそこまで怯えているのか、という話をしていた。ディロン自身、本人達から聞いてみたのだが、「カミカゼ」が恐怖の対象になっていること以外、いまいち分からなかった。そこで艦娘がただの艦だった頃の記憶をまとめた艦娘証言録と鍾馗が日本の艦娘達に聞いた話で、「カミカゼ」とは何か、ということを話し合ったのだ。

 艦娘の性格や意識はただの艦だったころの乗組員の気風やその艦での出来事によって形作られていると考えられている。

 沖縄戦では米海軍にも精神が壊れた兵が大量に出たことも考えれば、それが艦のトラウマとなってもおかしくはない。

「結局、あの3名は出撃できるのか?」

「いや、させない。医者もPTSDって診断していたしな。まだ良かったよ。たぶんTF100とTF101の両方とも、レコンキスタ作戦での出撃はたぶん、次が最後だ」

 あっちの世界で特攻を食らった艦娘はあの3名だけではない。吹雪達第十一駆逐隊の4名以外と、特攻を経験した艦娘は誰でもトラウマを再発する可能性がある。

「そういえば、ミサイルやらなんやらをコピーできた深海棲艦、あれはどうなったんだ。夜中に報告を受けたが、それ以降聞いてない」

「あれか。あれも問題だなぁ。お前が来る前に報告が来たんだが、ヤツは大西洋に逃げたらしい。今もU-2が追跡しているそうだが、北、進路としてはアイスランドに向かっているそうだ」

「偽装進路では? こっちからノーフォークに向かう間を急襲するつもりかもしれん。今の艦娘じゃ、一方的にやられるぞ。艦娘の兵器や電子兵装は性能だけを言えば旧式の旧式だ」

 艦娘の装備はいかに小型といっても性能自体は第二次大戦のものだ。あの深海棲艦が現代兵器とほぼ同じ性能を持っているとすれば、今まで艦娘立ちが交戦したどんな深海棲艦よりも強力な深海棲艦だ。

「そのときはそのときだ。空挺展開でも何でもするさ」

 

 米陸軍は進撃を再開していた。南北から進軍していた両部隊は合流し、一部の部隊をラングレー空軍飛行場があるバージニア半島に進ませ、大半の部隊はノーフォークに向かった。

 進めば進むほど、敵の数は増え、陣地も強固な物になっていった。レコンキスタ作戦の発動からすでに5日だ。いくら深海棲艦側の電波を妨害しているといっても5日もあれば十分に伝わる。かといって、米軍が苦戦するかといえば、さほどしない。

 空軍機による事前爆撃、砲兵による効果的な砲撃、そして陸の王者である戦車を先頭にしての突撃。これで十分だ。

 

 T-95戦車駆逐車は部隊の先頭に立ち、集中砲火を浴びながらもゆっくりゆっくりと進んでいた。

 敵の砲台型も強力になり、自慢の300㎜装甲も敵弾を弾けず、めり込ませてしまう車両がでたが、そこまで戦闘続行に支障はない。衝撃で装甲の裏側が剥離しても内張の装甲が剥離した装甲を止め、乗員を殺傷させない。

 T-95が敵の砲門を集めている間に足の速いM41ウォーカーブルドック軽戦車やMBT-70が敵の裏側に回り込む。こうなってしまえば勝ったも同然であり、同伴するM113が搭乗している機械化歩兵を降車させて、敵陣地の制圧を行う。

 深海棲艦も裏に回る米軍部隊に手をこまねいているわけではない。戦車型などを投入して阻止を計るが、AH-1Tコブラの戦闘ヘリ隊が進出し、20mm M197ガトリング砲やTOW対戦車ミサイルに撃破されていく。

 もしコブラの攻撃をくぐり抜け、米軍戦車と交戦しても、食い止めるのは不可能だった。性能差がありすぎるのだ。深海棲艦の戦車型の推定装甲は平均70㎜といったところで、砲も75㎜級。砲弾の貫通力もせいぜい130㎜。一方、米軍主力戦車のM60パットンは最大178㎜、改良型のA1、A2では254㎜、292㎜と深海棲艦戦車型2倍、3倍の厚さな上、主砲の51口径 105mm M68ライフル砲は砲弾の種類にもよるが200㎜超えの貫通力がある。深海棲艦の戦車型の大半は為す術もなく撃破された。

 それでも異常な戦車型も一部いて、MBT-70のM58 60口径 120 mm 戦車砲やM60の51口径 105mm M68ライフル砲の砲弾を弾き、M60A1を正面から堂々と貫通する砲弾を放つ大口径砲を持つ戦車型もいた。

 そんな戦車型はAH-1TのTOW対戦車ミサイルや20mm M197ガトリング砲で天板をぶち抜かれ、撃破される。

 中には高い機動性を活かして側面に周り、零距離射撃で異常な戦車型を撃破するM60もいる。

 深海棲艦の陣地は次々と陥落し、前線はどんどん海に近づいていった。




 高速修理材ですが、あれは艤装を修理する液体です。治療用ではありません。治療効果があるということで艦娘も浴びたりしますが、切り傷擦り傷程度しか治せません。そんなに便利な代物じゃ有りません。艤装が瞬時に直るだけで十二分に便利な代物ですが。

 『カミカゼ』に関してですが、エリソンとサラトガが語ったのが米軍艦艇の総意、共通認識ということではありません。『カミカゼ』をした日本人は頭おかしい連中、と思っている艦娘もいるでしょうし、あれは追い詰められた中で編み出した一番有効な手段、と評価している艦娘もいます。また軍国主義に染められた可哀想なパイロット達、と哀れんでいる艦娘もいます。この話題はかなり荒れる話だと思うので、感想欄でもあまり触れないでください。

 最後のM60も撃破できる強力な戦車型のモデルはドイツ軍のマウスやE-100です。この世界ではドイツは第二次大戦は起こしていないのですが、1960年代にE計画は立案、実行されてE-100は完成、量産しています。2015年段階ではとうの昔に退役していますがね。

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