雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第22話「スターゲイザー」その2

 泊地水鬼の米本土到達までにハープ砲の砲弾製造は間に合わなかった。

 設計図があるといっても57.5㎝もの巨大な砲弾を1から製造できる専用設備はすでにない。そのため、巨大な合金円柱をNC工作機械でひとつひとつ削って作っていくことになる。これが相当な手間だ。

 弾種はAPCBCHE(仮帽付被帽徹甲榴弾)。ただ砲弾型に切削するだけではなく、中に炸薬を詰めるスペースを作らないといけないうえ、仮帽や被帽も必要になる。しかしNC工作機械お得意の高速切削は難しい。砲弾用鋼材なのでの高速で切削すると発生する熱で鋼材の剛性や硬度が変化してしまう。装薬の棒状火薬だって燃焼時間や爆圧などの調整は時間がかかる。信管などは既存のものでも何とかなるが、こればかりはどうしようもなかった。

 泊地水鬼の西進を少しでも食い止めるために第2次、第3次ダウンフォール作戦も実行されたが、さほど効果はなく、第3次に至っては泊地水鬼が対空ミサイルをついに使用し、SR-71ブラックバード4機が撃墜されてしまった。その上、残った28機も連続使用によりガタが出だし、オーバーホールしなければならなくなった。

 米空軍はダウンフォール作戦の完全な中止を宣言し、米国にとって残されたのはハープ砲のスターゲイザー作戦だけとなった。

 

「こちら第78監視所。泊地水鬼はベックリー上空に停止。繰り返す、泊地水鬼は泊地水鬼はベックリー上空に停止」

 ウエストバージニアのチャールストン南東にあるグラウンドビュー付近に設置された第78監視所に詰める兵士はバラキューダ(偽装網)の中から双眼鏡で泊地水鬼を観察しながら、司令部にその様子を報告していた。

 米軍は泊地水鬼の西進が始まったときから、アメリカ各地にレーダーサイトだけではなく、人の目の監視所を大量に設置していた。

 今となっては数㎞という大きさがある泊地水鬼をレーダーで捉えることは余裕だが、泊地水鬼の様子や降下してくると思われる深海棲艦などの様子をレーダーで的確に捉えることは難しい。泊地水鬼を肉眼で観察し、リアルタイムで報告することが監視所の任務だ。

 監視所といっても、土嚢を積み、双眼鏡や赤外線カメラ、無線機、小型発電機といった簡単なものを設置した程度のものだが、それでも十分だ。泊地水鬼がどんな行動をしているかは分かるし、撃墜される可能性のあるU-2を飛ばすよりも安全で、金がかからない。

「泊地水鬼の下部、何か黒いものが付いてますね」

「そうだな。一応報告しよう」

 報告すると司令部には詳細を求められた。監視所の兵士達はマイクを片手に双眼鏡のピントを合わせて、下部の黒い部分を報告する。

「色は炭のように真っ黒ですが、光沢がちょっとあります。何というか、滴り落ちる前の水滴みたいで――――あ」

 泊地水鬼の下部からどす黒い雫が落ちた。それは地面に当たって弾ける。

「はい、今落ちました」

 報告をしていた兵士はマイクを手で覆い、雫が落ちた部分の確認を命じる。別の兵士が双眼鏡で落下地点を覗くと、もぞもぞと動く芋虫型陸上深海棲艦が辺り一面に広がっていた。

「落下地点には芋虫型が多数。おそらく雫が降下部隊を包んでいるようです」

 泊地水鬼は中途半端に閉められた蛇口のように雫を地面へと垂らし、陸上深海棲艦を次々と降下させていた。

 

 夜。州軍と泊地水鬼から降下した深海棲艦が交戦を始めた。米正規軍はまだ到着していない。

 レコンキスタ作戦と違い、米軍は攻める側ではなく、守る側だ。泊地水鬼から次々と増援が来るうえ、泊地水鬼を攻撃する手段がない現状、攻めようにも攻めようがない。

「でも大丈夫だ。深海棲艦なんて60年前の兵器レベルなんだからな」

 州軍のほとんどの兵士はレコンキスタ作戦の進軍速度や報道から深海棲艦を軽く見ていた。

 ここで州軍の装備する兵器を見ておこう。

 州軍の正規軍に比べて一世代前の兵器が多い。深海棲艦の上陸により海に近い州は最新の兵器を備えている場合もあるが、ほとんどの州軍は正規軍のお下がりだ。

 戦車は古いものでM26パーシング、新しいものでパットンシリーズのM47やM46。歩兵の銃はM1ガーランドやM2カービン、M14、少ないながらもM16。対戦車火器はM67 90㎜無反動砲やM3 90㎜対戦車砲など旧式兵器が多いが、M47 ドラゴン対戦車ミサイルやTOWもある。

 旧式旧式というが、陸上深海棲艦を相手するなら十分な兵器達だ。

 ただ、相手が今まで通りの陸上深海棲艦だった場合だが。

「こちら第32戦車中隊、味方を次々やられてる! 空軍の応援を――――」

「降車したやつらが全員吹き飛ばされた!」

「深海棲艦もミサイルを! スモーク散布! 後退後退後退!」

 陸上深海棲艦も以前のままというわけではない。陸上深海棲艦はレコンキスタ作戦時のものと見た目も、能力も明らかに違っていた。

 芋虫型は見た目にはほとんど違いはないが、体毛が迷彩効果が高い茶色と緑色のまだらになっており、単発射撃の個体が多かったのに対し、連射できる個体が増えている。

 戦車型は角形砲塔から被弾に強いM60に似た丸形砲塔に変化し、砲身も明らかに太くなっている。

 砲台型は芋虫型と同じように見た目はさほど変わらないが、ものすごく鈍重だった動きは軽快とまでは言えないが、以前よりマシな速さになっており、砲弾は空中炸裂するものが確認されている。

 泊地水鬼が何十発、何百発と食らったミサイルや戦車砲弾、撃破した戦車などコピーし、自身が生み出しそれを陸上深海棲艦に反映させることなど造作もないことだ。

 それと今までに確認されていない個体が多く含まれていた。

「戦車型2両だ。ジャン一等兵、お前は右に回れ。私は左だ」

「あれを撃破すれば……」

「ああ。味方の所まで全力で走れる」

 孤立した歩兵2人が両手にM14ライフル、M72 LAW 1本を背負い、砲弾穴から飛び出した。幸いなことに歩兵的役割をしている芋虫型は周囲にはいない。見つからないよう匍匐前進で近づいていく。

 何だ、こいつは? 近づいていくことによって戦車型のシルエットが明らかになっているのだが、よくよく見ると訓練や教練で見た写真とは大きく異なっていた。

 普通の戦車型、そして今回の丸形砲塔を持つ戦車型も砲塔を車体部分の中心に据えているのだが、2人の前にある個体は砲塔は小さく、車体右側にちょこんと載っていた。砲身も機関砲のように小さく、砲塔の上には円筒状のものも付いている。

 何にせよ撃破するだけ。2人はこの個体の後方まで回り込んだ。そしてM72 LAWの後部を引き延ばし、匍匐から膝建ちになって肩に担ぎ、照準器を立て、トリガーに指をかける。

 そのときだ。

 照準器に捉えていたこの個体の後部がぐわっと、まるでカバの口のように大きく開き、中から芋虫型が飛び出してきた。

 ジャン一等兵は驚いたはずみでトリガーを引き、持て板M72 LAWからは66㎜成形炸薬弾が発射された。戦車型のような個体に命中するが、飛び出してきた芋虫型には何の影響もなく、ジャン一等兵ののど笛に噛み付いた。ジャン一等兵は悲鳴を上げる。

「ジャン一等兵!」

 もう1人の兵士は首から豪快に鮮血を吹き出すジャン一等兵を見たのが最後だった。

 兵士の目の前にいた個体の小さい砲塔が兵士の方に旋回、細い砲身が砲弾を何十発と打ち出し、兵士は瞬時にバラバラの肉片になった。

 この個体も撃破された個体と同じように後部を開いて芋虫型を降ろす。芋虫は兵士の肉片にかじりつく。

 これらの戦車型に似た個体は米軍が開発中の歩兵戦闘車MICV-65とよく性質や役割が似ていたため、後に歩兵戦闘車(Infantry Fighting Vehicle)型、頭文字を取ってIFV型と呼ばれることになる。

 現代兵器と同等の能力を持った陸上深海棲艦は強力であり、州軍は米正規軍の到着まで戦線の拡大を防ぐことはできたが、かなりの損害を出していた。

 

 夜明けまでに米正規軍が到着したことにより、深海棲艦に対して優勢になった米軍だったが、夜明けと共にその優勢は一瞬で崩れた。

 深海棲艦航空機の襲来である。

 朝日と共に高度21000を飛行する泊地水鬼から降りてきた深海棲艦航空機は米軍に猛爆撃を加え始めた。

 現代戦においては空を制したものが圧倒的有利になる。高速で飛行する航空機に対して、歩兵や戦車は有効打を与えることは難しいからだ。一方、航空機は地上を空から見渡すことができ、ありとあらゆる方向から強力な攻撃を繰り出すことができる。

 米軍装備の中には対空機銃や対空ミサイルを積んだ対空戦車や歩兵携行が可能な対空ミサイルというものもあるが、それは深海棲艦航空機に対しては全く意味を成さない。

 なぜか。理由は簡単。深海棲艦航空機が小さすぎるからだ。

 通常の航空機は小さなものでも幅や全長5m以上ある。それでも当てることは難しいというのに、深海棲艦航空機は20㎝程度と小型の野鳥ほどの大きさしかないのだ。これではいくら弾幕を張ろうと簡単に抜けられてしまうし、レーダーで誘導するミサイルも目標が発する赤外線を追いかけるミサイルもシーカー(誘導装置)が目標を捉えることができない。

 その上、深海棲艦航空機が搭載している機銃や爆弾は実際の20㎜弾や500㎏爆弾などと大差ない威力なのだからやっかいどころではない。

 このこともあり、米軍はレコンキスタ作戦の最初で巡航ミサイルや航空機により深海棲艦が占領する航空基地を徹底的に破壊したのだ。しかし、深海棲艦航空機を発進させる泊地水鬼に対しての効果的な攻撃手段はない。

 米軍は周辺一帯に煙幕を焚いて部隊を覆い隠し、航空攻撃の精密性をなくすことで深海棲艦航空機からの爆撃をやり過ごすしかなかった。それでも適当に狙いを付けて爆弾は落としてくるし、地上からも陸上深海棲艦が攻撃してくるのでそれも防がなければならない。

 米空軍のA-10やF-111、F-105も爆撃を行うが、低空で低速飛行しながら攻撃するA-10は深海棲艦航空機に迎撃を受け、うまく攻撃できず、F-111やF-105はレコンキスタ作戦で酷使されたことによりオーバーホール機が多く、攻撃機数は多くはない。

 米軍は昼を煙幕などで爆撃をやり過ごし、深海棲艦航空機が飛ばない夜に反撃をしたが、昼に押される分が多く、戦線は少しずつ広がっていった。




 HE,HESH,HEAT,HEAT-MP,AP,APHE,APC,APCHE,APBC,APCBCHE,APCR,API,HVAP,APDS,APFSDS
 このアルファベットの羅列は全部砲弾の種類なんですよ。わけわかんないですよねー。
 基本的にAP(徹甲弾)とHE(榴弾)、HEAT(成型炸薬弾)だけ覚えておけば十分です。私も全部覚えていません。APCBCHE(仮帽付被帽徹甲榴弾)なんて覚えられない。
 一応の覚え方

  AP(徹甲弾)+C(仮帽)+BC(被帽)+HE(榴弾)

 つまり、滑り止めと表面硬化装甲の表面を破壊する部分が付いて中に炸薬が入った徹甲弾ということになります。
 このような装甲を貫く砲弾の研究はWW2開始時には陸軍よりも海軍の方が進んでいました。戦車も艦や銃に比べれば結構歴史の浅い兵器です。


パットンシリーズはM46、M47、M48、M60と4つありますが、それぞれかなり違います。
写真を見比べると、結構面白いです。

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