雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第22話「スターゲイザー」その3

 F-104スターファイヤー。細い胴体に短い矩形の主翼を持つ戦闘機である。コックピットがなければ、大型のミサイルといわれても疑問には感じないような、そんな形をしている。そして、ぎんぎらぎんジュラルミン無塗装地肌が特徴だ。もちろん迷彩塗装された機体もあるが大半が無塗装である。機体重量の軽さとハイパワーなエンジンが生み出す機動性はかなりのもので、海外輸出もかなりされていた。

 F-102Aデルタダガー。名前の通り、デルタ翼を持つ戦闘機で、尾翼までも三角となっている。こっちはF-104と違ってライトグレー塗装が多い。戦闘機のくせに電子機器の耐G性が低く、対戦闘機戦は厳禁で迎撃機としてもエンジンパワーが足りないというお粗末な機体というのは秘密だ。F-104と違って海外輸出は1つもされていない。

 そして深海棲艦との戦闘には役に立たない、と烙印を押され、先日までモスボール保管されていた戦闘機達だった。

 そんな戦闘機が次々と滑走路から飛び立っていく。

 別にロシアの爆撃団が接近しているわけでも、インターセプターの訓練でもない。迎撃や空戦が専門の、爆撃能力の1つもないF-104やF-102がこんなに大量に飛び立っていくのは異様だった。

 さらに異様なのが、コックピットにパイロットがいないことである。

「『最後の有人戦闘機』とあだ名されたF-104がミサイルとなって飛んでいくとは、世の中分からないものだな」

 この航空基地の司令官が管制塔の中で呟いた。

 飛んでいくF-104、F-102、すべてが無線で操縦される無人機である。

 正規な名称はQRA-104、QRA-102。Qは無人機を意味するアメリカ国防総省の記号、Rは体当たりのRammingのR、Aは攻撃機AttackerのA。

 体当たりのRamming。その言葉通り、QRA-104、QRA-102ともに体当たり攻撃専門機なのだ。もうミサイルと言っても差し支えないだろう。

 これらの機体はすべてスターゲイザー作戦のためにモスボールから復帰、改造された機体だった。

「飛ぶ姿を見るのは、これが最後かもしれんな」

 司令官は太陽光を照り返して飛ぶQRA-104の姿を細目で見ながら、少し悲しげに呟いた。

 

 スターゲイザー作戦の一番の問題は、泊地水鬼をハープ砲の射程内までどうやって誘導するか、ということである。

 ハープ砲は宇宙にまで砲弾や人工衛星を打ち上げることができる、といっても射程距離というものはある。仰角45°で射撃した場合は500㎞弱の射程を持つが、500㎞というと東京から兵庫の西端程度の距離だ。

 現在の泊地水鬼はバージニア州のベックリー上空に浮遊しており、ハープ砲があるフロリダ州のNASA宇宙開発センターまで1000㎞もある。

 砲弾の威力を保ったまま命中させるには泊地水鬼とハープ砲との距離を300㎞以内にしたいところだ。

 しかし、そこまでどうやって近づけるか。これが難問だった。

 飛行機やウインチか何かで引っ張ることはできるわけがないし、泊地水鬼の注目を引くようなものもない。

 そうなると、もう力業だ。強力な打撃を与えて、「このままではまずい。待避しよう」と思わせるしかない。

 しかし、その「強力な打撃」というものがない。SR-71は全機がオーバーホール中で使用不可能。ハープ砲は射程外。対空ミサイルは高度21000mまで届くものはあるが、威力不足。

 ならば威力があって高度21000mまで飛ぶミサイルを作ろう、ということになった。

 1から作り始めるのでは全く時間が足りない。ハープ砲の砲弾製造以上に時間がかかる。下手すれば1ヶ月、2ヶ月という時間がかかるだろう。

 即応性があって一応21000mまで飛ぶことができるもの。

 こうなるともう既存の飛行機を流用するしかない。

 SR-71やU-2に限らず、他の戦闘機でも高度20000m以上を飛ぶことは可能だ。ただ、「可能」というだけであって戦闘機動や爆弾を搭載して自由に飛び回ることができる、ということでは決してない。

 しかし、帰投を考えないのであればその無茶は少しは可能になる。爆弾を搭載して、高度21000mに到達することくらいならば。

 その結果、生まれたのが体当たり攻撃機QRA-104、QRA-102だった。

 まずベースはF-104スターファイヤー、F-102Aデルタダガーである。これらは深海棲艦との戦いには役に立たないという烙印を押された上、旧式化が進んで時代遅れの戦闘機だ。深海棲艦との戦いどころか、人間同士との戦いでも役に立たないわけである。

 つまりは失っても惜しくはない、ということだ。平時ならば、普通スクラップになるか、標的機として処分されるかのどちらかだが、運が良いことに米空軍は「消耗戦になった場合はこの2機も使う可能性は十分にある」と考え、大量にモスボール保管されていたので非常に都合が良かった。

 QRA-104、QRA-102への改造は簡単である。既存の無線操縦装置を取り付け、ハードポイントにMk.82 500ポンド爆弾4つを吊して、RATO(離陸補助ロケット)を取り付けるだけである。RATOは離陸時に使うのではなく、突入前の急加速に使用する。

 改造作業は三日三晩にわたって行われ、実にモスボールされていた436機すべてがQRA-104、QRA-102へと改造された。

 そして今、それらは泊地水鬼へと飛び立つ。

 

 一次攻撃隊のQRA-104 43機、QRA-102 10機が泊地水鬼に向かってまっすぐ、急角度上昇していく。

 すでに高度15500m。F-104の実用上昇限度まで約3000mというところで、QRA-104はアフターバーナーを点火した。

 アフターバーナーはジェットエンジンの排気に対してもう一度燃料を吹きつけて燃焼させ、高推力を得る装置のことだ。エンジン排気の中には酸素が吸い込む前の75%ほど残っているので、高温になったそれに燃料を吹き付け、燃やすことで一気に出力を向上させる。

 アフターバーナーなしの時の50%増しの推力でQRA-104はぐんぐん上昇していく。QRA-102はF-102の実用上昇限度が低いので、QRA-104よりも先にアフターバーナーを点火している。

 17000――――――――17500――――18000――18500――――

 泊地水鬼が砲で迎撃を始めるが、信管の調整が甘いため、QRA-102とQRA-104が通過した後で炸裂する。ミサイルはもったいぶっているのか発射してこない。

 高度19000mでRATOに点火。アフターバーナー付きターボジェットエンジンとRATOの強力な推進力で約12tもの重さがある機体をぐんぐん押し上げていく。エンジンのタービンブレードは今にも溶けそうに白熱しながらも回転を維持して、RATOは推進剤を勢いよく燃やしながら、機体を上へ、上へ、と進ませる。

 突入目標、泊地水鬼下部。地上にいる操縦士達は無線によって方向を調整しながら、機体を突き進ませていく。

 19500――――――――20000――――――20500―――20750―20900――――

 QRA-104 43機がマッハ2で、QRA-102 10機がマッハ0.9で泊地水鬼の下部に突入した。泊地水鬼はそのまま突っ込むとは思わなかったのか、障壁を一切張っていなかった。

 衝突と爆発のエネルギーで泊地水鬼は大きく揺れた。

 運動エネルギーだけで約33億3622万ジュール、TNT換算で30tものエネルギーがぶつかったのだ。揺れないわけがない。さらに搭載していた500ポンド爆弾の爆発のエネルギーをプラスすれば総エネルギーはTNT換算で46tものエネルギーになる。

 さらにQRA-104 とQRA-102の残っていたジェット燃料に引火して、泊地水鬼の下部は火に覆われた。

 

 

 何? 何? 何? 何?

 泊地水鬼は混乱していた。

 泊地水鬼も接近する航空機を補足はしており、自分に向かってミサイルを撃つ程度だと思っていたが、まさか体当たりするなんて思ってもいなかった。

 傷が疼き、鋭い痛みが走る。

 まだあの黒くて速い航空機からの爆撃による傷が完治しているわけではない。航空機を発進させるために表面の滑走路などは修復し、表面上は治ったように見えるが、中身が治っているわけではない。そこにこの体当たり攻撃だ。与えられた衝撃は深くまで届き、慣れて忘れかけた痛みを叩き起こした。

 痛みだけならまだしも、今の攻撃で陸上深海棲艦を降下させる部位が損傷してしまった。爆発や体当たりによる破損だけなら簡単に修復することができるが、航空機の燃料が燃えたおかげでその周辺の組織がひどく損傷している。これでは修復にかなり時間がかかる。

 降下した眷属達は降下地点付近の人間の工場や飛行場確保に成功しているため、補給なしでもしばらくは大丈夫なはずだが、少しばかり心配だった。

 泊地水鬼はさらなる航空機を確認する。さっきと同じように急上昇している。これもおそらく体当たり攻撃だ。

 砲で迎撃するが、速すぎて照準が間に合わない上、砲弾の破片が当たらない。ミサイルは黒くて速い航空機に対抗する為、上部のみに構築している。下部にも構築を開始するが、迎撃には間に合わない。

 ――――来る。

 泊地水鬼は下部に障壁を展開し、体当たり攻撃を防ごうとしたが、その障壁に阻まれるものはなかった。いや、これは表現が悪い。下部に体当たりしようとする機体はなかったのだ。

 

 ぐぅぅううううおおおおおぉぉぉぉ。 

 

 群青の空に響き渡る轟音。

 泊地水鬼はその音の方向を見上げた。

 飛行機雲を伸ばしチップドロップタンクを付けている。胴体は木の枝のように細く、形状だけでも速そうだと思える。そんな鳥が成層圏の強烈な太陽光を照り返しながら、宙返りして降下してくる。

 ――――綺麗な翼。

泊地水鬼は素直にそう思った。障壁を展開するのも忘れるほど、見とれてしまった。

 

 

「やった!」

「おお!」

「USA!」

「このままいけ!」

 泊地水鬼にQRA-104、QRA-102が突っ込み、炎が上がった様子をテレビで見た大勢の米国民達はおのおの喜びの声を上げた。

 この戦闘の様子はテレビ、ラジオ、新聞、ありとあらゆる情報機関が報道していた。

 泊地水鬼への攻撃の様子は長距離からでも撮影できたし、空中の戦いなので、弾丸飛び交う陸戦よりも危険性は少なく、陸上深海棲艦がいるベックリー近郊以外に立ち入り制限はないし、報道規制もなかった。なので付近の標高の高い山には各局の報道スタッフが登って、テレビカメラを設置していた。

 米空軍にコネを持っているテレビ局などはU-2高高度偵察機からの中継映像を回してもらい、それを流している。さらに軍事ジャーナリストや深海棲艦の研究者なども読んで、解説番組にしているのだから、視聴率は上がる上がる。一時、視聴率が70%を超えた局もあった。

 もちろん吹雪達もそれを見ていた。

 20年前は最新で大型な部類だったであろう日本製オンボロ14インチブラウン管テレビにはノイズが入ったり、映像が乱れたりしたが、何がどうなっているかは十分わかった。

『炎上しているのは体当たり攻撃したQRA-104、QRA-102のジェット燃料ですね。ジェット燃料はケロシン(灯油)なんですが、十分に焼夷効果はあるでしょう』

 軍事ジャーナリストとテロップが出ている白髭白髪のおじさんが偉そうに語る。他のアナリストもふんふん、と大層そうにうなずいている。

「でもこの人達、ハープ砲まで知らされてないんだっけ?」

「らしいよ」

 QRA-104、QRA-102が突入する映像がプレイバックされている。マスメディアはこれこそがスターゲイザー作戦のように報道していたが、それは全く違う。スターゲイザー作戦の前座でしかなく、本命はハープ砲だ。

 スターゲイザー作戦の全貌は作戦に従事する軍人、NASA関係者にしか知らされていない。報道関係者の一部は知っているものもいたが、そういう人間には守秘義務が与えられていた。

 報道などはあっけらかんとしている割に作戦内容を公表していないのは泊地水鬼に察知される可能性を考慮したからだ。

 泊地水鬼が現代兵器の技術を完璧にコピーしているのならば、無線や放送などを普通に傍受している可能性は高い。事前に「スターゲイザー作戦というのはフロリダにあるハープ砲を使った作戦ですよ」と報道すれば、それを傍受した泊地水鬼がフロリダに絶対近づかない可能性もある。そうなると手の打ちようがないし、場合によっては西インド諸島の深海棲艦と連携を取り、ハープ砲の占拠、または破壊を目論むかもしれない。

 現在の所、泊地水鬼はQRA-104、QRA-102から逃げるためか、東進しているしている。しかし、それだけではハープ砲の存在が知られているのかどうかは分からない。

 少なくとも、偉そうに解説しているアナリスト達がハープ砲を知らないことは確実だった。

 映像が現地のリポーターに切り替わる。

 はい、現地のヒーラー・キンカナムです。攻撃隊のジェットエンジンの轟音とくぐもった爆音が聞こえてきます。肉眼ではよく見えませんが、あ、攻撃隊の編隊が頭上を――――

 テレビの電源が、プチュンというブラウン管テレビ独特の音と共に切れた。壊れたのではない。吹雪がリモコンで電源OFFにしたのだ。

「あ、まだ見たかったのに」

「もう時間だよ。私達も出撃準備しないと」

 吹雪はリモコンをテレビの前に置き、床に置いていた5インチ単装砲の肩紐をかける。背部艤装はすでに装着済みだ。

「今回で終わりにしたいね」

 吹雪は背伸びをしながら呟いた。




 F-104って、チップタンクがあるとないではかなり印象が違いますよね。なかったら本当に飛ぶのだろうか、と思うくらいに翼が小さく感じます。
 F-104は2004年までイタリア空軍ではF-104Sとして現役でした。1954年初飛行の旧式中の旧式なのに、最終派生型ではAIM-120AMRAAMと同じ打ちっ放し能力を持つミサイルを運用できたとか。
 F-4やMiG-21はまだ派生型が飛んでいるのですから、何らおかしくはないですけど、優秀な機体だったのでしょうな。それともJ79エンジンのおかげか?
 しかし、同時期に初飛行したF-102よりも性能が圧倒的に高いのはどういうことだ? やっぱりエンジンなのか?

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