泊地水鬼は外から見ても限界が近いことがよくわかった。
ハープ砲の砲撃によって土に網のように張り巡らされていた体組織はあちこち寸断され、その一部は崩れ、ぼろぼろと落ちていく。幸いなことに下は海なので、民間人や建物に被害が出ることはない。
「あと一息!」
艦娘達は海の上からハープ砲と泊地水鬼の撃ち合いを見守る。
ハープ砲C砲と泊地水鬼。
先に撃ったのはハープ砲だった。装填速度では泊地水鬼の砲よりも早い。
泊地水鬼はすでに障壁すら張れないレベルに消耗していた。57.5㎝APCBCHEは何にも阻まれずに、泊地水鬼のど真ん中に命中する。
しかし、まだ泊地水鬼は耐える。
ハープ砲C砲は泊地水鬼が発砲する前に2発、3発と連続して射撃した。泊地水鬼はまた高度を下げ始めるが、高度7500mで留まる。
「まだか! まだなのか!」
NASAの局長は司令室の大画面を見ながら机を叩いて叫んだ。泊地水鬼に撃ち込んだ砲弾の数は96発。これだけの直撃弾を受けても泊地水鬼は墜ちない。
ハープ砲C砲の砲身温度は上昇を続けており、あと数発を発射すればB砲が腔発した砲身温度と同じくらいになる。すでに砲身上部の空気は陽炎でゆらいでいる。急造の冷却装置なんてすでに焼け石に水だった。
少しでも冷却しようとNASAがロケットの火災時に用いる特殊放水車などに応援を頼んでいたが、頼んだのはB砲が腔発を起こしてからだ。特殊放水車がある南のロケット発射場からハープ砲までは距離がある。それが間に合う頃にはハープ砲は腔発するか、撃破されているだろう。
NASAの職員達はダメージレースの行方を固唾を呑んで見守っているしかなかった。
「泊地水鬼発砲!」
ついに泊地水鬼が発砲した。14インチ並みの威力の砲弾に動けず、砲塔もないハープ砲。命中すればA砲のように一発でも木っ端みじんになるだろう。
命中すればだが。
泊地水鬼が放った砲弾3発は直撃コースではなかった。泊地水鬼もかなり消耗している。照準が甘くなるのも当然だ。ハープ砲C砲の北600m、東500mの海上、西200mの地点に着弾した。
直撃コースでなかったといえども、爆風や破片、衝撃波は計測機器や観測機器、ハープ砲の制御機器に大きく影響を与える。しかも今回の被害は前回のものよりも大きかった。
「電源ケーブルが切断されました! ハープ砲側の発電機に切り替えます!」
「ハープ砲の配電基板の一部が破損! 装弾室内のクーラー停止。温度が上がっていきます!」
「砲身冷却器、破損! 修復は――――不可能のこと!」
「第一仰角制御油圧シリンダー破損! 油が流出中! 油圧周りのダンパーにも損害!」
「温湿観測所、応答ありません!」
真空管が割れただとか、職員に怪我人が出た程度なら交換、交代すれば良いが、ハープ砲自体の制御機器が大きく損傷を受けた。特にハープ砲の仰角を上げ下げする油圧のシリンダーが破損したのは痛い。油圧シリンダーは左右で第一と第二に別れているが、主・予備という区別ではない。両方の出力でハープ砲の仰角を上げ下げしていたのだ。第一が破損した今、仰角を下げることはできるが、上げることはできない。
そしてまたもや砲身冷却器が破損してしまった。しかも損傷具合は最悪で応急修理ができるレベルではない。装置そのものを交換するレベルだ。
「しかし、あと1発だけなら撃てる!」
砲身冷却器が破損してしまったといっても、それが問題になるのは連続射撃をした場合のみであって、腔発が起きない温度ならば撃つことは可能だ。しかし、撃ってしまえば温度は下がるどころか急上昇するのは間違いなく、衝撃を吸収するダンパーは完全に破壊され、二度と射撃することは不可能だろう。
しかし、あと1発で墜とせるなら――――。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――――――――――――――落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる――――――――――――――壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ。
あれを壊せ!
「ワタシハ、マダ、トビタイ!」
泊地水鬼の高度はまた下がり始める。
艦娘達は撃ち合いを見守っていたが、何となく、こう思い始めた。
「ねえ、あの高度ならさ……」
「もしかしたら」
―――――届くかも。
『装填……完了! 我々は……! 待避……します……!』
C砲装填室からの息苦しそうな通信。クーラーが停止した装填室の気温は50℃近くまで上がっていた。息をするのも苦しいのだろう。
「各班、最終点検!」
これが最後の1発である。これを外せばすべて終わりである。
「神よ、どうか我らをお守りください」
局長は手を合わせて願った。そうしてから発射の命令を出した。
57.5㎝APCBCHEは腔発することなく、C砲の砲身を飛び抜け、泊地水鬼に向かう。ハープ砲はダンパーは完全に破壊され、第二油圧シリンダーも破損。仰角がゆっくり下がっていく。
57.5㎝APCBCHEはど真ん中ではないが、泊地水鬼に直撃、炸裂した。
かろうじて形を保っていた「島」は砲弾の炸裂と共にボロボロと崩れ出す。
土、岩、石、コンクリート、QRA-104の残骸、格納庫だった鉄骨、頭が潰れ、穴だらけになったオシアナ海軍航空基地の管制塔。コピーしたミサイルの発射器。ハープ砲を撃っていた三連装砲。不発だったGBU-28。いろいろなものが落ちてくる。
しかし、全部が落ちたわけではなかった。
半分ほどのは宙に浮いたままだった。
「くそ! C砲は!?」
「駄目です!」
ハープ砲C砲はゆっくりゆっくりと、「私はもう疲れた」とでも言うかのように砲身が下がっていく。
ハープ砲はもう無理だ。しかし、泊地水鬼側も大損害。痛み分けといったところだ。しかし、泊地水鬼はまた再生、復活するかもしれない。
「これまでか……」
局長が呟いたそのときだ。体積が半分ほどになった泊地水鬼の「島」の下部で無数の爆発が起こった。
「やっぱり榴弾じゃ駄目ね!」
アラスカが楽しさが少しばかり混じった声で言った。アラスカの12インチ砲に今度は徹甲榴弾が装填される。
NASAが確認した爆発はTF100、TF101の戦艦艦娘の砲撃だった。
すでに泊地水鬼は高度6000mほどまで下がっており、この高度ならばハープ砲でなくても普通の高角砲でも十分に届く。
「フブキ、もうちょっとちゃんと支えて。これじゃトリガースナッチだよ」
しかし、戦艦艦娘の主砲である12インチ砲や14インチ砲は仰角が足りないので、体を後ろに倒し、駆逐艦娘や巡洋艦娘に支えてもらうことで砲撃を可能にしていた。ちなみにトリガースナッチとは日本でのガク引きのことである。
「ここ……ですかね?」
「そんな感じ」
吹雪が支える位置を変えたのを確認してから、アラスカは再び12インチ砲を放った。
12インチ砲19門、14インチ砲20門、16インチ砲8門。計47門の砲が泊地水鬼に向かって発砲している。1発1発の威力ではハープ砲に及ばないが、投射量だけを考えるとたった3門のハープ砲よりもこっちが上回っている。
砲弾は残った「島」の内部で爆発し、「島」を削っていく。
泊地水鬼はもう障壁も張らない。砲撃もしてこない。ただ嬲られているだけだった。 ほどなくして、泊地水鬼はついに力尽きたのか、重力に引かれて海に墜落した。そして海に浮かぶこともなく、西大西洋の深く青い海に還っていった。
――――――マタ、コノソラデ――――――。
そんな空への夢の呟きは凪いだ海に吸われて消えていった。
第二章、これにて完結!
第一章が約2ヶ月で終わったのに対して第二章は4ヶ月! 約2倍! さらにその半分近くがレコンキスタ作戦を書いていたのです。
たくさんの感想、面白いネタ、たくさんのアイデア。続けてこられたのも皆さんのおかげです! ありがとうございます!
第三章は海上の通常兵器が結構出てくるかも。数でいえば陸上兵器の方が多いと思いますけどね。
それと最近は数日に1回更新ができていましたが、これからは1週間に1回くらいになるかもしれません。
これからもがんばります!