雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第26話「ラップウイング級輸送フリゲート」

 吹雪達が初雪の病室で『コマンドーVSプレデター』を見ているころ、ファラガットは不機嫌そうに口をへの字に曲げて、セントローレンス湾を戦艦ウェストバージニア、大型巡洋艦アラスカ、防空軽巡アトランタ、潜水艦ポンポン、空母モンテレーの5隻と共に航行していた。

 今日、処女航海がなくてもいいのに。

 そう思っていた。私用と任務、どちらが優先されるかというと間違いなく、任務なのだがファラガットは不満を顔に出さずにはいられなかった。

「そんな顔をしないの。にっー、と」

 アラスカが背後から手を伸ばして、ファラガットの頬をぐっ、っと上げるが、ファラガットは目を細め、眉をしかめる。

「航行中の接触は危険だからやめて」

「そんな怖い顔していると、ラップウイングの水兵さんにかわいがってもらえないよ。ほーら、にっー」

 ファラガットはアラスカの手をほどいて、アラスカの方を向き帰り、作り笑い、いわゆる営業スマイルを見せた。子供らしい笑顔だが、いらだちのためにその笑顔は少し固い。

「そうそう、そんなの」

 いつもその笑顔していたらモテモテよ。そんなことをアラスカは言うが、ファラガットにとってはそんなこと知ったことではない。ファラガットにとって重要なのは男にちやほやされるより、吹雪型をどうやって越えるか、である。艦娘という兵器にとって重要なのは能力である。それをいかに高めるか、それが肝要なのだ。

 しかし、能力を高めようとしてもそう簡単に元の艦以上のスペックを発揮はできない。5インチ砲で16インチ砲の威力と貫通力を出せ、といっても無理な話だ。いかに人の形をうまく利用するかにかかっているだろう。

「あ、見えたよ」

 アラスカが指さして叫ぶ。指さした方向には排水量4000tほどの軽巡洋艦クラスの艦がいた。

 

「これが『ラップウイング』、か」

 数百mまで近づいたファラガットはぽつりと呟いた。

 平面的な甲板構造物と武装。おそらくはステルス性を意識しているのだろう。明灰色でのっぺりとしたの「ラップウイング」は第二次大戦の艦よりもスマートだと、ファラガットは感じた。

 

ラップウイング級輸送フリゲート側面図

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 この「ラップウイング」、ラップウイング級輸送フリゲート1番艦「ラップウイング」は艦娘の運用の幅を広げるために建造された。具体的に言えば艦娘の前線基地になるのである。

 艦娘は海を駆け、深海棲艦と戦うことができるが、疲労もすれば腹も減る。戦闘がなくても1日ずっと航行していれば疲労がたまり、戦闘でのミスも多くなる。食事も一日三食取るべきだが、海上で数日分、多ければ数週間分の食料、水を携行するのは無理である。

 率直に言えば、艦娘は海上での長時間行動には適していないのだ。

 それを解消すべく各国で建造されたのが、艦娘が運用できる設備を持つ艦娘母艦、輸送艦なのである。食事もできれば休息もできるし、高速修理材50個分の収納保存が可能なため、艦娘専用の工廠施設にもなりえる。

 世界で最初の艦娘母艦は日本海軍の駆逐艦「東名」である。1980年代に建造され始めた西条型駆逐艦の1隻で、旧式であること、砲熕兵装が多いことなどから、甲板後部の10㎝速射砲2基や爆雷投射器などを撤去し、スロープと整備場が設けられた。艦娘はスロープを降りて、海上に降りるのである。後にカタパルトなども装備され、現在では新型艦も揃ってきていることから練習艦になって艦娘と水兵の訓練に従事している。

 

輸送駆逐艦「東名」側面図

【挿絵表示】

 

 

 そしてこの米海軍初の艦娘運用母艦ラップウイング級輸送フリゲートも整備場とカタパルト2基を装備している。しかし、ラップウイング級は「東名」のようにスロープ上にカタパルトを設置しているのではなく、艦側面に設置している。「東名」は後方に艦娘を射出するのに対し、ラップウイング級は斜め前方に射出するのだ。

 この違いは運用思想の違いである。「東名」は艦娘の出撃よりも母艦の待避を優先しており、深海棲艦から待避した後に艦娘を出撃させる。一方、ラップウイング級の場合、艦娘をいち早く出撃させることが、母艦の安全に繋がる、という考えのもと、設計されている。

 どちらが良いのかというと一長一短である。しかし、両方とも母艦の安全を考えた運用思想であることには変わりない。

 次に武装から見ていこう。

 ラップウイング級が持つ武装はMk.45 mod.4 5インチ速射砲 2基、Mk.112 8連装ランチャー2基、ボフォース40㎜/70 4連装機関砲5基、Mk.17 25㎜CIWS ファランクスⅡ2基、Mk.38 25㎜機関砲4基だ。誘導兵器より、砲熕兵装が多い。

 これは「深海棲艦はレーダーに映りにくく、近接戦闘に引き込まれやすい」という米海軍壊滅と引き替えに得た戦訓から導き出された武装である。

 従来の米艦艇はミサイルが主武装で砲は1門から3門搭載している程度だったが、これは深海棲艦との戦闘においては不利だった。レーダーにあまり映らず、小さい深海棲艦にハープーンやトマホークといった対艦ミサイルは命中させにくい。そして砲撃戦や水雷戦などの近接戦闘ではが、レーダーに照準をほぼ頼っている3インチ砲や5インチ砲も命中率は低く、米海軍は一方的にやられてしまった。

 多数の犠牲を出しながらも、考え出された戦法が「弾幕張って1発でも当てる」というものである。イタリア海軍などは各国の中で一番先に艦艇からミサイルなどの兵装を全て取り外し、連射速度の大きいオート・メラーラの3インチスーパーラビット砲に換えるなどの対策を施して深海棲艦に対抗し、ある程度の成功を収めていた。

 ラップウイング級に搭載されているMk.45 mod.4 5インチ速射砲は砲身長を従来の54口径から62口径まで伸ばし、初速を向上させたうえ発射速度も分発30発に向上させている。レーダー射撃ももちろん、光学照準射撃も可能だ。

 ボフォース40㎜/70 4連装機関砲やMk.38 25㎜機関砲もMk.45 5インチ砲と同じように「弾幕張って1発でも当てる」という考えの下で、配備されている。

 Mk.17 25㎜CIWS ファランクスⅡはMk.15 20㎜CIWS ファランクスの発展型である。Mk.15ではM61バルカンだったのが、20㎜弾では深海棲艦に対して威力不足とされ、AV-8やAC-130に搭載されているGAU-12イコライザーに変更された。また対艦戦闘も行えるよう、より俯角が取れるように改良されているほか、レーダードーム側面に設置されているカメラを通して、マニュアル射撃もできるようになっている。

 ちなみにA-10などに搭載されているGAU-8 アベンジャーを載せたMk.16 30㎜CIWS シーアヴェンジャーというものも同時に試作されたが、これは反動や重量の問題が大きく、採用にはならなかった。

 そして、Mk.112 8連装ランチャーはラップウイング級の中で唯一誘導弾が扱える兵器だが、装填されているのは従来の短魚雷にロケットモーターがついたアスロックではなく、ただの炸裂弾頭にロケットモーターがついたアスロックである。つまり、海上で分離したりせず、目標の付近まで飛んでいき、海中に突っ込んで爆発する。

 これは短魚雷のソナーが潜水艦級を捉えられないため、爆圧で撃破するほかないからである。実際、潜水艦級は艦のソナーでも潜水艦級を捉えるのは難しいのだが、そのあたりの索敵などは艦娘が行い、艦娘からの報告をCICが処理し、艦がアスロックで目標(付近の海域)を攻撃することになっている。

 対深海棲艦としての武装は十分だが、深海棲艦と戦うのは艦娘であり、正面切って戦えるわけではない。これらの武装はあくまで自衛用であり、駆逐艦級3隻程度しか相手できないと考えられている。

 艦橋構造物や船体はステルス性を高めるために平面化されているが、砲などの武装が多いため、従来に比べればレーダー波反射面積は少し大きい。それでもレーダーには排水量300tほどの小型艦にしか見えないので、これでも十分である。

「後ろに回ってください!」

 「ラップウイング」に近づいたところ、甲板の水兵にそう言われ、ファラガット達は艦尾に回った。

 艦尾のボフォース40㎜/70 4連装機関砲と整備場の間には鉄パイプを溶接して作られたカゴが、デリックで両舷に吊されていた。今、カゴは底が海面に浸かっている。

「重量の軽い艦娘から乗ってください! 故障したら面倒なので」

 そう、水兵に促されて艤装の少ない潜水艦ポンポンが右舷側のカゴに乗った。モーターの駆動音と共にデリックのワイヤーが巻き取られていって、揺れはほとんどなく、カゴの底面が甲板と同じ高さになるくらいまでに上げられた。

 ファラガットは左舷に廻って、カゴに乗った。

 

 乗船したファラガット達は「ラップウイング」の整備場に入り、艦長を初めとした水兵達の歓迎を受けた。

 「ラップウイング」の艦長は34歳という若い中佐だった。たいていの場合、40歳で中佐クラスの階級になる。しかし、アメリカ軍は軍人の多くが深海棲艦戦争の初期に失っているので大半の将校が階級を繰り上げられている。この艦長もそういう類いだ。

「今日はよろしく頼みます。しかし、新聞で見るよりお綺麗ですな」

「あらまあ、お上手。こちらこそ頼みます」

 旗艦であるアラスカが前に出て笑顔と共に艦長と握手をした。

 何か、変だ。ファラガットは妙なことに気づいた。静かなのである。この整備場には「ラップウイング」の艦長と士官、艤装整備員など約50名近くが集まっている。これだけいればそれなりに音がするはずなのに聞こえるのは波とカモメの鳴き声だけ。おかしい。

 ファラガットは水兵達を見回し、あることに気づいた。全員がある一点を見つめているのである。彼らの目線を追ってみると、艦長と握手しているアラスカに向いていた。

 ああ、そうか! ファラガットは気づいた。今のアラスカは清楚な美人にしか見えないからか!

 アラスカは端整な顔立ち、透き通るような水色の髪、少し控え目ではあるが、グラマーな体つき、正直言ってかなりの別嬪さんなのだが、実際の所はやんちゃな残念美人である。面白そうなことに自分から突っ込み、だいたい迷惑をかけている。そのくせして、艦娘としての実力は結構なもので最近は「15インチ砲クラスの戦艦になら勝てる」とかほざいている。

 しかし、「ラップウイング」の乗員達がそんなことを知るわけがないし、今のアラスカは丁寧な言葉遣いで、気品があるように振る舞っている。見とれるのも仕方がない。

 どうせすぐにばれるのに。ファラガットは顔には出さないように苦笑した。

 

 挨拶した後はすぐに射出カタパルトの試験に移った。

 「ラップウイング」に搭載されているカタパルト自体の作動試験は陸上で何百、何千回とやっているが、実際に「ラップウイング」に搭載し、艦娘を射出する試験はしなければならない。

 カタパルトは油圧式のカタパルトで13mほどの長さがあり、20ノット(約37km/h)まで加速させる。20ノットという速度はニューメキシコ級戦艦の最大速度を基準にしている。この基準はあくまでニューメキシコ級の艦娘を射出したときの基準であり、駆逐艦娘や潜水艦娘を射出する場合は30ノットくらいまで射出速度を上げることができる。だが、着水時に転倒の危険性があるため、射出時はどんな艦種であっても20ノット以下で射出する。

 カタパルトの運用時にはカタパルトを基部を旋回させ、艦斜め前方に向ける。そして艦娘がシャトルを脚部艤装に引っかけ、膝を射出体勢保持板に置く。これで射出準備が完了する。ちなみに発進合図は赤黄青の信号機が行い、赤は準備中、黄は準備完了、青は射出、である。

 

カタパルト詳細

【挿絵表示】

 

 

 今回の軽い順。ファラガットは2番目で右舷カタパルトだった。

 すでに右舷カタパルトは艦斜め前方に向けて旋回しており、ファラガットは少し急ぎながらも丁寧にカタパルトのシャトルを脚部艤装の凸部分に合わせた。そして射出体勢保持板に膝を置く。かがみすぎている感覚はあるが、射出時の加速度を考えるとこれで十分なのだろう。

 目線を艦から伸びた信号機に向ける。まだ赤だ。

「よろしいですか?」

 カタパルト基部辺りに立っている水兵に聞かれる。ファラガットは「いつでもどうぞ」と答える。

 信号機が黄色になった。ファラガットは信号機を意識しながらも視界を正面に移した。

 青。0.5秒ほど遅れてシャトルが油圧によって押され、ファラガットがカタパルトの上を滑り始める。加速度は無理に加速させられている感じがして不愉快に思ったが、すぐにそれは消えた。

 ファラガットは風を切って、空中を飛んだ。轟々と鳴る風切り音。服と体の間を通り抜けていく風。空挺降下などとは違う、新鮮な感覚だった。

 しかし、いつまでもそれに浸っているわけにはいかない。空中にいるのはたった1秒ほど。すぐに足を前に出して着水体勢を取る必要がある。

 ファラガットは足を前に出した。

 空気との抵抗でスカートがめくれた。

「あっ!?」

 女の子の体を持つためなのか、ファラガットは反射的にめくれたスカートを押さえた。そのため、着水への注意がおろそかになった。

 着水がうまくできず、転んだのは言うまでもない。

 射出試験が終わった後、「ラップウイング」の一部の水兵達がファラガットと合う度に目をそらすようになった。その水兵達はきっと何か見ていて、ファラガットに問い詰められたりするのが怖いのだろう。

 

 ちなみにアメリカの小児性愛者悪質性犯罪事件への刑罰などは非常に厳しい。

 




 やーんエッチー! で済まなそうな国アメリカです。
 今回は艦娘の海上基地となる通常艦船、ラップウイング級輸送フリゲートの話でした。解説多めで読みにくかったかもしれません。
 Mk.45 mod.4 5インチ速射砲はこっちの世界にも存在していますが、こっちの世界のmod.4とこの世界のmod.4はステルス性と長砲身化は同じですが、連射速度や光学照準器の有無が相違点です。
 Mk.17 25㎜CIWS ファランクスⅡはそもそもこっちに存在しません。私の完全な妄想兵器です。20㎜じゃ、射程と威力が……。
 Mk.16 30㎜CIWS シーアヴェンジャーの方なら、オランダのシグナールSGE-30 ゴールキーパーというGUA-8アヴェンジャーを元にしたCIWSが現実にもあるんですがね。ちなみにSGE-30は高い、重い、散布界広い、とあまり評判ではありません。
 ボフォース40㎜/70 4連装機関砲の方はかつて第二次大戦中の米艦艇に積まれた露天のものとは違い、カバーが付いています。
 Mk.112 8連装ランチャーとMk.38 25㎜機関砲はこっちの世界と同じものです。
 ラップウイング級の疑問やわかりにくいところがあったら感想にでも書いてください。いくらでも解説します。

 そしてこの26話「ラップウイング級輸送フリゲート」は次回に続きます。
 次回のタイトル予告。第27話「偵察艦隊」。見てください!

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