雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第27話「偵察艦隊」

 2015年6月現在、深海棲艦の泊地として残っているのはハワイ、パナマ、西インド諸島、サーモン諸島、ポートワイン、フリーマントル、アイスランドの7つだけだった。人類に泊地が奪還され、行き場もなく、ゲリラ的に活動している深海棲艦の残党を除けば、組織的に行動している深海棲艦はこれだけしかいない。5月まではカレー洋のセイロン島やアンズ環礁、スエズ運河も深海棲艦の一大泊地だったが、セイロン島とアンズ環礁は日本海軍の十一号作戦、スエズ運河は欧州連合軍のエーグル作戦によって奪還されている。

 艦娘が登場してから早2年ちょっと。たったそれだけの期間で深海棲艦は一度支配した多くの海域を人類に奪い返されていた。

 最初こそいくつかの島や地域が奪還されてもさほど気には留めていなかった深海棲艦だが、今となっては大問題である。

 戦力の損耗、資源地帯の消失に加え、敗退した深海棲艦を受け入れるだけのキャパシティがある泊地はもう少ない。

 深海棲艦は劣勢だった。

 

 ノーフォークから約1800㎞南。カリブ海に浮かぶ西インド諸島には装甲空母姫を中心とする空母機動部隊がいた。主に空母と巡洋艦で編成された機動性の高い部隊で、米軍がノーフォーク攻略時にノーフォークとは別に注視していた深海棲艦泊地である。

 もし西インド諸島からの増援がノーフォークに来るようなことがあれば、レコンキスタ作戦は頓挫した可能性が十分ある。確認されているだけで空母クラス23体、戦艦クラス4体、巡洋艦45体というTF100とTF101を全力投入したとしても打ち破れるかは分からないほどの戦力を保持していたからだ。

 そのため、米軍はノーフォークから西インド諸島に通報されないためにも敵の通信網へのECMを徹底したし、ノーフォークまで1週間という速度戦で挑んだのだ。

 その米軍の努力は実を結び、西インド諸島の深海棲艦にノーフォーク攻撃の第一報が届いたのが5月半ばになったころだった。

 すでにノーフォークは陥落し、米軍が泊地水鬼に対するダウンフォール作戦を実行していたころである。

 こんなに遅れた理由は2つある。1つは先述の通り、米軍によるジャミングでノーフォークの深海棲艦が通信による救援要請をできなかったこと。もう1つは直接救援を求めに行った潜水艦級の大半が欺瞞航路を取っているうちに大西洋の荒波に呑まれてしまったからだ。

 西インド諸島に到達した潜水艦級はたったの1隻で、たどり着いたときにはすでに米軍のノーフォーク攻略は終わっていた。

 そのことを知らない西インド諸島の装甲空母姫は増援として戦艦4隻、空母10隻、巡洋艦18隻、駆逐艦12隻の部隊を編成し、ノーフォークに向かわせた。

 この増援艦隊は大西洋の荒波に揉まれないために大陸寄りの航路を取ったのだが、フロリダ州の近海でとんでもないものをレーダーに捉えた。

 高度22000mという高空に「浮かぶ島」である。増援艦隊の深海棲艦は唖然とし、恐怖した。

 あれは人間の秘密兵器に違いない、と。

 すぐさま、西インド諸島の本隊に連絡しようとしたが、米軍のECMによってうまくできない。増援艦隊は西インド諸島に引き返した。

 

 装甲空母姫は信じようとはしなかった。当然だ。島が飛ぶなどという荒唐無稽な話を信じられるわけがない。

 装甲空母姫は増援艦隊を再び出撃させようとしたが、アイスランドからノーフォーク陥落の情報が入ってきた。ノーフォークの深海棲艦は壊滅。すでに人間が闊歩している、と。

 装甲空母姫はそれを聞いて増援艦隊の派遣を中止した。ノーフォークにいた深海棲艦の数は現在の大西洋で最大規模だったのに撃破されたうえで、人類に奪還されたのだ。

 西インド諸島には十分な数の輸送艦級はいない。周辺海域の制圧は可能だろうが、それだけだ。陸まで進撃する余裕はない。

 しかし、装甲空母姫としてはノーフォークの現状と守備兵力などを確認しておきたかったため、精鋭の重巡2隻、軽空母1隻、駆逐艦4隻からなる強行偵察艦隊を編成し、出撃させた。

 

 

「追いつけ――――――ないっ!」

 アラスカは機関出力を振り絞った最大速力33ノットで「ラップウイング」を追っていたが、いっこうに追いつけなかった。追いつくどころか、どんどん引き離されていく。

「ファラガットにも追いつけないなんて! ああもう!」

 ファラガット級の最大速力は37ノット。ファラガットはとうの昔に「ラップウイング」に追いついて「ラップウイング」と並走している。

「どんどん引き離していきますな」

「カタログスペック通り、36ノット出ているようだ」

「これなら万が一、深海棲艦に追われても振り切ることはできるでしょう」

 「ラップウイング」の艦長と航海長はCICの中で「ラップウイング」がスペック通りの性能を外洋でさせたことを嬉しく思っていた。

 セントローレンス湾で数週間の公試をやっていたといってもセントローレンス湾は湾であり、実際に行動する外洋の条件とはほど遠い。波はそこまで荒くはないし、座礁などの危険もあるうえ、カナダ領であるセントローレンス湾ではあまり派手なことしないように言われていたのたが、外洋は違う。座礁するような場所もなければ波も荒く、砲を撃とうが、全速力で航行しようが、どんちゃん騒ぎしようが誰も文句は言わないし、実際の運用条件に近い。そこで本来のスペック通りに性能が出せるならば、これ以上に嬉しいことはないというものだ。ただ深海棲艦に気をつける必要はあるが。

 艦長はマイクを手にとって、アラスカの回収後、全速航行時における艦娘射出試験を行うように命令を下した。

 

 西インド諸島から出発した偵察艦隊はアメリカ本土東海岸が目で見えるような距離で、海岸線を舐めるようにして北上した。

 この偵察艦隊の目的は2つである。

 1つはノーフォークを防衛している米軍への威力偵察。ほんのちょっと攻撃し、反撃させることによって、敵の規模や能力を計るのである。

 もう1つは先のノーフォークへの増援艦隊が確認した「浮かぶ島」のことである。あの正体がなんであるかを突き止めることもこの偵察艦隊の仕事だった。

 前回はノーフォーク南東100㎞程度で確認され、西に移動していたことから、できるだけ米本土に近づき、内陸に飛んでいないか探ってみるが、そんなものは一切ない。レーダーには何も移らなければ、目にも見えない。数㎞もの大きさがあるとのことだったが、それほど大きければ目で見て分かるはずだ。仮に遠すぎて視認が難しかったにしても、高度22000mもの高空であれば内陸の奥にいたとしてもレーダーで捉えられるはずだ。

 やはりあれは何かの見間違いだろう。

 偵察艦隊旗艦の重巡洋艦リ級はそう判断し、米本土海岸線から離れ、ノーフォークへと目指した。

 

 セントローレンス湾からノーフォークまでの航路は約1日半かかる。その間に一匹狼のように群から離れた深海棲艦と接触しないとも限らないので、「ラップウイング」のそばには艦娘2名が交代交代に護衛として就いていた。

 「ラップウイング」の外洋航行試験に同乗した艦娘は駆逐艦ファラガット、防空軽巡アトランタ、大型巡洋艦アラスカ、戦艦ウェストバージニア、空母モンテレー、潜水艦ポンポンの6名。8時間で交代のローテーションだ。

 現在は18:00。季節は夏なので日は長く、まだ沈んではいなかったが、すでに空の青は深みを増し、太陽は朱色だ。

 ファラガットとアラスカにとっては夕食の時間だった。

「作戦中にこんな新鮮で美味しいものが食べられるなんて!」

 ファラガットはシーフードサラダを食べながら感動に浸っていた。

 艦娘が作戦中、もしくは航行中に食べれるものといったらあまり多くはない。日帰りの任務ならばパンやおにぎりといったものを持って出撃できるが、数日間や数週間という任務になれば日持ちするものでなければいけない。

 日本海軍では携帯糧食として日持ちの良い海苔巻きや酢飯が艦娘に持たされるが、一週間程度の任務にそれらを携行するとなると、かさばって任務に支障が出るため、カロリーメイトや羊羹、ビタミン剤などの栄養食でなんとかしている。輸送機からの空中投下という手段もあるが、これは敵に艦娘の居場所を伝える可能性が高いので、後方任務を除いてあまり行われてはいない。なので日本海軍は長時間任務の時は通常艦艇や艦娘母艦が随伴して艦娘達に補給、食事などをさせることになっている。

 そして艦娘母艦などを持っていなかった米海軍では今までどうしていたかというと、悪名高きMREを艦娘に携行させていた。しかも普通のMREではなく、艦娘用に開発されたMREで従来より少ない量で同等の栄養を摂取するためにあれやこれやと加工、添加した特別品である。味に関してはお察しである。

 それに対して「ラップウイング」の食事はどのようなものかというと、昼に食べたMREなんて目ではない。

 今、ファラガットが食べているシーフードサラダを初め、焼きたてのロールパンやチキングリル、ゆでたてのトウモロコシ、ポテト、そしてアイスだ。ミントとチョコの2つである。くそまずいMREなんて話にならない。

 ちなみにファラガットは目の前の料理に気を取られて葛餅のことをすっかり忘れている。

「MREはそんなにまずいのか?」

 向かい側の席に座る砲雷長が聞く。

「そりゃもう。あれは食べ物に似た何かです」

「そこまで言うのなら、一度食べてみたいな」

「やめておいた方が良いです。絶対、後悔します。それにしても焼きたてのパンというのは本当においしい」

 ファラガットは柔らかく暖かいロールパンを口に運び、ゆっくりと味わう。海上であれば焼きたてのパンなど絶対にありつけない代物だ。

「それは良かった。今日パンを焼いた兵に知らしておくよ」

 食事が終わってから、砲雷長はあることをファラガットに神妙な面持ちで尋ねた。

 「ラップウイング」の武装についてである。

「ラップウイングの武装で深海棲艦と戦えるかな? 艦娘である君から感想を聞きたい」

 砲雷長は「ラップウイング」の武装について心配に思っていた。表立って戦うわけではないが、もし艦娘の防衛ラインを突破されて、「ラップウイング」の駆逐艦程度の貧弱な武装で深海棲艦を撃破できるのかははなはだ疑問だ。

「駆逐艦クラスくらいなら十分だと思いますよ。あれは20㎜機銃程度でも効きますから。5インチ砲弾なら1発で撃破できます」

「そうかな」

「そうですよ。私達が現にそうやって沈めているんですから。でも戦艦とかが来たら全力で逃げてくださいよ。絶対勝てませんから」

「ああ」

「少なくともこの艦は基本的に後方にいるんですから、大丈夫ですよ」

 ファラガットは安心させるように優しく言ったが、砲雷長は不安げなままだった。

 

 完全に日が落ちて、偵察艦隊は偵察機4機をノーフォークに先行させた。

 威力偵察を明日の昼に行う前にノーフォークが今、どんな様子なのか探っておきたかったのだ。

 夜間偵察というものは月明かりが頼りだ。今夜は三日月。そのうえ、雲も多く、地面を照らす月明かりは頼りない。しかし、偵察機は艦隊に多くの、それも詳細な情報を送ってきた。

 偵察機が目にしたノーフォークは灯火管制をするどころか、造船所や飛行場などの重要施設をまるで攻撃してくださいと言わんばかりに、煌々と照らしていたからだ。

 偵察機が低空まで降りると地上の様子がはっきりと見え、人間達が熱心に施設の復旧作業を行っている様子がよくわかった。

 幹線道路からは資材を満載した大型トラックが行き交いし、CH-54タルへが大型の重量物を運んだり、湾岸に接岸している輸送船から湾港フォークリフトがコンテナをせわしなく運んでいたりしていた。

 偵察機の存在には誰も気づかない。高度1000mを飛ぶ全長20㎝の程度の航空機だ。目がいかに良くても夜間では見つけることは至難の業だろうし、レーダーにも小さすぎてノイズとして処理される。一方、艦娘の対空レーダーなら補足が可能なので、迎撃機が上がってきてもおかしくはないのだが、それは一切なかった。おそらく、艦娘もいないのだろう。

 偵察機は悠々と夜空を飛び、情報を集め続けた。

「んぅ~はぁ。今日もいい天気」

 整備場の上の甲板で背伸びをするファラガット。昨夜から雲は晴れ、太陽が海と大地を照らしていた。海は穏やかで、「ラップウイング」は悠々と波を切って、ノーフォークへと向かう。

「ファ~ラ~ガ~ト」

 下から気の抜けたような声がしたので見下ろすと、夜の間「ラップウイング」の護衛に就いていたアラスカがいた。

「早く交代させろ~」

 口に両手を添えて叫んでいる。

「あと2時間でしょー! もうちょっと頑張れー!」

 アラスカがブーイングしてくるが、無視する。こっちは今から朝食なのだ。

 焼きたてのパンケーキ、目玉焼き、かりかりに焼かれて油滴るベーコンとウインナー。ああ、素晴らしきかな艦上の朝食。




 ファラガットが飯関係の話すべてに関わっている気がするのだが気のせいか? いや、気のせいじゃない。
 
 「いつか静かな海で」の2巻では翔鶴達が秋刀魚の棒寿司を持たされていました。あれは鎮守府間の移動(うろ覚え)なので半日程度で済みそうですが、長距離航行の場合、食事とか本当にどうするんでしょうね。この作品の中では艦娘母艦の食堂、かさばらずに高カロリーなもので解決していますが、他の作品ではどうなっているのやら。
 それ以外にも燃料や弾薬といった消耗品やらも……そもそも吹雪達が持っている三年式12.7㎝連装砲の中に何発の砲弾が入っているんだろうか? 照月の砲弾ドラムマガジン式わかりやすくていいよね(誘爆が怖いが)。
 余談ですが、酢を混ぜた水で米を炊くと25日くらい常温で保存できるそうですよ。

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