「来た」
インディペンデンス級航空母艦モンテレーに搭載されているSAレーダーは東48㎞に敵航空機編隊を発見した。
ファラガット達が向かった敵艦隊上空に上空援護機がいたことを考えれば、どこかに空母がいることは明白だった。モンテレーはすかさず残しておいたF4Uコルセア3機、F4F-3Aワイルドキャット5機を発艦させた。
敵機の数は28機。半分近くは攻撃機だろうが、残り半分が戦闘機だとするとかなり分が悪い。相手は白玉型。あの白いのが相手ではF4Uコルセアがもう20機ほど欲しいところだ。しかし、手持ちはこれで精一杯。敵攻撃機はほぼ全てが戦闘機の防空網を突破して来るだろう。
「ウェストバージニア! 対空戦闘の用意を!」
「は、はい!」
戦艦と空母。この2つの艦種は重要な艦であるだけに防空火器は充実したものとなっているのが基本だ。しかし、ウェストバージニアとモンテレーは違った。
まずモンテレーは高射砲を搭載していない。元がクリーブランド級重巡洋艦の船体を流用した中型空母なので、トップヘビーを避けるために高射砲は積んでいないのだ。積んでいるのはボフォー40㎜機関砲とエリコン20㎜機関砲のみである。射程が欠ける装備だ。
そしてウェストバージニアの対空火器だが、これは微妙なものだった。モンテレーとは違って、高射砲は搭載しているが他の装備がいけない。28㎜4連装機関砲が4基、エリコン20㎜機関砲が10丁くらいなのである。
この2隻の武装では個艦防御くらいしかできない。「ラップウイング」に敵機を近づけさせないというのは無理な話だった。
「でも、やらなきゃ」
モンテレーは頬をぴしゃりと叩いて、暗い気持ちを打ち払う。
「ラップウイング」は処女航海なのだ。ここで「ラップウイング」が撃沈されてしまえば、議会の連中が文句を言って、海軍が獲得したラップウイング級15隻分やその他諸々の予算を取り上げてしまうに違いないのだ。海軍の威厳、造船所や兵士達の雇用の問題もあるが、なにより艦娘達がきつい長距離航行、長時間作戦に従事する上で、ラップウイング級は艦娘達に絶対必要なのだ。
『モンテレー、敵編隊の位置座標を再度知らせよ』
「ラップウイング」からの要請。モンテレーは言われるままに敵編隊の座標と移動速度を教えた。
教えた途端、「ラップウイング」のMk.45 5インチ速射砲が東の空を向いた。
ファラガット達はむずがゆい気持ちだった。
敵に砲撃が全く当たらない。当たっても弾かれる。さすがはflagship改のリ級とイ級といったところだ。しかし、気のいいものではない。
「旗艦はリ級でしょ! 集中させなさい!」
連射力の高いファラガットとアトランタの5インチ砲が一斉に火を噴く。リ級はそれを見切り、ほとんどを避ける。数発は命中するが、それらは弾き返される。
アラスカの12インチ砲に至ってはイ級にすら1発も命中しない。これを当てられたら1発でも沈没しかねないと分かっているのだ。
「当たりなさい!」
アラスカが叫ぶ。しかし、避けられて大きな水柱を立てるだけだ。
避けられるなら距離を詰めれば良い。そう思うかもしれないが、これはイ級がうまく防いでいた。距離を詰めようとすればイ級は魚雷を放ち、ファラガット達に回避運動に専念させる。
軽巡のアトランタや駆逐艦ファラガットにとって1発の魚雷は死の1発だ。うまくいっても大破は確実。そこからの集中射撃で撃沈されるのは間違いない。
「猪口才
アラスカは大型巡洋艦。1発や2発の魚雷なら十分耐えることができる。イ級の2体さえ沈めてしまえばリ級は包囲して叩き潰せる。
アラスカが突撃しようとしたとき無線が入った。
「ラップウイング」東に敵機が現れたという無線だった。これにアラスカは突撃することに戸惑った。
「戻らないと!」
「駄目!」
アトランタが「ラップウイング」の方に転舵しようとしたが、ファラガットがそれを止めた。
「ここで後退したらこいつらは追ってくる!」
リ級の射程距離内に「ラップウイング」が入れば、リ級はそっちの方を優先的に攻撃するだろう。そうなれば手の施しようがない。
「防空はモンテレーのが戻ったんだから大丈夫!」
すでにモンテレーの攻撃隊は帰路に就いており、戦闘機隊は今全速力で加勢すべく戻っているはずだ。
「もう!」
アトランタは悪態をつく。イ級にエリコン20㎜機関砲を鬱が、甘い照準だったので大半が避けられ、命中した砲弾も弾かれた。
艦娘達が装備するSC、SAレーダーなどを遥かに凌駕する性能を持つ「ラップウイング」のAN/SPS-49対空捜索レーダーだが、深海棲艦航空機を個別に捉えることはほぼ不可能である。相手は20㎝程度の大きさしかないのだ。レーダーにはノイズとして処理され、映ることはない。これでは砲は目標を狙って射撃することはできない。艦娘のレーダーは特別なのだ。
そのため、モンテレーから教えてもらった情報を砲のFCS(射撃管制装置)に手動で入力されていく。
「データリンクシステムが必要だな」
艦長はそう呟いた。データリンクシステムが艦娘側と「ラップウイング」双方にあれば、諸元入力はもっと簡単で対応性がある。
Mk.45 5インチ速射砲は入力された諸元の元、東の空に砲口を向け、発砲した。
ガンマウントから砲弾が次々と砲身に自動装填され、2秒に1発のペースで撃ち出されていく。
撃ち出される砲弾の種類は榴散弾と時限信管付きの榴弾。1051m/sという速度で飛翔した無数の砲弾は敵機の300mほど前で信管を作動させた。
飛び出す数千の散弾。波及する爆圧と飛び散る破片。それら全てが深海棲艦航空機に襲いかかる。
深海棲艦航空機といえども物理法則には逆らえない。爆圧によって飛行がふらつく。そこに散弾と破片だ。散弾と破片の大部分が空を切ったが、一部が深海棲艦航空機に命中した。
散弾や破片の速度は音速の3倍以上。散弾ひとつひとつの重量は小さいが、音速の3倍もの速度が出ていたらどうなるか。薄いジュラルミン板程度の防御力しかない深海棲艦航空機を余裕で引き裂ける。
しかも爆圧でふらついていた所に命中するのである。散弾や破片が命中した深海棲艦航空機はクルクルと錐揉みしながら、海に落ちていく。しかし、落ちていくのはたったの3機だけだ。あと25機も残っている。
そして深海棲艦航空機は編隊を解き、散開した。これではもう「ラップウイング」の砲撃では対応できない。榴散弾と榴弾は密集している敵に対して有効なのであり、散開してしまったら命中率は非常に低くなる。
「砲撃やめ! あとはモンテレーの艦載機に任せるんだ」
たった3機しか墜とせず、散開させることしかできなかった対空砲火。しかし、その対空砲火は大きな効果をもたらす。
散開したということは各個撃破がしやすいということだ。
孤立した敵攻撃機にモンテレーのF4UコルセアとF4F-3Aが飛びかかる。
12.7㎜弾が雨あられと降り注いだ敵機は火と黒煙を吹き出しながら落ちていく。
このまま数を削いで――――――いきたいのだが、数は圧倒的に深海棲艦の方が多い。F4Uコルセアは自慢の高速性能で敵戦闘機を振り切り、敵攻撃機を狙うが、別の敵戦闘機に邪魔をされる。F4F-3Aは簡単に敵戦闘機に追いつかれ、圧倒的な性能差の前に手も足も出ず、逃げることしかできない。
数、性能、練度すべてにおいて深海棲艦航空機の方が上回っていた。空戦に入った当初、落ちていくのは深海棲艦航空機ばかりだったが、次第にF4UとF4F-3Aの落ちる姿が増えていく。
そして防空ラインを突破してきた敵攻撃機がモンテレー対空火器の射程距離内に入った。モンテレーは自身の40㎜機銃、20㎜機銃を撃ちまくるが、敵機はモンテレーの上空を通過していく。「ラップウイング」ではなく、突出した自分を狙ってくれるのではないか。そんなモンテレーの期待は簡単に打ち砕かれた。
次の防空ラインはウェストバージニア。たった8門しかない5インチ高射砲で弾幕を張るが、ウェストバージニアのFCSは光学式の高射装置しかないうえ、砲弾はVT信管付きのものではないので、ほとんど有効な射撃にはなっていない。
それでも全ての防空ラインで当初の攻撃機数15から7まで減らせたのは上等だろう。
「各機銃座! 射撃開始!」
艦長はマイクに向かって叫び、それにちょっと遅れて「ラップウイング」左舷と後部のボフォース40㎜4連装機関砲3基、Mk.38 25㎜単装機関砲2基、Mk.17 25㎜CIWSファランクスⅡ1基が無数の砲弾を撃ち出す。
「敵機8時方向! 仰角30度!」
艦橋周りや整備場上に設置されている双眼鏡を覗いている水兵が電話に向かって叫ぶ。この声はすべての機銃座に繋がっており、それに従って適当に射撃した。
しかし、それらの砲弾は一発も敵機に命中しない。
「敵機魚雷投下ぁ!」
「魚雷9時方向から艦前方に向かってくる!」
「4時方向にも敵機! 爆撃機です!」
左右に敵機。全ての砲門を開いて迎撃するが、敵機は爆弾、魚雷の投下に成功する。
「面舵一杯!」
「ラップウイング」が右に旋回し始める。幸いなことに爆弾は空を切り、「ラップウイング」の左舷前方に着弾した。命中弾は避けられたが、至近弾であり、水圧が船体を軋ませる。
「取り舵一杯!」
今度は魚雷の回避だ。魚雷は左舷9時方向から艦の進路方向前方に向かうものと右舷1時方向から向かってくるものの2つ。
深海棲艦の魚雷は深海棲艦航空機と同じく小型であり、雷跡を見つけるのは困難だ。そのため、手の空いているものは甲板に出て魚雷の視認に努めた。
しかし、なかなか見えない。当然だ。あの田宮模型が出している黄色い水中モーターくらいの大きさしかないのだから。
「見えた! 今ので、ああ! 行き過ぎ! 面舵!」
声はすぐに艦内電話でCICに伝えられる。
「面舵。宜候」
「ラップウイング」は魚雷と魚雷を間を通り抜けようとしたが、面舵が少し遅かった。
右舷後方に魚雷が命中、炸裂した。衝撃と鉄が裂ける音はCICにも届いた。
「被害知らせ!」
『第2機械室浸水! エンジンは停止!』
「くそっ! 第2機械室および浸水区画閉鎖! 第8防水区画注水!」
被雷したのは右舷後部。その対角線にある左舷前部の防水区画を注水して艦を水平に保つ。
「ラップウイング」が搭載している機関LM2500-30ガスタービンエンジンは2基あるので、片方がやられたのみ。幸いなこととにスクリューまでやられたわけではないので、速力は落ちるが航行は可能だ。
艦長は額に浮いた冷や汗をハンカチで拭った。
まだ敵の攻撃機は上空にいたが、すでに投弾した後であり、気にする必要はない。ファラガット達が敵艦をまだ排除できていないのだが、それ以外は問題ない。進路をノーフォークの方に戻そうと指示を出そうとしたそのときだ。
「2時方向、距離900mに敵影!」
「なに!?」
艦長はレーダー画面を見た。2時方向に光点が2つ出ていた。
『2時方向、距離900mにイ級――flagshipを確認!』
見張り員の声が艦内電話でCICに響いた。
今まで一体どこにいたというのだ! 艦長は心の中で問答した。「ラップウイング」が搭載しているAN/SPS-55 対水上レーダーはイ級のように比較的大きい深海棲艦ならば10㎞先で見つけることができるはずなのだ。しかもこのイ級は海岸線と「ラップウイング」の間に現れた。一体いままでどこにいたというのだ!
答えてくれる人間は誰一人としていない。
「モンテレーとウェストバージニアを呼び戻せ!」
「はい――――――いえ、無理です! 両名は新たなリ級と交戦に入ったとのこと! 援護は不可能!」
「なんだと」
新たなリ級!? 艦長は困惑した。
ファラガット達はまだ敵深海棲艦3体と戦っている。そして直衛についていたモンテレーとウェストバージニアは新たに現れたリ級と交戦に入った。とてもこっちに戻ってこれない。
そして艦前方を塞ぐように現れたイ級2隻。
現代戦車の戦車運用には『歩戦共同』と言われる戦術がある。歩戦共同は、火力と防御力に低い歩兵部隊が戦車の支援を受け、視界と小回りに劣る戦車部隊が歩兵の支援を受けるという戦術である。歩兵携行の対戦車兵器が普及した昨今、戦車単体では簡単に撃破されてしまう。しかし、歩兵が戦車の周りにいることで、対戦車兵の接近に早期に気づくことができるのだ。
歩兵と戦車を引きはがすこと。これが現代の対戦車戦術の1つである。
「引きはがされた………のか!? 『ラップウイング』と艦娘が……意図的に……!?」
片方の機関が破壊され、速力が半減した「ラップウイング」はたった1人で、イ級2隻と戦うことになった。
人間どもよ、駆逐艦が実は20分程度は潜水できることは知らなかっただろう。もっとも人間が水中で息を止めて泳ぐのと同じでかなりの疲労を伴うものだが。
旗艦のリ級は驚きおののく人間達の顔を想像しながら、ウェストバージニアの16インチ砲弾を軽々と避けた。
甘い甘い甘い! リ級は6インチ砲をウェストバージニアに撃ち込む。徹甲弾では間違いなく弾かれるので砲弾は全て榴弾だ。
モンテレーが後ろに回ってボフォース40㎜機関砲をリ級に撃つのだが、障壁に防がれる。そして反撃を食らってしまう。モンテレーの障壁は重巡並みだと入っても所詮空母である。大切な飛行甲板はたったの1発で傷だらけになってしまった。
この戦場は偵察艦隊旗艦のリ級の手のひらにあった。
VガンダムのBGM聞きながら書いてたら、やばい感じになってきちゃったよ!