雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第32話「北へ、西へ」

 西インド諸島。

 名前の通り、インドの西にある……わけではない。南北アメリカ大陸に挟まれたカリブ海域にある群島であり、カリブ諸島とも言われたりする。それではなぜ西インドなのかというと、かつてコロンブスがアメリカ大陸を発見したときに「ここがインドだな!」と勘違いした名残である。

 大航海時代以降、西インド諸島は西洋諸国の植民地になったが、20世紀以降、多くの植民地が独立している。島ごとに国が異なる植民地だったことなどから、統合は難しく小さな独立国が多数ある地域となっている。

 そして2000年。たいした海軍も陸軍もない小国が集まっただけの西インド諸島はたった数ヶ月で深海棲艦の支配地域になった。

 アメリカにとって西インド諸島が深海棲艦に占領されるということは大きな問題だった。西インド諸島に深海棲艦が拠点を作り、フロリダ辺りから上陸してくるのではないか、と考えられたからだ。

 北アメリカの周囲にはあまり島というものがない。アラスカの南部にアルフォンシーノ列島(アリューシャン)、カナダ北部のクイーンエリザベス諸島やバッフィン島、西大西洋に浮かぶバミューダ諸島、そしてメキシコ湾東の西インド諸島だけである。アラスカとアルフォンシーノはともかく、西インド諸島とアメリカは一番近い距離にあった。

 アメリカ軍は深海棲艦上陸に備え、フロリダやルイジアナ、ジョージア、サウスカロライナといった南部の州に防衛戦を構築していたのだが、不思議なことに西インド諸島から遠く離れたバージニア州のノーフォークに深海棲艦は上陸した。予想外の方面からの侵攻に対応できず、米軍は上陸を許してしまう。

 時は流れ、2015年5月にレコンキスタ作戦によってノーフォークを奪還し、その勢いを残したまま同年7月末、米軍はこの島々の奪還作戦に踏み切ろうとしていた。

 

「深海棲艦がいる位置は――――――フロリダキーズ、ハバナ港とカルデナス港の3つだ」

 ディロンはスクリーンに映されている地図にレーザーポインターを当てながら説明した。

 フロリダキーズことフロリダ州キーズ諸島はフロリダ州の南西にある細長い列島である。隆起珊瑚礁からなるこの島々は深海棲艦にとっての哨戒基地となっており、重巡級と駆逐艦級が十数隻が確認されている。

「ここに戦艦を中心とした艦娘達、新設の第104任務部隊と米空軍で攻撃を行う。時間は7月26日12時30分。これはあくまで陽動であり、ハバナとカルデナスの敵本隊を引き寄せるのが目的だ」

「しつもーん。そこの、フロリダキーズの敵は倒してしまってもいいのですかー?」

 第104任務部隊(以後、TF104)に所属する艦娘が手を挙げて質問する。ディロンはその質問にきっぱり、駄目だと答えた。

「あくまで陽動だ。壊滅させてしまったら、敵本隊を引き寄せるどころか、引きこもらせることになってしまう。陸上深海棲艦はいないうえ、相手の数は多くはないが、敵を壊滅させるのは次の段階になってからだ」

 ディロンはその次の段階に説明を進める。

「距離を考えてカルデナス港よりもハバナ港から敵増援は出てくると思われる」

 ハバナ港はキューバの首都ハバナの港であり、以前は良い交易港だったが、今では深海棲艦の大規模基地である。装甲空母姫を中心とする空母クラスの深海棲艦が確認されている。

「この敵増援に対し、我々は深海棲艦同様、空母を中心とした艦娘隊、TF100で攻撃を仕掛ける。この段階になってTF104はフロリダキーズの敵を壊滅させ、敵増援の後方に移動、挟撃をもって敵増援を叩く。これで1日目のTF101、TF104の作戦行動は終了。次にTF103だ」

 TF103は大型巡洋艦、重巡洋艦、駆逐艦で編成された夜戦強襲特化艦隊である。アラスカや吹雪達、グリッドレイ級はこのTF103の所属になっている。

「TF103は夜間になってからの20時50分を持って行動開始し、米空軍の電子支援の下、カルデナス港を強襲する」

 カルデナス港はハバナの東にある中規模港で、巡洋艦などを主力とする深海棲艦群が確認されている。ハバナにいる空母クラスから攻撃がない夜間にレーダー射撃による精密射撃、水雷戦によって敵を撃破するのだ。

「そして2日目にTF100、TF101、TF104 の3部隊によるハバナの敵本隊への攻撃を行う。この際には米陸軍の空挺部隊がキューバに降下し、陸から君達を支援してくれる」

 幸いなことにキューバには陸上深海棲艦は確認されていない。レーダーとしての能力を持つ陸上型が少数はいるようだが、大規模な陸上戦力は確認されていない。もし空挺部隊の脅威となるほどの数がいたとしても空挺部隊に続き、海兵隊がキューバに上陸する予定になっているため、問題はない。

「海兵隊の為の輸送船はあるんですか?」

 これまた質問。これについては全員が疑問に思った。アメリカが保有していた輸送船、軍艦はほとんど撃沈されているのである。最近になって各地の造船所が戦時標準輸送船を建造し始めているが、それが作戦までに間に合うとは思えない。

「それに関してだが、カナダに待避していた強襲揚陸艦を使用する。何名かの艦娘はその護衛に携わっているはずだから知っているだろう」

 深海棲艦は寒さに弱いためか、北の地への攻撃はほとんどない。そのため、積極的に戦うような軍艦以外の輸送船や強襲揚陸艦、タンカーなどははカナダ北方に身を寄せていたのだ。アメリカ軍以外にもーロッパ諸国の艦なども待避している。もっともそれらの艦は本国への帰国がままならないうえ、輸送船不足のアメリカに買収され、アメリカ国籍の艦になってしまっているが。

「作戦中の具体的な行動についてはシュビムズ参謀から伝えられる。今の時点での質問はあるか?」

「指令、作戦名は何ですか?」

「作戦名は言っていなかったな。作戦名は――――――」

 ハッピー・スモーカー作戦だ。

 

 やはり行くのか?

 人間の呼称で装甲空母姫と呼ばれる深海棲艦は隻腕のリ級に再び尋ねた。

 はい、私は元々パナマの所属ですから。リ級はそう答えた。

 西インド諸島を泊地としていた深海棲艦達は長らく暮らしてきた西インド諸島を放棄し、別の泊地に移転する準備をここ数ヵ月間してきた。

 西インド諸島を放棄するのは深海棲艦の生存戦略だった。地球の海すべてを支配していた深海棲艦は約2年の間にかなりの支配海域を失った。西太平洋を初め、地中海、東大西洋。今ではインド洋と南太平洋で人間達と激戦を繰り広げており、深海棲艦は徐々に押されている。

 艦娘という存在。これが全ての原因だった。自分たちと同じように海を駆け、兵器を扱う者達。そして自分達よりも強力。

 艦娘に対抗するには深海棲艦を集結させ、ぶつけるしかない。装甲空母姫はいままでの戦闘経験からそう結論づけていた。

 そして今年5月にノーフォークが奪還された。次に人間達が目標にするのは間違いなくここ、西インド諸島である。さらに偵察艦隊が艦娘の母艦を確認したことを受けて、装甲空母姫は行動を起こすことにした。

 アイスランドの深海棲艦との合流である。

 アイスランドにはそこを上陸支配している深海棲艦と人類に反攻されたイングランド、ユーラシア大陸から逃げおおせることができた深海棲艦の残存戦力、西アフリカ沿岸から撤退した深海棲艦が集結している。数はサーモン諸島にいる数の1.5倍ほど。それにノーフォークで生まれた強力な装備を持っている深海棲艦も合流したという噂もある。これに西インド諸島の深海棲艦が加われば数の面では人間側を圧倒できる。

 装甲空母姫達は米軍の偵察機の監視を避けながら撤退の準備を進め、そして人間側の日付で7月25日の夜に撤退を開始することにした。

 君は優秀で、私としても手元に置いておきたいものなのだがな……。装甲空母姫は惜しむように言う。

 もう決めたことです。隻腕のリ級はきっぱりと言った。

 ならあいつらをパナマに連れて行け。まだ生まれたばかりだが、小さいわりには強力な魚雷を撃てる。装甲空母姫はリ級の後ろにいた小さな深海棲艦を指さした。その数は数十匹。頭は駆逐艦級のように魚みたいだが、その頭部に小さな体が生えている。

 こいつらの航行能力では大西洋の荒波は越せない。だからお前が連れて行け。

 わかりました。それではお達者で。

 隻腕のリ級は踵を切り、後にPT小鬼と呼ばれる小さな深海棲艦数十匹を連れ、パナマの方へ航行していった。

 

 書類が山のように積み重ねられているディロンの執務机。タイコンデロガはその山のような書類の上に、さらに書類を積み重ねた。バランスが悪くなり、崩れそうになったので、うまいこと山を整える。

「TF100からTF104までの参加艦娘名簿、ここに置いておきますよ」

「わかった」

 ディロンはタイコンデロガの顔を見ることもなく、書類に目を通しながら、返事をした。

 タイコンデロガは名簿を置いた書類の山とは別の山のてっぺんにある書類を手に取ってみる。厚さ3㎝ほどの分厚い書類だ。

 それはハッピー・スモーカー作戦における空軍の具体的な攻撃目標や攻撃方法、展開の仕方がまとめられた書類だった。ぱらぱらとめくって中を見てみるとよく分からない単語や略称が並んで文章をつくっている。ベトナム戦争まで参加したタイコンデロガだからある程度まで理解できるが、大戦後に解体、退役した艦娘だったら全く分からないだろう。

 ふとタイコンデロガの目にとまった単語があった。サン・クリストバル。

「MRBMはないよね……」

「ん?」

「いえ、何でもありません」

 タイコンデロガは書類を山に戻した。戻し方が悪かったので、山が崩れそうになる。タイコンデロガは山が崩れそうになるのをとっさに抑えた。

 サン・クリストバル。1962年のキューバ危機においてMRBM(準中距離弾道ミサイル)やIRBM(中距離弾道ミサイル)が発見された場所だ。

 この世界に核兵器はない。核兵器自体はアメリカが生み出したらしいが、この世界では軍事的にも政治的にも役立たずとして考えられ、研究自体が核兵器第1号の原子爆弾で終了してしまったらしい。

 いいことだ。ちょっとした間違いで人類が滅亡するなんてことが起こらないのだから。水素爆弾をA-4攻撃機ごと落として大問題になることもない。1972年まで現役だったタイコンデロガはしみじみと思う。

「ところでハッピー・スモーカーなんてアホらしい作戦名、誰が決めたんです?」

「大統領だそうだよ」

 タイコンデロガの質問にディロンは書類にサインをしながら答えた。タイコンデロガは失言だったと少し顔が青ざめる。

「キューバは葉巻が特産品だろう? 大統領は喫煙家なんだが、ここ10年キューバ産の葉巻を吸っていないそうだ。今回の作戦でキューバが解放されれば喫煙家にとってこんなに嬉しいことはない、作戦について大統領に説明しに言ったときに、そう言っていたよ」

「そ、そうですか。葉巻っていいですよね。あのウィストン・チャーチルやカストロも吸っている写真が多いですし。あ、あの、失礼します」

 タイコンデロガは慌ただしく執務室から出て行った。

 戸が閉まってからディロンは苦笑する。

「そんなに慌てなくても、ねぇ。別に大統領に言ったりしないのにさ」




 オ・ノーレ!
 駆逐水鬼の被弾ボイスを聞いて私はこれを想像しました。彼女の頭は飛びそうにないですけども。でも先制雷撃できるからどっか分離するのかもしれない。
 イベントは無事完遂しました。甲勲章2個目だやったね。
 ちなみに駆逐棲姫の「やらせはしないよ!」のボイスはメリーベルの声に聞こえます。

 1965年に奄美諸島辺りで水素爆弾を搭載したA-4攻撃機が空母タイコンデロガのエレベーターから転落しました。水深5000mということで回収はできないそうで、放射能も確認されていないそうです。

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