雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

54 / 65
第33話「ハッピースモーカー作戦」 

 7月26日午前7時43分。黎明の空を1機のU-2ドラゴンレディ、TACネーム「クロウ2」が飛んでいた。

 眼下には7000近くの島、小島、岩礁、珊瑚礁で構成される西インド諸島が広がっている。

 その美しい熱帯の島々は今日の12時30分から始まるハッピースモーカー作戦で戦場になる予定だった。

 予定だったのだ。

『クロウ2からエンジェルハープへ。ハバナ港およびカルデナス港に深海棲艦の姿は認められない。今から画像データを転送する』

『エンジェルハープ了解。偵察活動を継続せよ』

 クロウ2は管制機エンジェルハープに搭載カメラで撮影したハバナ港およびカルデナス港の画像を転送した。

 管制機エンジェルハープのスタッフ達は転送されてきた画像データを印刷し、3日前に撮影された偵察写真と見比べた。3日前の偵察写真には湾の中に無数の深海棲艦の姿が見受けられるのだが、今と撮られたばかりの写真には朝日を受けて煌めき、小さく波打つ小さな港しか映っていない。深海棲艦の姿は全く見えない。

『エンジェルハープからクロウ2へ。ハバナ市街を撮影せよ』

『こちら、クロウ2。それは湾内も含めてか?』

『市街のみだ』

『クロウ2、了解』

 U-2が進路をハバナ市街に向けるため、旋回する。零下50℃近くの空、漆黒の翼が朝日を鈍く反射していた。

 

 アメリカ海軍の揚陸艦16隻は艦娘に護衛されながら、東海岸沿いに南下していた。無数の艦娘に護衛されているといっても、深海棲艦は脅威であり、艦隊は外洋ではなく、近海を航行していた。

 旗艦はブルー・リッジ級揚陸指揮艦1番艦『ブルー・リッジ』。フィラデルフィア海軍造船所で建造された艦である。艦橋は中央部におかれ、Mk.45 5インチ砲1門、CIWS 2基という貧弱な武装から、ぱっと見、輸送艦である。しかし、中身は艦隊指揮を取るための指揮・通信設備がぎっしりと詰まっている。甲板からたくさん突き出ている白色のドームはその通信機器などのアンテナである。

 この『ブルー・リッジ』には揚陸艦隊の司令官はもちろん、揚陸部隊の司令官やディロンなどの艦娘隊司令官もいる。指揮をする上では通信能力が強力な方が良いし、指揮系統のトップを1隻にまとめた方が部隊を動かしやすい。

「艦娘というのは寒くないのですかな? ディロン中将?」

 揚陸艦隊司令官のアイザック・オーツ准将は双眼鏡から目を離して、椅子に座りながらコーヒーを飲むディロンに尋ねた。

「どういうことです?」

「服装ですよ。海の上は風も強く、湿度もあるのでスカートや半袖といった服では、今は夏といっても寒いでしょう」

「艦娘というのは艤装を付けている場合、常に体表にバリアーが出ている。風はそれで防がれるからいいんだ」

「バリアーですか、ふむ」

 アイザックは再び双眼鏡を覗く。見ているのは揚陸艦隊の護衛を行っているマハン級駆逐艦ケースである。朝日に映える白色に青のラインのセーラー服とは風にたなびいて、実に寒そうに見えるのだが、本人はそう思っていないのだろう。

「バリアーは深海棲艦も張りますよね。深海棲艦と艦娘。そういう所の根本的な仕組みは同じなんでしょうな。しかし、私達と何が違うのでしょう?」

 アイザックは言った。はたして「艦娘=人間」なのだろうか? そういう疑問を持っているアメリカ国民は少数ながらいる。DNAや生理機能などの科学的見地から見れば人間との違いは一切ないのだが、艤装を身につければ水に浮き、大砲を撃てる。特別な才能や能力を持っていると言えばそこまでなのだが。

「いえ、あの子達は私達と同じです。体も心も……ただそういう能力があるだけです」

「体も心も……ですか」

 アイザックはあることを思い出した。艦娘は別の世界で『マウント・ホイットニー』と同じように海を駆ける軍艦であり、解体や沈没を経て、人間の姿を持ち、この世界に転生した――――という話だ。

 その話が本当ならば、国家に忠誠を尽くす気持ちは持っていてもおかしくはない。まさに体も心も人間だ。ものが意思を持つ、というアミニズム的な考えも世界の宗教ではよく見られるし、あり得ない話ではないのかもしれない。

「もし、艦娘が人間でないとしたら――――――」

 聖書的にはどうなるのでしょうか。そう言おうとした時、空中管制機エンジェルハープから通信が入った。

 それはキューバ島には深海棲艦がいない、という内容の通信だった。

 

「深海棲艦がどんな動きをしても対応できるように作戦を組んでいたが……まさか、いないとは」

「撤退したのでしょうか」

「市街地に潜んでいる可能性はある。作戦は継続すべきだろう。日程の大変更は必要だが」

 各指揮官は作戦の変更について話し合っていた。

 ハッピースモーカー作戦に限らず、強襲上陸作戦は制海権の奪取、上陸部隊への火力支援が重要だ。しかし、制海権を取る上で障害となる敵海上戦力、上陸させまいと水際防衛を行う敵陸上部隊の両方がいないのだ。敵海上戦力は現状不明だが、敵陸上戦力は先に隠密上陸した特殊部隊からの報告により、皆無なことが分かっている。

「深海棲艦は陸で戦う場合どれくらいの脅威になる?」

 海兵隊指揮官の大佐がディロンに尋ねた。陸上深海棲艦がそれぞれどれくらいのスペックなのかは先のレコンキスタ作戦でおおむね把握している。しかし、普段は海にいる深海棲艦が陸上においてどれくらいの戦闘能力を持っているのかはどこの国の軍隊もほとんどデータを持ち合わせていない。

「艦娘と同じように陸上で能力低下するのであれば、小口径機関砲を搭載した軽装甲車程度だろう。戦艦クラスはライフル弾くらい弾くだろうが」

「なら、歩兵でも十分対抗できる。少し安心したよ」

 海兵隊指揮官の大佐は陸上においても海の上にいる状態の戦闘力を維持しているのではないかと考えていた。戦車の徹甲弾でようやく貫けるか貫けないかの耐弾力、大口径自走砲並み、もしくはそれ以上の火力を陸でも持っていたら、どんな軍隊でも勝ち目はない。

「しかし、本当にそのようなデータがあるというわけではないことを注意しろ」

「了解だ。そのときは艦娘の火力支援を頼む。ただし、俺達の上に落とすなよ」

 海兵隊指揮官の大佐は不敵に笑った。

 作戦はおおむね次のように変更された。

 27日05時30分に空挺部隊が降下。07時15分に上陸地点やその周辺をTF102(揚陸艦隊護衛部隊)とTF104(夜戦強襲特化部隊)が砲撃。2時間の事前砲撃を加えた後、海兵隊が上陸を開始する。敵機動部隊を叩く予定だったTF101(空母機動部隊)は制空権の確保と周囲監視、上陸部隊支援。TF103(戦艦と巡洋艦を中核とする砲撃部隊)は敵深海棲艦の奇襲に備えるための予備部隊として活動する。あとはそのときどきに応じて臨機応変に対応する、という具合になった。

 

 海兵隊は27日07時15分に艦娘の支援を受けながらハバナ市街の左右に上陸。すでに進撃を開始していた空挺部隊と合流し、27日中にハバナ市街を包囲した。28日の朝を迎えて、市街に突入したが、攻撃してくる敵は全くおらず、逆に味方を敵と勘違いして同士討ちをしてしまう部隊が出る始末だった。

 29日にはハバナ市街を完全に占拠。国会議事堂であるカピトリオには星条旗が掲揚された。

 キューバ国民も深海棲艦もハバナ市街にはいなかった。しかし、沿岸部の建物内部やその周辺には魚の骨や糞などの多数の人間が生活していた跡があった。そしてあまり古くない大量の血の跡もあった。

 

 30日には艦娘達もキューバに上陸した。いや、上陸したという表現は少々間違いだろう。正しくは陸に上がっても良いと許可が出た、というのが正しい。ただすぐに前線復帰できるよう艤装は付けたまま、という条件付きだが。

 周辺海域に深海棲艦は確認されていないし、ずっと海上にいるのは飽きる。今後のことも考えると海兵隊の面々と交流するのも良いだろう、というディロンの配慮である。

 ただ、その配慮は結果としてあまりいいものではなかったのかもしれない。

 艦娘達は見てしまったのだ。

 

 ファラガットと他数名があまりの事態に昼食を戻してしまった。胃液と消化されかけのMREが混ざった液体はハバナの青い海に溶けていく。

 ハバナの海岸の砂浜には大量の死体が流れ着き、腐敗して異臭を砂浜中に漂わせていた。むろん、五体満足の溺死体が流れ着いて腐っているだけなら気分は悪くなってもファラガットとそのほか数名が吐くことはないだろう。曲がりなりにも太平洋戦争で戦った記憶を持っている。甲板が血に染まった艦も少なくない。

 砂浜の死体は何者かに喰われた跡があったのだ。タコやシャコといった生物は水死体の肉を好むというが、そんな小さな生物に食べられた跡ではない。もっと大きな何かに噛み千切られたようなそんな死体がたくさんあった。

 上半身がなくなり、下半身だけの者。その逆で上半身だけの者。手足だけ流れ着いているのもある。腐敗してよく分からないが、どの傷口にも鋭い牙の跡が見受けられた。一方で頭が割られて脳みそがすっかりなくなっているような死体や内臓の一部だけがなくなっている死体もあった。その様な死体が砂浜一帯に広がっている。

「なんなの……なんだっていうの!?」

 ファラガットが叫ぶ。吹雪がぼそりと「深海棲艦」と言った。

「え……?」

「深海棲艦だよ、たぶん。いや、絶対。前もそういうことはあった」

 吹雪は気持ち悪そうに、しかし当然のように言った。

 深海棲艦は魚や鉱物はもちろん人間も食べる。撃破した深海棲艦を回収して解剖したら胃に人間の肉があったのはよく知られている。艦を攻撃し、沈めるのも人間をつかまえて食べるためとも言われているのだ。もっともファラガット達アメリカの艦娘は知らなかったようだが。

 いや、知っていた、教えられてはいたはずだ。日本から提供された深海棲艦の資料の中にはそのような食人の記述もあったはずである。きちんと認識していなかっただけなのだろう。

 多くの深海棲艦は食べ物の一種として人間をつかまえ、ただ汚く喰らうだけだが、知能のある深海棲艦の中には赤子の肉を好むものもいたり、血抜きしたり、肥えさせたり、好みに合うように育成してから食べるようなものもいたようだ。リランカ島やフィリピンでは人間の養殖場らしき所まであったというのだから恐ろしい。

 西インド諸島の場合、深海棲艦が撤退するさい、貯めた人間がもったいないので食い散らかしていったのだ。その結果がこの砂浜だった。

「私達が戦う相手はそういう生き物なんだよ。ファラガットちゃん」

 

 同じ30日には国会議事堂であるカピトリオにキューバ国旗も掲揚された。キューバ西部にあるオルガノス山脈に隠れ潜んでいたキューバ軍とキューバ国民が米軍の上陸とハバナの占領を見て、山を下りてきたのである。

 27日の時点でキューバ軍はアメリカ海兵隊の上陸を把握していたのだが、まだ深海棲艦はハバナやその周辺地帯にいると信じており、アメリカ海兵隊が撃破されることも考慮して国家評議会議長フィデル・カストロはアメリカ海兵隊に連絡を取らなかったのである。そして29日、国会議事堂カピトリオに星条旗が掲揚されたのを確認して山を下りることを決意した。

『キューバにもう深海棲艦はいない! 私達はまた人間らしい普通の生活を送ることができるのです』

 フィデル・カストロは米軍に借りた無線機の前でこのように言った。カストロの声は電波に乗って国中に、『ブルー・リッジ』が中継してアメリカ中に伝えられた。

 しかし、アメリカの各新聞社が紙面に乗せた記事はファラガット達が見た浜辺のことだった。




 ハッピースモーカー作戦、1話で終了。敵がいないから仕方ないね。その分次の作戦はレコンキスタ作戦並みに長いと思うよ。
 ブルー・リッジ級揚陸指揮艦1番艦『ブルー・リッジ』ですが、この艦、横須賀が母港です。見たことがある人も多いのではないでしょうか? あんな輸送艦みたいな外見の艦が米軍第7艦隊旗艦です。ブルー・リッジの武装はMk.38 25㎜機銃とCIWSしかありませんが、作中のブルー・リッジはMk.45 5インチ砲mod.2を搭載しています。
 それと作中には書きませんでしたが、揚陸艦隊はアンカレッジ級ドック型揚陸艦やニューポート級戦車揚陸艦、オースティン級ドック型輸送揚陸艦、デ・ソト・カウンティ級戦車揚陸艦などで編成されています。

 あと食人についてですが、深海棲艦にとって人間を食べることは「食物」という意味以上の意味があります。もっとも色々と加工したり、好みに合わせて人間を食べるのは間違いなく、深海棲艦の嗜好です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。