雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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霞改二ついにきたぁ!


第34話「流れ着いた者」

 バミューダトライアングルというものをご存じだろうか?

 フロリダ半島の先端と、大西洋にあるプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域のことで、昔から船や飛行機、もしくはそれらの乗務員のみが消えてしまうという伝説を持つ不思議な海域である。

 その伝説の原因として「ブラックホールがあって船や飛行機を吸い込んじゃうのだ」というブラックホール説や「宇宙人がUFOで誘拐しているんだよ!」という宇宙人説、「バミューダトライアングルの3点を結ぶと正三角形より僅かに歪んでいる。その歪みが空間を歪ませ、おかしな現象が起きている」という歪三角形説など色々と考えられている。しかし、ほとんどの説は科学的根拠はないに等しく、消失した飛行機や船の残骸、遺体が発見されているので辻褄が合わない。

 説のほとんどが否定され尽くした2000年。それとほぼ同時期に深海棲艦が世界各地に出現した。

 船も飛行機も襲い、船も飛行機も人も食べる。そんな深海棲艦である。2000年当時としては船や飛行機を襲うという認識しかなかったが、伝説の原因として「深海棲艦」は非常に良い存在だった。

「バミューダの怪物深海棲艦 伝説の真実はコイツだ!」

 あるオカルト雑誌がそんな題を付けた号を出して以降、深海棲艦が説の主流となっている。

 

 バミューダトライアングル伝説の真実はともかくとして、この海域はハリケーンや霧がよく発生する。特に夏はハリケーンが特に発生しやすい季節である。そして今は7月の末だ。

 西インド諸島から逃げ出し、アイスランドへの中継地点としてバミューダ諸島を目指していた装甲空母姫達が強力なハリケーンに襲われるのも当然とも言えた。

 荒れる海。バケツをひっくり返したような豪雨。吹き飛びそうなくらいの強風。轟く雷。

 ハリケーンは総エネルギーだけでいえば核兵器のエネルギーすら簡単に超え、規模が大きければ船舶だって沈めることができる。むろん、深海棲艦とて例外ではない。

 艦列はぐちゃぐちゃになり、旗艦の装甲空母姫達も誰がどこにいるのか、艦隊はどれくらいバラバラになってしまったのか、よく分からなくなっていた。

 艦娘や深海棲艦の体は船に比べて極めて小さく、質量も小さいので、波や風の影響を大きく受ける。そのため、台風やハリケーンに襲われた場合、まともに艦列を維持することなど不可能だった。

 小島に待避したり、ハリケーンとぶつからない航路を選べば良いのだが、装甲空母姫達にとって突破する以外なかった。周辺には艦隊を収容するほどの広さがある島はないし、ハリケーンを回避できる航路を選べば、西インド諸島を再奪還するために南下している人間と艦娘の艦隊と鉢合わせするからだ。

 生き残る為、西インド諸島から撤退したというのにハリケーンに遭遇するから、という理由で艦娘と鉢合わせしたのでは本末転倒もいいところ。それならハリケーンの中に突っ込んだ方が良い。そう、装甲空母姫は考えたのだ。

 しかし、ハリケーンの強さは装甲空母姫の予想以上だった。

 深海棲艦達は何度も巨大な波を被り、互いにぶつかって損傷したり、押し流されて艦隊からいなくなってしまうものも発生した。巨大な音と共に襲い来る雷は金属部分が多い戦艦級や巡洋艦級に当たり、死には至りはしないものの、気絶してしまい、艦隊からはぐれてしまう。

 西インド諸島を出発した当初には大小170近い深海棲艦がいたが、今となっては装甲空母姫が把握している深海棲艦の数は90。半数近くを見失っていた。その見失った深海棲艦は艦隊からはぐれてさまよっているだけで生きているのか、死んでしまったのか。それすら分からない。

 北を目指せ!

 装甲空母姫は出せるだけの声で他の深海棲艦に命令し、アイスランドまでの中継地点バミューダ諸島を目指した。

 

 装甲空母姫がハリケーンの中で四苦八苦しているなか、隻腕のリ級と小さな深海棲艦達は無事にパナマに到着した。

 出迎えたのはパナマを支配している深海棲艦のトップ、後に潜水水鬼と呼ばれることになる深海棲艦だった。

 パナマ運河を支配する深海棲艦は潜水艦クラスが主力であり、機動力のある遊撃部隊である巡洋艦クラスと駆逐艦クラスの混合部隊は少数だ。

 西インドの部隊がアイスランドに移るというのは本当か?

潜水水鬼は隻腕のリ級に挨拶してからすぐにこのことを聞いた。

 ええ、本当です。

 なんてことだ。

 潜水水鬼は驚きの表情を隠せなかった。西インド諸島の装甲空母姫から通信で話だけは聞いていたのだが、まさか本当にやるとは思っていなかったのだ。

 潜水水鬼がそう思っていた理由はごく単純。パナマ運河は戦略的に重要な地域だからである。

 太平洋と大西洋を直接繋ぐ航路は4つ、ユーラシア大陸の北を回る北極海航路、北アメリカ大陸の北方を通る北西航路、南アメリカ大陸南端のマゼラン海峡を通る南半球航路、そしてパナマ運河を通る航路である。カレー洋やスエズ運河を通るものを含めれば6つにはなる。

 このうち、いまだ深海棲艦が支配している航路は南半球航路、パナマ運河を通る航路の2つだけである。他は寒すぎて通れないか、人間側に取り返されてしまった航路である。

 残った2つうち、最も使用されている航路がパナマ運河の航路だった。

 横浜ニューオリンズ間を移動するのにパナマ運河を使った場合では日数では25日、距離では9,129km。一方、マゼラン海峡を使用する場合では46日、16,557kmとパナマ運河を使用する場合と比べ倍近くの日数と距離がかかる。

 大西洋にいる部隊を太平洋に移す、太平洋にいる部隊を大西洋に移す、という事態に陥ったとき、有利なのは間違いなくパナマ運河なのだ。

 人間側にとっても深海棲艦にとっても軍事的要衝であるのがパナマ運河である。

 もしパナマ運河が人間側に奪還された場合、太平洋と大西洋の部隊移動が非常に困難になる。例をあげるなら、アイスランドが攻撃されたとき、ハワイやサーモン海域から援軍を出しても間に合わない、という事態が発生するのだ。

 アメリカ海軍が艦娘戦力を充足させてきた今となっては西インド諸島が緩衝地帯となるはずだったのに、西インド諸島の深海棲艦はアイスランドに後退してしまった。

 こうなってはパナマを自分たちで守るしかないのである。しかし、太平洋方面は今も激戦続きであり、こちらに戦力を回す余裕はあまりない。

 防衛戦力を強化しよう。今すぐ、それも迅速に。我々には時間がない。今にも人間と艦娘がやってくる。

 潜水水鬼は苦い顔をしながら、そう言った。

 

 装甲空母姫はハリケーンを抜け、バミューダ諸島に到着できた深海棲艦の数を確認した。 117。遅れて到着したものも含めて117である。当初の7割程度の数だ。

 残りの3割が沈んだとは思わない。まだ大西洋をさまよっているだけなのだろう。しかし、自分の位置が分からなくなったのなら合流できる可能性はかなり低い。

 大西洋は目印になる建造物や島はほとんどない。西インド諸島以外は今、泊地水鬼達がいるバミューダ諸島くらいのものだ。

 深海棲艦は幸いなことに海の上なら魚を捕って長時間行動できるため、いつかは自分の位置を把握し、単艦であってもアイスランドを目指すことはできるだろう。しかし、装甲空母姫はその「いつか」まで待つことはできない。

 西インド諸島に深海棲艦が一体もいないことは人間側もすでに分かっている。このバミューダ諸島にも偵察機がやってきて見つかるのは時間の問題だ。ずっとこのバミューダ諸島でさまよっている仲間を待つことはできないのだ。

 3割より7割の方を選ぶ。それが正しい判断。装甲空母姫はそう考えた。

 その理屈ならすぐにでも出発すべき事態なのだが、装甲空母姫はその3割の到着をあと12時間だけ待った。7割だけとなるとさすがに戦力としては心許ないからだ。せめて8割は欲しかった。

 装甲空母姫はその12時間の間、バミューダ諸島、とくに飛行場があるセントデーヴィット島をぶらぶらと散策した。

 ぼうぼうに生えた雑草とそれに紛れてぽつぽつと割いているハイビスカス。ひび割れたアスファルト。崩れた建物と朽ちた肉塊。人間の使う輸送機の残骸。砲塔の吹き飛んだ数量の戦車。オリーブドラブの包装ビニール。

 人間がこのバミューダ諸島に空挺強襲をかけたのは4ヶ月前ほどのことだ。一晩で駐留部隊は壊滅、セントデーヴィット島を占領されるというとんでもない事態になった。西インド諸島からも奪還部隊を出している。しかし、奪還部隊が到着したときには人間と艦娘の姿はどこにもない、という事態になっており、それを聞いたときは装甲空母姫も困惑したものである。

 はたして人間が一時的にしろバミューダ諸島を占領した理由は何だったのだろうか? 深海棲艦はそれを未だ理解できていなかった。

 西インド諸島よりも湿気を含んだ暖かい風が装甲空母姫の髪をくすぐる。

 

 深海棲艦が上陸している!

 その様な内容の通報がサウスカロライナ州のビーチから米軍にされたのは、ハッピースモーカー作戦が終わって、揚陸艦隊も海兵隊も艦娘もアメリカ本土に戻ってすぐの8月17日のことだった。南太平洋では日本海軍が第二次FS作戦でサーモン諸島に大規模攻勢をかけていたときである。

 米軍の動きは速かった。陸軍は第101空挺師団をサウスカロライナ沿岸に投入し、戦闘に備え、州軍や正規軍を即座に動かした。空軍はF-111アードバークで編成された攻撃隊3個飛行隊36機を即座に展開させた。海軍はC-130Gで空挺補助装備の艦娘部隊を投入した。

 米軍にとってハッピースモーカー作戦は成功したものの、どこかに消えた深海棲艦に注意を払ってきた。いまだレーダー装備の艦娘を哨戒させる以外に深海棲艦を早期に発見する方法はない。このため、上陸された場合でも迅速に部隊展開できるような仕組みを米軍は構築していたのである。

 しかし、今回の陸海空軍の展開は少しオーバーだった。

 深海棲艦は「上陸した」のでなく、「漂着した」のだから。

 

 海岸には無数の黒い影、少なくとも25体以上の深海棲艦が漂着していた。艦種は多種多様。駆逐艦クラスが一番多いが、重巡クラスや戦艦クラスもいる。

「まだ生きてる?」

 吹雪は細長い流木でイ級を突っつく深雪に尋ねた。

「さあ……うわっ、動いた!」

 イ級の体が微かに動き、深雪が流木を放り出して、後退。5インチ砲をイ級に向けた。

 くるるるるる。イ級は小さく鳴いた。戦闘するときの勇ましい咆哮ではなく、疲れ果てたような弱々しい鳴き声だった。

 深雪と吹雪は砲を降ろした。このイ級に戦う意思は――――いや、意思はあっても体力がないようだ。他の深海棲艦も同じように衰弱していた。

「どうしたんだろうな?」

「西インド諸島にいなかったのと何か関係があるのかな?」

 西インド諸島の深海棲艦はどこに消えたか? アメリカ軍はパナマ方面に移動したと考えていた。しかし、パナマではなく、北のアイスランドに移動していたとすれば、大西洋で発生していたハリケーン「ヘンリー」に巻き込まれ、体力を消耗した果てに、このサウスカロライナの海岸にたどり着いたのかもしれない。

「因果応報……か」

 吹雪はキューバの海岸を思い出しながら、この深海棲艦達にこれから起こることを想像しながら、そう呟いた。

 

 これらの深海棲艦はすべて研究所に送られることになった。深海棲艦の五体満足で、なおかつ生きたサンプルは非常に貴重な存在である。

 深海棲艦のサンプルが手に入るのは基本的に戦闘後なので、手だけだったり、足だけだったり、ほぼ胴体しか残っていないだるま状態というサンプルが多い。戦闘後すぐであれば生きている個体もあるが、調査部隊などが来るのは戦場が安全になったからであり、そのときにはすでに死んでいることが多い。それでも集める意味はあるが、やはり五体満足な方が体組織がどうなっているのかがよく分かるし、生きていればどこの器官がどのように機能しているのかも分かる。

 そういう意味で今回は大収穫だった。捕獲できた個体34体のうち、生きた個体は27体でどれも5体満足なのである。

 その反面、輸送時にはかなりの注意を払わねばならない。なにせ生きているのだから、暴れる可能性がかなりある。実際、日本海軍では眠らせていたタ級が輸送中に目覚め、運んでいた輸送船が撃沈される、という事例もある。

 そのため、米軍は捕獲した深海棲艦が手足がある場合は頑丈な手錠と鎖、ワイヤーで拘束し、砲などは砲身内部に溶けた鉛を流し込んで蓋をした。こうすれば暴れられても発砲はできないし、もし発砲したとしても発砲した自分がお陀仏になり、周りへの被害は最小限に抑えられる。

 輸送には重量物輸送に特化したCH-54タルヘが選ばれた。艦娘の海上回収や不時着した航空機の回収に用いられる便利なヘリコプターである。

 もし暴れて、つり下げるワイヤーが切れ、地上に落下することがあってもCH-54に随伴するAH-1TコブラがTOW対戦車ミサイルで攻撃、撃破することになっていた。

 幸いなことに暴れる深海棲艦はおらず、研究所までの輸送は平穏なものだった。

 

『はい、こちらはアンダーセン第二自動車修理工場です。当工場は昨年から閉鎖しています。電話番のみの対応となります。どのようなご用件でしょうか?』

『工場の閉鎖は知っていますが、そちらの天気を教えていただきたく電話しました。明日の朝から明後日の夕方にかけての天気を教えてください』

『残念ですが、その様なご質問にはお答えできません。地方の新聞社、または気象観測所にお電話されてはいかがでしょうか』

『36の774。天は雨を降らしました。男性は庭で薪を割っています。9672。チンパンジーはパンケーキを食べています』

『――――――確認しました。これは秘匿回線になります。こちらは地球救世委員会第4研究所です。そちらのお名前をどうぞ』

『こちらは深海棲艦研究所のカーター少佐です。ガヴリイル・ペトリーシェフ所長を出してください』

『分かりました。少々お待ちください』

 

『カヴリニル・ペトリーシェフだ』

『「廃棄物」についての報告です。内容物は「生ゴミ」が6袋、「不燃ゴミ」が4袋です。23日に回収車をお願いします』

『わかった。手はずは整ったのだな。23日に回収車を向かわす』

『23日ですね。分かりました。報告はこれで終わりです』

『これで計画は大きく進展する。神からの恵みか?』

『真の神の子は我々の助けを欲しているのかもしれません。神は私達にまだ期待しているのかもしれませんね』

『そうであればこの上ないことだ。この地球(ほし)が救世されんことを』

『この地球(ほし)が救世されんことを』

 




 今年はこの投稿が最後だと思います。まだ投稿するかもしれませんが。
 今年から始めた作品ですが、皆さんが読んでくださり、たくさんの感想を書いてくださりありがとうございました。これからも精進していきます。
 では皆さん、よいお年を。

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