第1話「選出」
2014年9月。各鎮守府の提督達が集まって行われる定例報告会は呉鎮守府で行われていた。9月の定例報告会は橫須賀鎮守府で行われる予定だったのだが、8月の深海棲艦本土奇襲により橫須賀鎮守府の施設はそのほとんどが破壊されてしまい、それどころではなくなってしまった。
なぜ深海棲艦が日本本土に、砲撃が可能な距離まで接近されたのか。これは8月に行われた北部太平洋と中部太平洋における攻勢、AL/MI作戦が直接的な原因である。この作戦に艦娘戦力の大半を投入した結果、本土の防衛線に空白地帯が発生し、そこを深海棲艦に突破されたのだ。
「横鎮は壊滅だそうだな」
「ええ。しかし、艦娘の沈没がなかったこと、民間人の被害が少なかったのは僥倖でした」
呉の提督は橫須賀の提督を見た。顔はやつれ、痩せたように思う。MI作戦の大成功から戻ってみれば、鎮守府が壊滅していたというのは辛いものがある。今でも鎮守府機能回復への仕事で苦労は絶えないだろう。それでなくても我々、艦娘をまとめる司令官や提督は幼い女子を戦場に送っている事実に日々、神経をすり減らしている。
「本土を奇襲した深海棲艦はどこから来たのだ?」
「おそらくハワイだと考えられます」
ハワイ。太平洋の中央に位置する島々だ。一昔前はアメリカ海軍太平洋艦隊の司令部であったが、現在では深海棲艦の大泊地だ。
「やはり、例の作戦。できるだけ早く行わなければならんな」
舞鶴の提督が言った。
「確かにそうだ。あの作戦は早急に行った方が良いだろう。しかし、問題は輸送機だ。あれが完成しなければどうにもこうにもならん」
「輸送機の方は空軍と中島に任せましょう。こちらが考えるのはアメリカに誰を送るかという問題です」
日本はなんとかアメリカへ艦娘技術を伝えようとしていた。
北南アメリカ大陸は現在、世界から孤立している。
深海棲艦の出現当初こそアメリカ軍は果敢に闘い、一部では戦果も上げていたが、深海棲艦の物量、能力に圧倒され、2002年には勢いを失った。その後もしばらくは衛星、海底ケーブルによる通信連絡が行われていたが、2003年には衛星通信すら途絶した。
アメリカは滅びた。そのように噂されるのにも無理はない。実際、なんとか互いに連絡を取り合えていたユーラシア、アフリカ、日本の国々もアメリカは滅びたと認識し、それを前提として行動していた。
ところが2013年11月、北極海にてシギント(通信、電磁波、信号の傍受を主する諜報活動)中のロシア連邦海軍所属の情報収集艦ウラルがある電波を傍受した。その電波を解析をするとアメリカ大陸、それもアメリカ陸軍が発した電波ということがわかった。
ロシア連邦政府は当初、情報を秘匿した。理由はアメリカの再興を恐れたためである。深海棲艦によりユーラシア大陸、とくにヨーロッパにおいてアメリカの影響力がすべて排除されたのである。これによりヨーロッパのパワーバランスは資源、食料ともに握る軍事大国ロシアに大きく傾いていた。もしアメリカが復活し、このロシア偏重のパワーバランスが再び崩れるようなことは、ロシアに不愉快きわまりない。
そんな事情もあり、ロシアはこの1件を闇に葬ったのだが、次の年の2月にはイタリアの諜報機関がこのことをすっぱ抜いて、全世界に公表した。後にロシア政府も事実を認め、制式に「アメリカが生きていること」を公表した。
ユーラシアの国々は沸き立ち、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本の艦娘先進国5国はアメリカに艦娘技術を提供することを決定した。
アメリカに艦娘技術を伝える派遣団を出すのは他の国はまだまだ艦娘の数が少ないため、戦力的に余裕のある日本が受け持ち、技術者30名と艦娘のサンプルとして艦娘4名程度を派遣することになった。
アメリカに渡る艦娘の選定は困難を極めた。
海軍の主力である戦艦、空母はあり得ない。ならば、巡洋艦、駆逐艦辺りとなるが、機動力と火力を併せ持つ重巡洋艦は各地に現れる深海棲艦の火消し役として重宝されている。巡洋艦が駄目になると必然的に数の多い駆逐艦となる。しかし、数が多いと誰を送るかこれまた悩みものだった。
それに誰を送るか以前にも問題はあった。艦娘は生まれ変わる前、アメリカと戦争していた、という問題である。
多くの艦娘にとってアメリカは憎き仇敵なのではないか? 今でもそう思っているのではないか?
提督達の間にその様な心配があった。
この世界は艦娘達の記憶にある世界とは違う世界だ。世界大戦は一度しか起こっておらず、第二次大戦も太平洋戦争も起こらなかった。世界大戦に懲りた人類は協調主義と民族自決の下、世界平和をある程度まで実現することができた。
そのような世界だから、艦娘達が経験した世界について知っている者は艦娘以外に誰一人としていない。そのため艦娘の証言を元に「艦娘証言録」というものを編纂されたのだが、その中で浮かび上がってきたのは「日本の多くの艦娘はアメリカのことをあまり良くは思っていない」ということだった。
それが事実であれば、アメリカに渡った後、アメリカの艦娘との間に禍根を残す可能性がある。将来的にアメリカ軍と日本軍で共同作戦を行う以上、そのようなことはできるだけ避けなければならない。
結局、会議中には誰を送るかは決まらず、一度鎮守府に戻り、各自で駆逐隊を選出し、来月の報告会で検討するということになった。
「アメリカ……ですか?」
呉鎮守府の提督執務室に第十一駆逐隊の吹雪、白雪、深雪、初雪4人が呼ばれていた。「そうだ。私は君達に行ってもらいたい」
呉の提督は第十一駆逐隊をアメリカに送る艦娘候補に選出した。
「なんで第十一駆逐隊なんだよ? 司令官?」
「理由は3つだ」
1つ目に艦娘としてベテランであること。
吹雪型駆逐艦は2013年の春、艦娘建造が始まった当初からいる艦娘である。それだけに戦いを数多く経験しており、後輩の駆逐艦への教導もこなしている。アメリカでも艦娘の教導を任せられるだけの実力があると呉の提督は判断した。
2つ目に艦娘の艤装、支援機器などは吹雪型に合わせて開発されたものが多いからである。
吹雪型は艦娘建造が始まった当初からいる艦娘のため、艦娘母艦に搭載している発進装置など支援機器の多くのは吹雪型に合わせて開発されている。アメリカにはこれらの支援機器も提供する予定のため、多くの艦娘のベースになっている吹雪型を送り出すのが良いと考えられたのだ。
3つ目に海外艦娘に対しても有名な艦級と考えられたからである。
艦娘がこの世に生まれ変わる前の世界、第二次世界大戦というものが起こったその世界では特型駆逐艦は建造当初、世界の一般的な駆逐艦とは一線を画すほどの性能を誇った。特にネームシップである「吹雪」は海外艦娘の間でも名が知られており、アメリカで艦娘の教導をすることになってもなめられることはないと考られるのだ。
「ほんとに?」
「お褒めいただきありがとうございます」
「まだ決定したことではないし、この件は君達は拒否することもできる。だが、アメリカに行くこと、考えていて欲しい」
吹雪達は自室に戻った。
自分達の部屋だというのに誰も口を開かない。全員の頭に提督の話があった。
アメリカ。大日本帝国が自国の生存を賭けて、全身全霊で戦争をした相手でもあり、仲間や姉妹の敵の国。あの戦争の記憶がある艦娘達にとっては複雑な想いのある国だ。
「アメリカ、私行ってもいいと思う」
切り出したのは白雪だった。
「あの世界のアメリカと、この世界のアメリカは違う。私達が戦ったアメリカじゃない」
「でも、アメリカの艦娘は私達と同じように戦いの記憶を持ってる……と思う」
吹雪は伏し目がちに言う。
「避けられないよ」
吹雪が恐れているのは日本とアメリカの艦娘同士で殺し合ってしまうのではないかということだった。殺し合いとまでは行かないかもしれないが、戦闘中に後ろからズドンというのはあり得ない話ではない。日本の艦娘でもアメリカに対して、今も強い憎しみを持っている艦娘はいる。それこそ、自分自身がやってしまう可能性も否定はできない。
「アメリカの艦娘も、この世界の現状を知ればそんなことをしている場合じゃないと気づくと思う」
「でも、私達には記憶があって、感情がある。気の迷いって事も……あるかも」
「深雪ちゃんと初雪ちゃんはどう思う?」
白雪は発言をしていない2人に振った。先に初雪が口を開いた。
「みんなが行くなら……行く」
吹雪は内心、意外だと思った。初雪は一見無口で他人に流されそうな感じがするが、実際は自分の意見をはっきり言う性格だ。普段なら『みんなが行くなら行く』などとは言わない。もっとも『みんなが行くなら行く』も1つの意見ではあるが。
「あたしは行ってもいいと思うぜ。アメリカには行ったことないし、案外面白そうだ」 深雪は戦前に衝突事故で沈没していて、太平洋戦争には参加していない。だからなのか、アメリカに対する抵抗感は少ないようだ。
賛成3、反対1。
反対する者は吹雪だけ。
誰かがアメリカに行かなければならない。それは吹雪も分かっている。しかし、吹雪型駆逐艦の長女として、姉妹が死ぬようなことはさせたくなかった。
「アメリカの艦娘だって馬鹿じゃないはずだぜ。せっかく生まれ変わったんだ。ここで恨み晴らそうなんて思わせないよう、あたし達が見本になろうぜ。なっ」
「そう……うん、そうだね」
深雪の言うとおり、アメリカの艦娘も馬鹿ではないだろうし、お互いに口があって話し合うことができるのだ。突然、砲口を向けることはないはず。私達が敵意のない行動をすれば、アメリカの艦娘だって分かってくれるはずだ。
「うん、行こう。アメリカへ」
10月の報告会。
各地の提督が自分所属の駆逐隊を候補に挙げていった。
挙げられた候補は第二駆逐隊、第八駆逐隊、第十一駆逐隊、第十八駆逐隊、第三十駆逐隊の5つだった。
提督達は自分が候補にした駆逐隊をアピールしあった。
「第八駆逐隊は真面目な子達だ。やってくれる」
「かわいくて、受けの良い第三十駆逐隊をだな」
「それは貴様の主観だ!」
「『ソロモンの悪夢』がいる第二駆逐隊が一番だ!」
「ワンマンアーミーではこの任務、務まりはせん」
「なんだと!」
「やはり、海外に名前が知れ渡っている吹雪がいる第十一駆逐隊だ」
「能力、性格共に良い第十八駆逐隊だな」
「霞って性格いいの?」
「お前は何も分かっていない」
「睦月ってかわいいよね」
「それを言うなら満潮はだな――」
いつの間にか、アメリカに行く駆逐隊候補から部隊自慢になっていた。
話し合いではらちがあかないので最終的に多数決で決めることになった。もちろん、それぞれの駆逐艦娘の長所や短所を冷静に考えて、贔屓なしで投票する。
その結果、最多票を勝ち取ったのは第十一駆逐隊だった。
あとがき
こんな感じでスタートです。
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