雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第42話「暗闇の中で」その1

 ブルーフィールズ湾の外では敵潜水艦との戦いが激しく繰り広げられていた。

 リ級の迎撃に失敗したことにうなだれる暇もなく、伸びてきた青白い雷跡はファラガット達の意識をリ級から敵潜に移させるのには十分だった。

 東から向かって来た魚雷の本数は8本。散布界が広めで魚雷同士の隙間が空いていたのと、全員が運動性の高い駆逐艦娘、軽巡艦娘のため、難なく回避する。

「全員、間隔を広く取れ。敵潜を迎え撃つ」

 軽巡のマーブルヘッドが周囲の艦娘をとりまとめて、敵潜の襲撃に備えるが、湾外の艦娘達には大きな問題があった。

 対潜水艦の装備を持つ艦娘が少ないのである。

 駆逐艦娘は原則として、爆雷と水中聴音機を装備して出撃する。駆逐する艦として、潜水艦も無視はできない。しかし、湾外の艦娘はリ級の急襲を防ぐために緊急出撃した艦娘がほとんど。装備しているのは大砲や魚雷といった対艦兵装のみで、新装備であるマウストラップ対潜ロケット発射器どころか、爆雷投下条規も爆雷投射器もない。装備しているのはリ級を探知する前から、警備に付いていた艦娘だけ。

 湾外の艦娘達はじりじりとブルーフィールズ湾の湾口に追い詰められつつある。

 

 ファラガットはリ級の襲撃前から警備についていたため、爆雷投射器と水中聴音機を装備していたが、爆雷はすぐに使い果たしてしまった。

 本物の駆逐艦ならば何百と爆雷を搭載し、敵潜に対して遠慮なくバラ撒くのだが、艦娘の爆雷搭載数は多くても50が良いところ。理由は簡単で容積の問題である。艦娘は機関出力に応じたパワーがあり、筋力も見た目以上に強化される。重量に関してはたいした問題にはならない。しかし、物体の体積はパワー云々で何とかなる問題ではない。純粋に持てないのだ。牽引する形なら、いくらでも運ぶことはできるが、戦闘機動はできなくなる。難しい問題だ。

 ファラガットはぬっ、と海面に顔を出した敵潜ソ級に向かって、5インチ砲を撃つが、ソ級の頭には直撃せず、海面で跳弾して、炸裂もせずに飛んで行ってしまう。

 ソ級はファラガットに向かって複数の魚雷を放ち、潜行する。ファラガットは周りに魚雷の接近を知らせつつ、迫ってくる魚雷をなんとか回避。5インチ砲の砲弾信管を鋭敏に設定し直して、先ほどまでソ級がいた位置に放つ。砲弾は海面で炸裂したが、手応えはない。5インチ砲弾の炸薬はたかが数kg。100kg、200kgと炸薬が大量に入っている爆雷と違って、危害半径は小さい。海面に顔を出した時に直撃もしくは至近弾を得るほか、5インチ砲という豆鉄砲で撃破する方法はない。

 深海棲艦も艦娘側が対潜兵装が少ないことが分かり始めたのか、積極的に攻撃を仕掛けてくる。放たれる魚雷の数も増えていく。それに応じて被雷する艦娘も増え、戦線がほころび始めた。

「被雷した艦娘は下がれ! 無傷の艦娘は後退を援護!」

 軽巡マーブルヘッドは戦線は後退させつつも、戦線に穴を開けないように指揮していた。軽巡艦娘は1発、2発の魚雷なら、まだ沈まないので最前線に立ち、駆逐艦娘の主砲よりも1インチ大きい6インチ砲で顔を海面に出した敵潜を砲撃する。ファラガットも被雷した艦娘達のカバーに周り、追撃しようとする敵潜を牽制する。

湾が機雷によって封鎖されているとは言え、掃海ができないわけではないし、もう少しすれば、援軍として爆雷や水中探針儀をしっかり装備した艦娘が来るはず。だから、軽巡マーブルヘッドはある程度の被害は許容している。

 戦線は後退しつつも、維持されているように見える。しかし、本当にそうだろうか?

 

 水上艦は2次元の兵器である。「海面」という平面だけを自由に動くことができる。そして、潜水艦は「海面」、「海中」の2つで構成される立体を自由に動くことができる3次元の兵器である。

 無論、2次元の水上艦が3次元の潜水艦に手を出せないわけではない。爆雷や水中聴音機、探針儀はそのためにある。しかし、それらは「海中」という立体を"限定的に"干渉しているに過ぎないのだ。

 

 リ級が撒いた機雷により、湾内で立ち往生している艦娘達は到底信じられてないものを見た。

 照明弾の明かりの下に白い筋――雷跡が見えたのだ。雷跡は自分達に向かってくる。

 まさか。全員が夢心地のような感じで、なかなかその「雷跡」を認知できなかった。

 だって、湾内に敵潜が侵入できているとでもいうのか?

 潜水艦の侵入は湾外の艦娘達によって、未だ防がれているはず。それに機雷だってあるのに。潜水艦が侵入できるものか。

 そんな幻想は魚雷の爆発と被雷した艦娘の悲鳴で砕かれた。

 現実だった。

 湾内の艦娘達は潰走状態に陥った。

 緊急出撃した艦娘ばかりで部隊編成はなされていないうえ、対艦兵装の艦娘と対潜兵装の艦娘に別れている。対潜兵装を持っていない艦娘が反射的に後退しようとしたため、対潜兵装を持っている艦娘も、釣られて後退してしまった。まだ指揮を執る巡洋艦クラス以上の艦娘がいれば良かったが、彼女らは湾外にいた。

 後退が後退を呼び、まさに潰走だ。組織的行動は崩壊している。

 吹雪はなんとか場をまとめようと、大声で呼びかけるが、敵潜の魚雷第二射も相まって、潰走は止まらない。

 

 『ブルーリッジ』のCICは混乱していた。

 湾口には機雷敷設がされる。おかげで、湾外の艦娘は湾内に後退しようにも後退できず、広い戦域を広くとって敵潜と交戦せざる得ない。そして湾内でも敵潜が出没。湾外の艦娘達が崩壊したわけでもないのに。その上、崩壊しているのは湾内の艦娘達ときた。

 一体どうしたことなのか。とにかく、どこからか敵潜水艦が侵入してきているに違いなかった。

 湾外の艦娘達は限界に近い。湾内まで後退させて、戦線を湾口の大きさに縮小させたいが、機雷がそれを邪魔する。後退しようにもできない。

 とにかく、機雷を排除しなければ。

 

 潜水艦ホークビル他数名の潜水艦艦娘は近接戦闘用のナイフと4本の魚雷、そしてワイヤーカッターを持たされて出撃した。

 ワイヤーカッターは機雷の係留索を切るためだ。機雷本体を海面に出してしまえば、あとの爆破処理は非常に簡単。機銃を撃つだけで済む。

 水上の艦娘達は大混乱の様子だった。艦娘それぞれがメチャクチャな航行をしているし、対潜攻撃も統制が取れておらず、まばらである。湾口までの途中、敵潜水艦が水上の艦娘達を攻撃しているのを見たが、無視した。自分達の任務は機雷の排除。敵潜の撃沈ではない。

 ホークビルは湾口に着くと、潜水して、水中から機雷の様子を確かめる。

 機雷の細い係留索は全てが水面近くまで伸びており、対潜水艦を全く考えていない機雷敷設だった。

 ホークビルは手に持っていたワイヤーカッターで機雷の係留索を切断する。係留索は普通の鋏で糸を切るかのように簡単に切れた。

 係留索が切られた機雷は手から離れた風船のように浮かんでいく。

 よし、どんどん切っていけ。

 他の潜水艦娘達も係留索を次々と切っていき、機銃を撃って、機雷を爆破処理していった。

 全ての機雷を処理するには時間も足りなければ、人手も足りない。湾外の艦娘達が後退できる回廊ができればそれで良い。

 回廊が半分ほど拓けたころだった。処理している潜水艦娘の近くに数本の魚雷が素通りしていった。

 ホークビルは湾外の艦娘達を狙った流れ弾かと思ったが、そうではなかった。

 蒼く、ぼんやりとした微かな光が2つ。海中に浮かんでいる。

 しだいに光はしっかりしたものとなり、光の方から手がものすごい速さで伸びてきた。手はホークビルの首を掴まんとしていたが、ホークビルが後ずさったことで、掌は空を切った。

 

 水上機母艦ラングレーは低速で夜間攻撃も可能な水上機の特性を買われて、出撃させられた。他の空母艦娘はお留守番である。TBFアベンジャーも夜間飛行は可能だが、水上機に比べれば高速で海面に突っ込む可能性も高い。無駄に機数を出しても、戦場を混乱させるだけになる。

 もっとも、ラングレー自身は射出した水上機の情報を集積して、役に立ちそうな情報のみを『ブルーリッジ』に報告する役目を担うだけので、ラングレーが前線に出て、どうこう、という性質のものではない。そもそも、空母や水上機母艦という艦種はcarrierであって、主役ではないのだ。主役はaircraft、航空機である。

 ラングレーから発艦したスカベンジャー号――いまや、別の機種に見紛うほど改造をされた瑞雲は翼下に3.5インチ FFARを搭載し、闇夜の空に飛び立った。OS2Uキングフィッシャーも一緒だ。

 空から見下ろせば、戦場がどう動いているかよく分かった。

 湾内では艦娘達が縦横無尽に動き回り、湾内に侵入した潜水艦クラス深海棲艦を口苦戦と、爆雷攻撃や砲撃を行っている。

 湾外は湾口前で艦娘達が横隊を取り、深海棲艦を湾内に侵入させまい(実際は少数が侵入に成功しているわけだが)と、果敢に砲火を交えている。潜水艦クラス深海棲艦は同士討ちを避けるためか、海面に頭を出して攻撃を行っているため、砲撃が無効というわけではない。時折、命中して暗闇に火焔が弾ける。

 スカベンジャー号とキングフィッシャーに与えられた任務は湾内の艦娘や湾口での防戦を直接援護することではない。後方で深海棲艦達の指揮を執っているはずの深海棲艦および、機雷を敷設したリ級の索敵である。

 司令を出している深海棲艦を撃破すれば、深海棲艦達の足並みが崩れるはずで、リ級を撃破すれば、機雷に悩まされることもない。

 リ級を撃破するにはスカベンジャー号やキングフィッシャーでは火力が不足するが、湾外にはリ級の迎撃に失敗した高速巡洋艦アラスカやその他重巡洋艦がいる。アラスカ達はリ級撃破のためにリ級や指令を出している深海棲艦がいるであろう海域の背後に回っている。

 発見すれば、彼女らが背後からレーダー照準の12インチ砲弾と8インチ砲弾を食らわせる算段である。

 しかし、時間があまりない。湾外で頑張っている艦娘達の弾薬は残り少ない。スカベンジャー号やキングフィッシャーが見つけられなければ、滅亡だ。

 運命は6機に託されている。


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