雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第43話「暗闇の中で」その2

 スカベンジャー号、OS2Uキングフィッシャーは各自散開して、深海棲艦の旗艦を探し始める。

 月は出ておらず、漆黒の空。目をこらしても、敵の姿はなかなか見えない。湾の近くなら砲撃の発砲炎で海面が照らされるから、影を手がかりに発見することもできるだろうが、湾からは離れており、発砲炎の光は届かない。

 APS-20を使いましょう。

 後部座席のパイロット妖精が前席のパイロット妖精に進言する。APS-20はスカベンジャー号の胴体下に追加装備された対水上レーダーである。レーダーアンテナは導体下の子持ちメダカのように膨らんだレドームの中に備わっている。

 前席のパイロット妖精はAPS-20が気にくわなかった。水上機として洗練された見た目を持つ美しい瑞雲を不細工にしてしまった要素だからだ。APS-20のおかげでライト R-2600ツインサイクロン2000馬力エンジンを搭載しているのに、速度は1300馬力の金星を搭載していた頃よりも低下し、運動性も低下してしまったのだ。爆弾ラックもなくなってしまった。ある程度の空戦もできて、速くて、運動性も良く、急降下爆撃のできる瑞雲。今や、万能機はなく、海面を探すだけのスカベンジャーである。悲しさが溢れる気分だった。

 しかし、仕事はきちんとしなければならない。もし、自分達が敵の旗艦を見つけられなかったら、帰る場所を失ってしまうのだ。

 前席のパイロット妖精は、使用しろ、と後席の妖精に返事をした。それを受け、後席のパイロット妖精は対水上レーダーAPS-20の作動スイッチを入れた。

 レドーム内の細長いレーダーパラボラアンテナがレーダービームを発信、走査を始める。大きな反応があれば、ビンゴ。敵である。しかし、しばらくしても、パイロット妖精が見るディスプレイには海面で跳ね返ってきたレーダー波のノイズばかり。敵の存在を示す大きな反応は現れない。

 おい、左で何か光ったか?

 と、前席パイロット妖精が聞いた。その声で後席パイロット妖精はノイズばかりのディスプレイから顔を上げ、左翼の方を見る。

 また光った!

 チカッ、チカッ、と水平線近くの一点が不規則に光る。スカベンジャー号の現在位置と高度からすれば、湾の砲撃炎は見えないはずだ。

 つまり、敵の砲撃だ。

 敵の発砲炎らしきもの見ゆ、確認する、と報告し、スカベンジャー号は機首を光の方向へと向けた。

 

 スカベンジャー号は砲撃する複数の深海棲艦の上空に達する。数機のキングフィッシャーもすでに上空にいた。

 発砲炎の数や大きさから推定して、重巡クラス5体。そのうち一体は右肩部分が肥大化しており、報告にある機雷敷設が可能なリ級だろう。スカベンジャー号は翼端灯も消した状態で飛行しているので、深海棲艦に気付かれてはいない。

 深海棲艦達は湾の方向へ砲撃している。自分達が出撃した頃は砲撃していなかったことを考えると、深海棲艦側は膠着状態を打ち破ろうとしているのだろう。今まさに、湾の守りは突破されようとしているかもしれない。

 スカベンジャー号には翼内にM4 37mm機関砲、翼下に対潜用ロケット弾の3.5インチFFARが6本装備されてる。重巡相手に37mm機関砲は豆鉄砲だし、3.5インチFFARは無炸薬のロケット弾である。全弾撃ち込んだところで、撃沈は不可能である。

 しかし、気を引くことくらいはできるだろう。

 スカベンジャー号は高度を下げる。深海棲艦が首を少し上げるくらいで見える高度まで降下。高度はおよそ20m程度。通常なら、ここまで高度を落とすこともないが、今は目立たなくてはならない。

 翼端灯のスイッチを入れる。

 闇夜に浮かぶ深海棲艦に光学照準器の円環を合わせる。

 敵の姿が円環一杯になるまで接近して、パイロット妖精は機銃発射レバーを静かに引き絞った。

 翼の前縁から大きく突き出した砲身から37mm砲弾が撃ち出される。砲弾は的確に深海棲艦へと命中して炸裂した。

 スカベンジャー号は命中を確認すると射撃を止め、エンジンをフルスロットル。上昇に転じる。

 さっきまで悠然と砲撃をしていた深海棲艦は慌てふためいて、苛烈な対空射撃を始めた。しかし、全く統制が取れていないどころか、あっちこっち滅茶苦茶に射撃している。よほど慌てているらしく、散開しようとして、味方同士で衝突をしていたりもする。

 スカベンジャー号は攻撃前の高度まで戻り、悠然と、深海棲艦達を見下ろしてた。すでに翼端灯も消している。

 他のOS2Uキングフィッシャー数機も緩降下爆撃を行う。もっとも、小さな対潜爆弾だから、威力などほとんどない。だが、深海棲艦の混乱を助長するには十分な威力だ。

 もし、深海棲艦が突然の攻撃を冷静に受け止め、大した威力はないのだから砲撃を続ける、という事態になった場合、複数回攻撃を行うつもりだったのだが、その必要性はなさそうである。

 もうすぐ、アラスカ達も砲撃可能な距離に入る。レーダーではすでにこの深海棲艦達を捉えている。

 スカベンジャー号は他のキングフィッシャーに着弾観測任務を引き継がせて、他の深海棲艦の捜索に向かった。 

 

 掃海任務を行っていた潜水艦艦娘達は前衛をすり抜けた潜水艦クラス深海棲艦と戦闘状態に入っていた。

 深海棲艦側からすれば、やっとの思いで艦娘の防衛ラインを突破したと思ったら、潜水艦艦娘が控えていた、という具合で堪らない。後続のためにも排除しなければならないと、襲いかかった次第である。

 艦娘と深海棲艦。夜間であるため、海中の視程はほぼない。聴音で位置を特定し、そこに魚雷を発射しても、命中の時まで敵がその場に留まってくれるわけもない。

 魚雷以外の装備は、艦娘側はワイヤーカッターと近接戦用のナイフしか持っていない。深海棲艦は水中では一発しか撃てない4インチ砲しか持っていない。

 艦娘側にとっては4インチ砲弾に当たれば致命傷。深海がわからすれば、4インチ砲を外してしまえば、斬り殺される。

 双方動けないなんて状態……には陥らない。判断の素早さとチームワークの差で艦娘が勝利を手にした。

 都合良く、艦娘側は二班に分かれていた。片方が魚雷による援護を行い、もう片方が斬り込みを仕掛ける。

 魚雷は一撃必殺の兵器である。大砲は当たっても死なないかもしれないが、魚雷は確実に死ぬ。そのため、深海棲艦側の意識は魚雷の回避に向かった。しかし、魚雷の信管は不活性化状態である。当たっても爆発はしない。

 深海棲艦は魚雷を避けたが、次の瞬間には首に艦娘のナイフが突き刺されていた。深海棲艦と言えども首は急所。ナイフは薙がれ、頸動脈を切られた深海棲艦は声を荒げることもなく、静かに海底へ沈んでいった。

 

 スカベンジャー号はAPS-20をしっかり使用して、敵の存在を探っていく。先ほどの重巡級5体は機雷敷設を行った部隊であり、指揮を執っている深海棲艦ではない。早く見つけなければならない。

 しかし、先ほどは砲撃を行っていたからこそ、遠距離から発見することができたが、指揮を執っている深海棲艦は砲撃などするはずもない。レーダーのAPS-20だけが頼りである。だが、闇雲に探しても見つかるわけがない。

 先ほどのリ級達5体は湾から20kmほどの位置にいた。重巡洋艦の主砲射程ギリギリの距離である。その距離から砲撃をするのならば、レーダーによる照準支援か、弾着観測機による支援が必須となる。『ブルー・リッジ』や母艦のラングレーから、「敵機が湾上空にいる」という報告は受けていないし、混戦になっている前線をレーダー照準で射撃すれば、味方に当たってしまうかもしれない。

 ということは指揮を執っている深海棲艦はもっと前線寄りの位置だろうか?

 スカベンジャー号は針路を湾の方向、西へ向けた。

 

 敵影らしきもの発見。方位050、距離18マイル(30km)。

 後席のパイロット妖精が叫ぶ。APS-20の操作ディスプレイに、前線の深海棲艦よりも後方で、ポツンと孤立した反応が現れたのだ。間違いなく、深海棲艦の指揮官である。

 レーダーの反応は小さい。大きさは哨戒艇か、浮上した潜水艦ほどの大きさ。おそらく潜水艦クラスである。

 スカベンジャー号は敵の方向へ機首を向け、高度を下げる。

 スカベンジャー号の武装は対潜特化である。潜水中の潜水艦でも沈めることができる3.5インチFFARに加え、威力は航空機銃としては破格のM4 37mm機関砲。致命傷を与えるには十分である。

 潜水艦クラス深海棲艦は浮上時は海面上に上半身くらいしか出さない。そしてM4 37mm機関砲は初速が遅く、癖の強い機関砲である。さっきのリ級よりも、もっと接近して、丁寧に狙いを付ける必要がある。

 敵を視認する。

 エンジンパワーを絞り、ゆっくり敵へと近づく。まだ敵は気付いていない。

 チャンスはこの1回である。取り逃がしたら、この闇夜、再度発見は不可能に近い。潜水されたらAPS-20も役には立たない。この一撃で全ての弾薬を使い果たしても、問題はない。

 光学照準器の円環から敵の姿がはみ出るくらいまで接近。そして発砲。

 ドッドッドッドッドッ――――とM4 37mm機関砲が低いサイクルレートで唸る。砲弾尾部の曳光剤が闇夜に線を描いて、敵、潜水水鬼に吸い込まれる。

 そして3.5インチFFARも6本全てが発射される。ロケットモーターにより467km/hに加速したFFARはまっすぐ潜水水鬼に向かっていく。

 そして着弾。

 突如として無数の37mm砲弾、3.5インチFFAR6本を叩き込まれた潜水水鬼は、何が起こったのか確認する時間もなく、意識は途切れた。

 

 「空中戦はスポーツではなく、科学的な殺人です」とは米陸軍エースのエドワード・リッケンバッカーの言葉である。

 状況認識の差によって戦闘の勝敗は決まる。陸でも海でも空でも。

 その状況認識の差は個人の技能によって決まることもあれば、技術によって決まることもある。Mk.Iアイボールセンサー、詰まるところの眼球だけが情報認識のツールであった時代ならば、地形を利用したり、タイミングを見計らったりと個人の技量に左右されることが多かっただろう。

 しかし、現代戦は違う。電波や音波、赤外線その他色々な手段を用いて、情報認識力を高める。技術の差が情報認識の差に繋がる。

 第二次大戦クラスの技術レベルの深海棲艦が現代兵器の技術レベルに敵うはずはないのだ。それでも十数年間、深海棲艦が人類を陸に押し込め、海洋を支配できたのは深海棲艦が人類と違う土俵で戦うことができたからに過ぎない。小さくて、火力も高く、防御もそこそこ。特に「小さくて」が深海棲艦の圧倒的アドバンテージだった。人類は小柄な深海棲艦の接近を察知できず、敗退したのだ。

 しかし、今はどうだろう? 人類は小柄な深海棲艦をも捕捉可能な合成開口レーダーやフェイスド・アレイ・レーダー、赤外線捜索追尾装置(IRST)といった各種センサーを開発、普及させつつある。「小さくて」はまだ砲火を交える時に有利に働いても、その前の索敵の時点ではアドバンテージになり得なくなっている。

 もちろん、深海棲艦側もレーダーや航空機といった状況認識力を高めるツールを持っている。しかし、人類はそれらを妨害する手段も取りそろえている。伊達に人間同士で殺し合っていない。

 リ級達は人類側が夜間に索敵機を出していることに気付けなかったから、スカベンジャー号には攻撃されるし、アラスカ達の接近も許してしまった。

 もし、索敵機の存在に気付けていれば……とっちらかることなく、アラスカ達の接近を冷静に予測できていれば……アラスカ達の砲撃を食うことはなかっただろう。アラスカが最大33ノットの速力を発揮できると言っても、巡洋艦の速力なら逃げ切ることも可能だったはずだ。

 この夜空の下、8インチと12インチの砲弾が降り注ぐことなどあり得なかったのだ。

 隻腕のリ級から5mほど離れた位置にいた別のリ級が12インチ砲弾によって引き裂かれる。悲鳴など爆音にかき消されて、隻腕のリ級には届かない。金剛型相手では不足する12インチ砲も、単なる重巡洋艦相手には十分すぎるくらいだ。しかし、戦争はスポーツじゃない。フェアな戦いなど、ありえない。

 大型巡洋艦アラスカを始め、ニューオリンズ級のアストリア、クインシー、ヴィンセンズ、ウイチタ級のウイチタ、ボルティモア級のボルティア、ヘレナ、シカゴ。一度こそ機雷で不意打ちを食らったが、名誉挽回とばかりに、レーダーと弾着観測機による正確な射撃で敵を滅ぼさんと息巻く。

 いくつかの直撃弾と至近弾を受けてもなお、自身の主砲で反撃していた別のリ級はボルティモア級の集中射撃を食らって斃れた。もっともそのリ級がしていた反撃というのは、砲弾が飛来する方向に向かって、主砲を撃ち返すというもので側距も何もない、滅茶苦茶な射撃だ。彼女のレーダーは電子妨害で無効化されている。他のリ級もレーダーは使えなくなっている。

 ここは引き留めます! 離脱を!

 至近弾で体中傷だらけのリ級が隻腕のリ級に言う。隻腕のリ級は機雷敷設能力がある。単なる巡洋艦や潜水艦よりもよっぽど人類側の脅威になる存在である。

 他のリ級――もっとも、もう2体しか残っていないが、隻腕のリ級は彼女らに背を向けた。ここで無残に沈むより、生き残った方が良い結果を残すことができる。

 もっとも、アラスカ達がこの隻腕のリ級を取り逃がすかは別の問題である。




 戦闘シーンだと筆が進むなぁ(人類側が無双し始めたぞ)。
 今の私は潮書房光人社の「戦闘機と空中戦の100年史-WWIから近未来までファイター・クロニクル」に影響されています。最後あたりの「状況認識」云々なんてそれです。

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