雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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 第2話は「艦隊これくしょん-variety of story-」の「太平洋を越えて」に加筆修正を加えたものです。


第2話「太平洋を越えて」その1

 巨大な明灰白色の4発輸送機が陽炎揺らめく滑走路に着陸する。減速用のパラシュートが開き、滑走路目一杯使って停止した。

 輸送機は誘導路を通り、エプロンに入って再び止まる。はしご車がすぐにやってきて、ハッチ部分にはしごを当てた。ハッチが開かれる。

「ミッドウェーは冬でも結構暑いなぁ」

 一番に機内から出てきた艦娘、吹雪はさんさんと輝く太陽を手で隠した。

 

 中部太平洋に浮かぶ島々、ミッドウェー諸島。2014年の9月まで深海棲艦の一大基地だったこの島は日本海軍によって奪還された。

 現在では最も大きいサンド島に飛行場が整備され、艦娘、兵士、軍属含めて約600人が駐在している。

「へえ、あれが瑞星か。大きいねぇ」

 ミッドウェーの守備を担っている空母艦娘の内の2隻、隼鷹と翔鶴が兵舎から駐機している輸送機を眺める。

 瑞星。日本とイギリス、ドイツが共同で開発した輸送機の愛称で、型式は14式輸送機。駐機している輸送機がそれだ。全幅56mの後退翼、50.8mの細長い胴体。エンジンは一基当たり一万馬力の二重反転プロペラ式ターボプロップエンジンという強力なエンジンを4基も積んでいる。航続距離は増槽を積めば太平洋横断すらできる足の長さ。世界的一と言っても良い高性能機である。

「アメリカまで本当に行けるのかしら」

 翔鶴が呟く。不安げな顔をしていた。

 今駐機してある瑞星は、明日になればアメリカに飛ぶのだ。戦闘機による護衛はせいぜい200㎞まで。残りの距離は瑞星1機で突っ切らねばならないのだ。

「大丈夫だって。あれは最高速度800㎞/h、巡航速度でも700㎞/h超えなんだから深海棲艦じゃ迎撃は無理だって。そんなことよりアメリカに行く技術者と第十一駆逐隊を祝って宴会、宴会! よーし、酒が飲めるぞぉ!」

 隼鷹は窓越しに瑞星を眺めるのを辞めて部屋を出て行った。行き先は食堂だろう。すでに前祝いの準備はされているはずだ。

 翔鶴は隼鷹をうらやましく思った。なぜあんなに陽気でいられるのだろう? 確かにカタログスペックから言えば、深海棲艦航空機が瑞星を迎撃することは不可能に近い。しかし、不可能というわけではないのだ。戦場に絶対はない。

 もし撃墜されることがあれば、瑞星のパイロット、同乗する技術者や第十一駆逐隊の4人は確実に死ぬ。敵の制海権下に落ちれば救出は無理だろう。ミッドウェーに制海権を広げるだけの戦力はない。

「なるようになる、か」

 翔鶴は呟く。賽が投げられるまで結果は分からない。自分ができることは一生懸命やろう。

 翔鶴は気を改めて部屋を出た。

 

 最前線で日本本土から遠く離れた島ということで、補給事情は悪いミッドウェー基地であったが、主計課はできるだけ豪勢な前祝いを用意した。

 実際の所、最前線の孤島で楽しみは釣りと食事程度しかないので、この際どーんと大騒ぎしようという兵士達の思惑が主だったりする。

「ドンドンもってこーい!」

 そんなわけで一番楽しんでいるのは隼鷹を初めとする酒飲み達だった。名目上の主役である吹雪達など放って飲み比べをやっている。酒に強い白雪はその輪に交じって酒を上品にごくごく飲んでいる。

「ごめんね、あなた達が主役なのに」

「いえ、かまいませんよ」

 隼鷹の相方でもある飛鷹が手を合わせて吹雪達に謝る。吹雪達も最前線のつらさを労って、放っておかれていることを責めたりはしない。吹雪達自身、アメリカ行きのお祝いは日本本土でもやったので、特にこだわる気もない。みんな楽しんでくれれば良い。そんな気持ちだった。それでもこれが最後になるかもしれない日本料理だと思うと箸が自然と進んだ。

「アメリカに私物はどんなものを持っていくの? 」

 酒が入り、少し顔を赤らめた翔鶴が聞いた。

「着替えや本、後は化粧品くらいですかね。そんなに多くないですよ。初雪ちゃんは愛用の枕を持って行くみたいですけど」

「違う枕だとなかなか寝付けないものね。初雪ちゃんなら特にそうかも」

 当の初雪は座布団を二つ折りにして寝ている。酒を飲んだら料理を間食する前に寝入ってしまった。残った料理は深雪が食べている。

「ベットに離れてるからいいけど、食べ物と水ね」

「アメリカは水道完備しているでしょうけど、環境が違いますから気をつけないといけませんね」

「結構長い間あっちにいるんでしょ。だったら日本に戻ってきたら、戻ってきたでお腹壊しちゃうんじゃない?」

「それもそうかもしれませんね」

 赴任先で水が合わず腹をこわすというのはよく聞く話だ。それにアジア圏の主食は基本的に米だが、アメリカの主食はパンだ。パンでは力が出ない、という水兵の逸話もあることだし、吹雪はアメリカで元気にやれるか少し心配はしていた。

「だいじょーぶ。だいじょーぶ。吹雪ちゃん達ならだいじょーぶー」

「瑞鶴さん!?」

 トイレに行っていた瑞鶴が戻って来るなり、吹雪の肩に左腕を回して、大声で言った。

「私は吹雪ちゃん達が遠くに行っちゃうから寂しいよー。もっとここにいなよー。アメリカ行かないでよー」

 耳元で言うので非常にうるさい。そして息は酒臭い。翔鶴が瑞鶴やめなさい、と言うが、翔鶴自身やめさせる気はなく、瑞鶴もそれを分かっているので吹雪の肩に回した左腕は解かない。

「任務ですから駄目ですよ」

「いけずぅー」

 瑞鶴は右手に持っていた酒瓶から空になっていた吹雪のグラスに日本酒をなみなみと注ぐ。

「私のおごりだ。飲め、吹雪。なに、私、瑞鶴の酒が飲めんというのか」

「いや、私そんなこと言ってませんよ」

「まー、飲め。飲みなさーい」

 うわぁ、面倒くさいなあ。吹雪はそう思った。吹雪自身、酒はあまり飲めない方でおちょこ一杯でも顔は真っ赤、べろんべろんになってしまう。なのでこういう宴会の席では水かジュースの類いを飲んでいる。妹たちは飲める方なので周りからは吹雪は長女なのに妹っぽいと言われることもある。

「瑞鶴、そういうのは良くないぞ」

「日向さん……」

 吹雪に救いの手をさしのべたのは日向だった。やんわりと吹雪の肩に回されていた瑞鶴の腕を外す。

「ところで、吹雪。アメリカには瑞雲は持っていくのか?」

 これまた面倒くさいのが来たなぁ。日向の瑞雲への強いこだわりはほぼ全ての艦娘に知られている。瑞雲に関する演説が始まるのかもしれない。

「それは……知りません。艦娘装備の設計図や実物を持っていく予定ではあるそうですが、その中に瑞雲があるかどうかは……」

「そうか……ではこれを持っていけ」

 日向は懐から1機の瑞雲を出した。コックピットの中から妖精さんが出てきてお辞儀をする。よろしくお願いします、ということだろうか。

「装備は官品ですよ。私も日向さんも処分されますよ」

「なに、こいつは大丈夫だ。書類をな、ちょちょちょっと、な」

 日向は右手をペンで字を書くように空中で動かした。兵器に関する書類偽造は重罪である。艦娘がそれを行った場合、処罰はどうなるのかは分からないが、一般兵ならば間違いなく留置所送りである。

「これで瑞雲のすばらしさをアメリカに広げてくれ」

 見つかったら大変だが、私はすぐにアメリカに飛んでしまうから大丈夫だろうと吹雪は思い、ありがたく受け取っておいた。瑞雲を装備できない自分にどうしろと、といったところではあるが。

「あと、これだ」

 日向は続いて差し出したものは軍刀だった。

「それも官品でしょう?」

「いや、こればかりは私物だ。嘘は言わん」

 日向と伊勢が持っている軍刀は艦娘の戦法研究の一環で戦艦娘の近接戦闘と艦娘の威厳を示すものとして開発されたらしい。しかし、刀は深海棲艦には文字通り、歯が立たなかったので開発は中止。製造された軍刀は廃棄処分になったが、軍刀の試験を行った伊勢、日向の刀は没収廃棄されなかった。提督に問い合わせたら、提督は「私物にして良い」と言ったそうで、今でも持っているとのこと。

 最近では刀の表面に艦娘の障壁を纏わし、力一杯振れば巡洋艦級程度なら斬れることが判明し、艦娘装備としての刀は見直され始めてはいる。

「そんなものを私にですか? 申し訳ないですよ」

「いや、君はアメリカに行くんだ。話によると日本は侍の国として海外で知られているらしい。君がこの刀を持っていけばサムライガールとしてアメリカ人、そして建造されるであろうアメリカの艦娘にも舐められることはないだろう」

「日向さん……」

 瑞雲のことだけではなく、純粋に私達のことを考えてくれたのか。吹雪は感激し、両手で仰々しく軍刀を受け取る。

「そしてその刀を携えることで生まれる威厳で瑞雲のすばらしさをアメリカに広めてくれ」

 いや、前言撤回。結局は瑞雲だった。

 

 吹雪達から離れた位置の席ではミッドウェー基地の司令官とアメリカ派遣団の団長である鍾馗大佐、瑞星の機長の東の3人で酒を飲み交わしながら話をしていた。

「ふむ、敵の迎撃は薄いと?」

「そうだ。去年のMI作戦以降、深海棲艦共のハワイの主力は全く出てきていない。おそらく今回も出てくることはないだろう」

 鍾馗大佐の問いに司令官が答えた。太平洋における深海棲艦本拠地は確認されているものでサーモン諸島とハワイ諸島の2つ。それに加えてアメリカ本土西海岸に拠点があると考えられている。

「それでも空母級5隻程度が出てくることは覚悟してくれ。こちらとしても全艦娘を囮と迎撃に投入するが、敵の方が圧倒的だ」

「やっぱり、敵を確認した時点で瑞星は直援機を無視した方がいいのか?」

「そういうことになるな」  

 直援として付く烈風の最高速度は630㎞/h。深海棲艦の戦闘機も600㎞/h程度。それに対して瑞星の最高速度は834㎞/h。かなりの差があり、正直、護衛がいなくても十分なのだ。

「大丈夫だとは思うが、万が一もある。後ろは気にせず、『渡り鳥』は突っ切ってくれ」 

 

 朝日に照らされる滑走路から13式双発偵察機が哨戒に飛び立っていく。元はジェット攻撃機だが、ターボプロップエンジンを積み、爆弾倉を燃料タンクにして長時間滞空できるように再設計された偵察機だ。

「いち、にい、さん、し、ごう、ろく、しち、はち」

 離陸する13式双発偵察機を見ながら深雪はラジオ体操をしていた。朝のラジオ体操とランニングは深雪の日課である。

「おはよ、今でもちゃんとやってるんだ」

 航空戦艦の伊勢が深雪に挨拶し、深雪もそれを返す。

「ちゃんとやってますよ。姉たちに負けたくはないですから」

 深雪が朝のラジオ体操とランニングを欠かさないのは太平洋戦争を経験していないコンプレックスがあるからである。この世界では活躍してやるという思いが深雪にはあるのだ。

「今日、出発か。長いお別れになりそうだね」

「もしかしたらすぐ返ってくるかもしれませんよ。アメリカは深海棲艦に完全に占領されていた! とか」

「そのときはそのときだね」

 2機目の13式双発偵察機が離陸する。ターボプロップ独特の爆音が朝の静かな基地に響く。

「深雪ちゃんは、アメリカって国に対して何か思うことあったりする?」

「さあ、よく分からないです」

 吹雪、白雪、初雪は何かしら思うところがあるようだが、深雪には特になかった。海向こうの大国、日本と戦争した国、そして日本に勝った国という実感のない、ただの知識でのイメージしかない。

「そう。他の子が暴走しそうになったら、深雪ちゃんが止めてあげてね」

「暴走……ですか?」

「そうそう。戦争を知らない深雪ちゃんにしかできないことはあると思うから、ね」

 3機目の13式双発偵察機が離陸する。轟音の中、深雪はよく分からないまま、曖昧な返事をした。

 

 ミッドウェー島のエプロン。ギラギラと照りつける太陽の下、ミッドウェー基地司令とアメリカ派遣団団員は手を交わし、

「では、諸君らの活躍に期待する」

 と司令が締めくくり、アメリカ派遣団団員は14式輸送機瑞星に乗り組んだ。

 一万馬力の出力を誇るターボプロップエンジンの二重反転プロペラが回りだし、APU(オグジュアリー・パワー・ユニット)の始動に使われていた外部電源ケーブルが機体から外される。

 タキシング。瑞星は滑走路に乗り出す。

「帽振れー!」

 基地にいる兵や職員総出で瑞星を見送る。瑞星のコックピットから見ると、たくさんの白い帽子は陽炎と重なって、白い川の様に見えた。

「客室に窓がないのが残念だな」

 機長の東が呟く。機内の第十一駆逐隊の4人に見せてやりたいとは思う。しかし、安全性を考慮して瑞星の客室には窓はない。

 東はスロットルを上げる。車輪のブレーキを解除。ゆっくりと力強く、瑞星は滑走路を走り始めた。

 

 真上を「渡り鳥」が飛んでいく。翔鶴は海上で見上げる。

 賽は投げられた。あとは自分の全力を尽くすのみ。翔鶴は「渡り鳥」の進行方向に向き直る。一呼吸置いて、言い放つ。

「『渡り鳥』が飛び立ちました! 各自警戒を厳に! 全艦、直援機発艦始め!」

 翔鶴の号令の下に瑞鶴、飛鷹、隼鷹が発艦作業を開始する。翔鶴と瑞鶴は弓を引き、飛鷹、隼鷹は甲板の巻物を広げ、式神を走らせた。

 矢と式神は烈風に変身し、離陸したばかりの瑞星と編隊を組んだ。

 翔鶴は「渡り鳥」を見つめる。

 あの子達を絶対に守らないと行けない。海の存在を空で死なすわけにはいかない。

「敵空母発見に備え、攻撃隊準備!」

 最後まで護衛はできない。だけど、できるだけ降りかかる火の粉は払う。それが私の役目なのだ。


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