雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第2話「太平洋を越えて」その3

 高度1万2000mを飛行する瑞星。すでにミッドウェーを飛び立ってから、5時間30分以上がたっていた。北アメリカ大陸は近い。

 深海棲艦航空機の攻撃はない。たまに深海棲艦航空機編隊がレーダーに映ったが、瑞星に追い付けず、接敵にまで至らなかった。しかし、コックピットでは全員が気を抜かず、警戒、操縦をしていた。

 それに反して、乗客室では眠っている者が多い。

 音楽や映画などの娯楽がないこと、窓がないこと、昼食後という状態が眠くなる条件を満たしていた。うるさいエンジン音もいつの間にか慣れ、襲い来る深海棲艦航空機への恐怖も機長のアイスクリームサービスで消えうせた。シートベルトだって外して楽にしているものも多い。なにより、起きている理由がない。

 4人の艦娘は全員が眠っている。

 吹雪は壁に頭を預け、斜めに寝ている。

 白雪は両手を膝の上に置いて、船をこぎながら寝ている。

 初雪は体育座りのように座席に足を上げ、薄手の毛布にくるまるようにして寝ている。

 深雪は飛行機酔いに疲れたのか、手足を投げ出して寝ている。

 そんな艦娘達に備え付けの毛布を掛ける者がいた。艦娘艤装整備員の清水と東海だ。

「風邪引くぞーっと。しかし、今はこの子ら、厚着しているけど、出撃するときとかは夏服のセーラー服だよな。寒くねーのかな? 海は風強いし」

 あくびをしながら、東海がそんな質問を白雪に毛布を掛けながら清水に言った。

 東海が言ったとおり今、吹雪達は鎮守府が支給したカーディガンを着ているが、出撃時は着ない。吹雪達に限らず、そういう者が多い。しかし、海が荒れたときや、雨天が想定される場合は、合羽を着て出撃することはある。

「寒くないといえば、寒くないらしいぞ」

「あいまいだな、おい」

「まあ、そう言うな。本人から聞いたんだから。俺、艦娘建造部に友人がいるんだけどさ、そいついわく――

 艦娘は障壁を発生させて、敵弾を弾く。艤装を装着していない艦娘は障壁を発生させることはできない。艤装を装着しているときにのみ、障壁を生み出せる。

 その障壁は砲弾を弾くときのみ発生するのではなく、艤装装着時から弱い障壁が体表に発生している。

 その障壁が航行時の風よけになっている。なので、寒いか寒くないかは気温によってのみ左右する。

――って言ってた。本当かどうかは知らないけど」

「本人が寒くないのならかまわないけどさ、見てるこっちからしたら心配でしょうがないよな」

 彼ら艦娘艤装整備員が艦娘の沈没と男性との交遊の次に心配しているのが、冬場の艦娘の服装なのである。見ているだけで艦娘艤装整備員の方が寒いのだ。

「この子ら全員に毛布掛けたけどさ、後ろの技術者の御方々はどうする?」

 清水が指を差す。艦娘部の技術者達は全員が寝ており、いびきを搔く者もいた。座席分の毛布はある。

「おっさんに掛けても面白くとも楽しくもない」

「同感だ」

 

「機長、乗客に知らせた方がいいんじゃないですか? 第1目的地のサンディエゴはあと50分ほどですよ」

 航法士が質問した。すでにアメリカ大陸は見える距離まで来ていた。水平線に茶色と緑の陸地が見える。

 サンディエゴは西海岸最大の米軍基地だ。サンディエゴ海軍基地近郊のミラマー基地飛行場に着陸。補給をした後、第二目的地のワシントンD.Cに飛ぶ計画だ。

「さっき、乗客室見てきたが、みんな寝てた。乗客室には窓はないし、わざわざ起こすのもなんだから、知らせなくていい。そういえば、送信はできるようになったか?」

 無線機は深海棲艦航空機の攻撃により故障していた。無線手と後部銃座手と修理を試みていた。

「駄目です。主無線装置は相変わらず受信はできますが、送信はできません。副無線装置は完全にいかれています」

 無線士は主無線装置の送信用アンテナが破壊されたらしいと話した。

「副無線装置はアンテナは生きているのか?」

「分かりません。副無線装置のアンテナは貨物室の天井部分にあります。そこを見ない限りは分かりません」

 コックピットと乗客室と違い、貨物室は与圧されてない。現在の高度1万2000m。貨物室内の気温はマイナス40℃以下、気圧は極めて低い。電熱服と酸素マスクがあれば良いのだが、あいにく電熱服はない。生身の人間が長時間作業するには無理がある。

「分かった。サンディエゴに着き次第、高度を下げる。そのときに貨物室に行って、主無線装置の送信装置と副無線装置の送信アンテナを繋いでくれ」

「了解」

 燃料はできるだけ節約をしたかった。高度が高い方が空気抵抗が少なく、燃費が良い。

 もしサンディエゴが深海棲艦に制圧されていて、着陸できない場合は内陸部の飛行場に降りる、という計画だった。

 アメリカの飛行場に降りることができるのならば、まだまだ燃料には余裕があると言えるが、降りることができずミッドウェーに帰るのならば、燃料はぎりぎりだ。東は落下式増加燃料タンクを捨てたことに少しばかりの後悔を覚えた。

「電波は何か受信するか?」

「いえ、何も受信しません」

 機長はため息を吐く。アメリカが電波管制をしている可能性もあるが、サンディエゴは駄目なのでは? そんな考えが頭をよぎった。

 まあ、行ってみれば分かることだ。

 

 サンディエゴ海軍基地は廃墟だった。米海軍太平洋艦隊最大の基地として繁栄はない。

 空母2隻が飛行甲板にいくつもの大穴を開けられて沈んでいる。1隻は横転した姿で、もう1隻は艦体中部で2つに折れた姿で、沈んでいた。

 空母の護衛についていたであろう駆逐艦や巡洋艦はかろうじて艦体を残すのみで上部甲板構造物は徹底的に破壊され、錆びた鉄の哀れな姿をさらしている。

 3つの乾ドックと2つの浮き乾ドックは修理中の艦4隻、建造中の戦艦1隻が放置されたまま、コンクリートの隙間から雑草を生やしている。クレーンも大半が倒壊している。

「これじゃあ、降りることもできませんよ」

 サンディエゴの飛行場は大量の爆弾穴があり、擱座した哨戒機が無残に転がっている。

「人もいなそうだな……」

 海軍基地に支えられて栄えた街。十数万の人々が暮らしていた街は家屋の多くが崩れ、草木に覆われようとしていた。

「仕方がない。ミラマーに行くぞ」

 瑞星は進路を北に向け、海軍アグレッサーの基地として名をはせたミラマー基地に向かった。しかし、ミラマー基地も同じような有様だった。決して降りられるような状態ではない。

 アメリカは海岸地域を放棄していたのだ。

「内陸に向かう。ユタ州のヒル空軍基地だ」

 機長は落ち着いた口調で言った。瑞星が方位を変更する。

 コックピットは北アメリカ大陸が見えたときと違って、どんよりとした空気になっている。

 やはりアメリカは滅んでいたのでは?

 サンディエゴとミラマーの荒廃した様子を見たクルーの中に不安がわき出てきた。

 今ならミッドウェーに帰ることができる。

 瑞星の燃料タンクに残っている燃料は半分より少し多いくらいしか残っていない。これ以上進んだら、帰れなくなる。

「機長、どうします?」

 航法士が言葉を濁して、東に聞いた。

「どうするって、行くほかにあるのか?」

「いえ……」

 航法士は黙る。機長以外は航法士と似たような心情だった。

「全く、みんな怖じ気ついちまってよ。現金な奴らだ。それでも男か、こんちくしょう」

 機長はすねたように言った。いや、実際すねている。

「とりあえず、俺の言うこと聞いとけ。アメリカは滅びてない。これは俺の勘だ」

 信じられない。しかし、機長の落ち着き振りと言ったら、煙草を吸っているときと同じような落ち着き振りだ。

「信じられますか?」

「おうよ。信じろ」

 機長は自信満々に胸まで叩いて、言い放った。なんだか妙な説得力があった。

 信じてみるか。機長以外のクルーはそう思った。

 機長は思う。輸送隊ってのは極限にまで追い込められることは少ないから、選択を迫られるときは自分を見失うんだろな、と。

 機長は深海棲艦航空機に3度も乗機を撃墜されている。その度に運良く生き残ってきた。死地に立って学んだのは「自分を信じること」だった。自分がそう思ったら、変えない。これを信条に空を飛ぶ。

 また癖で機長が煙草を吸うために胸ポケットを漁り始めたとき、レーダー士は自分の目を疑った。

 画面に光点が2つ。東の方から飛んできている。深海棲艦ではない。深海棲艦航空機ならば靄のようにレーダーに映る。こんなにはっきり映ることはない。

「機長! レーダーに2機の機影! 方位10度、距離50000、高度7000!」

「ほうらな。俺の言ったとおりだろ」

 機長はにやりと、笑った。

 

 瑞星の右を2機の戦闘機がスクランブル発進で飛んでいる。

 スクランブル発進したのは米空軍のF-106デルタダート。名前の通り、デルタ翼が特徴的な要撃機である。

「ターゲットの国籍、日本。進路80度、速度430ノット、高度32800フィート」

『ラジャー。国籍、日本。進路80度、速度430ノット、高度32800フィート』

 2機中の1機、コールサイン「ヘイロー05」は「瑞星」の進路、速度、高度を北アメリカ航空宇宙防衛司令部NORADに報告した。

『ターゲットはすでに領空を侵犯している。ターゲットの所属、目的の開示を通告せよ』

 領空をとうの昔に侵犯しているのに撃墜しないとは、NORADも相当混乱しているな。もう1機の戦闘機のパイロット、コールサイン「ヘイロー08」はそう思った。領空侵犯を行った航空機は撃墜するのが国際常識である。

 実際、NORADは大慌てだった。ここ12年、外から来る航空機はすべて深海棲艦航空機。通常の航空機が、しかも日本機が飛んでくるなど考えてもいなかった。しかも通告なしでであり、「瑞星」が何の目的でやってきたのかは分かっていない。

 瑞星のコックピット内でも大騒ぎだった。

「無線は駄目か!?」

「駄目です。送信はできません!」

 無線士の報告に機長は顔をしかめた。これでは米空軍機に通信ができない。

『Japanese Aircraft,Flying over Utah,This is United States Air Force,To request the disclosure of your affiliation and purpose!(ユタ州上空を飛行する日本機に通告する! こちらはアメリカ合衆国空軍である。貴機の所属、目的の開示を要求する!)』

 スピーカーから米空軍機からの英語の通告が流れる。

 答えてやりたいのは山々だが、送信ができない今、答えることはできない。

「とりあえずフラップを下げて、ギアダウンしろ」

 フラップとギアを出すことは降伏の合図である。瑞星はフラップを全開にして、主脚を下ろした。突然の増加した空気抵抗は衝撃のように感じ、機体は機速が落ち、高度が下がっていった。

 

「痛ったたた……」

 乗客室では増加した空気抵抗による衝撃で、シートベルトをしていない者の多くが前の座席に頭をぶつけた。深雪は楽にするためにシートベルトをしていなかったため、椅子から勢いよく飛び出し、1m先の壁におでこをぶつけた。

「いきなりなんだよ……ってうわわわ!」

 立ち上がろうとした深雪は機体が降下しているため、斜めになっている床によろめき、先ほどの壁に後頭部をぶつける。

「痛ったい! もう何なんだよ!」

 あまりの理不尽さと状況のわからなさに深雪は叫んだ。

 

 吹雪はシートベルトをしていたため、深雪のように飛び出すことはなかった。

 寝ぼけた頭から復帰すると、周りでは痛さに対するうめき声でいっぱいだ。すでに床の傾きはなくなっている。

「だ、大丈夫ですか!?」

 吹雪は自分の座席の前で倒れそうになった艦娘艤装整備員の東海を支える。東海の頭からは血が一筋、流れている。

「血、血が出てるじゃないですか!」

「たいした傷じゃない。こんな乱暴運転するクルーに苦情言ってやる」

「深雪様も行くぜ! 吹雪も来い!」

「み、深雪ちゃん!?」

 飛行機酔いの時とは断然違う、気力いっぱいの表情の深雪に驚く。乗り物酔いは突然のことに驚いたりすると、覚めるらしいが、これだろうか。

 吹雪は深雪に引っ張られるようにして、コックピットの方に歩き出した。

 

 瑞星の斜め後方を飛行していたヘイロー08は「瑞星」がフラップを全開にして、内側のエンジンの後方から主脚を出すのを確認した。

「こちらヘイロー08、ターゲットがフラップとギアを出しています!」

『ターゲットの所属、目的の開示は?』

「いまだ、してきません」

『通告を繰り返し実施せよ』

「ヘイロー08、ラジャー」

 ヘイロー08は無線機の周波数を全域に設定して、「瑞星」に対する通告を始める。

「貴機の所属、目的の開示を要求する! 繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!」

 ここまでNORADが「瑞星」の所属と目的にこだわるのはなぜか? それは1年前に起きた米民間航空機のハイジャック事件に起因する。

 深海棲艦出現前のアメリカは自国で消費する石油の40%を輸入石油で賄っていた。しかし、海が深海棲艦に押さえられ、石油が輸入できなくなり、急激な原油高から、ありとあらゆる製品が高騰。経済の流動性はなくなり、経済格差は拡大した。餓死者もかなりの数に上った。

 貧民層が社会不満を爆発させ、各地でテロ、略奪などを行い、挙げ句の果てには民間航空機をハイジャックし、高級住宅街に突っ込むということまで起こしたのだ。

 それ以来、空軍を始めたNORADなどの組織は正体不明な航空機に対して疑心暗鬼になっているのである。すでに航法装置が故障した民間機を2機、軍輸送機を1機を誤撃墜している。疑心暗鬼はそれほどのものだった。

「貴機の所属、目的の開示を要求する! 繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!」

 「瑞星」からの応答はない。

「ターゲットからの応答なし。信号射撃を上申します!」

 ヘイロー08は信号射撃をしても「瑞星」が応答しなければ、撃墜するつもりだった。ヘイロー08の妹は1年前のテロで亡くしている。

『ラジャー、応答なし。信号射撃による警告を実施せよ』

 ヘイロー08は操縦桿の機銃発射スイッチを押し、M6120㎜機関砲を虚空に発射した。

 

「警告射撃だ!」

「俺達が降参してるのわからないのか! アメ公の奴は!」

 デルタダートの警告射撃にコックピット内は騒然となった。

「俺達が答えないからだ! ちくしょう! このポンコツが! 動けってんだよ!」

 無線士が拳で無線機を思いっきり殴る。しかし、おばあちゃんの裏技のようには直らない。

「これだ、これを使え!」

 航法士が叫ぶ。手には地図と油性ペンを持っている。地図の裏面に文字を書いて伝えるのだ。

「その手があったか! でかした!」

「『Japanese Air Force』、『We want to communicate Kanmusu technique』だ! 『Japanese Air Force』、『We want to communicate Kanmusu technique』って書くんだ!」

 尾部機銃手が油性ペンで地図の裏面に大きく、大きく、文字を書いていく。

「まだペンあるだろう! 貸せ!」

 次々と書いていく。文字の大きさは機銃手に倣っている。

「ちょ、ちょっと待て!」

 航法士の制止が耳に入っていない。急がねば、急がねば。「Japanese」、「Air」、「Force」、「We」、「want」、「to」――――

「紙が足りん!」

「ば、ば、馬鹿が! もうないぞ、地図は!」

「はぁ!?」

「でかく書き過ぎなんだよ、この馬鹿共が!」

「何だとぉ!?」

 機銃手が航法士の襟元をつかんだとき、乗客室に続く扉が勢いよく開かれた。扉が開いたことに驚き、コックピットの中が静かになる。

「何なんだ! この状況は!」

 東海が怒鳴る。後に続く深雪も「そうだそうだ!」と怒鳴った。

「えーっとだな……」

 機長が機銃手から紙を奪い取りながら答える。

「アメリカに着いたんだが、米空軍機が上がってきてな――」

『To request the disclosure of your affiliation and purpose! Repeat,To request the disclosure of your affiliation and purpose!(貴機の所属、目的の開示を要求する!繰り返す、貴機の所属、目的の開示を要求する!)』

 スピーカーから英語の通告が流れる。

「貴機の所属、目的の開示を要求する?」

「というわけだ」

 深雪が窓の外を覗く。久々の景色だ。斜め上にF-106デルタダートが飛んでいる。

「返事すればいいじゃないですか」

 と吹雪。

「無線機が壊れてるんでね。受信ができるが送信ができない。紙も使い切っちまった。新藤、この紙を窓に張れ」

 機長はすでに書かれた6枚の内、「Japanese」、「Air」、「Force」の3枚をレーダー手に渡した。そして、肩をすくめて、

「お嬢さん方、良いアイデアはないかね?」

「発光信号は?」

 と吹雪。

「発光信号?」

「探照灯使ってやるんですよ。発光信号。東海さん、動力源の背部艤装なしでも確かできますよね?」

「できると……思う。電源さえあればだけど」

 

『応答しません! 撃墜を上申します!』

『ヘイロー08、その上申は却下する。再び、信号射撃を実施したのち、通告をせよ』

『くっ、ラジャー!』

 ヘイロー08は機銃発射スイッチに指を乗せる。力を込めようとしたとき、「瑞星」の斜め前を飛行していたヘイロー05から通信が入った。ヘイロー08はスイッチから指を離す。

「ターゲットのコックピットで動きあり。信号射撃待て」

 ヘイロー05はコックピット内を注視する。クルーと思わしき男が白い紙を風防に押しつける。

 何か文字が書かれているようだ。機体を少し近づけて、目をこらす。

 ――日本――空――軍。

「NORAD、こちらヘイロー05。ターゲットは日本空軍機。紙に書いて伝えてきました」

『ラジャー、ターゲットは日本空軍機。ターゲットの目的は分かるか?』

「分かりません。日本空軍と書かれた紙のみです」

『ラジャー、続けて目的の開示を通告せよ』

「ラジャー」

 ヘイロー05はもう一度、「瑞星」のコックピットを見た。日本空軍の紙は取り払われ、代わりに幼い女の子2人が見えた。

 

『I have understood that you have Japan Air Force.I request the disclosure of your purpos!(貴機が日本空軍機と言うことは了解した。貴機の目的の開示を要求する!)』

「おお、伝わったぞ! 吹雪君、急いでくれ!」

 吹雪は艤装の1つである探照灯を両手で持って待機している。吹雪の手首に妖精が電源は今かと、待機している。

「でも、電源がまだ……」

 探照灯には長いコードが繋がっており、ギャレーの方に続いていた。ギャレーでは東海と清水がごそごそしている。

 清水が電気炊飯器の電源コードを切り、探照灯からのびている電源コードと繋げている。ギャレーのコンセントを探照灯の電力源として利用するのだ。

 作業は最終段階。清水がコード同士の接続に絶縁被覆のビニールテープを巻いている。東海が元電気炊飯器の電源プラグを持ち、作業の終了を待っている。

「よし、被覆できた! 差せ!」

「差しました! 電源OKです!」

「妖精さん!」

 吹雪が妖精に呼びかける。妖精は探照灯の炭素棒を放電させた。アークの強烈な光が窓の外にのびる。

 吹雪は探照灯シャッターの開閉を行い、デルタダートに信号を送る。

 

「ターゲットより発光信号。読み上げます」

 ――ワレ日本空軍ナリ。目的ハ貴国に海ヲ取リ戻ス技術ヲ提供スル為ナリ。

 海を取り戻す技術だと? 眉唾な。ヘイロー05はそう思わずにはいられない。

 深海棲艦おかげで何人死んだか。パナマ運河は奪われ、海軍は壊滅。空軍だって千機以上の機体を失った。ヘイロー05の戦友も何人も死んでいる。

 そんな奴らに敵う技術があるのか?

『ヘイロー05、ターゲットの目的は「海を取り戻す技術の提供」と信号を送ってきたのか?』

「そうであります」

『ラジャー、ターゲットの監視を継続せよ』

 NORADは「海を取り戻す技術」というものが何か分からなかった。「瑞星」側としては「艦娘技術」と言っても何か分からないだろうから、分かる言葉を組み合わせただけなのではあるが、NORADはさらに混乱した。

『ヘイロー05、こちらNORAD 。ターゲットを最寄りの基地、ヒル空軍基地に誘導着陸させよ』

 最終的にNORADは「海を取り戻す技術」というものを受け入れてみることにした。眉唾ではあるが、万に一つということもあった。

「最寄りの空軍基地に誘導する。我の誘導に従え!」

 ヘイロー05がバンクし、「瑞星」の前に移動した。

 

 「瑞星」は誘導の通りに、ヒル空軍基地に着陸し、エプロンに移動した。

 エンジンを停止させると、タラップ車が来たのでクルーが乗降扉を開ける。

 初めに降りるのは艦娘建造部の技術者であり、過去にアメリカ駐在武官も勤めたこともある鍾馗少佐だ。それから艦娘部の技術者達、艦娘、艦娘艤装整備員、瑞星のクルーの順番で降りた。

 まず彼らを対応したのは戦車や対戦車火器、小銃で武装した基地防衛隊だった。

「ひどい対応……」

 初雪がぼやいた。

「なに、撃ってこないってことは交渉の窓口は開いてるさ」

 鍾馗少佐は笑っている。

「大変なのはここからだぞ。何せ君達が艦娘ということを証明しなくてはならん」

 鍾馗少佐は帽子を被り直して、歩き出した。


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