30歳の童貞男も来たそうです   作:ほろろぎ

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第10話 吸血鬼の来訪だそうですよ?

 コミュニティの本館に帰り着いた時には、時刻はすでに夜になっていた。

 貞夫たちはその足で真っ先に耀の様子を見に行った。

 部屋のドアを開けると、椅子に腰かけ耀を見守っていた黒ウサギが、全員帰って来たのに気付き立ち上がって迎える。

 

「春日部ちゃん生きとるか~?」

 

 ベッドに横たえられた耀の顔を覗き込む。

 そこに苦悶の表情は無く、スヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。

 枕元では三毛猫が心配そうな表情で彼女の顔を見つめている。

 

「容体はどうなの?」

 

 飛鳥が心配そうに問う。

 

「今は疲労で眠っているだけですが、怪我の方は貞夫さんが治してくださったので心配いりません」

 

 黒ウサギの笑顔に安心した飛鳥が胸をなでおろした。

 

「皆様もお疲れでしょう。今日はゆっくりお休みください」

 

 黒ウサギの言葉に甘え、貞夫は真っ直ぐ自室に向かった。

 他のメンバーはどうしたか分からないが、夕食を食べる気力も残っていなかった。

 

「ぬわあああああん疲れたもおおおおおおん」

 

 自室の扉を閉めた貞夫は、体内の疲労も共に吐き出すかのように声を上げた。

 そのままベッドにドサリとうつ伏せに倒れ込む。

 

「今日はもうすげえキツかったゾ」

 

 風呂に入ってサッパリしたい所だったが、それすらもダルい。

 パジャマにも着替えず、帽子もとらないで、貞夫はそのまま眠りに誘われるのを待った。

 しばらくの間、心地よい怠さをボーッとした頭で楽しんでいた所、突如館内に衝撃音が響いた。

 驚いてエビの様に跳ね起き、部屋の外へ顔を出すと、同じようにジンや飛鳥に黒ウサギも部屋から姿を見せた。

 

「何の騒ぎ!?」

「分かりません!」

 

 皆揃って音のした方へ駆けだす。発生源と思われる所は貴賓室だった。

 扉を開けると十六夜がこちらに背を向けて立っていた。

 部屋の中は何かが爆発したかのような有様だった。

 テーブルや椅子はひっくり返り、床には瓦礫片が散乱している。

 さらに室内の壁や床には木の根や枝が這っていた。

 対面の窓は周辺の壁ごと大きく穴が開けられ、そこから植物が侵食してきたようだ。

 その木の幹の上に、少女が1人立っていた。

 歳はジンと近いような幼さだが、大きなリボンでまとめられた輝く金髪に充血しているかのような真っ赤な瞳、身にまとったジャケットに付けられた拘束具のような装飾品が、見た目には不釣り合いな雰囲気を放っている。

 少女の姿に気づいたジンと黒ウサギはハッとした顔になる。

 

「何だおい、敵か!? フォレス・ガロの御礼参りか!?」

 

 貞夫が十六夜の横に立ち少女を警戒する。十六夜も少女に向かって拳を構えた。

 

「お待ちください! その方は私たちの仲間のレティシア様です!」

 

 黒ウサギが戦闘態勢に入った十六夜たちを止めた。

 

「そうか、アンタが元魔王の……」

 

 一同は一先ず倒れていた椅子やテーブルを元に戻し、席に着いた。

 ジンが十六夜に出場する事を頼んだゲームにおいて、商品とされていた人物がこの少女だった。

 取り戻すべきかつての仲間、それがこんな子供だったとは思わなかった。

 しかし吸血鬼ならば、実年齢は外見よりも遙かに上なのかもしれない。

 再会を喜ぶ黒ウサギとジンとは反対に、レティシアは暗い表情で顔を伏せている。

 

「一ついいかしら。仲間のはずの貴女がガルドに手を貸したのは何故?」

 

 飛鳥が疑問をぶつけた。

 

「友達が怪我をしたの。この人も、ガルドを手にかける事になった」

 

 チラリと視線を貞夫に向ける。

 

「私たちには理由を聞く権利があるわ」

「君たちの力量を確かめたかったのだ。このコミュニティを託すに値するかどうか」

 

 レティシアは申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「今回の事はすまなかった。だが君たちの恩恵(ギフト)はまだ青い果実、任せるには荷が重すぎる」

 

 その言葉に、飛鳥はレティシアに睨みつけるような視線を向けるが、魔王ですらない只の配下であるガルドにすら手こずったのだから仕方のない評価だと貞夫は思った。

 レティシアは言葉を続ける。

 そもそも自分がこの階層にやって来たのはコミュニティを解散するよう説得するためだと。

 だが十六夜たちを召喚したという噂を聞き、その力を見極めるためにガルドをけしかけた。

 そしてジンの名前を大々的に宣伝されてしまい、すでに解散を言い出せる状況ではなくなってしまった。

 

「でも、貴女が帰ってくれば状況は変わるのでしょう?」

「そうですよ。今度のギフトゲームに勝てば、レティシア様は堂々とここに戻れます」

 

 飛鳥と黒ウサギの言葉にレティシアは首を振った。

 そして、問題のギフトゲームが中止された事を告げた。

 巨額の買い手がついたため、金に目が眩んだサウザンドアイズ傘下の『ペルセウス』という主催の幹部コミュニティがゲームを撤回してしまったらしい。

 

「どこに行っても、金こそが最強の(パワー)という概念は一緒なんだなぁ」

 

 貞夫は呆れたようなウンザリしたような声色で言った。

 黒ウサギとジンも落胆の表情を浮かべている。

 

「このままここに匿ったらどう?」

「そんな事をすれば、サウザンドアイズ傘下のコミュニティを全て敵に回す事になる」

 

 飛鳥の提案はレティシア自身によって却下された。

 貞夫は、レティシアの発言に十六夜が嬉々として敵対行為に走るのではないかと不安を抱いたが、それは起きなかった。

 

「ならさっさと用件を済ませようぜ。確かめたいんだろ、俺の力を」

 

 十六夜が立ち上がり、レティシアも頷く。

 2人は外に向かおうとしたが、それを貞夫の言葉が止めた。

 

「所で、誰がこの部屋の片づけと窓の修理代を出すんですかねぇ?」

 

 部屋の惨状を見回し、レティシアの背中に向けて言い放つ。

 レティシアはビクリと反応するが、結局無言でそそくさと窓から外へ飛び出していった。

 そして背中から暗闇のような黒い翼を出すと、そのまま空へと飛びあがる。

 

「へぇ、箱庭の吸血鬼は空が飛べるのか」

 

 庭に下り立った十六夜が興味深げに言った。

 

「制空権を支配されるのは不満か?」

「んなの飛べない奴が悪いだけだ」

 

 不利な状況を意にも介さず吐き捨てる。

 

「白夜叉の言うとおり、歯に衣着せぬ男だな」

 

 優雅に微笑むと、レティシアはギフトカードから身の丈に不釣り合いなほどの大きさの(ランス)を取り出した。その際、彼女の持つカードを見た黒ウサギが声を上げた。

 

「ルールは簡単だ。(ランス)を互いに投擲し合い、受け止められねば負けだ」

「いいね、シンプルイズベストだ」

「悪いが先手は譲ってもらうぞ」

 

 レティシアが構えると、(ランス)の周辺から赤黒いエネルギーの波が発生する。

 そして、手加減なしの本気の一投が十六夜に向けて放たれた。

 

「しゃらくせえっ!」

 

 空気を切り裂き衝撃波をまき散らしながら直進する(ランス)を、十六夜は正面から拳で殴りつけた。(ランス)は紙で出来ているかのように簡単にひしゃげると、バラバラに砕けたままレティシアに向けて打ち返された。

 散弾の様に広範囲に散らばる破片は、一つ一つが衝撃波すら置き去りにする凄まじい速度で飛んでいく。

 レティシアは十六夜の非常識な力を目の当たりにし、安堵したかのような顔を見せた。

 棒立ちのまま飛んでくる破片にその身を撃ち抜かれんとした時、突如眼前に貞夫が現れた。レティシアを掴まえるとその場から掻き消え、次に庭でこれまでの光景を眺めていた飛鳥たちの横に現れる。

 

「あ、危ねぇ~! ギリギリいけたなおい!」

 

 冷や汗をかきながら貞夫が言った。

 テレポートの魔法は移動先をイメージしなければならないが、すでに見えている範囲での短距離移動ならその必要は無かった。それでも連続での転移はやった事が無かったので賭けではあったが。

 

「瞬間移動か、面白いもんが見れたな」

「お前な~。加減をしなさいよ、加減を」

 

 服の袖で汗を拭きながら十六夜を注意する。

 その横で黒ウサギはレティシアに近づくと、素早くその手からギフトカードを奪い取った。

 そして悲しそうな目でカードを見つめる。

 

「やはり、あれだけあった恩恵(ギフト)が……神格が残っていない……」

 

 レティシアのギフトカードには、純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)という一文のみが記されていた。

 かつてのレティシアは鬼種と神格の2つを持っていたから魔王として君臨していたが、神格の無い今では以前の1/10も力を発揮できないという。

 

「どうりで手応えが無ぇわけだ」

 

 十六夜がガッカリしたような素振を見せた。

 

「他人の所有になると恩恵(ギフト)まで奪われるのか」

「いえ、顕現しているギフトと違って、魂の一部である恩恵は本人の合意無しに奪う事はできません」

 

 神妙な顔つきの貞夫だが、黒ウサギはその言葉を否定した。

 

「どうしてこんな事に……」

 

 黒ウサギは泣きそうな顔になる。

 レティシアは視線を地面に落としたまま答えようとはしなかった。

 夜空に赤い輝きが浮かんだ。

 振り向くと空から褐色の光線が地面に差し込み、それが滑るようにしてこちらに向かって来る。

 

「ゴーゴンの威光!? 見つかったか!」

 

 レティシアが叫んだ。光は側にいた飛鳥に向かっていく。

 直前でレティシアが飛鳥を突き飛ばし、代わりに光に飲まれてしまった。

 光が消えたそこにはレティシアの姿そっくりの彫像が置いてあった。

 否、レティシア自身が石と化してしまったのだった。

 

「いたぞ!」

 

 空から声がした。

 見上げると、古代ギリシャの軍人のような鎧を着込んだ一団が浮いている。

 

「ゴーゴンの首に翼の生えた靴……。あれがペルセウスのコミュニティか」

 

 十六夜が、所持している装備を見て呟く。

 レティシアの石像が独りでに動いたかと思うと、宙に浮かびあがりペルセウス一団の元へ飛んで行った。レティシアを奪った一団は踵を返し帰ろうとする。

 

「あっ、おい待てぃ! それ幼女誘拐だゾ!?」

 

 貞夫が呼び止めた。それに対しペルセウスは怒りを露わにする。

 

「人聞きの悪い事を言うな! これはもともと我らの所有物だ!」

 

 その言葉に偽りは無く、今のレティシアはペルセウスが所有権を持っている。

 今も、無断でコミュニティを抜け出した彼女を回収に来たようだった。

 

「その方をどうするつもりです!?」

「これより箱庭の外へ売却するのだ」

 

 驚愕する黒ウサギ。

 

「ヴァンパイアは箱庭の中でしか光を受けられないのですよ!?」

「首領が決めた交渉だ。部外者は黙っていろ」

「住居不法侵入しといてエラそうすぎない?」

 

 貞夫が一団を指さしながら十六夜たちに向かって呟く。

 

「こんな名無しの下層コミュニティに礼を尽くしては、我らの旗に傷が付くわ」

 

 しっかり聞こえていたペルセウスの1人が、見下した態度で吐き捨てる。

 その失礼な態度にさすがの黒ウサギも我慢ならなかったようで、怒りのオーラと共に髪色を変化させた。さらに自分のギフトカードから、雷鳴を放つ黄金の槍を取り出し掲げる。

 

「インドラの槍だと!? 名無し風情がなぜ神格級のギフトを!!」

「ありえん! 我らと同じレプリカのはずだ!」

 

 ペルセウス一同は、黒ウサギの持つギフトに目を見開き驚愕した。

 

「ならば、その身で確かめるといいでしょう」

 

 ペルセウスを睨みつけながら槍の投擲体制に入る黒ウサギだが、貞夫と十六夜が同時に彼女のウサ耳を掴んで後ろに引っ張った。

 態勢を崩した状態で放たれた槍は明後日の方向へすっ飛び、箱庭の天幕に当たって花火の様に爆発する。

 

「何をするんですか!?」

「向こうにレティシアちゃんの所有権があるなら、今力ずくで奪っても後でトラブルになるだけだって」

「それに俺が手を出すのを我慢してやったのに、1人でお楽しみとはどういう了見だ」

「怒る所はそこなのですか!?」

 

 貞夫は手を放したが、十六夜は未だ黒ウサギの耳を引っ張り続け文句を言った。

 そんなやり取りをしている間にペルセウス一団は忽然と姿を消していた。

 彼らが履いていた空飛ぶ靴は、伝説上のペルセウスが履いていた物と同じだと思われる。ならば姿を透明にする隠れ兜も持っていたのだろうと十六夜は推測した。

 後を追おうとする黒ウサギだが、それも十六夜に止められる。

 

「話があるのは奴らの親玉だけだろ」

 

 そう言うと十六夜はジンに耀の看病を任せさっさと歩いて行ってしまう。

 

「い、十六夜さんどちらに……」

「事情を把握してそうな人がいるでしょ」

 

 貞夫の言葉にある人物が思い浮かんだ。

 

「彼女に一つ借りが出来たわ。助けましょ」

 

 黒ウサギの肩に手をやり力強く飛鳥が言った。黒ウサギは頷くと十六夜の後に続く。

 4人は、今回の件に一枚噛んでいるであると思われる白夜叉に会うため、サウザンドアイズに向かった。

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