人通りの全くない夜の街道を4人は無言で進んでいく。
サウザンドアイズの店の明かりはすっかり落とされていた。
その店先にポツンと人影が立っている。
近づいてみれば、それは割烹着を着た女性店員であった。
4人の姿を見た彼女は一礼して出迎えた。
「何かありましたか?」
店員の姿を見た貞夫が訪ねた。
普段は感情を表に出さない彼女の顔に、今は僅かな怒りのようなものが見られる。
「……御気になさらず」
悟られた事に驚いた反応を見せるが、すぐに平静を装った。
「中でオーナーとルイオス様が御待ちです。御入りください」
4人を店内に通すと、白夜叉たちがいる客室へと案内した。
「僕は店員さんと話してるから、君たちは行って来うぐぇっ」
部屋の外で残ろうとする貞夫だが、襟首を掴んで無理やり室内に引っ張り込まれていった。
部屋の中では白夜叉と、その対面に1人の男が座っていた。
コミュニティ『ペルセウス』のリーダーであるルイオス・ペルセウスだ。
ペルセウスはサウザンドアイズの傘下であり、ルイオス自身も白夜叉からすれば部下のような立場にあるのだが、座布団の上に横柄な態度で居座るルイオスの姿は、悪い意味で白夜叉との上下関係を感じさせないものであった。
「うわお、ウサギじゃん! すげー、実物初めて見た!」
黒ウサギの姿を見たルイオスははしゃぐように言った。
「いやぁ~、ミニスカにガーターなんてエロいなぁ~」
胸から下半身にかけて這うように向けられた視線に黒ウサギは悪寒を覚える。
その視線から庇うように飛鳥が黒ウサギの前に立った。
「言っておきますけど、この美脚は私たちの物よ」
「そうですそうです、この脚はって違いますよ!」
飛鳥のボケなのか本気で言っているのかわからない言葉に、黒ウサギは反射的に突っ込んだ。
「違うぞお嬢様。この美脚は俺のもんだ」
「そうですそうです、この脚はって黙ってらっしゃい!」
「よかろう、ならば言い値で買おう!」
十六夜に続いて白夜叉も加わる。
「売、り、ま、せ、ん!」
「じゃあ黒ウサギちゃんと店員さんをトレードして手を討とう」
「貞夫さんもそちら側に!?」
自分と同じ突っ込み要員だと思っていた人間のまさかの裏切りに驚愕する。
そんなやり取りを見ていたルイオスが声を上げて笑い出した。
「ノーネームって芸人のコミュニティなの? だったらうちに来いよ。
勿論、その美脚は僕のベッドで好きなだけ開かせてもらうけど」
「お断りでございます。黒ウサギは礼節も知らぬ殿方に肌を見せるつもりはございません」
顔を逸らしキッパリと拒否の姿勢を取る。
「そんな恰好しといて説得力が無いんだよなぁ」
「これは白夜叉様が、この姿でいればゲームの審判料を3割増しにするとおっしゃるので……」
貞夫の言葉に、黒ウサギは恥ずかしそうに胸元を隠しながら弁解した。
当の白夜叉に対して十六夜は親指を立てその所業を称賛する。
黒ウサギは話が進まない事を嘆き始めた所で、女性店員がお茶を持ってきたため場は仕切り直しとなった。改めて本題について話し出す。
ペルセウス所有のヴァンパイア──レティシア──とそれを追ってきたペルセウスの構成員が、ノーネームの敷地に無断で乗り込み暴言を吐きながら暴れ回ったと。
「この屈辱は両コミュニティの決闘を持って決着をつけるしかありません」
「いやだ」
こちら側の要求をルイオスはあっさりと突っぱねた。
「決闘なんて冗談じゃない。それに証拠あんの?」
「彼女の石化を解き、問いただせばすぐにわかる事です」
「ダメだね。元お仲間のために口裏合わせないとも限らないし、むしろそっちが盗んだんじゃないの?」
お互い第三者の証言が無いのは同じなため、それ以上言い返す事が出来なかった。
「決闘に持ち込みたいならちゃんと調査しないとね。もっとも調べられて困るのは別の人だろうけど」
ルイオスは白夜叉に視線を向け、白夜叉は顔を逸らす。
レティシアがノーネームに向かえる様に彼女が裏で手引きしたようだった。
「さぁて、そろそろ帰ってあの吸血鬼を売り払う準備でもするか」
そう言ってルイオスは立ち上がった。
「愛想無い女って嫌いなんだよね。特にアイツ体もほとんどガキだしさ。」
黒ウサギと飛鳥がルイオスを睨みつける。
「けど見た目は可愛いから、その手の愛好家にはたまらないんだとさ。
太陽の光っていう天然の牢獄の下、永遠に玩具にされる吸血鬼ってのも結構エロいかもねぇ」
こちらを挑発するように言葉を続けるルイオス。
黒ウサギは怒りによって髪色を変化させる。
「しかし可哀想な奴だよねアイツも。自分の魂の一部である
その言葉に黒ウサギは、レティシアの
髪と共に顔色も真っ青になる。
仲間を心配し自身の魂を砕いてまで駆けつけたレティシアを、目の前で石にされた挙句連れ去られ、さらに商品として遠くに売り飛ばされるのを救う事も出来ない。
言葉も出ない黒ウサギの前にルイオスが歩み寄り視線を合わせるよう腰を落とした。
「ねえ黒ウサギさん、一つ取引をしようよ」
黒ウサギは顔を上げルイオスを見る。
「吸血鬼をノーネームに戻してやる。代わりに君は僕に一生隷属するんだ」
残忍な笑みを浮かべるルイオス。
「冗談じゃありませんわ、外道!」
飛鳥が床を叩き怒りを露わにした。
そのまま黒ウサギの手を引き部屋から出ようとするが、黒ウサギは座ったまま動こうとしない。
「君は月の兎だもんなぁ。仲間のために煉獄の炎に焼かれるのは本望だろ?」
迷いを見せる黒ウサギに捲し立てる。
「ほらどうしたの? 兎は義理とか人情とか好きなんだろ?」
「黙りなさい!」
飛鳥が威光を使いルイオスの口を塞ぐ。
「そのまま地に頭を伏せてなさい」
言葉の通りに跪く形となるルイオスだが、その力に逆らうように徐々に上体を起し、ついには飛鳥のギフトを完全に跳ね除けてしまった。
「そんなのが通じるのは格下だけだ!」
さらに、手元から大きく湾曲した特異な形状の鎌を取り出し飛鳥に向けて振り上げる。
「そぉい!」
鎌が振り下ろされる前に貞夫が帽子の様に、自身の前に置かれていた湯呑をルイオスの頭にかぶせた。
なみなみと注がれていた手つかずのお茶が、ダバッとルイオスの顔を流れ落ちる。
貞夫の突然の行動に全員が呆気にとられた。
「お茶も滴るいい男、だな」
はっはっはとワザとらしい作った笑いを上げながらルイオスの肩を叩く。
「お、お前ぇ……!」
怒りの矛先を貞夫に向けたルイオスだが、その前にズビッと人差し指を突き立てる。
「頭、冷えたでしょ」
ウィンクしてから今度は飛鳥に顔を向ける。
「久遠ちゃんも冷静になりなさい。悔しいだろうが、こういう場合手を出した方が負けになる」
つい感情を爆発させてしまったが、その事は飛鳥も理解していたので、それ以上口を挟む事はしなかった。
貞夫は再びルイオスに向き直る。
「まあそっちが不必要に挑発したせいでもあるんだし、ここはお互い様って事で終わりにしようじゃないか、ね?」
はい終わり終わり、と手を叩いて無理矢理終了を宣言する。
その後ろで黒ウサギが幽霊の様に力なく立ち上がった。
「先ほどの話ですが、仲間と相談し改めて御返事いたします……」
「オーケーオーケー、1週間だけ待ってあげるよ」
選択の余地はないだろうけどね、と付け加えルイオスは乱暴に障子を開け部屋から出て行った。
黒ウサギも無言で退室し、それを飛鳥が慌てて追いかける。
「恵まれた容姿からクソみたいな性格の男だったな」
貞夫が呆れたようにルイオスの去っていった方に向けて呟いた。
せっかくいい面をしているのだから内面を磨けばさぞ女にモテるだろうに、天は二物を与えずという事か。
そしてあの女にだらしない態度からして、女性店員にも手を出そうとしたのだろう。
店に来た時、彼女から不機嫌な雰囲気を感じたのもそのせいだと貞夫は想像した。
「完全に名前負けだな」
十六夜もガッカリした様に吐き捨てた。
「元は由緒正しきコミュニティだったのだがな。昔は伝説に則った格式あるゲームを主宰し、箱庭にその名を轟かせていたものじゃが……」
白夜叉は遠い日の事を懐かしむように言った。
黒ウサギたちに遅れて、貞夫と十六夜もサウザンドアイズを後にした。
来た時と同じく会話も無く歩き続けていると、後ろから足音が近づいてくるのに気づいた。
振り向くと、駆け寄ってきたのはサウザンドアイズの女性店員だった。
2人に追いつくと一通の手紙を差し出した。
「オーナーからの言伝です」
手紙を開けると、中には白夜叉からの手紙と、2つのコミュニティの所在地が書かれた紙が2通入っていた。
1枚目の手紙の方に目を通す。そこには、ペルセウスのような伝説のあるコミュニティはその伝説を再現したゲームを用意する事があり、伝説への挑戦権を賭けたゲームも主催しているという事が書かれていた。
2枚目の手紙に書かれていた2つの住所は、そのペルセウスに挑むための挑戦権を保持しているコミュニティだ。
つまりこの2つのコミュニティのゲームに勝ち挑戦権を得る事が出来れば、ペルセウスは問答無用で挑まれたゲームを受けなければならないと言う事になる。
「なるほどな、粋な事するじゃねえか」
十六夜は2枚目の手紙だけ持って1人先に歩きはじめる。貞夫が呼び止めるのも無視した。
貞夫は困ったように頭を書きながらその背を眺め、店員に振り向く。
「わざわざありがとう。店まで送りましょう」
「大丈夫です。そちらも時間が無いのでは?」
ルイオスが黒ウサギの答えを待つと言った期限まで1週間。
2つのコミュニティはそれぞれかなり離れている。余裕があるとは言い難かった。
その場で店員に頭を下げ十六夜の後を追おうとする。
その直前、女性店員は僅かに躊躇した後、貞夫の服の袖をつかんで引きとめた。
「それは本来、複数のコミュニティが団結して何日もかけて挑むようなものです」
手紙に書かれていたコミュニティはクラーケンとグライアイ。
どちらも伝説に名を連ねる怪物だ。
「その……気を付けてください」
恥ずかしげに視線を逸らしながらそう告げると、踵を返し帰っていく。
貞夫はその背中に再び一礼して十六夜の元へ駆けだした。
「で、僕はどっちへ行けばいい?」
十六夜の隣に並んだ貞夫が問いかける。
「あんなに帰りたがってたのに、随分乗り気じゃねえか」
「仲間の進退がかかってるから、多少はね」
2人は歩きながら話を続ける。
「クラーケンとグライアイについては知ってるか?」
「クラーケンは北欧神話に出てくる海獣だよな。グライアイってのは初めて聞いた」
「ならグライアイの方は俺が行く。アンタはクラーケンを頼むぜ?」
言うが早いか、手紙を貞夫に押し付け飛び出していく。
「おい、場所は……!」
「もう覚えた」
十六夜の姿は闇夜の中に吸い込まれるように、あっという間に消えて行った。
貞夫は一度テレポートでノーネームのコミュニティに戻った後、しばらく出かける旨の書置きを残し、改めてクラーケンのコミュニティに向かっていった。
即座に行動に移したといえノーネームからクラーケンまではかなりの距離があり、道中道に迷った事もあって到着するのに数日を要してしまった。
「挑戦者よ、よくぞ参った。汝、試練を乗り越え我らを打倒すれば……」
初の単身でのギフトゲームが始まった。目の前でクラーケンが前口上を述べている。その姿はタコともイカともつかない巨大な頭足類だ。
伝説上では島と見まごうばかりの巨体を誇っているとあったが、箱庭のクラーケンはそこまで馬鹿げた大きさではないのは貞夫にとって幸運だった。
しかし外見で力を侮ってはいけない。女性店員の忠告によれば、クラーケンは多数のコミュニティが協力しなければ太刀打ちできない程の力だという。
力、知恵、勇気の3つの試練の内、貞夫は力を選んだ。
知恵に自信は無いし、勇気というのも抽象的でよくわからなかったので、単純な力比べに賭ける事にした。
相手の力量がサッパリ不明だったので、貞夫は開幕早々に現在放てる最大火力を叩き込んだのだが、クラーケンの方が油断していたのかその一撃であっさり勝負はついてしまった。
黒く煤けたクラーケンだった物体からは香ばしい匂いが漂っている。少し焦る貞夫だが、伝説に名を遺すほどの存在はさすがの耐久力で命を繋ぎとめていた。
無事ペルセウスへの挑戦の証である宝玉を貰い受ける事が出来、貞夫はすぐにノーネームに引き返す。来る時と同じく、再び道に迷ったりテレポートと休息を繰り返したりしつつも、何とか期限前に間に合う事が出来た。
本拠に入って黒ウサギたちを探していると、ちょうど帰ってきていた十六夜がドアを蹴り破る所に遭遇した。
「コラコラコラー!!」
叫びながら、部屋に入っていく十六夜の後に続く。
室内には黒ウサギに飛鳥、耀の3人が揃っていた。
「まだレティシアちゃんから窓の修理代も貰ってないのに! これ以上! 家を! 壊すな!」
貞夫の怒りを涼しい顔で十六夜は受け流した。
「鍵、開いてたのに」
無駄な破壊行為を知らしめた耀の一言が、より貞夫にショックを与えた。
「どこ行ってたのよ、この大事な時に」
飛鳥が貞夫と十六夜を睨む。
「書置き残しといたんだけど」
貞夫が言うが彼女たちは、黒ウサギの引き留めが言い争いに発展した後、今まで各自部屋で謹慎していたため、誰も貞夫の部屋に入らなかったから気づかななかったようだ。
「これ土産だ」
十六夜がテーブルの上に風呂敷包みを置いた。
「スイカ?」
「スイカね」
耀と飛鳥は、直径30センチ程の球形に膨らんだ風呂敷の中身を予想した。
包みは自然と解け、中からペルセウスの紋章の入った赤い宝玉が現れる。
その横に、貞夫もギフトカードから取り出した戦利品の青い宝玉を並べた。
「これは、クラーケンとグライアイを打倒した証!?」
黒ウサギの目が驚きに見開かれる。
「これ取りに行ってたんだ」
耀が宝玉をしげしげと眺めつつ言った。
「私達にも一声かけて欲しかったわね」
飛鳥はほんの少しだけ不満を滲ませた。
「僕らが出来るのはここまでだ」
貞夫は黒ウサギに残りを委ねる。
「どうする? あとはお前次第だ」
十六夜も同様に、黒ウサギの答えを待った。
黒ウサギは噛みしめる様に瞳を閉じる。目尻には薄らと涙が浮かんでいた。
立ち上がると、これまでの弱気な態度を振り払うように力強く宣言した。
「ペルセウスに行きましょう。我らの同志、レティシア様を取り戻すために!」