宮殿を思わせるコミュニティ『ペルセウス』の本拠。
その無駄とも思えるだだっ広いベランダで、ルイオスはリクライニングチェアにゆったりと座りウィスキーを嗜んでいた。
「しっかし良いよねぇ、あの黒ウサギ。組み敷いて啼かせたらきっと生涯飽きないよ」
「はぁ……」
傍らに付き従う側近の男は、興味無さそうに生返事した。
「お邪魔いたします」
突如、その場にいない女の声がした。
側近は即座に警戒態勢に入り腰の剣に手をかけるが、それをルイオスが制止する。
ベランダに舞い降りた声の主は黒ウサギであった。
彼女に続いて階下から十六夜、ジンを抱えた貞夫、飛鳥を抱えた耀が飛び上がってくる。
「どうしたの急に? やっぱりウチに来る気になった?」
ルイオスは笑顔を浮かべて椅子から立ち上がると、十六夜以下を無視して黒ウサギにだけ話しかけた。
黒ウサギは、にこやかな顔で首を横に振る。
「我々ノーネームは、ペルセウスに決闘を申し込みます」
微笑を消し、真剣な顔で告げた。
ルイオスは溜息をつくと、一転して鬱陶しそうな表情になる。
「決闘なんてしないって言っただろ。それが要件ならとっとと帰れよ。マジウゼェ」
手を振り、追い払うようなジェスチャーを取る。
「これを見てもそんな事が言えるのかしらね」
飛鳥が、黒ウサギの持っていた風呂敷の包みを解くと、中から赤と青の宝玉が現れた。
宝玉には2つともペルセウスの紋章が入っている。
「それは!! 伝説への挑戦権を示すギフト!?」
側近の男が驚きの声を上げる。ルイオスも共に驚愕している様子だった。
「まさか名無し風情がクラーケンとグライアイを……!?」
「あの婆さんな、イマイチだったぞ。まだ蛇の方がマシだ」
十六夜が素気なく言った。
「クラーケンも一発で勝負付いたから、強いのか弱いのか分からんかったぞ」
貞夫も続く。
「これは挑戦者を求めて貴方がたが決めたゲーム。まさか尻尾を巻いて逃げ出すなんて、ありませんよね?」
黒ウサギが珍しく挑発的な言葉を紡いだ。
ルイオスは額に血管を浮かべ怒りの表情を見せる。
「いいだろう相手してやる……。二度と逆らう気が無くなる位、徹底的に潰してやるよ……!」
取り出したギフトカードから光が放たれ、ルイオスの背後の空間がひび割れる。
ホワイトアウトした視界が晴れた時には、ノーネーム一同は白亜の宮殿の前に飛ばされていた。
周囲を見ると、今いる場所は異空間にあるらしく、逆ピラミッド型の地面が宙に浮いている。
宮殿外壁に張り付けられている
ゲーム名は『FAIRYTAIL in PERSEUS』。
こちら側の勝利条件は、ゲームマスターであるルイオスの打倒。
敗北条件はリーダーであるジンの降伏、失格及び勝利条件を満たせなくなった場合。
挑戦者であるノーネームは、ルイオス以外の人間に姿を見られてはならない。見られた場合、ルイオスへの挑戦権は失うが、ゲーム自体は続けることが出来る。
「なるほどな、ペルセウスを暗殺しろって事か」
「それなら伝説に倣ってルイオスも睡眠中という事になりますが、そこまで甘くは無いでしょう」
十六夜の言葉にジンが続く。
「メデューサ殺しをペルセウスに置き換えたって訳ね。ややこしい事を……」
貞夫が頭をかきながら、どうにかゲーム内容を理解した。
今回のゲームで一番問題となるのは、姿を見られずルイオスの元まで辿り着く方法だ。
ノーネームの参加者は十六夜、飛鳥、耀、貞夫、ジンの5名に対し、ペルセウス側は戦闘部隊が100人単位はいるであろうと思われる。
戦力の差は十六夜がいれば不安は無いが、数の差は圧倒的な不利になる。
「アンタ瞬間移動が使えるんだろ? それでルイオスの所まで行けないのか?」
「あれね、行き先が分かってないと、どこに飛ばされるか分からんのだわ」
十六夜の言葉に、貞夫はお手上げといった風にポーズをとる。
これでこちらは地道に歩きながら、数百人の目を掻い潜ってゴールを目指さなければならなくなった。勝つためには入念な作戦が必要だ。
「確か伝説では、ペルセウスは姿を消せる兜を持ってメデューサ退治に向かったんだったっけ?」
「ああ。他には神霊殺しの鎌とアテナの盾、それに翼の生えたヘルメスの靴だ」
貞夫が十六夜に確認すると、補足を加えて肯定した。
「ならこっちのペルセウスも、それに類する物を持ってるって事だよね」
思い返すと、レティシアを掴まえに来た兵士達は突然現れた気がする。
おそらく兜で姿を消したまま侵入してきたのだろう。
「YES。限られた精鋭が所持しているはずです」
ただしアテナの盾は箱庭では失われてしまっていると、黒ウサギは付け加えた。
「んじゃ、どうにかして兜を奪えれば、こっちにも勝機があるんじゃね?」
ヘルメスの靴で上空を進むだけでは誰かに発見される可能性がある。
視線を完全に回避するには、こちらも姿を消した方が早い。
貞夫の発言に十六夜が頷き、1つの提案をした。
「役割を3つに分けよう」
全員が十六夜の方を向く。
「御チビと一緒にルイオスを倒す役、不可視の敵を倒して兜を手に入れる役、囮になって敵の目を引き付ける役」
十六夜は視線を耀に向ける。
「不可視の敵は春日部に任せたい。お前は鼻が利くし、目も耳も良い」
「分かった」
貞夫が小さく手を上げる。
「僕もそっち行くわ。探知系の魔法も使えるし」
体を透明にするだけでは、その気配や生命のオーラまでは消せない。問題なく敵を発見できるだろう。
「黒ウサギは審判としてしか参加できませんので、ルイオスさんを倒す役は十六夜さんにお願いします」
任せとけ、と十六夜は頼もしげに笑う。
「なら、私が囮役という事かしら」
最後に残された飛鳥が不満を漏らす。
自身の
「君が暴れ回って敵を引きつけてくれれば、それだけこっちが動きやすくなる。ある意味この勝負は君にかかっていると言っても過言ではないぞ」
過言であった。機嫌を取るために言った事は飛鳥にも分かったのか、仕方ないといった風に了承した。
ここまでの作戦は問題無いように思えたが、黒ウサギの顔は浮かない。
「最も脅威となるのはルイオスさんが所持している
「隷属させた元魔王様」
黒ウサギの言葉に被せるように十六夜が呟いた。
「やっぱアルゴルか」
さらに貞夫が、十六夜に確認するように言った。
黒ウサギは2人の言葉に驚き、俯いていた顔を上げた。
「御二人はどうしてその事に……」
「そりゃ、あんだけ派手に石化
貞夫は当然と言った顔で答える。
レティシアを石に変えた褐色の光は、ペルセウスが討伐した怪物であるメデューサの持つ石化の瞳と同じ特性だ。
ペルセウスが神々から譲り受けた品がギフトとして存在するのなら、メデューサの生首に類する物を持っていても不思議ではない。
「アテナに献上されたはずのゴーゴンの力を使えるとなれば、それは星座のペルセウスって事になるだろ」
十六夜の説明に感心したような顔になる黒ウサギ。
「もしかして、御二人は意外と知能派だったりします?」
「漫画で読んだだけだよ」
貞夫は否定した。
「俺は根っからの知能派だぜ。この扉だって手を使わずに開けれるしな」
十六夜が目の前の宮殿の門を指差す。
「ちなみにどうやって?」
嫌な予感を感じ、何となく答えは分かっていたが貞夫は尋ねた。
十六夜はニヤリと笑うと、答える代りに門を蹴破った。
開戦の狼煙とばかりに砕かれた門の付近が土煙に包まれ、それが空に昇っていく。
「さあ、ゲーム開始だ!」
響き渡る破壊音を聞いたペルセウス部隊は迅速に戦闘態勢に入った。
相手は名無しのノーネームとはいえ、今回のゲームは自らの旗印が懸かっている。
負けられない戦いに対して、部隊長であるルイオスの側に控えていた男は、部下の兵士達に喝を入れる。
ノーネーム側の動きは、まずは囮役の飛鳥が先行し宮殿内部へと入っていった。
飛鳥は早速兵士達に見つかるが、それも作戦通り。
ギフトカードに収納されている水樹から膨大な量の放水を浴びせ、その場にいる兵士達を全て吹き飛ばした。
後から現れた兵士達は空飛ぶ靴でもって上空から攻めようとする。
飛鳥は水樹そのものをカードから取り出した。
大木の上に優雅に腰かける飛鳥は威光で水樹を操り、砲弾の様に水を球形に発射させ飛行する兵士を撃ち落していく。
兵士達は後から後から湧いてくるが、それらもことごとく水樹が放つ津波の様な水流に飲まれ流されていった。
「十六夜くんたら、私を囮に据えるなんていい度胸だわ」
今だ根に持っているかと思いきや、その顔には微笑が浮かんでいる。
元いた世界では自分に付き従う者ばかりで、このような扱いを受けた事は無かった。
そんな経験が出来るのも箱庭に来たからこそ。
飛鳥はこの世界での体験を心から楽しんでいた。
「今は許すわ。張り合いのない世界は嫌いだったもの」
気合十分の飛鳥は、出来るだけ多くの敵を引き付けようと兵士以外にも目標を定めた。
柱、階段、壁、飾られている絵画や彫刻などの美術品……。
宮殿そのものを破壊しつくさんと、キラキラと輝く笑顔で水球弾をいたる所に撃ち込みはじめる。
兵士達は予想外の被害の大きさに、慌てて彼女を取り押さえようと次々に戦力を投入していったが、それも片っ端から片づけられていった。
飛鳥は自身の
兵士達はそれまで、自分は選ばれたエリートであり優秀な兵士であると考えいていたが、ここに来て実はただの名もない雑兵の一員でしかない事を悟った。
やっている事は、大の大人を見つける側から叩きのめすという非情極まりない行いだが、それでも飛鳥は可憐な少女の様に上品な笑い声を上げている。
狂気的な情景に兵士達は戦慄を禁じ得なかった。
早々兵士達に彼女の暴走を止める術は無く、数々の調度品と仲間が水樹の波の藻屑と化す様を見つめる事しか出来なかった。