飛鳥の大立ち回りのおかげで、その他の場所は見張りの数が大幅に減っていた。
貞夫達4人は無人の廊下を静かに進んでいく。
遠くからは兵士達の怒声とも悲鳴ともつかない叫び声や、建物が倒壊していくような破壊音が響いてきていた。
人手が少なくなっているとはいえ、どこに不可視の見張りが待ち受けているとも限らない。
貞夫と耀が先に立ち、生命エネルギーの反応と犬の嗅覚による匂いの二重の索敵術で周囲を警戒しつつ歩みを進める。
廊下の曲がり角の手前で貞夫が手を上げ、後ろにいる十六夜とジンに止まるよう合図した。
曲がり角の先の方に兵士数人の気配がする。
貞夫は掌に魔力を凝縮させた。
廊下に飛び出すと、その先にいた兵士達に向かって魔力波を放ち、全員を吹き飛ばし昏倒させる。
眠らせる等の平和的な方法を取りたかったが、時間がかかって見つかっては元も子もないため、今回は力技で解決する事にした。
安全を確認し廊下を進む。
4人は中庭のような開けた場所に出た。
噴水と、ミロのヴィーナスに似た彫像が数体設置されている。
一見して人の気配は無いが、貞夫と耀には何かが潜んでいるような予感があった。
「隠れて」
耀が十六夜とジンに言うと、2人から離れて庭の中央へ歩いて行く。
気配を探る様に目を閉じ立ち止まる。
「そこッ!」
背後に振り向くと、勢いを乗せた蹴りを虚空に放つ。
何かにブチ当たった衝撃音と、男の呻き声が聞こえた。
耀の対面にある噴水が倒壊すると、そこに先ほどまで影も形も無かった1人のペルセウス兵士の姿が現れた。
「これが不可視のギフトで間違い無さそう」
耀は、兵士の足元に落ちていた兜を拾い上げた。
「あと1個、何とかゲットしなきゃなぁ」
貞夫は周囲にさらに潜んでいる人間がいないか目を配る。
「良い所取りみたいで悪いな。これでも皆には感謝してるぜ?」
「気にしないで、後で埋め合わせはしてもらうから」
耀から兜を受け取った十六夜は、柄にもなく感謝の言葉を述べる。
「御チビ、お前は隠れてろ。死んでも見つかるなよ」
「わ、分かりました」
ジンは隅に置いてあった木箱の中に入った。
十六夜が兜を被り透明になった直後、兵士達が集まってくる声が聞こえてきた。
「捕えろ! 人質にして仲間を……」
言い切る前に貞夫が腕を振ると、それに引っ張られるようにして兵士達が壁に叩きつけられた。浮遊魔法を応用した念動力だ。
「邪魔しちゃだめよ」
貞夫の後ろでは耀が再び周囲の索敵を行っている。
「どうだ春日部。他に不可視の敵はいそうか?」
「ううん。今の所変な匂いや音は……」
突然、耀の体が弾き飛ばされた。背後の柱に激突し、砕けた柱と共に崩れ落ちる。
貞夫と十六夜が耀の名を叫ぶが、地面に倒れたままピクリとも動かない。
「どういう事だ!? 何の気配も感じないぞ!?」
貞夫は慌てて周囲の生命エネルギーを探るが、その場にいる人間以外の反応は見つけられない。
「あれは本物のハデスの兜だ!」
どこかから十六夜の声が聞こえた。
ペルセウスがサウザンドアイズ傘下のコミュニティにまで昇格できたのは、不可視の兜や空飛ぶ靴等のペルセウスのギフトを量産化するという功績が認められたためであった。
つまり今まで兵士達が使っていたギフトは全てレプリカであり、貞夫や耀に探知されていたのも不完全であったが故。オリジナルのギフトにはそのような不完全さなど無く、音も匂いも完璧に遮断した絶対的な不可視化が可能なのである。
「やべぇよやべぇよ」
好調だった流れが一転してピンチに変わった。
貞夫の額に汗が流れる。
「一旦引くぞ!」
「ダメだ! 動くな!!」
再び十六夜の声が聞こえる。
耀を連れて退却すると踏んだ貞夫は、それを止めた。
今耀を動かせば、同時に十六夜の居場所も悟られてしまう。
もし自分が敵ならそこを攻める。
タイミングの分からない攻撃を受ければ、さすがの十六夜でもうっかり兜を落としてしまうかもしれない。
そう考えた瞬間、敵の不可視を見破る方法にも気づいた。
貞夫は足元に転がっている小石を数個拾い上げると、見えない敵に対して声を上げた。
「おうおう! 名だたる英雄ペルセウスの一員ともあろう者が、姿を隠したままいたいけな少女を真っ先に襲うとは、随分と恥知らずな行いじゃないか!」
精一杯頭を捻って、何とか相手を挑発する。
「そんなチンケな野郎の攻撃じゃ、女子供しか相手に出来ないのか!? 相手したくないのか!? する度胸もないのか!?」
喋りながら体全体に魔力を循環させ、耐久力を強化する。
何処から攻撃が来てもいいように力を込める。
「悔しかったらこの僕を打ち倒してみろ!」
言い終わると間もなく、腹部に衝撃を受け後ろに吹き飛ばされた。
予め備えていたおかげで、そこまで酷いダメージは無かった。
即座に起き上がると、飛ばされる前に自分が立っていた付近に向かって、手にしていた小石を投げた。
何事もなく飛んでいく中で、いくつかの石が空中で弾かれると地面に落ちる。
不可視のギフトはあくまで姿を透明にするだけで、実態まで消すという訳ではない。
見えないだけで、そこに存在はしているのだ。
「オラオラオラオラオラ!!」
貞夫は石が弾かれた場所のすぐ側にテレポートし、虚空に向かって拳の連撃を放つ。
空を切る中で数発手応えがあった。
目の前に兵士が1人、倒れた状態で姿を現した。ルイオスの側近の男だ。
頭から外れた兜が側に転がっている。
「我が方のギフトを正面から打ち破るとは……見事、だ……」
男は賛辞の言葉を述べ気絶した。
貞夫は兜を十六夜に渡し、それを被ったジン共々姿を消したままルイオスの元へ向かって行った。
遠くから足音が近づいてくる。新たな敵だ。
貞夫の隣には意識を取り戻した耀が立っている。
「君は休んでなさい」
「平気」
被りを振る耀だが、痛みを隠すように腹部を抑えている。
言っても聞かない事は理解していたので、魔法でダメージを治療してやる。
「無茶するんじゃないぞ」
「うん、ありがとう」
やれやれといった表情の貞夫に耀は微笑んだ。
2人はやって来た兵士達を相手に戦いを続ける。
今度は不可視の敵はいなかったので、楽に戦闘を進められていた。
その最中、突如城中に不気味な叫び声が響く。
獣とも人ともつかない名状しがたい不協和音に、耀は自分の肩を抱き身を震わせた。
「危ないッ!」
突然、貞夫が耀に飛び掛かった。抱きかかえると同時にテレポート魔法を発動する。
すぐ側の宮殿内部に移動したが、先ほどまでいた中庭を見ると巨大な岩の塊が唐突に置いてあった。
土煙が立ち込めている事から、上空から落ちて来たものだと思われる。
岩は中庭だけでなく、宮殿中のいたる所に落下してきていた。
だが天を見上げても、そこには
「何、あれ?」
耀が宮殿の一角を指差す。そこは十六夜達が向かったルイオスのいる最奥の間だ。
そこの外壁を撃ち抜いて、一筋の光が放たれた。
光は空中で球形に膨張すると一気にその力を解き放ち、ゲーム盤全土を包むように広がっていった。
褐色の閃光が迫る様を見た貞夫が叫んだ。
「ヤバい! あれは石化の」
そこで意識が途絶えた。
光の通過した後は、建物も、植物も、人も、全てが灰色の石像と化していた。
最奥の間で十六夜と対峙した魔王、星霊アルゴールの放つ石化の
静寂に包まれた宮殿の中でただ一か所、最奥の間の闘技場では激しい戦闘音が鳴り響いている。
それもやがて静まると、次いで灰一色だった宮殿に色が戻っていった。
「光りだ! ……あれ?」
言い終わると、貞夫は首を捻った。
「今、私達……」
「石になってたよな……」
耀と顔を見合わせる。
意識は無かったが自分が石にされた感覚は残っていた。
しかし今はきちんと動けている。
「とりあえず、逆廻くん達の所に行こう」
途中で飛鳥も合流し3人で最奥の間へ向かう。
目的の場所は塔のような独立した建物の最上階にあるのだが、その塔の中階から上が消失していた。辺りにはおびただしい数の瓦礫が散乱している。
「あーあもう滅茶苦茶だよ」
塔の上の方から戦闘の気配を感じる。
瓦礫で階段は埋まっていたが、それを退かして行ける所まで登っていく。
「皆さん、ご無事でしたか!」
貞夫たちの姿に気づいたジンと黒ウサギが駆け寄ってきた。
「今どうなってんの?」
「それが……」
言いよどみ、視線を後ろに向ける。
その先では十六夜がルイオスと巨人の女──アルゴール──と戦いを続けていた。
戦いというよりは、十六夜が一方的に相手を痛めつけているように見える。
「何? どういう状況?」
説明を求める貞夫に黒ウサギがこれまでの経緯を掻い摘んで話す。
ゲームは十六夜の圧勝に終わったが、それに満足できなかった彼はルイオスを名と旗印を盾に脅迫し、自分を楽しませるまで戦いを続けろと強要したという。
「惨い」
「いい気味ね」
「……」
貞夫はルイオスに同情し、飛鳥は自業自得だと断じ、耀は無言で合掌した。
その後はしばらく十六夜達のやり取りを眺めていた3人だったが、すぐに飽きるとそれぞれ地面に腰かけ、今日の夕飯や明日の予定等について雑談して時間を潰した。
事が終わったのは夕方遅くになってからだった。
酷使されまくったルイオスとアルゴールは死んだように地面に倒れ伏している。
十六夜は満足とまではいかなかったが、ある程度溜飲は下がったようだった。
黒ウサギがゲーム終了とノーネームの勝利を宣言し、一行はレティシアを引き取ってコミュニティに帰っていった。
「これからよろしく、メイドさん」
ベッドの上で寝かされていたレティシアが目覚めると、十六夜、飛鳥、耀の3人が出し抜けにそう言った。
側で控えていた黒ウサギとジンは、えっと声を上げる。
「え、じゃないわよ。今回のゲームで活躍したの私達でしょ」
「私なんて力いっぱい殴られたし、石になったし」
「挑戦権を持ってきたのは俺とオッサンだから、所有権の配分は3:3:2:2だからな」
ここに来て黒ウサギが我を取り戻した。
「何言っちゃってんでございますか!? そんな無茶苦茶な話……」
「ふむ、仕方ないな」
レティシアがベッドから起き上がる。
「今回の件では皆に恩義を感じている。君達が家政婦をしろと言うなら、喜んでやろうじゃないか」
笑顔で問題児達の要求を受け入れた。
黒ウサギは尊敬する先輩をメイド扱いしなければならない状況に慌てる。
「貞夫さ~ん……」
「3人に勝てるわけないだろ」
唯一の大人に助けを求めるが、他人の説得に応じる様な面子ではない事は身に染みて分かっているため、素気なく突っぱねられる。
飛鳥は金髪メイドに憧れていたらしく、早速レティシアにメイド服を着せ楽しんでいた。
レティシアは慣れない丁寧な口調に四苦八苦し、黒ウサギは耳を萎れさせガックリと肩を落とした。
それから日は経ち、3日後。
黒ウサギの号令の下に、貞夫達ノーネーム新メンバーの歓迎会が行われる事となった。
100人を超す子供の総出での会は貯水池の側で行われたのだが、時刻は夜、星空の元で野外での催しとなった。
テーブルの上にはいつもよりも豪勢な食事が沢山並べられ、蝋燭台の光が厳かに揺らめいている。
「だけど、どうして屋外での歓迎会なのかしら?」
多少暖かいといえ夜ともなれば涼しさの方が増す。
飛鳥はドレスの上から羽織を着こんでいるが、それでも僅かに寒さに身を震わせた。
「黒ウサギなりの精一杯のもてなしって所じゃねえか?」
「あんまりお金はかけられないからねぇ」
ノーネームの資金はあと僅かで底をつく所までいっており、本来ならこうした贅沢も苦しい状況にある。
それでも無理を押して歓迎の催しを開いてくれた事に4人は感謝していた。
「皆さん、本日のイベントが始まりますので、天幕をご覧ください!」
黒ウサギの声に従い、全員夜空を見上げる。
紺、青、碧の入り混じった不思議な色の空に一筋の光の線が現れた。
「流れ星だ!」
子供達の1人が言った。
間を置いて、また1つ星が流れる。
それに続いてまた1つ、2つと星が落ち、やがて雨の様に流星が空一面に浮かんだ。
歓声と共に皆はその光景を見つめる。
「我々の新たな同士である異世界からの4人が打倒した『ペルセウス』のコミュニティは、一連の騒動の責任からあの空から旗を降ろす事となりました」
黒ウサギの言葉の後に、夜空に輝くペルセウス座が一層強い光を放った後、その姿を消してしまった。
十六夜さえも、その光景を呆気にとられた顔で見届けた。
「どういう
貞夫は呆然とした顔で呟いた。
詳しい数値は知らないが、今見えている星の光は過去の時間の物であるはず。
それ程星と星との間は気の遠くなるような距離が開けているのだが、それを時間差無く動かしてしまうとは、計り知れない何かの力が働いているという事か。
「驚きましたか?」
自慢げな様子の黒ウサギが近づいてきた。
「色々と馬鹿げたものを見てきたつもりだったが、まだこれだけのショーが残ってたなんてな」
十六夜は感嘆の声を漏らした。
「おかげでいい目標も出来た」
「何でございますか?」
貞夫、飛鳥、耀も十六夜の言葉の続きを待つ。
「あそこに俺達の旗を飾る。どうだ、面白そうだろ?」
星空に手をかざし、年相応の少年らしい笑顔を浮かべそう宣言した。
今度は黒ウサギの方が呆気にとられるが、それはすぐに微笑みに変わった。
「それは、とてもロマンがございます」
宴は続く。
流星群はすっかり尽きてしまったが、それでも夜空の美しさは変わらない。
皆の輪から離れ、貞夫は1人、湖の側にある1本の木に寄り添うように立っていた。
「食べないの?」
手持ちの皿に料理を山と盛り付けた耀が歩み寄ってきた。
貞夫の手には、ジュースの入ったグラスがある。
オレンジに似た味だが、酸味が無く爽やかな甘さの飲み物だった。
「感慨に耽っていた」
耀は貞夫の視線の先を追う。
その先には楽しそうにはしゃく子供達の姿がある。
湖面の波が星の光の輝きを跳ね返し、キラキラと散りばめられたプリズムの中でのそれは、夢の中の光景のようにも見える。
「僕1人暮らしだからさ、飯食う時も1人だから、こうやって食事するのは久しぶりなんだ」
独り言のように呟く。
「いや、実家に住んでた頃も両親は共働きだったから、他人と一緒にご飯を食べるなんて、初めての事かもしれない」
耀は無言で耳を傾ける。
「それは何も食事に限った事じゃない。僕はずっと独りだった。子供の頃から友達なんていやしなかった。公園ではしゃぎ回る子供達の中で僕は1人、迷路に迷い込んだ迷子の様に立ちすくんでいたものだった」
この独白に耀は親近感を抱いた。彼女も元の世界では人間の友達がいなかった。
それは動物と話せるという特異な力が故の弊害だった。
だがその力によって種族の違う友人を作る事も出来た。
それでも寂しさが無いと言えば嘘になるのも事実だった。
しかしその寂しさもこの箱庭に来た事で払拭された。今では沢山の仲間に囲まれている。
耀は貞夫にもその事を気付かせてやりたくなった。
「夕焼けが終わっても僕の孤独は終わらなかった。僕だけが残された公園で、僕は1人遊びを始めるんだ。独りぼっちのキャッチボール。独りぼっちのかくれんぼ。誰も僕を探しに来てくれなければ、僕の方でも誰をも探し当てる事など出来はしなかった」
耀は貞夫の隣に立つと、空いている方の手でそっと彼の手を握った。
貞夫は急に触れた温かみにビクリと体を震わせる。
「独りじゃない」
耀は顔を向けずに言ったが、その言葉は真っ直ぐに貞夫の耳に入ってきた。
「もう独りじゃないよ」
心の中の孤独を優しく包み込む声が、春の日のそよ風の様な心地よさを貞夫に与えた。
貞夫は耀の手をゆっくり握り返す。
さっきまで遠い日の自分の思い出の中にいた意識が、今に戻ってくる。
子供達の楽しそうな声が遠くから近づいてくるように耳に入ってきた。
今は独りじゃない。仲間と呼んでも良い存在がこんなにいてくれる。
大変な目にもあって来たし、これからもあうだろうが、それでも今の境遇は悪く思えなかった。
黒ウサギがこちらに手を振っている。
貞夫と耀はニコリと笑い合うと、皆の輪の中に戻っていった。