サウザンドアイズの入口の戸を開けると、乾いた熱風が店外から吹きこんできた。
風を押しのけて外に出ると、周囲の景色は夕暮れのように真っ赤に一変している。
いつの間に夕方になったのだと思い時間を確認するが、時計の針はまだ昼にすらなっていない位置にあった。周囲に目を向けると、そこには色とりどりの明かりで照らされた、ゴシック調の西洋建築群が広がっている。
「本当に北に来たんだ……」
突然目の前に広がった全く違う景色に、貞夫は驚きの声を上げる。
「あのガラスの歩廊に行ってみたいわ! いいでしょ、白夜叉!?」
飛鳥は初めて見る光景に、喜びと興味を抑え切れ無いといった様子だった。
「構わんよ。話の続きは夜にでもしよう」
白夜叉は、母親が子供に向ける様な笑みを飛鳥に向けた。
貞夫も、眼下に広がる街の明かりを指差し店員に誘いをかける。
「僕らも行きませんか?」
店員は答えなかったが、行きたくないという訳ではなく答えに窮しているようだった。
おそらくまだ仕事中だという理由があるのだろう。
その店員に白夜叉は無言で合図を送る。
笑顔で頷くその様がOKのサインだというのは明白だった。
「仕方ありませんね」
言葉では渋々といった感じだが、態度からは嫌がっている風な雰囲気は見えない。
「さすが店長、話が分かるぅ」
貞夫は突然の休暇を許可してくれた白夜叉に親指を立て感謝した。
店員がトレードマークの割烹着を脱いだ事で、紺の和服姿が露わになる。
たった一枚の着替えだけだが、貞夫は新鮮な印象を楽しんだ。
いざ街へ降りんとした所で、急速な勢いで接近して来る1つの
あと数十メートルと思った時には、その
「見つけたのですよおおおおおおッ!!」
砲弾の様に大地に着弾したそれが煙の中から現れる。
緋色の髪を天に向かってなびかせる黒ウサギであった。
「ンッフッフッフッ……よぉぉぉやく見つけましたよ、問題児様方……」
ゆらりゆらりと幽鬼の様に佇む黒ウサギは、壊れた笑い声を発している。
ビカリと光る瞳の輝きからは、溢れんばかりの怒気が感じられた。
「逃げろ!」
状況をいち早く認識した十六夜が飛鳥を抱きかかえ飛び上がった。
耀も後を追うようにジャンプするが、黒ウサギの行動の方が速く足首を掴まれてしまう。
「捕まえましたよ耀さん……後でタップリお説教なのですよ」
「りょ、了解……」
怒りのオーラを全開にした黒ウサギの笑みの前では、流石の問題児の一角である耀も逆らう事は出来なかった。
一応北側に行くという事は伝えておいたはずなのだが、何がそこまで黒ウサギの怒りを買う事になったのか貞夫には見当がつかなかった。
ただ、弁解は受け入れられないだろうという事は容易に想像出来る。
このまま大人しく捕まって怒られるのは避けたかったし、女性店員とのデートのチャンスを逃すのはもっと回避したい。
黒ウサギが耀の足を掴んだまま、ゆっくりと首だけをこちらに向けてくる。
彼女が何か言う前に、貞夫は十六夜に倣って逃げる事にした。
「ごめん、黒ウサちゃん」
片手をかざし謝罪のポーズをとり、もう片方の手を隣にいた女性店員の腰に回す。
即座に魔法を発動させ、店員と共に視線の端にある街の一画にテレポートした。
「ちょっ、何を……」
いきなり腰を抱かれた店員は赤面して慌てふためく。
「喋らないで」
貞夫は店員の抗議の声を制止した。
黒ウサギの耳では囁き声でさえ感知して居場所を気取られるかもしれない。
建物の陰から、出来るだけ身を隠しつつサウザンドアイズの店先を覗き見る。
魔法で視力を上げた瞳には、耀を白夜叉に投げつけた後に街へ飛び降りていく黒ウサギが確認できた。
そのまま建物の屋根から屋根へ飛び移って行き、やがて貞夫の視界から消えていく。
十六夜達の飛んで行った方向に向かったのだろう。
とりあえず難を逃れる事が出来た貞夫はホッとため息をついた。
「あ、あの……」
妙に弱々しい店員の声が聞こえてくる。
横を向くと、店員の顔が頬が触れ合うほどの近くにあった。
彼女を黙らせる時耳元で囁いたのが、そこまで接近してしまった理由だ。
おまけに転移する前の、腰に腕を回したままの姿は一見して抱きしめているような姿に見える。
「わっひゃぁ!?」
現状をしっかりと認識する前に貞夫はとっさに店員から身を離した。
両手を上げ、警察に投降する犯罪者の様なポーズをとる。
店員は俯き、体はプルプルと小刻みに震えている。
怒らせてしまったかと不安になり顔を覗き込むと、店員の顔は耳まで真っ赤に紅潮し、夕暮れを思わせる辺りの色合いよりもより赤色に染まっていた。体の震えも怒りより羞恥の方が強いようだった。
「す、すみません……」
貞夫は店員の怒りを刺激しないように恐る恐る謝罪した。
「い、いえ。ワザとではないでしょうし、大目に見てあげます」
震える声で許しを与えた。
しばらく気まずい時間が流れるが、せっかく逃げて来たのにこのまま何もせず立ち尽くしていてもしょうがない。
貞夫は、とりあえず街中を見て歩こうと店員に先立って歩き出した。
店員もその後に続き、すぐに貞夫の隣に並んで歩きはじめる。
車道3つ分はある様な大きな歩道の通りは様々な種族の人間で溢れ、そこを鎖で吊るされたランプがくまなく照らしている。外壁や対面する店を橋渡しするように、黄色やピンクに発光する蛍光色の飾りが取り付けられ、街全体が祭りの色一色だった。
異世界においても祭りという物が人々に与える活気や高揚というものは変わらないようだ。
貞夫はその場にいるというだけで何となく楽しい気分になっていった。
2人が進む歩道の両端には、この祭りに出展された展示物が道なりに並べられている。
ガラスのような透明な素材で形作られた彫像や、カラフルなステンドグラスがランプの光で幻想的な輝きを放つ。
貞夫は初めておもちゃ屋に連れて来られた幼児の様に、あっちやこっちの展示品の前に行き、いちいち驚きの声を上げ感心したようにそれらを見回した。
そんな貞夫の姿を無表情に眺めていた店員だが、その子供のような無邪気な反応を見るにつれ、次第に薄っすらとだが微笑を浮かべはじめた。
自分がサウザンドアイズに所属しているという事に誇りを持っている彼女は、その生活も仕事を中心に回っている。そのせいかプライベートで親しい知り合いは皆無といってもよく、主な交流の相手はもっぱら仕事仲間のみであった。
当然その相手も生真面目な者が多く、自分と似た者同士の人間関係の中で、貞夫の存在は彼女自身気づかぬ内に新しい感情を呼び起こすものとなっていた。
突然貞夫がはっと何かに気づいた様に、慌てて店員の方に駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、僕だけはしゃいで貴方の事ほったらかしてしまった」
と店員に詫びる。彼女は無言で首を振り、気にしていない事を伝えた。
2人は再び並んで歩きはじめるが、女性と連れだった経験のない貞夫は何を話せばいいか内心迷っていた。
「1つ訂正しておきますが」
沈黙を破ったのは店員の方だった。
「白夜叉様は支配人であって店長ではありません」
先ほどサウザンドアイズの店先で貞夫が白夜叉を店長と読んだ事を訂正する。
「あ、そうなんですか……」
「あの店の店長は私です」
「マジで!?」
いつも店の前を掃除している姿しか見た事が無かったので、ただの従業員だと思っていたのだが予想外な重役だった。
「何で言ってくれなかったんです?」
「何で言う必要があるんですか?」
店員はきょとんとした表情で問う。
確かにそれを教える義務は彼女には無い。
「たまげたなぁ。そんな秘密があったとは」
「別に隠していた訳ではありませんよ」
店員の言う事は本当だった。ただお互い踏み入った話をしてこなかっただけだ。
「それじゃあ名前は? 隠しているんじゃないのなら、そろそろ教えてくれるって訳にはいきませんか?」
貞夫は立ち止まって、一番聞いてみたい事を質問した。
2人が出会っていくら日が経っても、貞夫は未だ店員の名前を聞きだせていなかった。
とはいえ名前を教えたくないほど嫌われているとも感じられない。
もしそうだとしたら、今こうやって街の散策に同行してくれるはずが無いのだ。
店員はしばし考えた後、子供の我儘を聞く母親の様に、仕方ないと言った風に口を開いた。
「名を教えないのは、私の一族の方針だからです」
彼女の説明は淡々としたもので、その名を教える相手というのは生涯共にいると誓った者のみという事だった。つまり結婚相手にだけという事。それが代々の習わしだと言う。
なるほど、と聞けば単純な理由だったが、それゆえに飲み込みやすくもあった。
箱庭の人間は自身の所属している場所に深い思いを抱いている。
そこの方針だというなら彼女がそれに従うのも頷けた。
そして、自分は未だ彼女に認められていないという事も理解する。
だが少なくとも、『名を言えない理由』だけは教えてくれる間柄にはなったわけだ。
貞夫には僅かにだが彼女との関係が軟化した実感があった。
2人はいつの間にかまた歩き出していた。
相変わらず夕暮れのような日差しのため時間の経過が分からないが、何となく別れの時が近づいているのを貞夫は感じた。
だがその前に、この機にかつての借りを返そうと思い立ち、どこか手頃な店が無いかと探し始める。急に辺りをキョロキョロと見回し始めた貞夫を、店員は不思議そうに眺めていた。
通りを行く人々の数が次第に増え始め、2人が並んで歩くのも次第に窮屈になっていった。
貞夫は店員の前に回り彼女が歩きやすいよう人垣を分けて進むが、それでもすれ違い様に体がぶつかる等して気が付けば2人の距離は離れていく。
「失礼」
そう言って貞夫は店員の手を握る。
はぐれないように手を繋いで歩こうというのだが、子供の様でいささか恥ずかしくもある。
「嫌なら、振り払ってくれて構いませんよ」
「こうまで人がいるのでは、仕方ありませんね」
自分に言い訳するような店員の言葉。
彼女は赤面しつつもゆっくりとその手を握り返すのだが、頬の赤味は夕日の様な光景に隠れて外からは分からない。
2人は手を繋いだまま人の波をすり抜ける様に進む。
ややあって、貞夫は1つの展示コーナーの前にたどり着く。
これ以上歩き回っても疲労するだけだと見切りをつけたためだ。
そこは祭りの出品物であると同時に商品として売り出されている場所だった。
長机の上にはネックレスや指輪といったアクセサリーの類の小物が置かれている。
「僕は誰かに贈り物をするって経験がないもんで、これが正しいのかわからないんだけれど」
繋いでいた手を離し、店員の方に向き直る。
「好きな物を選んでください。この間のお礼にプレゼントしますよ」
店員は僅かに目を開いた。驚きの中に、喜んでいるような気配も感じる。
異性から贈り物など貰った事のない彼女はすぐに貞夫の申し出を受ける事は出来ず、困ったように視線を泳がせた。
「何だったら僕に選ばせてもらえますか?」
こういった場面では押す事も重要か、と考えた貞夫は自分から切り出す。
「なら、お願いしようかしら……」
店員はおずおずと答えた。
男の決断力の高さを見せるために、スパッと即決しなければ。
1番目につく所に飾られてあった簪を1本手に取る。
櫛の先端に水色の透明な結晶状の装飾が施された品だった。
女性店員の和装にはネックレスやイヤリングなどのアクセサリーは不釣り合いだろうから、同じ和の雰囲気の簪にしたのだ。
商店の主人も御世辞か知らぬが、これは中々の名品だと太鼓判を押す。
自分の判断が間違っていないらしい事に安堵する貞夫だったが、いざ代金を支払おうとした所で、手持ちの金額がいささか足りない事に気づいた。
ここに来て、もっと安い品に代えてくれ等と情けない事が言えよう筈もない。
どうしようかと焦りを覚えた所へ、店の主人から、ギフトゲームで勝てば無料で簪をくれてやるというありがたい申し出がなされた。
貞夫はこれ幸いと提案に乗っかる事にした。
主人の提案したゲーム内容は、シンプルに簪の値段を当てる事。
箱庭世界の物価価値を全く把握していない貞夫は一見すると相当に不利だが、そこは
貞夫は精神干渉系の魔法は使用しない事を自分に誓っているが、それは飛鳥の威光の様な相手の意志を乗っ取る系統のものであり、表層的な考えをチラッと見る位なら大丈夫なのだ。と今だけ規制を緩める。
ゴメンなさい、と心の中で謝罪しつつもゲームにはしっかり勝利し商品の簪を無事ゲットする事が出来た。店主から簪を受け取るが、これをそのまま女性店員に、はいどうぞと渡しても芸が無い。
せっかくだからこのまま押せ押せで行こうと貞夫は決意し口を開く。
「どれ、僕が着けてあげましょう」
と冗談っぽく言うが、実際にする事を考えると、つい頬が熱くなってくる。
「で、では、頼みます」
店員は予想に反してこの言葉に素直に頷いたので、貞夫の方が逆に驚いてしまった。
ズイッと一歩こちらに近づいてくる店員に、反射的に貞夫は息を呑む。
調度、貞夫の眼下に店員の頭頂部がある。鼻息が当たると思ってしまうと、もう呼吸する事も出来ない。
貞夫は店員の肌に直接手が当たらない様にと気を使い、震える指先で簪を構えるのだが、この状況で自分が簪の刺し方に関する知識が皆無である事に気が付いた。
「え、え~っと……」
いわゆる「おだんごヘアー」という状態の髪型の、だんごの部分に刺せばいいのだろうかと簪を持った手をウロウロさせる。
いかん、さっぱりだ。悩む貞夫とは対照的に、その姿を見ていた店員はクスクスと微笑を洩らした。
「ここに、こうするんですよ」
と手を添え簪の位置を誘導し、適正な場所に落ち着かせた。
そのままでは頭頂部しか見えないので、視界に入る様に一歩後ろに下がって店員の姿を見る。
おぉ、と貞夫は感嘆の声を漏らした。店員の清楚な雰囲気と和装に簪のアクセントがベストマッチしている。やはりこの選択は正解だった。
「……どうです?」
店員は不安げな声色で問いかける。
「素晴らしい。月並みな言葉だけど、よく似合ってますよ」
貞夫が満面の笑みと共にそう伝えると、店員も安心したのかつられて微笑を浮かべた。
2人の間に穏やかな時が流れる。
言葉は無かったが、その沈黙が心地よかった。
しかしいつまでも往来で突っ立っているわけにもいかない。
そろそろ帰ろうと貞夫は店員に手を差し出し、店員の方でもその手を取ると、ふいに黒い影が2人の足元を横切っていった。
遠ざかる黒い影に目を凝らすと、それは1匹のネズミであった。
ネズミは道行く人々の足元を巧みにすり抜け何処かへと消え去った。
「こんな人の多い所にネズミが現れるなんて、珍しいな」
呟く貞夫の足元を、さらに数匹のネズミが駆け抜けていった。
「街が不衛生なのかなぁ」
貞夫の呟きを聞いた女性店員が目を見開き驚愕の表情を浮かべた。
その視線は貞夫ではなく、その背後に向けられている。
何事かと貞夫が振り向くより早く、黒い風が吹き付けてきた。
それは風ではなく、数えきれない程の大量のネズミの群体であった。
ネズミの群れは人混みにぶつかりながらも止まる事なく、往来の群衆の中を突き進んでいく。
人々は突然の害獣の襲来に叫び声を上げ、通りは一時的なパニックに見舞われる。
店員も例外ではなく、短い悲鳴と共に貞夫に抱きついてきた。
「うへぇ~!?」
貞夫も、足にぶつかるネズミの感触に気味の悪さを感じながらも、極力取り乱さないよう努める。
嵐の様な行軍は風のような僅かな時間で過ぎ去っていったが、この場にいた人間は皆実際よりも長く体感していた。
山の如く現れた大量のネズミだったが、気が付けば最初からいなかったように全てが忽然と消え去っている。残された人々は一様に呆然としていた。
あっ、と貞夫は自身の胸の中に店員を抱いている事に気づく。
「大丈夫ですよ、もう皆いなくなりましたから」
腕の中で青ざめた顔を浮かべる店員を安心させるように言う。
肩に置いた手から、彼女の体が細かに震えているのが伝わってくるので、落ち着かせるように背中をそっと撫でてやる。
「店員さんでも苦手な物があるんですね」
「ネズミが好きな女などいません」
目尻に涙を浮かべながら弱々しく答えるその様が、普段の凛とした姿の反動でとても可愛らしく思えた。
貞夫は無意識に店員の体を抱き寄せていた。
彼女の肩が一瞬ビクリとし硬直するがそれはすぐに解れ、それ以降は店員も嫌がる素振りは見せず、されるに任せている。
逆に、店員の方から身を預ける様にして貞夫の体に重心がかかっていた。
うお~……。という歓声だけが貞夫の頭の中で響き渡る。
女性にこれほどまで密着した事は初めての経験であった。
服を通り越して彼女の温もりが伝わってくるように思える。
貞夫はこの幸せな時の到来を何にともなく感謝した。
「貞夫さん、見つけたのですよ! ……というか何をしてらっしゃるのですか!?」
ファウストの如く、時よ止まれと脳内で叫んだ時、唐突に自分に対して向けられる叫びにも似た声によって意識を引き戻された。
緋色に髪を染めた黒ウサギがこちらを見つめて立っている。
その顔は少し驚いているようで、頬は薄っすら赤くなっていた。
「お、御二人はいつからその様な御関係に……」
黒ウサギの姿に気づいた女性店員は慌てて貞夫から身を離した。
店員は何か弁明の言葉を紡ごうとしているようだが、慌てているのか上手く喋りだせない様子だった。
突如、黒ウサギは何かに気づいた様な顔になり後ろを振り向くと、その視線の先には猛スピードでこちらに接近して来る十六夜の姿があった。
「貞夫さんも後でお説教なのですよ! 逃げないで下さいね!」
そう言い残すと黒ウサギは、十六夜から逃げるようにその場から飛び去って行った。
十六夜は貞夫たちを無視して一瞬にして通り過ぎていく。
残された貞夫と店員は2人顔を見合わせ疑問符を浮かべる。
「彼女に見つかった事ですし、帰りましょうか」
どことなく気まずさを振り払うように店員は言った。
貞夫も、さっきの続きをしましょうとは言えず、そうですねと同意する他は無かった。
至福の時間を中断された未練を引きずり帰路に着こうとした時、凄まじい破壊音が辺りに響き渡った。
後方、さきほど黒ウサギ達が駆けて行った方向から人々の悲鳴と、周囲より一際高い時計塔の一棟が途中で折れ曲がり倒壊する場面が目に入る。
地面には逃げ惑う人々がいるが、折れた塔は地面に落下する前に空中で粉砕され事なきを得た様だった。
「これは……あの2人が何かやらかしたな」
貞夫は騒動の原因が十六夜達にあるという予感を覚えた。
何にしても放っておく訳にもいかないだろうと、惨状の現場に向かう事にする。
「ごめんなさい、僕行かないと」
「私なら1人でも帰れますから大丈夫です」
店員に謝り、了承を得て貞夫は彼女の元から去った。
時計塔のあった場所の周囲からはすでに人はいなくなり、地面に散乱する瓦礫の中には黒ウサギと十六夜の2人の姿しか見られなかった。
「お~い! 何やってんだ君らは!」
貞夫が声を上げながら近づいてきた。
2人はお互いを掴まえるというギフトゲームを始め、その過程として時計塔を破壊するという事に至ったらしい。
「やりすぎだろそれぇ……」
貞夫は呆れたように言った。そしてすぐさま青ざめた表情でハッと何かに気づく。
「ももも、もしかしてこの塔の修理代は、僕達が払わなければいけないんじゃ……」
これは借金生活突入もありえるかと暗い未来が広がっていく。
と、そこに第三者の怒声が響いてきた。
「そこまでだ! 貴様ら!」
上空には翼を広げた一団が滞空している。
掲げる旗印はコミュニティ『サラマンドラ』。
ここ北側の
黒ウサギは緋色の髪を瞬時に元の青に戻し、両手を上げ投降の意志を示した。