黒ウサギと十六夜は街を破壊した張本人として、コミュニティ『サラマンドラ』に連行される事となった。貞夫も2人が心配なのでそれに同行する。
連れて来られたのは火龍誕生祭の運営本部、その主賓室であった。
この場所はゲーム会場が併設されており、現在はそこで何らかのギフトゲームが開催されているようで、奥の方から大勢の歓声が聞こえてきている。
現在黒ウサギと十六夜は荒縄でその身をグルグル巻きにされたまま、床に座り込み自らに判決を下す相手の到来を待っていた。
周囲には監視のため、ここまで2人を連行して来たサラマンドラの衛兵が数人佇んでいる。
呼び出されたジンは貞夫と共に居心地の悪さを感じながら、痛む頭を抱えていた。
やがて歓声が静まった所で、会場の方の通路から白夜叉ともう1人、10歳前後の少女が歩いて来た。少女はサンバの踊り子の様な衣装をまとい、結い上げた髪の上からは、金の王冠を思わせる装飾品を身に着けている。
この少女こそ、このサラマンドラの若き
今回の火龍誕生祭も、新たな
サンドラが中央の玉座に座った所で、側に控えていた宰相風の男が口を開いた。
「ノーネームの分際で我々の祭典に騒ぎを持ち込むとは、相応の厳罰は覚悟しておろうな!」
「俺は白夜叉の要望通り、祭りを盛り上げてやっただけだぜ」
「胸を張って言わないでください、このおバカ様!」
男の怒りもどこ吹く風。まったく悪びれない十六夜に黒ウサギはどうやったのか、簀巻き状態から器用に片腕を出し自前のハリセンで突っ込みを入れた。
男の額に血管が浮かび上がる。爆発する直前といった様子だ。
「それぐらいにしておけマンドラ。沙汰を降すのはサンドラの仕事じゃ」
男──サンドラの兄であるマンドラを白夜叉が制止した。
サンドラは玉座から立ち上がると、黒ウサギと十六夜に話しかける。
「貴方達が破壊した建造物は白夜叉様がご厚意で修繕してくださいましたし、負傷者は奇跡的に無かったようなので今回の件は不問といたします」
その言葉にジンと貞夫、黒ウサギの3人は安堵の溜息を洩らした。
貞夫に関しては土下座して感謝を述べたい気分であった。
反面、マンドラは不服そうな顔を浮かべる。
「太っ腹な事だな」
戒めを解かれた十六夜が体を屈伸させながら言った。
「おんしらは私が直々に協力を要請したのだからな。報酬の前金とでも思っておけ」
白夜叉はそう言うと、側にいた兵士達に目配せをする。
サンドラも倣って、マンドラ以外の部下を部屋から退室させた。
人払いの住んだ後、サンドラは年に見合った少女の笑顔に戻りジンに駆け寄る。
「久しぶり! 魔王に襲われたと聞いてすぐに会いに行きたかったんだけど、お父様の急病や継承式の事があって……」
「気にしないで」
ジンも笑みを浮かべサンドラに接する。
「2人は知り合いなのか?」
貞夫が言った。
「御チビの恋人だ」
「何ぃーっ!? その歳で許せんぞジンくん!」
「違いますよ!」
十六夜の冷やかしをジンは赤面して否定する。
「でも驚いたよ、サンドラが
「気安く呼ぶな! 名無しの小僧!」
サンドラの頭首就任を自分の事の様に喜ぶジン。
だが、その言葉を聞いたマンドラは突然激昂し、腰に携えていた剣を抜きジンに向かって振り下ろしてきた。突然の暴挙に皆呆気にとられる間もなかった。
しかし剣はジンに触れる前に、十六夜が蹴り上げた足によってその動きを止め事なきを得る。
「何だコイツ……。更年期障害か? それともイカレてるだけ?」
マンドラの顔の前で、魔力を纏わせ刃と化した手刀を構えながら、貞夫が誰にともなく聞いた。
「兄様! 彼らはかつての盟友! こちらから一方的に盟約を切った挙げ句その様な態度では我らの礼節に反する!」
サンドラはジン達を庇うように立ちふさがると、マンドラに抗議の声を上げる。
「お前は甘すぎる。今のお前は北の
「しかし……」
マンドラは腰を落とし視線をサンドラに合わせると、一転して優しい声色で言い聞かせた。
サンドラは納得できないようで、困ったような声を上げる。
「いい加減にせんか、マンドラ」
白夜叉が少し強い口調で注意する。
「サウザンドアイズも余計な事をしてくれたものです。南の幻獣、北の精霊、東の落ち目とはよく言ったもの。此度の噂も東が北を妬んで仕組んだものでは?」
マンドラの不遜な物言いに、サンドラも怒りを露わに叱責した。
「噂って何の事だ? それが俺達に協力を要請した理由か?」
十六夜の問いに答える様に、白夜叉は袖の内から1枚の手紙を取り出す。
「サウザンドアイズの幹部の1人が予言をしたためたのじゃ。『火龍誕生祭にて、魔王襲来の兆しあり』と」
その言葉を聞いたジンと黒ウサギの顔に動揺が走る。
貞夫は、白夜叉がわざわざノーネームをこの祭りに呼び寄せた真意を悟った。
魔王関係のトラブルを引き受けると宣言したノーネームが、ついにその真価を発揮する時が来たという訳だ。
「てか、それ信頼性あるの? 的中率何パーセント?」
「まず間違いない。これの送り主は、予言で全てを見通すというラプラスの悪魔じゃ。犯人も動機も全て分かっておる。が、それを未然に防ぐ事は出来ん」
何と使えない能力か、と心中で呆れる貞夫に白夜叉は答えた。
「我々を愚弄するおつもりか! 犯人を知りながら魔王の襲来しか教えぬとは!」
それに対しマンドラは抗議する。
「つまり相手は、口に出す事が出来ない立場の奴って事か」
十六夜は、犯人当ての推理ゲームにでも参加したかのような笑みを浮かべる。
「まさか、他の
ジンが叫ぶように言った。
北側は多数の種族が混在する土地ゆえ、複数の
今回の誕生祭においても他の
治安を守るべき者がよりによって魔王と繋がっているかもしれないという予測に、皆一様に眉をひそめ深刻な顔を浮かべる。
「ありがちな話ではあるよね。」
「だな。所詮脳ミソのある奴らはやる事も人間と同じって訳だ」
貞夫と十六夜は特に驚く事もなく淡々としていた。
人間世界に照らし合わせれば、こういった謀は当たり前のように行われている。
しかしこの事が下層に知れ渡っては箱庭に波乱を呼ぶのは必至。
ただ魔王を倒すだけで済む問題ではないが、隠密に事を進めねばならない。
「まあ、その辺のややこしい政治的な話は偉い人達に任せるとして、とりあえず今回来るっていう魔王を何とかしなきゃね」
仕事を振られたと認識した貞夫は、リーダーであるジンに向かって言った。
「そうですね。僕達ノーネームは魔王襲来に備え、両コミュニティに協力します」
ジンは組織の代表らしく、表情を引き締め依頼を受け賜った。
その緊張をほぐす様に、白夜叉は笑いながら扇子をヒラヒラとさせる。
「安心せい、魔王はこの白夜叉様が相手をする故のう。おんしらは露払いをしてくれればよい。」
その力強い言葉に貞夫は安心するが、十六夜は挑戦的な言葉を白夜叉に投げかける。
「露払いだって? 打倒魔王のコミュニティに依頼するんだ。魔王を倒しても問題はないよな?」
それを受けた白夜叉も悪戯っぽくニヤリと口角を上げる。
「よかろう、隙あらば魔王の首を狙え」
話もまとまり一同は解散。
ノーネーム一行は、宿であるサウザンドアイズの支店に向かって行った。
現在姿が見えないメンバーである耀は、先ほど裏で開催されていたギフトゲームに出場しており、終わったその足で帰る予定だという。
レティシアは現在飛鳥を追跡中で、見つけ次第同じく宿に戻る手はずとの事。
貞夫達は途中で耀と合流し、店に戻れば先に帰っていた店員に出迎えられた。
飛鳥は先に到着しており今は風呂に入っているという。
ついでに全員風呂に入って身を綺麗にしてくるようにと店員に言われ、皆それに従い湯殿に向かった。風呂場は温泉旅館と見まごうばかりの広さに加えて、野外に設けられている露店使用の豪華な造りだった。
この風呂の湯は治癒効果のある薬湯の役割も持っているらしい。
その効能か、風呂から上がった貞夫の肌は10代の少年の如きツヤを取り戻していた。
用意されていた浴衣に着替えた男性陣は、番台に座っていた女性店員から受け取った箱庭産果物のフルーツ牛乳で火照った体を冷ます。
一息ついた十六夜とジンは浴場前の椅子に腰かけ、貞夫も隣に置かれていたマッサージチェアに座ると、電源を入れようとした手を一旦止め2人に話しかける。
「そういえばさぁ、ちょっと思いついた事があるんだけど」
「何ですか?」
ジン達は貞夫の方に顔を向ける。
「今回の祭りに魔王引き込んだのって、サラマンドラだったりしない?」
突然の突拍子もない発言にジンの瞳が驚愕に見開かれた。
十六夜は興味深げに貞夫を見つめている。
「ど、どういう事ですか!?」
「いや、理由は無いんだけど……。そういう自作自演とかありそうじゃない?」
面白そうな発見をしたとばかりに笑顔でそう言う貞夫。
ジンは口調を強めに注意する。
「確証も無いのにそういう発言をするのは止めてください。大変な侮辱にあたりますよ」
「そうか、ごめん。……ネタとしてはありだと思うんだけどなぁ~」
大人しく貞夫は頭を下げる。
その裏で十六夜は顎に手を当て何か思案しているようだったが、話はそこで終わった。
その後十六夜は、全員揃うまでの時間つぶしに女性店員を話の相手に選び、彼女から現在いる店の事などについて質問していた。
ジンはその隣で2人話を聞き、貞夫もマッサージチェアに体を揉み解されつつ、女性陣が風呂から出てくるのを待つ。
外見上は似通っていても地球製のそれとはレベルの違う心地の良さを与えてくれる椅子の上で、貞夫の意識は抵抗する間もなく微睡んでいった。
傍にいる皆の話し声が騒ぎという領域に入り、ドタドタと走り回る様な音が、どこか遠くの出来事の様にボンヤリと聞こえてくる。
あと少しで完全に意識が眠りに落ちるといった所で、貞夫の体はジンによって揺り起こされた。
長風呂だというレティシアを残した主要メンバーが揃ったので、場所を部屋に移すためだった。
来賓室に集まった一同は長机を挟んでそれぞれの場所に腰を降ろすが、その中に1人部外者が紛れていた。飛鳥が街の散策中に見つけ連れ帰った、はぐれ精霊の小人だ。
しかし体長10センチ程度の余りにも小さいサイズのため、誰も気に留める者はいなかった。
「それでは、第1回『黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議』を始める!」
上座に座った白夜叉が声高に宣言する。
「始めません!」
「始めます!」
「始めませんっ!!」
黒ウサギは即座に否定するも十六夜が乗っかり、それをさらに否定した。
「魔王についての話じゃないんかーい」
貞夫も申し訳程度のツッコみを入れる。
「審判の話は本当だぞ。耀の出る明日のゲームの審判を黒ウサギに依頼したいのじゃ」
「それはまた唐突でございますね」
白夜叉の話によると、昼間に十六夜と黒ウサギが街中で起こした騒ぎのおかげで、箱庭の貴族である月の兎が来ている事が知れ渡ってしまい、翌日のギフトゲームで彼女の姿が見られるのではという話が人々の間で広まっているらしい。
「
「分かりました。明日のゲームの審判と進行役はこの黒ウサギが承ります」
「感謝するぞ」
笑顔で頷く白夜叉。さらに、表情をイヤらしい笑みに一変させ言葉を続ける。
「で、審判衣装はシースルーのエロ可愛いビスチェスカートを」
「着ません!」
「着ます!」
「断固来ません!」
「着させるから賃金アップ!」
「貞夫さんまで乗っからないで下さい!」
3人のボケとも本気ともつかない言葉に畳みかけるようにツッコんだ黒ウサギは肩で息をしている。それを余所に、手を上げた耀は平坦な声で白夜叉に質問した。
「私が明日戦う相手って、どういうコミュニティなの?」
「すまんが言えるのは名前だけだ。」
白夜叉が指を鳴らすとテーブルの上に1枚の羊皮紙が現れる。
そこには明日行われるギフトゲームの参加コミュニティの名前が綴られていた。
サラマンドラとノーネーム以外の計4組であるが、それを目にした飛鳥が驚きの声を上げる。
「『ウィル・オ・ウィスプ』に……『ラッテンフェンガー』ですって!?」
「どうした、久遠ちゃん」
飛鳥は明らかに動揺した素振を見せるが、何でもないとそれ以上聞かれるのを拒んでいるようだったので、貞夫も深くは追及しなかった。
「どちらも1つ上の階層ですね。詳しくは知らないのですが、手強い相手になるかと」
ジンは羊皮紙を手に取ると、眉間に皺を寄せ難しい声で言った。
「『ラッテンフェンガー』……ドイツ語で『ネズミ捕りの道化』……。ならさしずめ、明日の相手は『ハーメルンの笛吹』って所か」
十六夜の呟きに飛鳥が反応するよりも早く、白夜叉と黒ウサギが身を乗り出してきた。
「どういう事だ、小僧」
突然、真面目な雰囲気をまとった白夜叉に十六夜は疑問の声を上げる。
「すまぬ。最近召喚されたおんしらは知る筈もないが、『ハーメルンの笛吹』とは、とある魔王に使えていたコミュニティの名だ」
魔王という言葉に、一同の間に緊張が走る。
それはかつて箱庭に存在した、全200からなる魔導書からそれぞれ異なる悪魔を呼び出したという召喚師の治めた、その名も『幻想魔導書群《グリムグリモワール》』。しかしそれほどの脅威を誇るコミュニティも、過去にギフトゲームに敗れ箱庭から姿を消したと。
「生き残った奴らが、ラッテンフェンガーの名を使って舞い戻って来たって事?」
貞夫の問いに白夜叉と黒ウサギは、まだ分からないといった風に首を横に振る。
黒ウサギが万一のためにと十六夜にハーメルンについての説明を頼むが、十六夜はそれをジンに任せた。
突然話を振られたジンは少し慌てるが、すぐに姿勢を正すと僅かに緊張した様に口を開く。
ラッテンフェンガーとはドイツ語で『ネズミ捕りの男』を意味し、これはグリム童話の『ハーメルンの笛吹』の隠語であるという。
そしてハーメルンの笛吹には創作の元となった実在の事件があり、それは碑文としてステンドグラスと共に飾られている。
その文とは『1284年、ヨハネとパウロの日、6月26日。あらゆる色で着飾った笛吹き男に130人のハーメルン生まれの子供が誘い出され、近くの丘の処刑場で姿を消した』というもの。
「そもそも、その隠語が何故ネズミ捕りの男なのだ?」
「確か、ハーメルンの笛吹き男がネズミを操ったって話があるんだよね?」
白夜叉の疑問に答える様に、貞夫はジンに尋ねた。ジンは頷き肯定する。
飛鳥はこの会話にハッとした表情になり、膝の上でスヤスヤと眠っている精霊の子供を見つめるのだが、その事には誰も気付かなかった。
「ネズミと言えば、今日街を歩いてた時すんごい大量のネズミの群れと遭遇しちゃってさぁ」
日中の騒動を思い出した貞夫はその時の話をする。
「足元が埋もれる位の波になって押し寄せて来て、もう気持ち悪いのなんの」
話と共に感触まで思い出されブルブルと身を震わせる。
「それもラッテンフェンガーの仕業でしょうか?」
「わかんないけど、自然発生したにしては統率が取れすぎてた気がする」
首を傾げるジンだが、当事者である貞夫本人にもその真相は見当もつかない。
ただ、いくら単純な思考形態をしている動物といえ、あそこまで一糸乱れぬ動きが出来るものだろうか。何らかの存在に操られているか何かしていると考える方が自然な気がした。
「何にしても、ラッテンフェンガーにゲームを勝ち抜かれてしまったのは問題だの。まあ、ゲーム中に魔王が襲ってくる事は難しいのだが」
「対策でもあるのか?」
十六夜の問いに答える代りに、白夜叉は新たに羊皮紙を出現させる。
そこには火龍誕生祭において、対魔王対策にと白夜叉が新たに設けたルールが書き示されていた。
それは、魔王の持つ最大の戦力とも言える
さらに、
「これでも最低限の物。万一の時はおんしらの出番だ、頼むぞ」
白夜叉の言葉に一同気を引き締め頷くのだが、飛鳥だけは心ここ非ずといった風な力無い返事であった。視線の先には精霊の子供。モヤのような不安を抱いたまま彼女の夜は更けていった。