「長らくお待たせ致しました! これより火竜誕生祭のメインギフトゲーム、『造物主達の決闘』決勝戦を始めたいと思います!」
円形の舞台中央。周囲の闘技盤より一段高く設置された審判用の舞台であろう台の上で、急遽司会へと抜擢された黒ウサギがマイク片手にゲームの開始を宣言した。
彼女の言葉を皮切りに、すし詰めの如き過剰な密集率にまで膨れ上がった観客席から、割れんばかりの大歓声が上がる。
絶叫にも近い人々の声は、その熱気も伴って比喩ではなく若干大気を歪め、震わせていた。
営業スマイルか天然の物か、愛らしい笑顔を観客席にふりまく黒ウサギ。
そんな彼女に対して、ヒートアップした観客達は歓声の中に奇声じみた声援を織り交ぜ白熱している。
怒号かと思えるほどの人々の──、主に男性陣の──、男からだけの大絶叫に黒ウサギは恐怖を感じたのかビクリと体を震わせ、見えない位置で顔に汗を浮かべはじめた。
それでもそんなドン引きの感情などおくびにも出さず、多少つっかえながらも司会を進める所が流石プロの仕事ぶりを思わせる。伊達にゲーム審判業でノーネームを1人で支えてきただけはあった。
そして箱庭の貴族である黒ウサギが審判を務める今回のゲームは、参加するコミュニティがルールにのっとって正々堂々、誇りの下に戦った名誉ある試合として箱庭に記録されるという。
闘技場の外は一転して静寂に包まれていた。
厚い石造りの壁や床が喧噪を跳ね返し、外まで届かせないようだった。
その舞台袖にポツンと4つの人影が佇んでいる。造物主達の決闘にメインで出場する耀と、付き添いで同行したジンとレティシア、そして耀のサポート役の貞夫だ。
前日の対魔王作戦会議の終わった後、突然耀に呼び止められた貞夫は、造物主達の決闘に一緒に参加してほしいと頼まれた。
春日部耀という少女は1人を好むという訳ではないが、どうも人付き合いは不得手なように見受けられる。ガルドとのゲームの際にも飛鳥を逃がし自分だけで決着をつけようとした事もあった。他人に頼るという事に気後れを感じるのだろう。
だが、そんな彼女が今回は自分から協力を申し込んできた。これは人間的に成長していると見ても良いのではないか。そう思った貞夫は勝手に保護者のような気分になり、感慨深くなって、喜んでサポーターを引き受けたのだった。
「──ウィル・オ・ウィスプについて僕が知っている事は以上です。参考になればいいのですが……」
貞夫と耀は、ジンから対戦相手の情報を聞いていた。
それはウィル・オ・ウィスプと、それに関連する存在の伝承。
ジンは十六夜とノーネームの図書室で読み漁った本の中に偶然、該当する項目に目を通していたのだった。
「ありがとう。後はこっちでケースバイケースで対応する」
耀は平坦な声で答えた。
数千人という程の大規模な観客に囲まれての大舞台だというのに、彼女はどこまでも平静な様子だ。いくら前日も同じ状況でゲームをクリアしたとはいえ、生まれ持っても鋼の心臓なのか、それとも他人に無関心なだけなのか。
対する貞夫は緊張で脇やら背中を汗でジットリと濡らしている。
数十人程度の前でのスピーチ等は学生時代に経験があるが、ここまで桁違いでの大人数に注目されてのパフォーマンスは初めての事である。許されるならサポーターを辞退したい気分だった。
「主殿、大丈夫か?」
耀から三毛猫を受け取ったメイド服姿のレティシアが心配そうに声をかけてきた。
「ダメみたいですね……(諦念)」
貞夫は壁に寄りかかり、若干青ざめた顔に諦め交じりの微笑を浮かべて答えた。
レティシアとジンは、どうしたものかと顔を見合わせる。
「無理しないで。私1人でも大丈夫だから……」
「いかんでしょ。せっかく誘ってくれたんだから」
耀もイッパイイッパイの様子を見かねて棄権を即してくれるが、彼女の決意を無駄にしないためにも貞夫は無理を押して体を起こすと、舞台会場へと繋がる入口に向かってヨロヨロと歩いていく。
後に着いて行く耀と、2人の背中にエールを送るジンとレティシア。
トンネルの様な通路を抜けると出し抜けに空間が広がり、円形に組まれた闘技場が姿を現した。
「それでは選手に入場して頂きましょう! 第1ゲームのプレイヤー、ノーネームの春日部耀!」
舞台の中央では審判の黒ウサギが2人を見て笑顔を向ける。
耀達参加選手が姿を現した事で、観客の熱気もさらにヒートアップした。
鼓膜に痛みを感じる程の大熱狂の声援には、さしもの耀も少し驚き目を見開いている。
貞夫の方は、いざ舞台に上がった事で逆に覚悟が決まり、青ざめていた顔にも徐々に余裕が浮かんできていた。
2人は観客の声に応えるように周囲をグルッと見回しながら手を振る。
「対するは、ウィル・オ・ウィスプのアーシャ・イグニファトゥス!」
続けて黒ウサギが対戦相手の選手名を述べると、対面する入場口から、人1人をすっぽり包み込んで尚余るほどの巨大な青白い火の玉が飛び出してきた。
火の玉は速度を緩める事無く、勢いよく貞夫達の眼前すぐ側を通過していく。
「わっ!」
「うおっ!?」
突然の来襲に2人は驚きの声を上げ仰け反り、耀に至っては勢い余って尻もちをついてしまう。
火の玉はそのまま円形の闘技場の外縁に沿う様にゆっくりと飛行を続けているのだが、気が付けばその上には1人の少女の姿が現れていた。
「あはは! 見た見た?ノーネームの女が無様に尻もちついてるぜ!」
こちらを指差しながら哄笑する少女。
蛇行するツインテールに尖った耳、そして青白い肌にゴスロリの服がよく親和している。
少女──アーシャは火の玉から飛び降りると、その火の玉に向かって喋りかけた。
「さあ、素敵に不敵に笑ってやろうぜ、ジャック」
アーシャの言葉の直後、火の玉の青い炎は弾ける様に四散し、その中から直径1メートル以上はある巨大なカボチャの頭を持つ幽霊が現れた。
ランタンを片手に持ち、ヒラヒラと揺れるがらんどうの黒マントが中空に浮いているその姿こそ、ハロウィンの名物であるジャック・オー・ランタンそのものであった。
応援席にいる飛鳥は遠目に見える巨大なカボチャ頭のシルエットに目ざとく気づき、念願のジャック・ランタンを目にした事で柄にもなくはしゃいでいた。
「名無しの癖に私達より先に紹介されるとか生意気だっつーの」
手を差し伸べて、床に座ったままの耀を立たせていた貞夫の前に歩み寄ってきたアーシャが言った。
「このアーシャ様の晴れ舞台の相手をさせて貰えるだけで感謝しろよ、この名無し!」
あからさまに見下した態度と表情で煽ってくるアーシャだが、関心が無いのかこういった対応に慣れたのか、耀は言外にお前の事など眼中に無いといった様に彼女から顔を逸らした。
思うような反応を得られなかったその態度に、アーシャは表情をムッとさせる。
「おじさん達はその程度の挑発には一々乗らないのだよ」
腰に両手を当て、エッヘンと何故か自信に満ちたポーズの貞夫。
アーシャは、何だこのオッサンと言いたげな、変人に向ける視線を浴びせた。
「おっ。春日部ちゃん、あすこ見てみ」
その視線をサラッと無視した貞夫が、何かに気づいた様に会場の一角を指差す。
そこはサラマンドラの党首サンドラがいる主賓席であるのだが、その場には白夜叉に加え、十六夜と飛鳥のノーネームメンバーも席を共にしていた。どうやらこの人の多さで席を取れなくなり、そこをサンドラの特別な計らいによって応急的に観覧の場を設けてくれたようだ。
自分達を見ている事に気づいた飛鳥は、舞台にいる耀達に手を振って声援を送る。
耀は笑顔を浮かべると、大きく手を上げその声に応える。貞夫も両手でVサインを作ると頭上に掲げ振り回した。
「大した自信だねーオイ。私達に対する挑発ですか、それぇ?」
2人の態度が気に食わなかったのか、アーシャが皮肉っぽく言う。
「うん」
「当たり前だよなぁ?」
それに対して耀と貞夫も、彼女をおちょくる様に返答した。
カチンときたアーシャが表情を怒りに崩す。
彼女が何か口を開く前に、黒ウサギが両チームの前に躍り出た。
「そろそろゲームを開始させていただきます。白夜叉様、どうぞ!」
黒ウサギの声に応えるように、白夜叉は観覧席から中央のベランダの手摺の上に立ち乗る。
「それでは、ホストマスターの名によりギフトゲームの舞台を用意しよう」
白夜叉は広げていた両手を閉じ柏手を鳴らすと、その音が波紋のように会場全体に広がっていった。
直後、舞台中央に立つ貞夫達参加選手の足元から真っ黒な空間が球形に広がり、周囲を暗黒に塗りつぶした。暗闇の中に星のようなキラメキが点在していたが、それらも流れるように消え去ると辺りは再び暗闇に包まれる。
違っていたのは足元が石造りの闘技盤ではなく、横倒しになった様な大木の上である事だった。
「……臭いな」
植物と土の湿ったような臭いが貞夫の鼻を突いた。
闇に目を凝らせば、足場だけでなく周囲全てが木々に囲まれている。
まるで地面の底に呼び出されたようであった。
共に転移していた黒ウサギが
ギフトゲーム名『アンダーウッドの迷路』。
勝利条件は大樹の迷路よりの脱出。または相手ギフトの破壊、もしくは降参。
「それでは、これよりギフトゲームの開始を宣言します!」
黒ウサギの声と共に、彼女の手元にあった
耀と貞夫、アーシャとジャックはお互い一定の距離を保ったまま睨み合う。
「春日部ちゃん、気を付けるべきは彼女では無くジャック・ランタンの方だ」
いつでも魔法を放てるよう構えた貞夫が、警戒の視線を外さず、相手に聞こえない様な小さな声で耀に言った。
「それじゃあ……」
「ああ、彼女はボスでは無い。そして力を隠しているが、あれは
試合前に2人がジンから教えられた情報は、沼や湖等の場所で青白い火が生まれる鬼火という現象のウィル・オ・ウィスプと、死後に彷徨う魂となったジャック・オー・ランタンの伝承。
この2つの伝承には共通点がある。
それは、2度の生を受けた罪人の魂に悪魔が篝火を与えたという物であり、重要なのは、その火を与えた悪魔というのが『生と死を行き来する大悪魔』という存在であるという事。
目の前のジャックが
相当に厄介な相手であるが、それでも貞夫達に勝ち目がない訳ではなかった。
ジャックの反面アーシャからは大したパワーは感じられない事から、彼女はウィル・オ・ウィスプのリーダーと目されている『生と死を行き来する大悪魔』では無いと考えられる。
そしてこのゲームの参加者はアーシャであり、ジャックはあくまでもサポーター。
ジャックに太刀打ちできなくとも、アーシャに勝てさえすればいいのである。
「ほら、先に行けよ。名無し相手にマジになっちゃ、カッコ悪いもんな」
こちらを完全に侮っているアーシャは、警戒する素振りも無く言ってのけた。
貞夫と耀は頷きあうと、耀がアーシャに対して一つの質問を投げかける。
「貴女がウィル・オ・ウィスプのリーダーなの?」
「え、そう見える!? なら嬉しーんだけどなぁ! えへへ。でも残念な事にアーシャ様はリーダーじゃないんだけど、ゆくゆくは皆私の言いなり……」
アーシャが体をクネらせながら、頬を赤く染め照れたように答える。
耀は返答を期待していた訳ではなく、油断させるためにこの質問をした。
そして、それに見事にノッてくれたアーシャ。
耀も貞夫も、アーシャが喋っているのを最初から無視して即、その場を離れ一目散に出口へ向かって駆けて行った。
風の様に木々の空洞を疾走する2人からは、アーシャとジャックの姿がすぐさま点の様に小さくなっていく。
「あんなに舞い上がっちゃって、ちと悪い事したかな」
「勝負は非情。同情不要」
喜ぶアーシャの姿に少しだけ罪悪感を抱く貞夫だが、耀は容赦なく切り捨てた。
貞夫も、そうだねとすぐに罪の重さを放り捨てる。
木々の迷路は一切の光のない闇の中にあり、普通なら視界など効かないはずだが、貞夫も耀も地上を走るのと何ら変わりなく走り続けている。
耀はコウモリの
出口まで中頃という所で、突然横の木々が爆発した。
その中から出てきたのはジャックに跨るアーシャであった。
どうやら壁の様に通路を形成している木々を吹き飛ばし、ショートカットを行って来たようである。
「この名無し共! 人をコケにしやがって!」
他人をおちょくるのは平気なアーシャでも、自分がおちょくられるのは我慢ならないらしい。
怒り心頭といった様子で、通路を塞ぐように貞夫たちの前に立ち塞がった。