横壁を撃ち抜いて現れたアーシャとジャックは、耀と貞夫の進行方向前方に立ちはだかる。
戦うか、無視して通り抜けるか、答えを出すより先に向こうが先手を取った。
「焼き払え!」
アーシャが叫ぶと、それに応えるようにジャックのカボチャ頭に開けられた大きな口から、青白い炎が凄まじい勢いで噴き出してきた。滝の様に溢れた炎は瞬時に辺り一面を包み込み、貞夫も耀も飲み込んで轟々と燃え上がる。
「春日部さん! 天童さん!」
観客席に向け中継されていた映像を見た飛鳥が勢いよく立ちあがった。
胸に手を当て心配そうに画面を見つめるが、隣に座っていた十六夜は落ち着いた声で彼女をなだめる。
「慌てるなよ、お嬢様。あいつらが、あの程度でやられる訳が無いだろ」
そう言って、視線を自身に向けていた飛鳥に、十六夜は画面に顎をしゃくってみせる。
画面の向こうでは、燃え上がる炎の前に浮かぶアーシャとジャックの姿が。
炎に照らされた2人の姿が陽炎のように揺らめく。
「あーらら、もうお終い?やっぱり名無しじゃ歯応えないねぇ~」
ジャックの上に立ち眼下の炎の海を眺めつつ、アーシャが勝ち誇ったように笑みを浮かべて言った。
突然ジャックが後ろを振り返る。
その反動でアーシャは振り落とされそうになり、慌ててジャックにしがみ付いた。
「どうしたジャック!?」
ジャックの視線の先をアーシャも目で追う。
そこには、こちらに背を向け忍び足で歩く貞夫と耀の姿があった。
「嘘だろ! いつの間に!?」
「やべっ、バレた」
驚くアーシャの声に気づいた貞夫。
ジャックが吐いた炎に紛れて、耀と共にアーシャ達の背後にテレポートしていたのだった。
そのままアーシャが油断している内に、再び距離を離してしまうつもりだったのだが、バレては仕方ない。
耀と共に全力で駆けだす。ここからは単純な追いかけっこになるだろう。
「待ちやがれー!!」
ジャックの飛行速度はかなりのものだが、2人を追い抜く程の速さは出せないようだった。
5メートルまで近づいた入った所で、ジャックの口から再び火炎放射が放たれる。
貞夫と耀は並走していた所をお互い離れ、右と左に別れ走る事で一点への攻撃を妨げる作戦をとった。
これでどちらか片方に攻撃を集中している隙に、もう1人が先行してゴールしてしまえばいい。
「あーもう、ちょこまかと! だったらこうだ!」
次いで、ジャックの手に持つランタンから球形の火炎が数発、貞夫と耀それぞれの方向へ撃ちだされた。命中精度はそれほどでもないのか、最初の数発は周囲の木々に当たり爆発するに留まる。
しかし数うちゃ当たるの体現で、乱発された火炎弾のいくつかは直撃コースに乗って来た。
これで勝ったな、とアーシャはニヤリと口元を釣り上げる。
だが、耀の方へ飛んで行った火炎は彼女の持つグリフォンの旋風の
驚愕するアーシャ。すかさず次弾を放つも、いくら撃とうと両者は同じようにして炎を回避する。
走力でも貞夫と耀の方がまだ速い。おまけに出口が目視できる距離に来てしまえば、あとは貞夫がテレポートで瞬時にゴール地点に転移してしまえば終わりだ。
アーシャは悔しさに歯噛みするが、どう頑張っても自分の力量では2人を止められないと悟るとガックリと肩を落とす。諦めたかと思いきや、彼女はジャックから飛び降りると、そのジャックに対して言葉を紡ぐ。
「くそったれ、後はアンタに任せるよ。本気でやっちゃって……ジャック
「分かりました」
それまで一言も言葉を発さなかったジャック・オー・ランタンが、初めて人の言葉を話した。
途端、これまで内に隠されていたジャックの本来のパワーが一気に膨れ上がるのを貞夫は感じる。
貞夫が後ろを振り返ると、アーシャの隣に漂っていたジャックの姿が一瞬にして掻き消えた。
「失礼、お嬢さん」
次の瞬間、彼は耀の眼前に現れた。
突然の敵の出現に驚いた耀は動きを止めてしまう。
ジャックは、人の頭など軽く握り潰せる程の巨大な手のひらを頭上にまで掲げると、耀に向かって勢いよく振り下ろす。
攻撃に対応できない耀の体は無意識に硬直し、襲い来る痛みに耐えるように目を閉じた。
「そうはいかんざき!!」
耀を庇うようにジャックとの間にテレポートした貞夫。
魔力で構成した
「押し負けたか……。だが、これは利用させてもらう」
滞空中の貞夫は耀を掴むと再びテレポートで姿を消す。
転移した先はジャックの後ろ側、つまりゴール方向。
ジャックの腕で押し飛ばされた勢いを利用して少しでも出口に近づこうと、ゴールの方へ吹き飛ばされていく。10メートルほど飛ばされ勢いが衰えてきた所で耀を抱え込むと、地面に着地し彼女を下ろす。
「春日部ちゃんは、このままゴールへ向かえ」
出口に背を向け、ジャックと対峙するように立つ貞夫。
ゴールの方を指差し耀に告げた。
「貞夫さんはどうするの?」
「彼を足止めする。大人しく行かせてくれるとは思えないからね」
ジャックの力は先程までとは桁違いに上昇している。
サポーターとして、あくまでアーシャの手助けに留まるために力を抑えていたのであろうが、そのアーシャが辞退した今となっては当然全力を出してくるだろう。
そうなれば、待っているのは先ほどまでの追いかけっこの様な生易しいゲームではなく、真に戦闘と呼ぶべき状況になるに違いない。
無論それは歓迎すべき事態じゃない。
自分1人でどうにか出来るなんて自惚れも一かけらだって持っちゃいない。
それでもこれは死闘ではないのだ。
死者を出すのはご法度のギフトゲームならば、危険でも勝ちの目を拾うために行動しなければ。
自分が倒されてしまう前に耀がゴールしてしまえば済む話だ。
そして彼女にはそれを可能にできる
「1人で大丈夫?」
「君次第だ」
耀が貞夫の背中に問いかけ、貞夫はそれに短く答えた。
「心配するな、春日部ちゃんなら勝てるさ。」
何の気負いも無く、貞夫は当然といった風に言ってのけた。
その言葉に耀は決意した様に頷くと、それ以上は何も言わずに素早く回れ右して駆け出して行った。振り返りもしない。グリフォンの疾風に乗り、あっという間に視界から消えて行く。
「貴女も、すぐにあのお嬢さんを追いかけなさい。」
ジャックは貞夫から視線を外さず、背後のアーシャに向けて言った。
「了解!」
アーシャも木々の上を飛び跳ねるようにジャンプし、耀の後を追って行く。
2人の少女の姿が消えた後に残るのは、静寂と張りつめた時間だった。
ジャックから感じるパワーは自分より上だ。
貞夫は一部の隙も見せないよう、緊張した面持ちで構える。
しかし、対戦相手である貞夫の緊張を解すかのように、ジャックは柔らかい口調で話しかけてきた。
「本当はあの娘の力だけで勝たせてあげたかったのですが……。いやはや、つい親心が出てしまいましたね」
YAHOHO、と大らかに笑い声を上げるジャック。
こちらを油断させる作戦かといぶかる貞夫だが、どうにもジャックからはそんな周到な雰囲気は感じられない。
貞夫もつられたのか、無意識に顔がほころんでいく。
「うちの娘もやる気見せてましたからね。手助けしてやりたいって気持ちは分かりますよ」
警戒は解かないが、緊張は和らいだ貞夫が微笑を浮かべてジャックに同意する。
「先ほどの貴方達のコンビネーションは、敵ながら天晴なゲームメイクでした。アーシャにもぜひ見習ってほしい物です」
「それほどでも。そちらも姿を偽って戦力を温存するってのはいいアイディアですね。アーシャちゃんも堂に入った演技力でしたよ」
戦闘の場は、いつの間にか保護者歓談会の様な和らいだ雰囲気になっていた。
「おっと、いつまでも談笑している訳にはいきませんでしたね。観客も焦れてしまいます」
「僕としては、このままトークで時間稼ぎたい所なんですけどねぇ」
再び貞夫の体に緊張が戻る。
ジャックとまともにぶつかっては数分と持たず負けてしまうだろう。
耀がゴールするまでは、どうにかして持ちこたえなければ。
「生と死の境界に顕現せし大悪魔、『ウィラ=ザ=イグニファトゥス』製作の傑作ギフト、ジャック・オー・ランタンがお相手させて頂きます」
ジャックは手にしたランタンを掲げる。そこから放たれた炎は、先ほどまでの青白い物とは違い、マグマを思わせる紅蓮の大火炎であった。
一本の炎が二股に別れ、貞夫の周囲をグルッと円周上に取り囲んでいく。
これこそ悪魔の放つ煉獄の炎。通常であれば破壊不可能な
火に囲われた貞夫の周囲から、燃焼によって急激に酸素が奪われていく。
このまま窒息させるつもりなのだろうか。
炎の壁が壊せない以上テレポートによって脱出するしかないのだが、ジャックはそれすら見越しているはず。
おそらく炎の外に
ならば、と貞夫は物質透過の魔法を発動し、足元の大木の中に潜り込むようにして沈んでいった。
炎の勢いが強く壁の役割をして、内側の様子は見えていないはずだ。
貞夫は大木の内部を泳ぐように移動し、ジャックの後ろ側に回り込むと、音を立てないように顔を出し相手の様子を探る。移動した事は気付かれていないようだった。
ゆっくりと右手を外に出してジャックに向けて構える。
手を広げそこに魔力を集め撃ちだそうとするが、力の集積を感じたのかジャックがこちらを振り向いた。貞夫が魔力光弾を撃つより早くジャックの口から炎が吐き出される。
貞夫は慌てて木の中から体を引っ張りだし、そのまま上空に飛び上がって炎を回避した。先ほどまで潜んでいた大木は火に包まれ瞬時に炭化した事から、物理法則を越えた恐ろしい威力を持っている事が分かる。
ジャンプした貞夫は滞空状態を狙われない様に光弾を放つも、ジャックはそれをかざした掌で難なく受け止める。
今度はジャックがランタンから火球を撃った。
貞夫はそれをテレポートで回避し、さらにジャックの背後に転移すると、彼のカボチャ頭を魔力を込めた拳で殴りつけた。
ガインッ!という金属にでも当たったような音と共に、貞夫の拳は弾かれる。
「硬すぎぃ! 野菜の硬さじゃないだろそれぇ!」
「YAHOHO、簡単に壊れてはウィラに申し訳ありませんからね」
「だったらこうだ!」
殴った腕全体がビリビリと痺れるが構っていられない。
拳を手刀に変え、魔力を刃の様に生成し切りつける。
これはジャックも無傷ではいられないと思ったのか、寸での所で回避した。
刃はジャックの黒いコートをわずかに切り裂いただけで終わった。
そのままジャックは貞夫から10メートルも離れた位置にフワリと降り立つ。
すかさずランタンをかざし数発の火炎弾を放つが、貞夫は着弾前にテレポートでこれをかわす。
これを数度繰り返した後、ジャックがその手を止め、眉間に皺を寄せているかのような困った声で言った。
「参りましたね。いくら撃ってもこれでは……」
「当たらなければどうという事は無い、ってやつですね」
貞夫も微笑を浮かべながら、おどけた様に答えた。
「それでは、直接的な手段をとらせて貰いましょう」
言うが早いか、ジャックの姿がその場から掻き消える。
突然目の前にカボチャ頭が現れた事に驚いた貞夫は、反射的に上体を後ろに仰け反らせた。
その上を、ゴウッという音と共にジャックの巨大な腕が通り過ぎていった。それは新幹線の通過を間近で見た時の様な迫力があり、一拍遅れて貞夫の体に冷や汗が流れる。
貞夫は弓なりになった体をさらに倒してブリッジの姿勢を取り、そのまま足を跳ね上げジャックの顎と思われる部分を蹴りつける。
身が詰まっているのか、やたら重みのある頭部は微動だにしない。
態勢を立て直した貞夫は今度は胴体の方を攻撃してみたのだが、はためくマントの中には何もなく、拳は空しく宙を空振りしただけで終わった。
「失礼!」
前のめりになった貞夫の背中を、ジャックの平手が容赦なく打ち付けた。
「ブゲッ!?」
潰れたカエルの様な呻きを発しながら、貞夫は足元の大木に体を叩きつけられる。
魔力で強化した体でなければ、今の一撃だけで内臓破裂の致命傷を受けていただろう。だがそんな事は大した問題じゃない。このまま寝そべっていては、あと2秒もしないうちに炎の滝をまともに浴びる事になる。ローストになりたくなけりゃ、何処でもいいからさっさと
ジャックの口から炎が吐き出されたのは、貞夫がテレポートした後だった。
移動した先はジャックから30メートルは離れた場所。
一息つきたい所だが、そうもさせてはくれないだろう。
貞夫は魔力の手刀を形成したままジャックの眼前に一っ跳びで突っ込む。
貞夫が到達するより遙かに前にジャックは姿を消すのだが、貞夫も飛び掛かる途中で同じように姿を消した。
空中に出現したジャックは貞夫の姿が無い事を訝しがる。
その前方数メートルの所に貞夫が現れた。
切りかかる貞夫の手刀を、再びテレポートにも似た方法で回避するジャックだが、貞夫は即座に姿を見せたジャックの傍に転移する。
攻撃する貞夫、それを姿を消して避けるジャック、そして現れたジャックの近くにテレポートする貞夫。これを数度くり返し、ジャックが疑問の声を上げる。
「これは……。なぜ私の現れる場所が気付かれるのですか……!?」
「なまじ力が強いのが仇になりましたね。それだけのパワーだと移動先に本体が出現する前に、エネルギーの流れを先に感じるんですよ」
幾度かのテレポート合戦の末、貞夫はジャックの転移先を先読みする事に成功した。
眼前に姿を見せたジャックの開けっ放しになっていた口に左手を突っ込む。
右手の手刀で攻撃している間にも、貞夫は左手に魔力を溜め込んでいたのだ。
よくあるパターンだが、外からの攻撃が効かない相手には内側からの攻撃に弱いはず。まさかそれを実践する時が来ようとは……。
「ちとグロい絵面だが、爆裂させてもらいます」
圧縮した魔力をいざ解き放たんとした直前、周囲の空間に無数の亀裂が入り全てが砕け散る。
木々の迷路は姿を消し、舞台は円形の闘技場の場へと戻っていた。
「勝者、春日部耀!」
スピーカー越しに黒ウサギの勝利宣言が響き渡り、それをきっかけに静まっていた会場から再び歓声の声が上がる。
「どうやら、アーシャは負けてしまったようですね」
言葉とは裏腹に、ジャックからは残念がっている様子は見られなかった。
負けるのは承知の上でアーシャに道を進ませたのだろう。
それは彼女の成長のためであったのかもしれない。
耀が小走りに近づいてきた。その後ろから、俯いたままのアーシャがジャックの元へ重い足取りで向かっていた。
「お疲れちゃん」
貞夫が言った。
「貞夫さんも、ジャックを足止めしてくれて助かった」
耀は微笑を浮かべ応える。
お互いの健闘を称えるその後ろでは、アーシャがジャックに負けてしまった事を謝り、それをジャックがフォローし慰めていた。
「ねえ。お前、名前は何て言うの?」
気を取り直したアーシャが耀の傍まで来ると、彼女の名を聞いてきた。
試合前にすでに黒ウサギが名前を読み上げた今、彼女の質問の真意が分からないらしく耀は首を傾げつつも、改めて自分の名を名乗る。
「私はアーシャ・イグニファトゥス。次に会ったら今度こそ私が余裕で圧勝だからな! いいか、覚えとけよ!」
一気にまくし立てると、踵を返しさっさと舞台袖に向かって歩いていく。
耀は不思議そうにその姿を目で追っていた。
「よかったな、春日部ちゃん」
「何が?」
「友達1人ゲットだぜ」
アーシャの態度が照れ隠しから来るものだと分かった耀は、納得した様子で去っていく彼女の背に視線を送った。
ジャックも貞夫の隣にフワフワと漂う様にやって来ると、スッと右手を差し出す。
「今日は素晴らしいゲームでした。またお会いしましょう」
「ええ。今度はのんびりと、お茶でも飲みながら話しましょうか」
貞夫もその手を笑顔で握り返す。ジャックは2人に一礼してその場を後にした。
入れ替わる様にして、舞台裏からジンと三毛猫を抱えたレティシアが駆け寄ってくる。
「御二人とも、お疲れ様でした」
「やったな主殿」
腕の中の三毛猫も、ニャーニャーと何やら賛辞を述べているようだった。
黒ウサギも壇上から皆の前に飛び降りてきた。
「耀さん、お見事でした。貞夫さんもスゴかったのですよ」
満面の笑みの黒ウサギは2人の勝利を自分の事の様に喜んでいる。
「まさか不死のジャック相手にあそこまで戦えるとは、主殿は意外と戦闘のセンスがあるようだな」
「いや~、自分でも驚いたね。とにかく負けないようにしなきゃって必死だったよ」
レティシアに褒められ満更でもない貞夫は、頭をかき照れ笑いを浮かべた。
そうしてチラリと視線を上に向けたのだが、その視界の端に黒い影が写り込んだ。
埃の様な、ゴミの様な、黒い物体だった。それが舞う様に不確定な起動で空から舞い降りてくる。
さらに視線を上にあげる。
謎の物体は空一面に舞い散る様に漂っていた。
それらは雪の様に、地上に向けてゆったりとした軌道で下降して来る。
貞夫だけでなくジン達も、会場にいる人間もその黒い物体に気が付いたようで、皆一様に視線を空に向けた。
「何だ、あれは……」
段々と近づいてくるそれは、長方形の紙の様な薄っぺらい物である事が分かってきた。
落ちてきた物の1枚を貞夫は手に取った。
それは真っ黒な羊皮紙であり、一面に白い文字で見覚えのある文面が綴られている。
「黒い
今まで見た事のない書類に貞夫は目を細めた。
「これって、まさかだよねぇ……?」
貞夫は自分の考えが外れている事を祈った。しかしそれは叶わなかった。
黒ウサギは頷き、はっきりとした口調で断定する。
「YES、魔王が現れました」