限界にまで迫ったトラックのボディーが貞夫の視界から消えた次の瞬間、太陽を直視した時のような強烈な閃光が眼球を焼いた。
「目がッ! 目があああああああああ!?」
とっさに両手で目を庇うように覆うが、何もないかのように掌を透過して光はなおも視界に降り注ぐ。
数秒ほど悶えたのち、唐突に光が消える。それと同時に今度は体全体が冷気に包まれた。
「ガボボボボッ!?」
言葉が出ない。いや、言葉にならない。貞夫の体が水中にあるせいだった。
叫んでいたせいで肺の中の空気は全て外に出てしまっている。このままでは窒息してしまう。急いで水面に向かって泳ぐ。
「ど、何処だここは……」
水中から顔を出した貞夫は、自分が湖のど真ん中を漂っている事に気づいた。
周囲を見回すと、どこかの奥深い山の中としか思えない光景が広がっている。
湖の周りは森と山に囲まれていて、山の上方からは滝が何本も湖に流れ込んで来ていた。
お日柄もよく、真冬とは思えない快晴の陽の光に照らされて
滝が上げる水飛沫がキラキラと輝く。
まるで日本じゃないみたい、てか日本じゃないよなぁ……?
貞夫はまったくもって見覚えのない景色に頭を悩ませた。
いつまでも湖で漂っているわけにもいかないので、陸へ向かって泳ぎだす。
岸に上がると、セーターが吸い込んでいた大量の水を吐き出した。
服を脱いで残りの水を絞り出そうと上着に手をかけた時、ふと気配を感じて背後を振り返る。
ドッボーンという大きな音と共に、湖に3本の水柱が盛大に上がる。
その後にボチャンと一つ、小さな水柱も上がった。
何事かと注視していると、プカリと3人の人影が浮かび上がってくる。
3人は無言で岸まで上がると次々に怒りを口にしだした。
「まったく、信じられないわ! 問答無用で引きずり込んでおいて空に放り出すなんて、一体何を考えているのかしら!」
赤いリボンを二つ髪に結んだ少女が口火を切った。
昭和を思わせるブラウスと青いスカートの装いが時代錯誤も甚だしいが、何故かそれが少女のもつ雰囲気にベストマッチして、とても似合っていた。
「右に同じだクソッたれ。場合によっちゃ、その場でゲームオーバーだったぜ」
逆立つ金髪を押さえつけるようにヘッドフォンを装備した、目つきの悪い少年が続く。
学ランの着崩し方や、はばかる事のないその髪の染めっぷりからして、一目で不良に分類できる。
「石の中に呼び出された方がまだ親切だ」
「石の中に呼び出されては動けないでしょう?」
少年の代案に異を唱えるリボンの少女。
「俺なら問題ない」
「確かにどうとでもなるな」
そっけなく答える少年に貞夫も無意識に追随した。
ただしカタツムリの様なゆっくりとした動きでなければならないのが難点だが。
そこまで考えて、貞夫はしまったと慌てた。
普通に考えて、石の中に詰め込まれた人間に何の問題もないわけがない。
この物言いでは自分が魔法を使えるという事がバレてしまう。
そしてそれは童貞である事も悟られるということ。
こんな年端もいかない子供達に嘲笑されるのは避けたかった。
「そう、身勝手な人達ね」
何と言って誤魔化そうか考える間もなく、少女が吐き捨てるように言った。
どうやら言葉の裏の意味には気づかれなかったようだ。
「ニャ~ン……」
弱々しい猫の鳴き声が聞こえてきた。湖から一匹の三毛猫が這い上がる所だった。
最後に湖に叩き落されたのはこの猫のようだ。
「ここ、どこだろう……?」
ショートヘアの少女が猫を優しく抱き上げながら、誰に問うているわけでもなく小さな声で呟く。
白いノースリーブのコートの下は、同じくノースリーブの上着。下は短パンに黒のニーソックスという季節感ガン無視の取り合わせに貞夫は身震いした。
ある意味奇抜なファッションセンスはひとまず頭から消して、少女の問いと同じ疑問を持っていた貞夫は口を開く。
「それ僕も知りたい。君たちは、ここら辺に住んでる子……ってわけじゃないよなぁ……」
腕を組み、3人を見回しながら、ムムムと呻き最後には力なく問いかける。
彼らの容姿はどう見ても日本人のそれだった。
おまけに流暢に日本語を話しているから間違いないだろう。
だがこの場所は明らかに日本らしくない雰囲気を持っていた。
何より冬の真っ最中だというのに雪が積もっていない。それどころか暖かいときている。
テレポート能力をあまり使用した事が無かったので、最大でどの程度の距離まで移動できるのかわからないが、まさか地球の裏側まで飛ばされたんじゃあるまいな……。一抹の不安がよぎる。
「というか、君たちどっから落ちて来たんだ? ここはダイビングスポットの穴場なの?」
上を見ても飛び込み台の一つも見当たらない。
観光客どころか生き物の気配すら、目の前の3人と1匹だけだ。
と思って周囲の気配を探ろうとした所、草むらの影に隠れるようにして息を潜めている生命反応を一つ見つけた。
「高度4000メートルからのパラシュート無しスカイダイビングは、中々乙なもんだったぜ?」
明らかに怪しい反応を見せるその物体が何なのか、振り向き確認しようとした所を少年の発言に気をひかれ中断した。
「何それ怖い。飛行機から落っことされたのかい?」
「それだったらまだ良かったんだけどな」
肩をすくめる少年に対し、飛んでる飛行機から落とされるより悪い事ってあるんだろうかと貞夫は思った。
「貴方は、あの変な手紙で呼び出されたのではないの?」
「手紙って?」
リボンの少女が貞夫に質問してきた。手紙と言えば年賀状ももう何年も受け取ってないな
とぼんやり考えている横で、貞夫の質問を無視して少年とリボンの少女の間で話が進んでいく。
「お前らは、あの手紙で呼び出されたのか?」
少年の視線が、貞夫を通り越して後ろの少女二人に注がれる。
その問いかけに無言でうなずくショートヘアの少女。腕の中では猫がグッタリしている。
「そうだけど、そのオマエという呼び方は訂正してくださるかしら。私の名前は久遠 飛鳥よ。以後気を付けてちょうだい」
少年の物言いにムッときたのか、リボンの少女、飛鳥は不機嫌な態度を隠す事なく名乗る。
その対応に、貞夫は内心驚いていた。
どことなく、お嬢様のような気品を感じさせる身だしなみであったため、お淑やかな性格の娘さんかと思い込んでいたが、意外と気の強い芯のしっかりしたタイプの少女であるようだ。
無論その驚きを表に表わす事は無かったが、こういう強気のタイプの女の子も良いなぁと考えていた。
とは言え飛鳥の年齢は、外見から判断して中学生くらいであろうと考えられる。
子供は好きだが恋愛対象にならない貞夫は、自分があと15歳は若ければなぁと思うのだった。
「そこの猫を抱きかかえている貴女は?」
名乗り終えた飛鳥は、ショートヘアの少女に話をふった。
「春日部 耀。こっちは三毛猫」
耀はそっぽを向いたまま、自身の名前と抱いている猫の事だけを簡潔に名乗った。
飛鳥の方でも、よろしくと一言だけ告げる。
次いで貞夫の方に視線を向けた。お前の番だ、という事らしい。
「僕は天童 貞夫。よろしくする事になるのかな?」
軽く手を挙げ名前だけ告げる。この子たちが何者かわからないが、無視するのも心象が悪い。
向こうが名乗ったなら自分も名乗るべきだろう。
「天童さんね。最後に、野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」
「高圧的な自己紹介どーも。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻 十六夜です。
粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので
用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれよな、お嬢様」
ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべる十六夜。
予め考えていたのか、長々とした紹介文をスラスラと言いあげる。
即興だとしたら大したもんだと貞夫は感心した。
「取り扱い説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」
「マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
心底嫌そうに返答する飛鳥に心底楽しそうに対応する十六夜。
二人の間で目に見えない火花が飛び散る。
そんな二人に全く関心を示さない耀は屈んで三毛猫の体を拭いてやり
貞夫も十六夜たちの言い合いは頭になく、自身の今後がどうなるのかボンヤリと不安を感じていた。
「うわぁ……何やら一癖も二癖もありそうな方が多いですねぇ……」
悩んでいるのは貞夫だけではなかった。貞夫が感じた気配の持ち主である謎の影もまた
草むらの中で貞夫以外の3人の問題児達に対し、どう接触すべきか考えあぐねているのだった。