30歳の童貞男も来たそうです   作:ほろろぎ

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第19話 魔王襲来だそうですよ?

 一体どこから現れたのか、魔王のもたらした無数の黒い契約書類(ギアスロール)は、紙吹雪の様に街全体に降り注いでいる。

 それは魔王によるギフトゲームの開始を意味していた。

 ギフトゲーム名『The PIED PIPER of HAMELIN』。

 参加者は、今いる境界壁の舞台区画に存在する全てのコミュニティメンバーという大規模な物である。

 プレイヤーの勝利条件はゲームマスターの打倒、及び『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げる』事。

 そして一番の問題であるのは魔王側の勝利条件。

 それは、このゲームの参加者の全てを屈服させるか殺害するという、異常極まりない物であった。

 

「うっそだろお前……」

 

 貞夫は狂気的なゲームのルールに冷や汗を流した。

 

「魔王が……魔王が現れたぞおおおおおおおお!!!!」

 

 静寂に包まれた会場の中で、ゲームの内容を確認したであろう観客の誰かが叫んだ。

 その一声を皮切りに、会場のあちこちで悲鳴が上がる。

 恐慌状態の観客は我先にと何かから逃げ出していく。

 

「魔王は来れないはずじゃなかったの?」

 

 貞夫は書類片手に黒ウサギに説明を求めた。

 事前に白夜叉が設けたルールによって、魔王は主催者権限(ホストマスター)を使えない上に、許可なく祭典の場に入る事も禁止されているはず。

 

「わかりません。白夜叉様の主催者権限(ホストマスター)も破られた形跡はありませんし……」

 

 黒ウサギは被りを振る。貞夫は腕を組んで考え込んだ。

 

「ルールに則って現れたって事か。何か裏技でも使いやがったのかな」

 

 しかし情報が少なすぎる現状では、一体どんな手を使ったのか答えが出るはずもない。

 

「きゃあーっ!?」

 

 上空から飛鳥の悲鳴が聞こえてきた。

 見ると、観覧席の方から飛鳥が、十六夜と共にこちらに向かって飛ばされてきた様子だった。

 十六夜は空中で飛鳥をキャッチすると、衝撃を与えないように柔らかく着地する。

 

「一体どうした?」

 

 貞夫が訪ねる。後ろ手に親指で観覧席を指し示す十六夜。その先の観覧席は黒い霧のような膜に覆われていた。

 

「あの中に白夜叉が閉じ込められてる」

 

 その場にいた者は白夜叉以外、黒い霧の余波によって弾き出されたという。

 姿の見えないサンドラとマンドラの兄妹は観客席の方に飛んでいったようだ。

 

「まったく、初っ端から楽しい事してくれるじゃねえか」

 

 笑みを浮かべる十六夜だが、言葉とは裏腹にいつもの余裕は感じられなかった。

 

「で、これからどうする?」

 

 貞夫が全員に問うた。

 

「役割を分けましょう」

 

 黒ウサギの提案によって、彼女自身は姿を見失ったサンドラ達の捜索に、十六夜、貞夫、レティシアの3人は魔王の相手を、残るジン、飛鳥、耀は白夜叉の様子を見に行く事になった。そこにジャックとアーシャも駆けつけ協力を申し出てくれたため、彼らも黒ウサギに同行する事に。

 飛鳥は不満気だったが、ゲームマスターと明記されていながら参戦できない状態にある白夜叉の状態を確認するのも重要な役目だと言う説得に渋々ながら応じた。

 全員が動き出そうとした時、耀がある物を見つける。

 

「皆見て! あれ!」

 

 耀の指さす方を向くと、境界壁の天辺より降りてくる4つの影が見えた。

 軍服を着た男、白装束の女、巨大な人形の兵士、そして斑模様の黒い服を着た少女。

 だが貞夫には、その4人よりももっと多くの存在を感じていた。

 それが何かは分からないが、分からない事が魔王陣営の持つ異様さを増大させた。

 黒い契約書類(ギアスロール)と共に舞い降りるその姿は、悪夢がゆっくりとその身を横たえ近づいてくる様な不気味なものであった。

 

「『主が、お前はどこからやって来たのかと問われるに、それは答えた。あちこちをうろついて来ました』」

 

 貞夫は無意識に呟いていた。それは聖書の一節であった。

 

「あれが俺らの敵対者って訳か」

 

 十六夜が、その呟きに応えるように言う。

 

「んじゃ、挨拶に行くとしようぜ」

 

 貞夫とレティシアに視線を向けると、答えも聞かずに飛び出していく。

 その先にいたのは軍服の男と白装束の女だった。

 

「主殿、我らも行こう」

「あぁ、そうだね」

 

 レティシアと貞夫も頷き合うと、少女と巨兵に向かって行った。

 レティシアは黒い翼を広げ空を飛翔し、貞夫は重力キャンセルの魔法を自身にかけ、さらに加速魔法で空中を進んでいく。

 

「どっちと闘う?」

「どちらが強いのだ?」

 

 レティシアは貞夫の問いに答える前に質問を返した。

 

「女の子の方が強いね」

「では、私がそいつの相手をしよう」

「いいの?」

「主殿はさっきジャックと戦ったばかりだからな。無理はさせられないさ」

「すぐに援護に向かうよ」

 

 貞夫は自分が少女の相手をするつもりだったが、正直言って疲労の残る現状では辛い物があったので、レティシアの申し出をありがたく受ける事にした。

 2人は途中で別れると、レティシアは少女に、貞夫は巨兵に向けて飛んでいく。

 巨兵は遠目で見ても巨大である事が一目瞭然であったが、近づけば近づくほどその大きさに嫌気がさしてくる程だった。

 まるで山の様な巨体のそれは、真っ白な陶器の様なツルツルとした外観に2本の腕を生やし、胴体と思われる部分には黒い穴が直列にいくつか並んでいる。それは笛を人間に近づけたようなシルエットであった。

 巨兵の全身に開けられた穴から突風が噴出する。

 風は無造作に周囲にまき散らされ、巨兵を中心に竜巻の様に荒れ狂っていた。

 突風に揉まれ通常であれば近づく事すら困難であるが、貞夫はテレポートを使い難なく相手の目前に到着する。それでも体はすぐに風に押し出されてしまうため、転移後すかさず巨兵の体を全力で殴りつけた。

 頭部に位置する所に拳は命中し、ガラスの様にその体に亀裂が入ると、巨兵は仰け反る様に態勢を崩した。

 だが、巨兵は倒れつつも貞夫を掴まえようと腕を伸ばす。

 

「そいやぁーっ!」

 

 貞夫は頭上に掲げた手刀に魔力を纏わせ、向かって来る掌に勢いよく振り下ろす。

 一瞬の抵抗の後、魔力刃は巨兵の手首を溶かす様にして切断した。

 

「BRUUUUUUM」

 

 痛覚があるのか、体の一部を断たれた巨兵は呻くような音を響かせる。

 

「何やってるのシュトロム。そんな人間さっさと殺っちゃって」

 

 頭上でレティシアと戦闘中の斑の少女が、巨兵に向けて静かに言った。

 

「シュトロム……STORM(ストーム)……『嵐』か」

 

 貞夫は少女の呟いた名前から、目の前の巨兵が災害という現象から発生した存在であると理解した。

 吹き荒れている風が止む。見ると、渦がシュトロムの顔前面の位置に発生している。

 突風の空間は貞夫に対しては無駄だと分かったのか、力を溜めての一撃を放つつもりのようだ。

 しかし、それこそ貞夫に対しては悪手でしかなかった。

 シュトロムの頭部から、その名を体現するかのごとく巨大な嵐が水平に放たれる。

 貞夫は嵐が向かって来るのを見届けてからテレポートでその場を後にし、シュトロムの顔側面に転移した。そして、ひび割れたその顔面を蹴りつけ完全に粉砕する。

 頭を失ったというのにシュトロムは尚も動きを止めなかった。

 貞夫は両手を構えると、その間にサッカーボール大に圧縮した魔力エネルギーの爆弾を作りだし、それを空洞になっているシュトロムの体に投げ込んだ。魔力爆弾はちょうどシュトロムの胴体の中頃で爆発し、巨兵の体を完全なる瓦礫の断片へと変貌させた。

 

「一丁上がり」

 

 パンパンと両手のゴミをはたく様に叩きあわせると、レティシアと斑の少女の方に視線を向ける。

 レティシアはギフトカードから取り出した(ランス)を構えたまま、高速で少女に飛び込んでいった。激しい火花が少女の胸元で飛び散る。

 

「やったか!?」

「それ言っちゃダメなやつ!」

 

 勝利を確認するレティシアの言葉は敗北への道を踏み固めるものであった。

 (ランス)の先端は砕け、少女には到達していなかった。

 少女がかざした手から不気味な黒い風が溢れレティシアの体にまとわりつく。

 それはレティシアの意識を飲み込むように侵食していった。

 

「使えないと思ってたけど前言撤回。あなたは良い手駒になりそう」

 

 レティシアの頬に手を添え、意地悪そうな笑みを少女は浮かべた。

 

「勧誘、引き抜きはお断りだよ」

 

 少女の目の前に、何の前触れもなく貞夫が現れた。

 虚を突かれた少女の一瞬の隙をついて、貞夫は透過魔法で黒い風をすり抜けその中のレティシアを右手で掴むと、力任せに拘束から引きずり出した。さらに左手に集めた魔力弾を少女の眼前にかざすが、それを放つ前に少女は貞夫から距離を取って離れていく。

 

「うぅ……」

「おっ、大丈夫か? 大丈夫か?」

 

 うめき声を上げるレティシアにチラリと目を向け声をかける。すぐに視線を外すのだが、それを再びレティシアに向けた。2度3度と視線が少女とレティシアの間を行き来する。

 

「誰だお前!?」

 

 右手で支えているレティシアの体は少女のそれではなく、どう見ても成人女性程の大きさになっていた。顔つきも子供から大人びた端正なものに変貌している。

 貞夫は初めて見るのだが、レティシアは普段はリボンによって力を抑え子供の姿になっており、それを解いた現在の大人の姿が本来の状態であるらしい。

 はぇ~、すっごい大きい、と女性の一部分をまじまじと見つめる貞夫。

 

「主殿、前を見ろ!」

 

 意識を取り戻したレティシアが叫ぶ。

 少女の体から再び黒い風が放たれ、全てを飲み込むような勢いで貞夫達に迫っていた。

 完全に油断していたためテレポートも、防御壁を張る暇も無い。

 慌てる貞夫だが、風は2人に届く前にその後ろから吹いてきた炎によって相殺された。

 

「待っていたわ。サラマンドラの火龍」

 

 少女の視線の先には毅然とした佇まいのサンドラがいた。

 

「貴女がハーメルンの魔王か」

 

 サンドラは、斑の少女を見下ろしながら言う。

 

「ああ、それ間違い。私のギフトネームは『黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)』よ」

「このような無体、秩序の守護者は決して見過ごさない!」

「そう、素敵ね階層支配者(フロアマスター)

 

 一触即発のサンドラと斑の少女。その対面には貞夫と復活したレティシア。貞夫達は少女を取り囲むような位置に浮遊している。

 ジリジリとした空気が辺りを漂う。お互いがお互いの出方を伺っているようだ。

 静寂の中、貞夫の耳に微かに増えの音が聞こえてきた。

 音の出所を探る中で視線を眼下に向けると、そこに思いもかけないものを目にする。

 

「おい、下見ろ下! すげぇ事になってるぞ!?」

 

 避難する人で溢れかえっている街のいたる所で、人々が乱闘に興じているではないか。

 皆目に異常な光を宿し、口をだらしなく開けた虚ろな表情で暴れ回っている。

 

「ハーメルンの笛吹の仕業か」

 

 どう見ても正常では無い人々の様子は、操られていると言って差し支えなかった。

 しかしこの状況では、原因である笛吹道化の魔王を探し当てるのは難しいだろう。

 

「よくも街の皆を……!」

 

 サンドラが怒りに任せ魔王に挑もうとした時、強烈な閃光と共に雷鳴が辺り一面に鳴り響く。

 夕暮れの如き空の色は黒雲に覆われ、まるで夜の様相を呈している。

 

「プレイヤー側、ホスト側共に交戦を中止して下さい!」

 

 暗闇の中に黒ウサギの澄んだ声が響き渡る。

 彼女は塔の先端に立ち、自身のギフトである金剛杵から雷を放ちながらゲームの中断を告げた。

 

審判権限(ジャッジマスター)の発動が受理されました。これより審議決議を行いますので、速やかに交渉の準備へ移行してください。繰り返します……」

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