30歳の童貞男も来たそうです   作:ほろろぎ

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第21話 現状のまとめだそうですよ?

 サラマンドラの書庫、その奥にヒッソリと設置されたテーブルで、貞夫、十六夜、ジンの3人は黙々と本を読みこんでいた。

 他に人の姿は見られない。レティシアと黒ウサギは別のフロアで資料を調べているし、それ以外の参加者は大部分が資料捜索もままならない状態にあるからだ。

 

「うわああああああああああん! もうダメだあーーーーー!!」

 

 山と積まれた資料の谷間で、貞夫は本に落としていた顔を上げると共に、天に向かって叫んだ。静寂に包まれていた書庫に、中年の汚い雄叫びがコダマする。

 

「うるせぇ」

 

 十六夜は読んでいた本を閉じると貞夫の後頭部目がけて放り投げた。

 貞夫は、円盤の様にクルクルと宙を回転して飛んでくる本を振り向いて見もせずに、軌道上にある頭を横に反らして避け、通り過ぎて行こうとする本をキャッチする。

 投げ寄越された本を面倒そうにパラパラとめくり、形だけ目を通すとすぐに山積みになった本の上に重ねて積み上げた。

 そのまま頭を打ちつけるように、本の谷の間に体をガックリと落とし込んだ。

 うつぶせのまま低い唸りにも似た呻き声を漏らしつつ、やり場のない感情が体をモゾモゾと動かせる。再び顔を上げると、勢いよく椅子から立ち上がって天を仰ぐ様に両手を宙に向けて広げた。

 

「あかーーーーーーーん!! 全然答えが見つからーーーーーーん!!」

「だからうるせえっての」

 

 今度は立ち上がって近づいていた十六夜に蹴られた。

 貞夫の体はバネの様にすっ飛んで行くと、勢いが衰えた所でバッタリと床に倒れ伏す。

 うつ伏せのまま数秒間微動だにしなかったが、やがて拗ねた様に寝転がると、これ見よがしに溜息を吐いた。

 十六夜とジンもつられた様に溜息をもらす。

 この日は『The PIED PIPER of HAMELIN』の一時休戦から、すでに5日も経ってしまっていた。

 それだけの日数の内に、ペストが街にばらまいた黒死病の細菌が人々の中で発症し始めたのだ。

 日に日に感染者は増え、今では全体の8割の参加者が病に伏せっている状況に陥ってしまっている。

 残りのまだ正常な者達も、半分以上の人員が感染者の看病に追われており、もはやゲームの謎を解明するための人手を割いている余裕が無い状況だ。

 3人は一度読む手を止めてしまった事で、作業を再開する気力が失せてしまった様だった。

 誰も動こうとしないまま、書庫は森閑とした静寂に包まれる。

 

「根を詰めるのも結構ですが、そろそろ休憩なさってはどうですか」

 

 そう言って現れたのはサウザンドアイズの女性店員であった。

 手には湯呑が乗った盆を持っている。

 顔には何の感情も表出していないが、その実動けない白夜叉を心配して出張ってきたのである。

 

「そうしましょうか」

 

 ジンも読みかけの本をテーブルに置き、貞夫も起き上って空いている机に移動した。

 3人が席に着きなおすと、女性店員はそれぞれの前に湯呑を置く。

 そうして自分も椅子を引いてその場に着席した。

 

「どうですか、進展のほどは?」

 

 店員が口を開いた。

 

「もうちょっとの所なんだがな、その先が難しい」

 

 十六夜が頭の後ろで腕を組み、天井に視線を向けたま応える。

 それは彼らしくない弱気なものだった。

 対面に座っている貞夫も、お手上げだというジェスチャーを取る。

 

「今までの情報を整理してみましょう」

 

 ジンが苦しい表情の中にも、それでも一歩を踏み出そうと提言した。

 

「まず勝利条件の1つである『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』ってのは、おっさんが予測した通り、ハーメルンの真実を暴けって事で間違いない」

 

 十六夜が組んでいた手を降ろし、テーブルに片肘を突きながら言った。

 

「んで、それの選択肢があの魔王一派の4人組か」

 

 貞夫は指を4本立てて追随する。

 

「はい。彼らはそれぞれが、ハーメルンの笛吹の伝承において死亡した130人の子供達の死因となった天災を現しています」

 

 ジンが魔王の名前と、それが意味する所の天災の由来を書いた紙を取り出した。

 ペストはネズミを媒介として広まった黒死病による病死説。

 ヴェーザーはハーメルンの付近に流れる河の名前であり、子供達は川の氾濫に巻き込まれたという説。

 ラッテンはネズミを操る者の事で、子供達は笛吹男に攫われた誘拐説。

 シュトロムは、ヴェーザーと同じく嵐による災害に巻き込まれたという物だ。

 この4つの要素の中から混じり込んだ嘘を見抜けばいいと言う話なのだが、ここで厄介な問題があった。それは、ハーメルンの伝承には様々な説があるのだが、その中で正解という物が存在していないという事である。有力な説は見当が付いても、それが真実だと確定的に証明する方法が無いのだ。

 

「けどまあ、ペストだけは除外しても良いだろうね」

 

 髪をかき上げながら呟く貞夫に、十六夜とジンは頷いた。

 

「他の3つはどれも短時間で起きえる事だが、黒死病(ペスト)だけは発症から死に至るまで数日の時間を要する」

「ハーメルンの碑文には、1284年の6月26日と確たる日付が示されていますからね」

 

 2人の補足から、死までの過程に長期の日程が必要な黒死病(ペスト)は、1284年6月26日という限定された日にちで起こるとは考えられないと断言できる。

 

「なるほど、見事な推理です」

 

 女性店員も隙の無い理屈に納得した様子だった。

 

「では、そのペストという者を倒せばよいのでは?」

 

 続けて疑問をブツけてくる。だが十六夜は被りを振った。

 

「それだと、ゲームマスターの打倒と条件が被る」

 

 示された勝利条件は、ハーメルンの魔王の打破と真実の伝承を掲げる事。

 2つに分けてあると言う事は意味がある筈だと十六夜は睨んでいる。

 

はったり(ブラフ)なんじゃないのぉ?こんな不利なゲーム吹っかけてくる奴らが、まともに勝ち方を教えてくれるとは思えんけどねぇ」

 

 貞夫が出されたお茶をすすりながら、疑わしげに問いかける。

 

「かもしれません。ですが、それだけで決めつけるのもリスクが高すぎます」

 

 ジンは慎重を期すように言う。

 相手が魔王なら何が仕組まれていてもおかしくは無い。

 石橋を叩きすぎる事は無いという訳だ。

 

「で、この『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』という一文が示している物についてだが、こいつは一対の同形状で、『砕き』『掲げる』事が出来るものだ。ハーメルンの伝承でそんな事が出来る物と言えば……」

「ハーメルンの碑文と一緒に飾られてるステンドグラスだな」

 

 十六夜の後を受けて貞夫が答える。

 

「確か、ハーメルンの街にステンドグラスが収蔵されているという話を聞いた事がある。もっとも関わりが深い物品となると、他の候補は無いだろうね」

「サンドラ様に確認してもらった所、僕達とは別名義のノーネームから100枚以上のステンドグラスが出展されているそうです」

 

 ジンの言葉に店員も記憶を思い起こそうとした。

 

「そういえば、街を散策していた時にも何枚か見かけた気がしますね」

 

 貞夫も頷いて同意した。さらに言葉を続ける。

 

「そして魔王(奴ら)主催者権限(ホストマスター)を無視して現れた理由も、参加者としてではなく出展物として紛れ込んでたからなんだな」

 

 ウィル・オ・ウィスプのジャックが参加者ではなくアーシャの作品として登録されていたように、魔王側もステンドグラスを媒介に出現したのだった。

 

「以上で説明終了~」

 

 とここまできて貞夫が投げやり気味に、お開きといった風に手を広げながら言った。

 

「……終わりですか?」

 

 店員も唐突に話が終わった事に拍子抜けした様子だった。

 

「ペスト以外のどのステンドグラスを砕いて掲げればいいのか、現状ではこれ以上は分からねえ」

「100枚以上もありますからね。まず探すだけでも一苦労です」

 

 十六夜は腕を組み、ジンも溜息と共に吐き出す。

 

「あのさぁ…もう考察はいいから。魔王全員ブチのめしてもらってさ、終わりでいいんじゃない?」

「ヤハハ、そっちの方が楽でいいかもな」

 

 最悪の場合でも、ゲームマスターであるペストを倒す事で勝利条件を満たす事は出来る。無論一筋縄でいく相手ではないだろうが。

 貞夫と十六夜は冗談めかして言うが、現状では他に手は無いように思える。

 それっきり誰も言葉を発する事は無かった。

 シンとした空間に、茶をすする音のみが響いていた。

 突然書庫の扉が勢いよく開け放たれる。

 飛び込んできたのは黒ウサギだった。

 息も絶え絶えといった様子で駆け込んできた黒ウサギに、全員がついにゲームの回答を得たのかと期待を込めた目で見つめるが、どうにもそういったプラスの雰囲気は感じられない。

 

「お、大丈夫か大丈夫か」

 

 貞夫はとりあえず自身の飲みかけのお茶を差し出すが、黒ウサギはそれには目もくれず叫ぶように言った。

 

「大変でございます! 耀さんが……黒死病にかかって倒れてしまったのです!!」

 

 一同の間に動揺が走る。ついに病の魔の手がここまで迫って来たのか。

 慌てる黒ウサギとジンだが、それを十六夜が冷静に落ち着かせる。

 

「別に今すぐ死にゃしねえんだろ?」

「そ、それはそうでございますが……」

 

 即効性のある病気ではないとはいえ大病には違いない。

 とてもじゃないが落ちつける心境にはなれない黒ウサギ。

 

「彼女、今どこにいるの?」

「とりあえず隔離病棟へお連れしました」

 

 貞夫は顎に手を当てしばし思考した後、よしと一声上げて切り出した。

 

「ちょっくら行って治してくる」

 

 あまりにも簡単に言ってのけられた内容に黒ウサギは目をぱちくりさせる。

 

「えっ、えっ、貞夫さん黒死病を治せるのですか?」

「当たり前だよなぁ?僕一人暮らしだったから、風邪とか引いた時によく自分で自分を治してたよ。他人には使った事ないけど、怪我が治せるくらいなんだから黒死病もいけるんじゃないかな」

 

 以前ガルドとの戦いで負傷した耀の傷を治した事を思い出す。

 

「何にしたってやるしかないだろ。仲間がピンチなんだ。すぐに病室の場所に連れてって、どうぞ」

「は、はい、わかりました!」

 

 貞夫は黒ウサギの肩を掴むと後ろから押して先頭を歩かせ、耀のいる病室へと向かった。

 運営本部から離れた城の一部を隔離塔として使用しているとの事で、黒ウサギは塔の中には入れず、部屋の場所を彼女から教えられた。

 

「貞夫さん御自身は大丈夫なのですか?」

「多分ね。常に自分に魔力を流し込んでれば、ウィルス程度は弾けると思う」

 

 黒ウサギとは入り口で別れ、貞夫は一人で耀のいる病室へ歩いて行った。

 塔には他にも担ぎ込まれた人々がおり、苦しげな呻き声を上げている。

 貞夫と同じように治療系の恩恵(ギフト)を持った者達が看病に走り回っている姿が見えた。

 耀は1人部屋に休まされているようだった。

 ノックをするが中から返事は無い。

 すぐに室内に入り、耀が横たえられているベッドの側に立つ。

 布団の上で病衣に着替えさせられた耀が、息苦しそうに眠っていた。

 顔は紅潮し、全身に高熱による汗をかいている。

 貞夫は部屋の隅に置かれていた椅子を引っ張ってベッドの横に据えると、その上に座った。

 左手で、かけ布団の上に置かれていた耀の手をとると、そこに自分の右手を重ねあわせ、彼女の手を包み込むように握り込んだ。

 

「待ってろよ。すぐに元気にしちゃるけんなぁ」

 

 そう言って目を閉じ精神を集中する。

 照明を落とされた部屋の中で、2人の体が淡いピンク色の光に包まれ始めた。

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