30歳の童貞男も来たそうです   作:ほろろぎ

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第22話 やるべき事だそうですよ?

 薄暗い病室の中で貞夫の体が薄っすらと光を帯びる。

 光は重ねられた手を伝わって耀の体を包み込んだ。

 感応魔法によって耀自身の持つ生命エネルギーを活性化させ、体内からペスト菌を追い出すという手法だ。

 貞夫にとって他人の病気の治療は初めての試みであったが、ガルド戦で外傷を治すという経験があったおかげで、それを応用し問題なく処置を進める事が出来ていた。

 20分が過ぎた頃、それまで反応の無かった耀の手がピクリと動いた。

 同時に薄っすらと目を開け周囲を見回し、側に座っていた貞夫に視線を向ける。

 

「あれ……ここって……。私、もしかして」

「うん、黒死病に罹って倒れてた」

 

 耀がその身を起そうとするので、貞夫は背中に手をまわし手伝ってやる。

 

「でも、もう大丈夫だ。完璧とは言えんかもしれんが、大分良くなってるんじゃない?」

 

 その言葉に耀は自分の体を探る様に触り、額に手を当てる。

 

「本当だ、熱も引いてるし、怠さも無くなってる。治してくれたの?」

 

 当然、と貞夫は頷く。そして、ちょっと待っててと言い残すと一旦部屋から退出する。数分で戻ってきたが、その手に食器を一つ持っていた。それを耀に差し出す。それは摩り下ろしたリンゴを皿に盛った物だった。

 

「昔、病気した時に母親が作ってくれたんだ」

 

 皿を受け取った耀は、まずスプーンで一口すくって口に入れ、後はかきこむ様に一気に平らげてしまった。

 

「ありがとう。美味しかった」

「そりゃ良かった」

 

 返された食器を受け取る。

 

「ごめんなさい。皆大変な時なのに」

 

 耀は俯き気味に言った。気にするな、と貞夫は明るく励ます様に耀の頭を撫でる。

 そして事態の進展の程を聞かれたので、女性店員にしたのと同じ説明をして聞かせた。

 

「ゲーム開始まであと1日残ってるけど、もう限界だろうね。皆の士気も下がって来てるし……」

 

 ゲームの謎が解けないという事に加え、黒死病の発症の恐れも相まって参加者の間での気力の低下は顕著だった。会議は意見が割れ、それぞれのコミュニティが独断に走らないのはひとえにサンドラの頑張りの賜物だろう。

 

「そうだ、飛鳥は……?」

 

 貞夫は眼を閉じ首を横に振った。

 耀が倒れてまだ1時間と経っていないのだから進展が無いのも仕方ないが、これまでの彼女の努力も虚しく依然その消息は掴めないままだ。

 

「私、探しに行かなくちゃ」

 

 ベッドから出ようとする耀を貞夫は押しとどめた。

 

「すぐに動くのは駄目だよ。ちゃんと医者に診てもらわないと」

 

 まだ万全でない事は自覚しているのか、渋々ながらも布団の中に戻る。

 

「大丈夫だよ。魔王連中の狙いは人員確保もあるらしいから、手荒な真似はされて無いはずだ」

 

 それは貞夫自身もそうであって欲しいと信じている事だった。

 

「白夜叉はどうなったの?」

 

 耀が思い出したように尋ねる。

 

「相変わらず監禁状態。参戦条件も不明のまま」

 

 貞夫は顔の前で手を振りながら答えた。

 

「でも封印された理由は見当がつくよ」

「本当?」

 

 耀は僅かに身を乗り出し聞いてくる。

 

「店員さんから聞いたんだけど、白夜叉ちゃんは箱庭の太陽の主権を持ってるらしい。つまり太陽の運行とかを司っているんだね」

 

 耀は無言で相槌をうち話を即す。

 

「それでハーメルンの子供達が死んだ説の1つの黒死病は、太陽が寒冷期に入った事が原因で発生したんだ。彼女が封印されたのも、その伝承に基づいて行われたんだと思う」

 

 へぇー、と耀は感嘆の声を漏らす。

 

「そういえば、父さんから聞いた事がある。確か黒死病は14世紀のヨーロッパで流行したんだよね」

「そうだっけ? 授業で習ったの10年以上も前だからなぁ、すっかり忘れちゃった……よ……」

 

 言い終える前に、貞夫は違和感を覚える。

 思い出すのはハーメルンの碑文。そこに記されていた日付は1284年。

 だが耀の話では、黒死病が流行った14世紀とは1300年から1400年の間の事だ。

 これでは時間軸が合わない。

 

「つまり……どういう事だ?」

 

 貞夫は頭をかきむしり、無い知恵をフル回転させ事態の究明に努め始めた。

 このゲームに勝つためにはハーメルンの真相を突き止める事が必要で、ハーメルンの真相とは130人の子供達の死因を解明しろと言う事。そしてハーメルンの事件は事実として存在するが、『ハーメルンの笛吹』という伝承は後から数々の説を元に創作された話だ。という事は……

 

「ペストは実際に起きたハーメルンの事件ではなく、創作上のハーメルンの笛吹を元にして作られた存在だった…?」

 

 自分自身に確かめる様に、言葉に出して問いかける。

 それが啓示でもある様に過去の記憶が思い起こされた。

 ペストと対峙した時、彼女は自分の事を魔王と呼ばれた際にそれを否定し、自らを『黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)』であると名乗っていた。あの時既に、自分はハーメルンの魔王ではないと公言していたのだ。

 残念な事に、貞夫の頭ではここまでの推理が限界だった。

 しかし重要な解決の糸口がもたらされたのには違いない。

 

「春日部ちゃん、君のおかげでこのゲーム、勝てるかもしれんぜ」

 

 魔法使いの予感か、根拠のない確信が湧きあがっていた。

 耀は事態を理解しきっていなかったが、それでもこれは物事が好転する兆しだと思う事にした。

 貞夫が急ぎテレポートを発動しようとした矢先、耀が彼を引き留めた。

 

「治してくれてありがとう。あと看病してくれてる時、私、父さんの夢を見てた」

 

 柔らかく微笑んで言葉を続ける。

 

「貞夫さん、何だか父さんみたい」

 

 予想だにしなかったその言葉に呆気にとられる貞夫だが、照れた様に薄っすらと顔を朱に染め、それを誤魔化す様に頬をかいた。

 

「父親なんて、そんな立派なものにはなれないよ」

 

 でも、ありがとう。そう言い残して貞夫は今度こそテレポートで耀の前から姿を消したのだった。

 向かう先は皆で本を漁っていた資料室。

 そこには病室に行く前と同じように、十六夜、ジン、黒ウサギにサウザンドアイズの女性店員が変わらず揃っていた。そこに加えて今度はレティシアも到着している。

 まずは耀の治療が滞りなく終わり、彼女は回復した事を伝えた。

 そして次に、先ほど自身が気づいたペストの正体について説明する。

 

「恐らく他の3人……ヴェーザー、ラッテン、シュトロムの内の誰か2人も、現実のハーメルンではなく伝承上のハーメルンの笛吹から実体化したんだと思う」

 

 貞夫は全員の顔を見回し意見を求めた。

 

「って事は、ラッテンも偽りの伝承で間違いないな」

 

 間髪置かず十六夜が答える。

 残されているハーメルンの碑文には『あらゆる色で着飾った笛吹き男に130人の子供が誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した』と記されている。

 そしてラッテンフェンガーとはネズミを操る道化師の事である。

 この碑文には笛吹男とは書かれてはいるが、ネズミを操る道化とはされていない。

 つまりネズミを操る道化師(ラッテンフェンガー)とは黒死病に関連して作られた創作であるというのが十六夜の主張であった。

 

「おいおい、早くも1人除外かよ」

 

 速攻で1つの問題を処理してしまった十六夜に賞賛を送るよりも、その歳に見合わぬ高度な頭脳に若干引き気味の貞夫。

 

「では、残るはヴェーザーとシュトロムですが……」

「本物はヴェーザーだな」

 

 ジンの言葉を遮る様にして十六夜は断言した。

 

「ヴェーザーはハーメルンの街の付近に流れいた河の事だが、そこで引き起こされた水害で130人の子供達は死亡したと言われている」

 

 貞夫達は静かに十六夜の話に耳を傾ける。

 

「その河の氾濫を引き起こしたのが嵐。よってシュトロムはヴェーザー河の氾濫から付随して創られた悪魔の類って訳だ」

 

 僅かなヒントから即座に答えを導き出した十六夜の手腕の見事さに、皆一様に唖然としていた。

 

「てぇー事は、これで……」

「ゲームクリアの条件が分かりましたね」

 

 貞夫もジンも茫然とした表情で現状を認識しつつあった。

 あまりにもあっさりと事態が解決してしまった事で、これまで四苦八苦していた事が何だったのかとさえ思えてくる。

 

「スゴイのです! 貞夫さんお手柄なのですよ!」

 

 我に返った黒ウサギが、解決の切っ掛けを持ってきた貞夫の手を取り、飛び跳ねるように喜んだ。

 

「まあ、僕も春日部ちゃんにヒント貰ったからね」

 

 この場にいない耀こそが、本当に賞賛されるべき相手だろう。

 

「これでやるべき事は決まったな」

 

 レティシアが口を開いた。

 おそらく魔王討伐を掲げているノーネームが魔王の相手をし、残る参加者全員でもってステンドグラスの捜索に当たる事になるだろう。

 ジン達は会議中のサンドラに事の次第を報告に向かおうとする。

 そんな中、またしても貞夫一人だけがその場に残った。

 

「どうしたんですか?」

 

 振り返って尋ねるジン。

 貞夫はニヤリと笑みを浮かべ、皆に向けて言った。

 

「僕も、僕にしか出来ない事をやって来る」

 

 それは耀にしたのと同じ様に、現在黒死病に苦しめられている者達を治して回る事だった。

 街中に設置されたステンドグラス100枚以上を探し当てるためには、とにもかくにも人手が必要だ。しかし現在はほとんどの参加者が黒死病に侵され、魔王とのゲームに参戦できる者は1割にも満たないだろう。

 貞夫は少しでも参加者を増やす事に尽力しようと決めた。

 それを理解したジン達は、貞夫を残し会議場へと行く事にした。

 貞夫も1人隔離塔に舞い戻ると、治療を続けているギフト保持者達に事情を説明し、協力して黒死病の除去に当たり始める。

 十六夜の至った結論によって、それまで難航していた会議もすんなりとまとまった。

 ギフトゲームに対しての対処は上記の通り、ノーネームが魔王と戦いゲームマスターの打倒を目指し、その他の参加者がステンドグラスを破壊もしくは保護するという運びになった。

 貞夫達回復チームも一丸となって対処した結果、丸1日かけて治療を続けどうにか数百人ほどの人員を復帰させる事に成功した。

 

 舞台となった境界壁の街の上の空、その上層が蒼く染まる。朝が来たのだ。

 街は、それまでの祭りの賑わいが嘘のように静まり返っていた。

 とうとう訪れたギフトゲーム『The PIED PIPER of HAMELIN』の開始日、宮殿前には全ての参加者が集結している。

 耀も診断の結果、ゲームに出るのに支障はないと見なされこの場に参陣していた。

 挑戦者の数は全部で7、800人程だろうか。もともと集まった火龍誕生祭の参加者総数からすると1割程度だが、それでも貞夫や医療班の尽力が無ければ人員はもっと減っていたであろう。

 一歩前に歩み出たサンドラがゲームの行動指針を皆に説明すると、参加者も声を揃えて気合の雄叫びをあげる。誰もが勝利を勝ち取ろうと、戦意に溢れていた。

 やがて時計塔から、ゲーム開始の鐘の音が鳴り渡った。

 それを合図に人々は堰を切ったように駆け出していく。これで全てが決まるのだ。

 だが、この場には天童貞夫の姿だけが、どこを探しても見つからなかった。

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