「ところで、さっき言ってた手紙って何の事?」
貞夫が、十六夜たち3人の誰にともなく聞いた。
飛鳥は貞夫に対し、手紙で呼び出されたのかと言っていたが、旅行か何かの抽選権でも送られてきたのだろうか。
だが貞夫の元には、ここ半年近くは郵便物の類が送付されて来た事は無かった。
「気づいたら部屋に置いてあったのよ。確か、『自分の
飛鳥が説明する。聞くと、十六夜と耀の元にも同じ内容の手紙が届いたらしい。
耀は三毛猫が拾って来て、十六夜の所には空から降ってきたという。
飛鳥への手紙は、鍵をかけた密室である私室にいつの間にか置かれていたらしい。
「才能……ギフト……」
貞夫は顎に手を当て、その言葉を反芻した。
自分の持つ才能なんて大それたものと言えば、魔法以外には思い付かなかった。
もっとも本人からしたら、
貞夫以外の魔法使いたちもきっと、童貞と引き換えにこんなものを貰うくらいなら
ただの人間として女性と触れ合いたかったと言うに違いない。もはやただの呪いだ。
と、そこである事に気づいた。
「その文面の手紙を受け取ったって事は、君たちも……」
その先は言い出せなかった。
いたいけ、かどうかはまだ分からないが、子供に面と向かって「童貞なの?」
あるいは「処女なの?」とはさすがに口に出せない。
しかし聞きたい事は伝わったらしく、十六夜は笑って肩をすくめた。
飛鳥はわずかに視線をそらし、耀にいたっては依然として顔を向けてこない。
飛鳥と耀は中学生、十六夜は高校生くらいに見えるが、その年で行為に及んでいないのは当然と言えば当然である。
最近の子供の性事情は全く知らないが、自分の時代と比べるとだいぶ早熟だとは耳に挟んだ事があるため何となく安心した。
しかしそこで疑問が浮かぶ。魔法使いになれる絶対条件は童貞である事なのだが
それは30歳を越えた者がそうなっていた場合だけなのだ。
未成年で童貞な人間など普通に存在しているし、魔法使いである童貞未成年者など聞いた事もない。
同様に処女が魔法使い、あるいは魔女になるという話も貞夫は知らなかった。
だが十六夜たちは言外に、自身が普通の人間ではないと言っている。これはどういう事か……。
「で、呼び出されたのはいいけど、何で誰もいねぇんだよ」
思案している中、十六夜が若干イライラとした口調で言った。
「こういう場合、手紙に書かれてた『箱庭』ってのを説明する人間が現れるもんじゃねぇのか?」
「そうね。何の説明もないのでは、こちらも動きようがないわ」
飛鳥も腕を組みつつ同意する。
「この状況にたいして落ち着きすぎているのもどうかと思うけど」
ここにきて初めて耀が会話に参加してきた。しかし言葉は大分ぶっきらぼうだ。
「その箱庭ってのも、僕はわからないんだけど……」
貞夫が控えめに手を挙げる。
箱庭とは、小さな箱の中に家や人形などを配置して楽しむミニチュアのようなものだが
そこに来い、とはどういう意味なのか。自分が知らないだけで、箱庭という地名の場所がどこかにあるのだろうか。
「そういや、アンタは何でここにいるんだ?」
今度は十六夜が質問してきた。貞夫は言葉に詰まる。
十六夜たちが魔法使いかもしれないとはいえ、自分が魔法使いだという事を伝えるのは話が違う。
何と説明するか考えるが、上手い言い訳が思いつかない。
そもそも何でここに来たのか知りたいのは誰あろう自分だ。
「ま、いいや」
興味を失ったのか、十六夜は答えを待たずに話を打ち切った。
そして何か楽しい事を思いついたのか、ニコニコと貞夫に近づく。
「んじゃあ、アンタはあの光景をまだ見てないって訳だ」
そう言って背後を指さす。木々で覆われていてその向こう側が見えないが
よく見れば空は青いのに、それが地面に近づくにつれて緑色になっていく光景は奇妙に思えた。
まるで森の緑が空に溶けだしているかのように。
十六夜は貞夫に近づくと、無言でその腰を抱き抱えた。
二人の身長差から正確には、貞夫の胸に抱きついた、と言った方が正しく見える。
「えっ、えっ。何してんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
最後の方はただの絶叫と化した。
十六夜はその場で軽くジャンプすると、貞夫ごと4000メートル上空へと一気に飛び上がった。
貞夫の頭は混乱していた。突然高度4000メートルに放り上げられた事もそうだったが
何より問題なのは、十六夜の体から一切の魔力が発せられなかった事だ。
魔法を使うためには当然魔力を発生させる必要がある。
だが十六夜の体からは、その力の流れが一切感じられない。
つまり、ただの身体能力で4000メートルも飛び上がったという事になる。
「き、君は一体……!?」
驚愕する貞夫だが、それには答えず十六夜はクイと顎をシャクる。
つられてそちらを見た貞夫はまたしても驚いた。
地球は丸いため、その地平線はユルいカーブを描くはずだが、今見ている地平線はどこまでも真っ直ぐだった。
というか地平線の先が見えなかった。広大すぎる大地がどこまでも続いている。
距離感がつかめずどの程度の大きさかわからないが、とりあえず巨大であろうと言える一つの山がそびえ、その頂からは一本の光の柱が天空に向かって伸びているのが確認できる。
さらに眼下には天幕のような建物が、これまた地平線の先まで続くように無数に埋め尽くされていた。
反対側は真逆に、地平線の先が突然途切れて、その先は青空へと続いている。
断崖から流れ落ちる滝が空中に向かって放り出され、細かな霧となって風に乗っていく。
数秒の滞空時間の後、二人は無事着地すると、十六夜は貞夫から離れた。
「で、どうよ? ご感想は?」
ニヤニヤと笑みを浮かべた十六夜が問いかける。
「驚いた……。まさかここが天空の城ラピータだったとは……」
「ちげーよ」
現実が受け入れがたかったためとりあえずボケてみたが、伝わってよかった。
改めて話に戻る。
「地球じゃないっぽい事は分かった。じゃあ、何処なんだ……?」
「さぁな。まあ世界の果てみたいなのも見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか?」
「あぁ……、えっと、亀の上にゾウがいるんだっけ?それとも下だったかな……」
古代インドの世界観では、巨大な亀に乗った三頭のゾウの上に世界があると言われていた。
そんな貞夫を十六夜は興味深げに見つめる。自分の話を理解できるとは思わなかったのだろう。
その表情はどこか楽しげだ。
「つまり僕たちは、異世界に来てしまったって事か。箱庭ってのは
認めたくないが認めざるを得まい。まさか異世界なんてものがあるとは思わなかった
なんて魔法使いの自分が思うのは何か滑稽だな。
しかしそうなると納得できる事柄もある。先ほどの十六夜の異常なまでの身体能力だ。
十六夜も貞夫とは別の世界から来たと考えれば、魔法以外の能力が使える人間なのだという説明がつく。
もしかしたら飛鳥と耀もまた、違う世界の人間かもしれない。
二人の年代と季節の合わない服装もそう考えればうなずける。
「とまあこのように、理解の追いついてない奴もいる事だし」
十六夜が手を打ってみんなの視線を集めた。
「そろそろ出てきて説明しちゃくれねぇかな?」
そう言って、森の一角の草むらに視線を向けた。
草むらが、ガサッと音を立てて不自然に揺れる。
そこは貞夫が不審な気配を感じた場所だ。
「あら、貴方も気づいていたの?」
「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?」
不審者に気づいていたのは貞夫だけでなく、十六夜と飛鳥もだったらしい。
「お前らも分かってたんだろ?」
貞夫と耀に問う。
「風上に立たれたら嫌でもわかる」
「んおぉ!? 何の事かさっぱりですなぁ!」
耀は顔だけチラリと向け、そっけなく答える。
貞夫は元の世界で、自分が魔法使いである事をひた隠しにして生きてきたので
ここに来てもつい条件反射で誤魔化してしまった。
ただしいきなり話を振られたため、動揺してまったく隠しきれていないのだが。
「うぅ~……出るタイミングを失ってしまったのですよ……」
不審者は、貞夫たちが突然見知らぬ場所に呼び出されパニックになった所で
颯爽と現れ事態を説明する事で主導権を握ろうと画策していたようだが
みんな努めて冷静だったため、いつその姿を晒すかを完全に見誤ってしまっていた。
おまけに自分の存在はとっくに相手にバレていた。今更ノコノコ出て行っても恥をかくだけだ。
とはいえ今日はお開きまた日を改めて、という訳にもいかない。
流れは完全に十六夜たちに傾いているが、自分の肩には自分だけではなく
数多くの仲間の今後がかかっているのだ。
謎の影は意を決し、4人の前に姿を見せる事にした。