「オラ、分かってんだろ? 大人しく出てこいよ」
十六夜が茂みに向かって話しかける。貞夫たち3人もそちらに顔を向けた。
草がわずかに揺れている事から、何かしらそこに潜んでいることは明白だった。
「し、仕方ありません……」
もはやこれまで。正体不明の声の主は意を決して立ち上がる。
「や、やだなぁ~。そんな怖い顔で見られると……」
茂みの側の木の陰から、そっと顔だけ出してきたのは一人の少女だった。
青い髪色が貞夫の目を引く。ムラなく綺麗な青一色のそれは、染めているような不自然さが感じられなかった。
「よぉし、出てこねえんじゃ仕方がねえ」
すでに顔は見せているのだが、十六夜はそれを無視した。少女も呆気にとられている。
十六夜はその場で数メートルジャンプし、落下の速度を上乗せして少女の側へ着地すると
大地が抉れ、少女の前にあった木が根を掘り起こされ横倒しになった。
大した速度でもないはずなのに、風圧が白い帯となって目に見える。
「ふぎゃああああああああ!?」
少女が白目を剥いてのけ反る。そうなって初めて、その全身が露わになった。
「何あれ?」
「コスプレ?」
飛鳥と耀が疑問の声を上げる。
謎の少女の服装は、貞夫の目から見ても破廉恥の一言に尽きた。
耀と同じく肩を出した上半身は、豊かに発達した胸を強調するようにその一部が露出し
下着が見えるか見えないかのギリギリ限界点を狙ったミニスカートに加え、素足を隠すのは黒のガーターベルトという出で立ちだ。
年の頃は飛鳥と近しい15、6に見える。
地球でこんな少女にこんな格好をさせたとあっては通報間違いなしの代物である。
さらに誰の趣味か知らないが、ウサ耳まで着けている。ある意味完璧な布陣だと貞夫は思った。
「ち、違います! 黒ウサギはコスプレなどでは……」
少女──黒ウサギというのが名前だろうか──は言い訳を始めた。
コスプレというよりバニーガールが近いだろうか。
如何わしい店の店員だと言われても言い逃れできないだろう。
そのバニー少女に向かって、十六夜は間髪入れずまたしても上方から蹴りかかった。
直前で気付いた黒ウサギはバク転でこれをかわし、さらに大きく飛びのいて後方の木の枝に乗り移る。
いつの間にか耀も同じように別の木の枝に乗っており、背後から黒ウサギに飛び掛かる。
捕まるものかと黒ウサギはさらに別の木に飛び移り、耀も猫のような軽やかさでそれを追う。
二人の追走劇を目で追いながら、どうしたものかと貞夫は思う。
よくわからんが、このままでは話が進まない。チラリと横を向くと、飛鳥が立ち並んだ。
すぅっと息を吸い込むその動作に、貞夫は何らかの力の流れを感じる。
「鳥たちよ、彼女の動きを封じなさい!」
飛鳥が発したその言葉に従い、近くを飛んでいた十数羽の見た事もない野鳥たちが、一斉に黒ウサギに群がる。
枝から枝に飛び移っている最中の滞空状態の黒ウサギは、群がる鳥に邪魔されて行き場を失い尻から落下する。
高さは5メートルにも満たないだろうが、あのままでは受け身も取れない。
尾てい骨を撃つ痛さは知っているし、骨折でもされたらマズいかもしれん。
みんな自分と違う世界の人間だとしたら、能力を見せても童貞だという事までは悟られないだろう。貞夫は意を決して魔法を使う事にした。
黒ウサギに向かって手をかざすと、彼女の周りに薄く光る球体状の膜が現れる。
周囲の重力を遮断した空間で黒ウサギを包み込むと、風船のようにふわりふわりと降下してきた。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございます……」
そのまま自分の側に降ろしてやると、黒ウサギは驚いているのか控えめに礼を述べた。
貞夫の後ろから十六夜たちが並んでやって来た。
黒ウサギを見下ろすその顔には全員怒りが浮かんでいる。
「何だコイツ?」
「ウサギ人間?」
十六夜と飛鳥の視線は冷酷に黒ウサギを射抜く。耀もしかり。
散々追い回した相手に対して情けの一かけらも感じられなかった。
「お、落ち着いてください御三方……。
そんな狼みたいな怖い顔で睨まれては黒ウサギは死んでしまいますよ?
古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。
そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じて、ここは一つ穏便に話を聞いていただけたら嬉しいでゴザイマスヨ?」
黒ウサギはたじろぎながら何とか笑みをつくるも、3人と距離を取るようにゆっくりと後ずさり、両手を上げて降参のポーズをとる。
怯えているように見えるが、その瞳の奥にはどこか十六夜たちを品定めしているかのような色が見えた。
それに気づいているのかいないのか、耀は無言で黒ウサギに近づくと、彼女のウサ耳の片方をがっしりと掴み、そのままニンジンでも収穫するようにぐいっと引っ張り上げた。
「ひぎぃいいっ!?」
耀の突然の行動に間の抜けた叫び声をあげる黒ウサギ。目じりには涙が浮かんでいる。
信じがたい事に、ウサ耳はアクセサリーの様に身に着けていた訳ではなく
頭の頂から直に生えているようだ。
髪の毛とウサ耳の毛の間には境界線などが見えず、ごく自然に馴染んでいる。
彼女も異世界の住人だとすれば、もしや人間ではないのだろうか。
「ちょ、ちょっとお待ちを!
初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは
一体どういう了見ですかぁ~!?」
身をよじって逃げようとするが、耀は一切その手の力を緩めない。
「好奇心の為せるワザ」
「自由にも程があります!」
口元に手を当てる耀。目元はどこか楽しそうで、その手の下では笑みを浮かべているのだろう。
感情の薄い子かと思っていたが、ちゃんと笑ったりするんだなと貞夫は思う。
「へえ、このウサ耳って本物なのか?」
「じゃあ私も」
耀の手から逃れた黒ウサギだが、背後に立った十六夜と飛鳥に今度は両耳をそれぞれつかまれた。そのまま両サイド別々の方向に引っ張られる。
綱引きの様に、中間にある黒ウサギの頭が右に揺れたり左に揺れたりしている。
「ひぃいい~! 体が裂ける! 頭から真っ二つに裂けてしまいますぅ~!?」
痛みからか、叫ぶばかりで二人の横暴を押しとどめる事が出来ていない。
そんな若者のふれあいにサッパリついていけないおじさんは一人唖然としていたが
このまま放置するのも黒ウサギに悪い気がする。
彼女の視線も貞夫に助けを求めているようだし、とりあえず十六夜たちを止める事にした。
ただしそれには30分ほど時間を要したのだが、その間は絶え間なく黒ウサギの悲鳴が森にコダマしたのだった。